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少年少女ファンタジア  作者: 青い椿
物語の始まり
6/17

6. 少年と少女は再び出会う

「皆さんは今ある王都の姿を守ってくださった救国の乙女に感謝せねばなりません。そして、今一度考えてください。悲劇を繰り返さぬためには、どう生きたらよいのか。その答えをそれぞれが考え、抱くことが大切なのです」


 語り終えて一歩下がる。聖堂内は静まり返っていた。

 大司祭は両手を合わせ、祈りを捧げると緩慢な動作で壇上を立ち去った。

 沈黙を破ったのは誰かの嘆息だ。


「ミラ様のお話はいつ聞いても素敵ねえ」

「今の生活があるのもミラ様の活躍があってこそだからな」


 ブランカ・フィルソフィアは後ろに座る夫婦の会話に耳を傾けていた。

 もう何度も聞いた物語。救国の伝説は幼い頃に初めて母が聞かせてくれた物語だ。ずっと英雄ミラに憧れていた。いつか立派な魔導士になってミラのようになるのだと。

 この話を聞くたびに、幼心に抱いたそれを再確認する。昔から何ら変わらないそれは彼女にとっての道標だ。

 隣を見てみれば子供たちが目を輝かせていた。初めて聞いたのであろう、伝説の物語に感動したようだ。


「皆は初めて聞いたのよね。どうだった?」


 声を掛けると三人ともが笑顔で振り向いた。


「悪い魔導士を止められてよかった!」

「ミラ様みたいになりたい!」


 三者三様口々に感想を述べる。壮大な物語に興奮しているようで、同じようなことがあったら自分が悪の魔導士を倒すんだ、と息巻いている子もいた。

 そんな中、聖堂の奥を見据えたまま呆けている子がいた。何かを考え込むようにじっと座っているその子に、どうしたのか声を掛けてみる。


「どうして、あの人は悪いことをしようと思ったんだろう」


 ボソッと呟かれたその言葉が、心の奥深くに刻み込まれた。




 子供たちと別れ、一人で歩いていた。市場の喧噪が少し遠く聞こえる。

 思えば考えてみたことはなかったように思う。幼い頃から教えられたそのままで、救国の乙女が悪の魔導士を倒した。その事実だけを信じてきた。


――どうして、か。


 どうしてアレクサンドル・セレーネは災厄をもたらそうとしたのか。その本質が悪だったのか。誰かにそそのかされたのか。そうしなければならない理由があったのか。

 一度考えこめば、様々な憶測が浮かんできた。どれが正解なのか、どれも正解ではないのか、答えは誰も知らないのだろう。

 それでも少女は、英雄ミラの決断だけは疑わない。彼女が災厄を止めなければ、自分たちの今の生活はなかったかもしれないのだ。この先もミラへの憧れを棄てることはないだろう。決意を新たにして一歩を踏み出した。

 気が付けば時刻は既に昼時のようで、市の人混みは少しばかり緩和されていた。来た時よりも歩きやすい広場を進みながら、そういえば、とあることを思い出した。


「私のことをミラって言った……」


 思い出したのは昨日出会った少年のこと。戸惑ったような顔をして、少女のことを確かにそう呼んだのだ。

 ミラを描いた絵画を見たことはあった。教会や美術館に飾られていることが多いからだ。金糸の麗人は見る人を、少女をも魅了した。

 その時のことを思い起こして、似ている所と言えば金髪碧眼だろうか、などと思案する。

 何故彼がブランカを勘違いしたのか分からなかった。普通に考えて、ミラという名の知人がいるという所が妥当だろう。英雄の名を借りて、女の子にミラという名前が付けられることは非常に多い。きっと自分に似た金髪で同い年くらいの知人がいるのだろう、とブランカは自分の中で結論付けた。

 のんびりとした足取りで人を避けながら歩く。先程よりは市の賑やかさが肌に感じられた。露店を見ながら歩いていく。


「あれ」


 視線の先を横切った漆黒の髪。紙袋を抱えて歩いている、その後ろ姿に見覚えがあった。

 脇目もふらずに歩いて行くその人物の後を追った。

 広場の中央から脇に逸れて、小道に入っていく。石造りの住宅が密集する中に多く敷かれた石畳の道だ。粗削りの石たちが足場を悪くしているのもお構いなしに、速さを緩めることなく早歩きで進んでいた。

 その後ろを小走りで追いかける。喧騒が遠ざかり、住宅街の静けさが勝ってきた頃に声を張った。


「アラン!」


 昨日出会ったばかりのその少年は、肩をピクリと震わせて立ち止まった。石造りの階段にして十段程下った場所である。

 しかし少年は聞こえなかったかのように、再び歩き出してしまう。


「待って!」


 石畳を踏み鳴らして追いかければ、観念したように振り返った。

 その姿は昨日会った時よりも疲れてやつれているように映った。


「また会えたわ!」


 どうやら待っていてくれるようで、それが嬉しくて幅広の石階段を駆けていく。あと数段、という所だった。


「あっ」


 石の継ぎ目、少しばかり飛び出ていた場所に右足を引っ掛けてしまった。前に向かって倒れていく感覚。来たる衝撃を恐れて、強く目を瞑る。


「っ……! 浮遊せよ!」


 それを目の前で見ていた少年が抱えていた紙袋を放り、咄嗟に口を開いた。


 刹那、小道を風が駆け抜けた。


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