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少年少女ファンタジア  作者: 青い椿
物語の始まり
7/17

7. 少年の魔法、それから昼食

 少女を襲うはずだった衝撃は柔らかいものだった。風が肌を撫でる感覚。ブランカは恐る恐る目を開いてみると、体は地面にぶつかることなく、浮いていることに気付く。


「浮いてる……?」


 そのままゆっくりと風に支えられるようにして、足が地面に付くのを感じた。ブランカ自身は何もしていない。とすれば、アランが助けたということになる。しかし、アランがブランカを抱き留めた様子はない。


「魔法?」


 目を瞑った後に聞こえた、聞きなれない言葉を思い出した。間違いなく少年の声であったのだ。ハッとして目の前にいるだろう少年を見た。


「全く、危なっかしい……」

「アランが助けてくれたのね、ありがとう!」


 アランは深く溜息を吐いた。取り落した荷物を拾っていく。ブランカも協力して拾いながら見てみると、パンや茶葉であったので買い出しに来ていたのだろうかと考え付く。容器に入っていない食材は、幸いにも紙袋から出なかったようで少し安心した。


「アランは魔法が使えるのね」


 拾った瓶を手渡しながらブランカが口を開いた。それを受け取ったアランは、中身を確かめるように紙袋を覗き込む。


「……まあね」

「養成学校に通っていたの? それともお家で、もしかして独学かしら」


 顔を上げたアランは、詰め寄るように前に乗り出すブランカにたじろいだ。

 魔法を学ぶ手段は大きく分けて二つだ。下級養成学校――王立魔法学院の下位組織だ――に通うか、親ないし後見人、もしくは家が雇った家庭教師に習うかだ。

 仕組みすら知らない段階から独学で学ぶのは大変困難で、大抵はその二つの方法で魔法を学ぶことになる。


「独学。実家には何年も帰ってないから」


 顔を背けて答える。その横顔は感情を含まない全くの無で、それがあまりに違和感だった。


「そうなの……。ごめんなさい」

「別に。どうでもいいことだし」


 相変わらず目を逸らしたままだ。


「どうでもいいって」

「自分から家を出たんだ。気にするようなことじゃない」

「そう……」


 不安そうな目を向けるブランカに、やっとアランは振り向いた。その顔には少し表情が戻っていて、それがブランカを安心させた。


「で? 声を掛けてきたからには用事でもあるの?」


 魔法を使ったことによって、話が逸れてしまっていた。ブランカから声を掛けてきたわけだから何か用事があったのだろうが、当の本人はキョトンと首を傾げている。


「お友達とお話ししたかっただけよ。じゃあ、食事でも行かない? さっきのお礼も兼ねて」


 妙案を思い付いたように目を輝かせる。


「昼食は? もうとった?」

「……まだだけど」

「なら行きましょ!」


 空いていたアランの左手を引き、広場の方へ向かおうと踵を返す。アランは足場の悪い石段で強く踏み止まるわけにもいかず、導かれるままに歩を進めた。


「ちょっと」


 抗議の声を上げるが、どうやら聞いてもらえそうにもない。ずり落ちそうになった紙袋を抱え直し、されるがまま付いて行くことにした。


「お店は色々知っているのよ。何が食べたいかしら」


 大人しくなったアランに、ブランカは上機嫌だ。鼻歌でも歌い出しそうである。


「何でもいいさ。君が食べたいもので」


 すっかり諦めたアランは軽い溜息を一つ吐いた。




 逃げないから、と途中で手を離してもらい、辿り着いたのは民衆で賑わう大衆食堂だった。その雑多な雰囲気に、ブランカははしゃぎ、アランは目を細めた。


「おや、ブランカ嬢。いらっしゃい」


 入店に気付いた店員が声を掛けてくる。ブランカは軽い挨拶をして、誘導された席に着いた。その後ろにアランも付いて行く。

 改めて見た店内は昼時ということもあり賑やかで、短い昼休憩に訪れただろう商人や給仕が忙しなく動き回っている。


「昼時にお屋敷を離れていて大丈夫なのかい?」


 サラダを運んできた店員が笑顔のまま尋ねた。ブランカが訪れたときには、決まってサラダとスープが提供される。いつもそう注文するから、気が付けば慣例になっていた。


「大聖堂に司祭様のお話を聞きに行っていたの」

「おや、今日はお話の日だったのかい」


 ええ、と首肯する。そしてメニューを開いて、料理を選び始めた。


「今日のお肉は羊なのね。それの香草焼きにしようかしら」


 日替わりで提供される多種の肉や魚が、ブランカがこの店に訪れる理由だ。それらを最適な方法で調理し、提供する料理は絶品なのである。


「アランはどうする?」


 頬杖を突いて外を見つめたままのアランにメニューを開いて手渡した。アランはそれに目を向けることはしない。


「君と同じでいいよ」


 そっけなく答える。


「じゃあ、それを二つ、お願いします」

「かしこまりました。彼は友達かい? それとも恋人?」


 ニヤニヤとした顔で聞いてくる店員に、ブランカは肩を跳ねさせた。アランが聞いていまいかと横目に向かいの席を見る。


「ち、違います! 友達! この前知り合ったお友達なの!」


 ブランカの面白い程の慌て方に、店員はニヤついたまま立ち去って行った。その背中を見送って、深く溜息を吐いた。

 アランは未だ外を眺めていた。つられるように外を見てみても、通りを行き交う雑踏が映るだけだ。目線を戻せば、窓から差し込む光が漆黒に反射して煌いていた。


「ねえ、さっきの話なんだけど」


 料理を待つ間、ブランカはアランと話がしたくて、路地での話題を切り出した。


「何?」


 アランはやっと緩慢な動作で振り向く。頬杖を止めて背凭れに背を預けた。


「魔法のこと」

「……ああ」


 視線が交わることはない。アランがブランカと目を合わせようとしないのだ。


「私、今年から学院に通う予定で、もうすぐ試験なの」


 アランは先を促すように頷く。それを見てブランカは続けた。


「アランも一緒に通わない?」


 真剣な眼差しだ。膝に拳を置いて少し身を乗り出す。

 アランは少し面食らったように目を見開き、そのまま顔を背けてしまった。


「学院に通う気は、ないよ」


 返答は静かで抑揚のないものだ。ブランカは力が抜けたかのように、背凭れに寄りかかる。


「独学で学んできたんでしょう? きっと学院でならもっと成長できるわ」


 気のない返事しかしないアランに、ブランカは食い下がった。魔法を学ぶなら王立魔法学院以上の場所はないし、公に魔法を行使する資格も得られるのだ。少なからず魔法を使えるものにとって、通うことに損はない。


「……通いたくない理由があるの?」


 何か事情があるのか、と考えると自然と眉が下がった。

 王立魔法学院は全ての階級に等しく開かれる。魔法を学ばんとする意志のある者が学ぶことができる。


「別に……」


 アランは答えをはぐらかそうとする。問答は料理が運び込まれたことで打ち切られることとなった。

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