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ノーテラーレジェンド  作者: 存在しない語り手
第1章【篇首】
1/8

1節・始まりの刻

1979年5月18日....


ここは岐阜県南方町の聖南高等学校2-Aの教室




「ねぇねぇヒカルくぅん!」


「ヒカル君ってばぁ!」


その少年は媚びるような黄色い声色に机に伏せていた頭を起こし、そして目をこすりながら不機嫌そうな面持ちでその声の主達の方を見上げた


「私たちと一緒に帰りましょうよ〜!」


「今日ノリカちゃんのお誕生日だからこれからお誕生日会をするんだけどヒカル君も来てぇん!」


クラスの女子達が挙ってその少年に話しかける。

しかし少年はそんな女子達の呼びかけに冷めた表情で一言


「俺は行かない、メンドくさいから」


しかし冷たく突き放された女子達はまんざらでもない表情で


「えぇ〜〜〜!ヒカル君のいけずぅ〜〜!」


「でもそういう所がヒカル君らしくて素敵だわぁ〜!」


「無理に誘っちゃ悪いものね、バイバイヒカル君また明日ねぇ!」


申し出を断られた悲しさよりも今日もこの少年とたったの一言でも交わせた喜びが勝ったのかルンルン気分で教室を後にしていく。

その様子を見ていた少年は大きくため息を吐いた。


「ハァー...」


この少年の名は月風 煜(つきかぜ ひかる)、聖南高等学校に通う高校2年生である。


「相変わらず人気者だなぁ、実に羨ましいぞヒカルよ、まぁ成績優秀で通信簿は常にオール5、運動神経バツグンで所属してる剣道部では全国大会優勝を飾る腕前、おまけに見た目はハンサムときた

女の子が放っておかないのは当然だよな」


「見たわよヒカル!また女の子にあんな冷たい態度とって!まったくもう!」


また新たにヒカルに二人の生徒が話しかけた。

男子生徒は野村 忍、女子生徒は愛媛レイラ

二人とも幼い頃からヒカルの親友である。


「なんだお前達か...レイラ、ノム...また騒がしい連中が出てきた」


「まぁ!騒がしいとは何よ!あなたは逆に静かすぎるのよ!」


「まぁまぁレイラ、おさえておさえて、ヒカル一緒に帰ろうぜ」


「俺は一人で帰る、お前達といると自分のペースで歩けないだろう?それに話を聞きながら歩くのも面倒だ」


「もう頭に来た!いいから立ちなさいってば!」


ヒカルの素っ気なさに腹を立てたレイラはヒカルの腕を掴んで無理やり立たせようとする。


「ハァ...わかった、一緒に帰るから腕を引っ張らないでくれ」


根負けしたヒカルを見てレイラとノムは目を合わせてまぁいつもの事だと言わんばかりに微笑み合う。


無愛想な高校生の月風煜と幼馴染の愛媛レイラ、そして親友のノムこと野村 忍

この三人は小学生の頃からずっと一緒にいる。

こんな風にレイラとノムに引っ張られながら通学路を歩いて帰る事はヒカルにとっていつも通りの何気ない日常

小学生の頃からずっと続く何気ない日常だ。


しかしもうじきそんな日常から一気に非日常へと引きずりこまれる時が来るということを

三人はまだ知らなかった...



翌朝...



「ファ〜...」


伸びをしながら少し目に涙を溜めてフラフラと寝室から台所へと向かう


「おはようヒカル」


「おはよう...」


母親がにこやかに挨拶をするのに対し、なんとも元気のない低血圧な挨拶を交わす。

しかし母親はそんなヒカルの無愛想さにも慣れっこな様子で挨拶をした時と変わらぬにこやかな表情で出勤の準備をすすめる。


テーブルに着くと朝食が用意されており、目玉焼きとウィンナー、味噌汁にご飯、納豆と

非常に健康的な献立である。

「いただきます。」

そうボソッと呟き、箸を手に取る。

胡椒の効いた目玉焼きに醤油をかけて口に運び、味噌汁で黄身を溶かしながら喉の奥へと程よく咀嚼された目玉焼きを流し込む

これがヒカルにとって辛い朝の唯一の楽しみなのだ。


こんな感じでいつものようにボーっとしながら朝食をとっているとヒカルの座っている位置の背後にあるブラウン管から一件のニュースが流れた。


『続いて次のニュースです、昨日午後7時頃、岐阜県実正町(みのまさちょう)の住宅街で殺人事件が起きました。』「ん...?」


事件が起きたのは同じ県内、それも隣町の地名が報道された。

嫌でも耳に入ってくる内容だ。


『被害者の遺体は口元を頬まで刃物のような物で裂かれていたとの事です。犯人は現在も逃走しており、警察は犯人の行方を追っています。』

そのニュースを出勤の準備の手を止めて見ていた母親は不安げな顔でヒカルの方を振り向いた。

「よりにもよって隣町じゃないか...怖いねぇ...母さんお前が心配だよ...今日は学校休むかい?」


一見過保護のようにも思えるが母親が心配するのも当然で、ヒカルは両親が歳をとってから生まれたたった一人の子供で、父親は単身赴任で殆ど家に帰って来ることがないため、実質女手一つでヒカルをここまで育てた事になる為、息子に対する愛情と心配がどうしても過剰になってしまう。


「俺は大丈夫だよ、母さん」


心配する母親をよそにヒカルは変わらず涼しい顔で味噌汁を啜り続ける。

剣道全国大会優勝者がいう言葉は確かに説得力があったが母親にとって子供はいつまでたっても子供


「そうかい...」


母親は飄々としている息子を不安そうに見つめた。



そして学校にて...



「ねぇヒカル!ヒカルってば!」


レイラが机に伏せて眠りについているヒカルの肩を揺さぶり無理やり起こそうとする。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえている。それから肩を揺さぶるのはよせ」


眠りを妨げられて不機嫌そうなヒカルにそう言われてレイラはパッと手を離した。


「今朝のニュース、あなたも見たでしょ?隣町の実正町で殺人事件が起きたんですって」


「知っている。それがどうした?」


「その...私今日はどうしても放課後にお買い物に行きたくて、でもこんな物騒な事件が隣町で起きてるんですもの、怖くて一人でお買い物なんて行けないわ」


「ハァー...」


「だから...その...」


言葉を濁すレイラにもどかしさを覚えたヒカルは遮るように言った。


「わかった、俺も買い物についていく。

ちょうど今日はクラブ活動は休みなんでな」


その言葉にレイラはパァっと誰が見てもわかるほどに嬉しそうな顔をした。


「やれやれ、今日は早く帰ってゆっくり眠りたい。できるだけ急ぎめで頼むぞ」


「はぁーい!」


「やれやれ...」


ご機嫌なレイラを見て子供の頃から気が強く、奔放なのは変わらないなと思うヒカルであった。



そして放課後...時刻は午後7時を回っており、空はすっかり闇に飲まれていた。



「大変!もう門限を過ぎてるわ!このままだとパパから叱られてお家から締め出されちゃうわ!」


「まったく、メイクの道具なんて必要のない買い物で長時間迷った挙句、ハンバーガーショップに寄り道なんかするからだ」


「あら、お化粧は女の子の必需品よ。

それにハンバーガーショップはナウい若者を中心に人気のお店なのよ?ヒカル遅れてる〜」


「ハァ...口を動かす前にもっと急いだらどうなんだ?」


「わかってるわよ!私はあなたみたいに早く走れないんですからね!」


「やれやれ、お前に合わせて走っている。

本当に騒がしい奴だ。」


「ムムゥ〜!」


側から見ても他愛もないやり取りをしていると


「レイラ!危ない!」


「え?」


レイラが目の前の人とぶつかった


「キャッ!」


レイラはぶつかった衝撃でペタンと尻餅をついた。

ぶつかったのはマスクを着けて白いコートを着た身の丈180センチはあろう長身の女だった。

この時ヒカルは妙な違和感を感じた。


なぜ道の真ん中に鎮座するように立ち尽くしていたのか、そしていくらレイラが女の子とはいえ何故走ってきた人間とぶつかっても微動だにしないのか。


色々と頭の中に疑問がよぎったがヒカルは咄嗟にレイラに駆け寄って声をかけた。


「大丈夫か、レイラ?」


「いたたた.....ハッ!ごめんなさい!お怪我はないでしょうか!?よそ見しててぶつかってしまって...!」


レイラは慌ててぶつかった女に即座に謝罪をしたが返答はなかった。


どうしよう、ひょっとして怒ってるのかしら?


そう考えたレイラは立ち上がってから頭を下げながら再度謝罪の言葉を述べた。


「あの...本当にごめんなさい...これからはもっと前をよく見て走らずにちゃんと歩くようにします...」


「........」


それでも尚、女からの返答はない。


「...行こう、レイラ」


「...ええ」


ヒカルに手を引かれ、ペコペコと女に頭を下げながらその場を立ち去ろうとしたその時だった。



「私綺麗?」



「え...?」


一貫して沈黙を続けていた女から初めて言葉が発された。

冷たく、凍りつくような声で

初対面の人間に対して自分の美醜の確認をするという予想の斜め上の問いかけに二人は虚をつかれた思いがした。


「......」


二人が押し黙っていると再び女の口から言葉が発される。


「ねぇ」


レイラの体がビクッと反応する。


「私綺麗?」


「.........!」


さっきと同じ声色、同じトーンで同じ問いかけを繰り返す女にレイラは恐怖を覚えた。


(行こう、レイラ)


ヒソヒソと話しながらレイラの手を引く


(で、でも...)


(いいから早く!)


(え...ええ...)


普段はめったに表情を変える事がないヒカルの緊迫した様子が特に自分達に何をした訳でもない女の異常性を物語っていた。

恐怖で汗ばむ手でヒカルの手を握り、その場を去ろうとしたその時だった。



「え....!!」



女が二人の正面に回り込み、手を広げて通せんぼするような形で立ちはだかった。



「私綺麗?」



ここでヒカルたちは理解した。この問いかけに答えるまで自分達を通さないつもりだと。


「私綺麗?」


まるで九官鳥のように同じ問いかけを繰り返す。

明らかに異常だ。

レイラは恐怖のあまり、たまらず泣きながら女の問いかけに答えた。


「綺麗...です...」


「.........」


女の問いかけが止まる。


「マスクをしていて...よくわからないけど...きっと...綺麗だと...思います...」


答えればきっと道を開けてくれる、この人はきっと本当に自分が綺麗なのかどうかを知りたかっただけだろう


しかしそんな考えで安易に質問に答えてしまった自分の愚かさをレイラはこの次の瞬間に恨む事になる。



「これでも?」



そう言って女はハラリとマスクを外した。



「キャアーーーーーーー!!!!」



女の口は頬までバッサリと裂けていた。

びっしりと並んだ歯が奥歯まで露出していた。



「馬鹿な!!」


ヒカルは反射的にレイラの手を引っ張ろうとするも、それよりも早く女の手がレイラの腕を掴んで引き寄せた。


「綺麗になりたいか!?なら私と同じにしてやる!!」


女はそう叫び、レイラの首を腕で固定して白いコートの中から巨大な鋏を取り出した。


「ケヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



どう見ても絶体絶命なこの状況だが、ヒカルはこんな時こそ冷静にそして突発的に思考を巡らせた。



どうすれば!どうすればこの状況を打開できる!!

竹刀はクラブ活動が休みだったから部室に置いてきてしまっている...

この女に対抗する手段は...!


その時ヒカルの目に飛び込んだのは

レイラが女に捕らわれた衝撃で地面に落とした化粧品の入った買い物袋だった。


この中にはガラスでできた化粧品の容器もある...

遠心力をつけて中身を紙袋ごと叩きつければ女に打撃を与える事ができるかもしれない。


そう考えると同時にヒカルは紙袋の持ち手を手に取り、一瞬の迷いもなく振りかぶって女の頭上に振り下ろした!



「何っ...!!」



しかしヒカル渾身の一撃も虚しく、鋏でガードされた上に紙袋を切り裂かれてしまった


バラバラと化粧品が地面に落ちていく。


しかし万事休すと思われたその時に女の動きがピタッと止まる。



「う...うぐぅ...」


「な...何だ...?」



女がレイラを離し、頭を抱えて苦しみ始めたのだ。


「ぐ...ぐぅ...」


女は頭を抱えながらヨロヨロと路地裏へと逃げていく。


「待て!!」


一瞬、女を追いかける事を考えたがもう自分には武器がない、それにレイラの身の安全が最優先だ。

そう考えたヒカルは地面にへたり込んでいるレイラの元へと駆け寄った。


「レイラ!大丈夫か!?怪我はしていないか!?」


あまりの出来事に呆気にとられていたレイラだったがヒカルの呼びかけに安堵し、次第に目に涙を浮かべてヒシッとヒカルの胸に飛び込んだ。


「レイラ...」


ヒカルは自分の胸の中で涙を流しながら震えるレイラの体を強く抱き寄せ、もう大丈夫だよと優しく囁くように背中をポンポンと叩いた。



(一つ...わかった事がある...昨日起きた殺人事件、犯人は間違いなくあの女だ。

あの女は何者で何が目的か...それはわからないが、この町に殺人鬼がいるのは確かな事実だ)


(殺人鬼を倒して、この町の平和を守ろうなんてそんな大それたヒーローのような事は考える必要はない...でも...)



(母さん、レイラ、ノム...俺と関わりのある人たち...目の前にいる人たちだけは守ってみせる...必ず...)






こうして、ヒカルの...ヒカル達の戦いは始まった。


この物語は大切な人を守るため、未知の恐怖に挑んだ四人の少年達の誰も知らない戦いの記録である。

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