ある大学生の話
雪を纏った山の荘厳な景色が見たくて、結露を手で拭った。…うとうと。……
よく寝た。目が覚めるともう外はすっかり暗くなっていた。
どれくらい寝ていたのだろうか、眠る前まではあった窓の結露は全部なくなっていた。あぁ、東京に向かっているんだと思った。
18:50。
夜行バスに乗りながら、今頃はさっきまで自分がいた家でお母さんとお父さんは昨日みたいに夕ご飯を食べてるんだろうなと思いを馳せた。
隣に乗ってきたスノボ集団のせいで、わたしのこの故郷に想いを馳せて寂しく思う気持ちは冷めてしまいそうだ。彼らはスマホでゲームをして、たまに、「、、っ!」とか言ったりこそこそと話している。まあそんなことはどうでもいいのである。
もうすっかり日が暮れた。窓の外の景色を見ようとすると、自分と目があって気になってしまうくらいだ。わたしは窓の外が見たいのに、自分の目が気になってしまって、電車の中だとぐいと窓に近づくこともある。
パーキングエリアに着いた。外の空気が涼しい。三連休の土曜の夜だからか、外の屋台みたいなところには人が大勢並んでいた。そっか、三連休なんだ、と思った。父も母も休みだし、せっかくだからもう少し家にいたかったなとさみしくなった。でも今日帰らないと、月曜に東京に着いて、次の日から学校、というのもせわしないか、と心の中で自分を納得させた。明日は一日中バイトだし、明後日には友達に会える。そう思って自分を納得させた。
おやつ代わりに持ってきたぬれおかきは、となりのスノボ集団に見られるのが恥ずかしいのでバックの中で裏返して文字が見えないように開け、1つ取り出しマスクの中で食べた。おいしい。お米でできているから、おやつだけど腹持ちがしそうで、ひとつで満足感があった。ぬれおかきに限らずこのメーカーの商品は、国産米百%だとインターンで教わって、それを母に伝えると、母はそれにひどく驚き、またそこのものを食べるたびに言うようになった。わたしが言ったのに、今や母の方が発信している。
もう一つ食べたくなって、ぬれおかきを取り出そうとする。ぬれおかきを好んで食べるなんて、キンプリの平野翔くらいじゃないかと思う。ぬれおかきの袋の内側はベタベタしていた。一口食べる。やはりおいしい。中のこのなんとも言えない空洞が、濡れた表面と相まってサクサクじゃないが歯にちょうどよくまとわりつく、独特な食感を生み出している。
バスに乗る前の自分を思い出していた。父に聞きたいことがあったが、恥ずかしくて聞けず、もじもじしていた。10時に起きて最近届いたホットサンドメーカーでホットサンドを作り、母を見送り、午前中に家で1人になったのでもう荷造りはその時に済ませていた。
わたしが起きる前に既に家から出ていた父が午後1時ごろに帰ってきて、わたしをバス停まで送ってくれるという日程だった。
父に聞きたかったがどうも聞けず、ついに最終日になってしまった。パソコンをいじったり父が弾くギターに合わせて歌ったり、そわそわしているうちに時間が来てしまった。
あ、ちなみに今日は猫の日だったので、我が家の猫の話もしよう。名前はたまという。かわいい雑種だ。よく見かけるアメショと何かの雑種で、茶色とか黒の色が混ざっている。たまはギターの音が苦手らしく、父がギターを弾き出すと途端に丸まっていたこたつから逃げ出す。それもまたかわいいが、あったかいこたつから追い出して寒い玄関マットに避難させるのは申し訳ないと思う。父はお構いなしというようにギターを弾き歌う。だから父は普段たまにあまり好かれてない。シャーと言われたり、手を出すと噛まれたり引っ掻かれたりするのだ。ちなみにおばあちゃんにも同様のことをする。たまはその2人にはなぜかいじわるだ。
そんなこんなで家を出る時間になった。すると急に鼻血が出てきた。私は鼻をいじってしまう癖があり、昔からよく鼻血を出す子だった。しかし二十歳を超えてからは滅多に無かったので驚いた。しかもこの家を出るタイミングで。なんだか自分のこれからを暗示しているようで嫌な感じーと思った。父は大丈夫だよーと言ってくれた。
ヒートテックを着ていないのに、バスの中は暑い。マスクでこもってあったかくなっていて、また鼻血が出そうだ。
コロナが転がっていてもおかしくないところに帰ってきてしまった。
新潟にいた時はまるで別世界のような話だったのに。しかし新潟でもマスクは品切れだった。東京ではマスクをしていない人もいる。過剰に騒いでいるのは、そこにいない周りだけなことはよくある。新潟で地震が起きた時もそうだった。
わたしは東京のアパートにいて、家族や、恋人を不安に思っていた。当人は意外とけろっとしていて、大丈夫そうだった。次の日学校に行っても、友達で新潟の地震のことなんて聞いてくる人はいなかった。わたしは、大丈夫?と言って欲しかった。不安で不安で、わたしは東京で1人だと思った。恋人に電話して、学校で泣いた。
わたしは窓から都会を見るのが好きだ。ネオンが光り、多くの建物が立ち並び、見るところがたくさんあるからだ。目に入る情報量が多い。