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少年少女ファンタジア  作者: 青い椿
物語の始まり
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1. 始まり










 僕は前世、愛した(ひと)に殺された。











 小鳥が囀り、木漏れ日が差し込む麗らかな春の森だ。人の手が加えられておらず、魔法の干渉も受けていない、ただ自然にあるままの自然。木々が開けたところには四季折々の花が可憐に咲き乱れ、蜜を求めた蝶が舞う。

 小さな泉があった。泳ぐこともままならないくらい浅く、数十秒で一周回れてしまうくらいの小さな泉だ。その畔に花々に囲まれた小さな墓があることを知るものはいない。

 その墓に眠る本人を除いては。




 アレクサンドル・セレーネと彫られたその墓は、野草と苔に覆われ、墓と呼ぶのも難しい。訪れる者がないのは明白で、草木が成長するままに森の一部となっている。

 しかし、今日。その存在に気が付いた者が一人。


「アレクサンドル・セレーネ……。()()


 小振りの柳の籠を提げた少女であった。白く清潔そうなシャツに、ベージュのパンツ、足元には編み上げのショートブーツだ。軽装に見えても、衣服の素材や仕草から上品さが垣間見える。それでいて快活そうなその少女は、手に持っていた籠から一本の花を取り出した。

 碑を覆う草をかき分け、その上にそっと白い花を添えた。そしてしゃがみ手を合わせる。


「あなたの墓があるなんて知りませんでした。きっと誰も知らないのね」


 立ち上がって膝に付いた土を払っていれば、風が草木を掻き分けていった。少女は舞い上がった髪を耳に掛け直し、勢いよくもう一度礼をした。




***




 その少年の一日は水を汲みに行くことから始まる。その日暮らすのに必要なだけを大きな桶を持って汲みに行く。数分歩いた所に小さな泉があるのだ。地下から湧いてくるらしいその泉にはもう何年も世話になっていた。

 その水を少し使って顔を洗い、そのまま朝食の準備に取り掛かる。いつも簡単に済ませてしまうそれは、ものの数分で出来上がる。朝に強いわけでもなく、力仕事をするわけでもない少年は朝食の必要性を然程感じていないが、とある昔の約束を守り続けているのである。

 昨晩の残りのスープで少しだけ切り分けたパンを流し込んで席を立った。

今日は何をしなければならなかっただろうか。薬草が少なくなっていただろうか、と考えを巡らせる。買い出しはまだ先でよかったはずだ。


「よし、今日は薬草採取だな」


 そうと決まれば必要となるのは籠と鋏だ。籠は大きなものが一つあればいいだろう。分別は戻ってからゆっくりやればいい。

 やや足の長い草を掻き分けることになるため、靴は長めのブーツを選ぶ。濃茶のそれは大分使い古された彼の気に入りだ。そろそろ買い替えなければならないだろうか、などと考えながら扉を開けた。

 一歩を踏み出した途端に舞う風は暖かく、春のものだ。この小屋があるのは誰も来ないような山奥。鍵を掛けることすらせずに――そもそも鍵自体付いていない扉だ――森へと向かう。

 薬草には様々な種類がある。日のよく当たる場所に生息するもの、日の当たらない湿った場所に生息するもの、多種が生息するのがこの森だ。都市では魔法を使った育成が行われているが、自然にしか育たない種は存在するものである。

 肌に風を感じながら草木を掻き分ける。数日に一度は通る道だ。元は草むらであった場所も、獣道のように開けてきている。昼過ぎには帰れるだろうか、と思案しながら歩を進めた。


「昼食も持ってきていないしな」


 自分のことになるとどうも雑になってしまうようで、何年経っても慣れなかった。食事を抜くということを、しないようにはしているつもりなのだ。


「ん?」


 足を止めた。そこは偶にハーブを採取しに来る場所で、朝に水を汲みに行く泉から南下した地点だ。木々が茂る森において珍しく日が多めに差し込むため、ハーブの類がよく育つ。

 帰りがけにでも採取していこうと考えていたが、どうやら人が通った痕跡があった。彼が通らない方角へ露草が倒れている。


「誰か来たのか」


 この森は都市部からはかなり離れている。近くに農村があるわけでもない。立ち入る人間は滅多にいないのだ。

 森に火をつけに来たという程の大事でない限りはどうでもいいことであるのだが、男からするとそうもいかない。人里から隠れるようにして移り住んだのだ。何の目的で来た者であろうと存在を知られたくはなかった。


――家は隠蔽の魔法をかけてあるから大丈夫だろうけど……。


 見つからないように気を付けて放っておけばいいのだが、気が付けば目線は痕跡の向かった先である泉へ向いていた。不思議と気になって仕方がなかった。

 ここから泉へは北に数分もかからない。東へ向かう足を九十度左に向けた。

 今まで歩いていた道より少し草が深い。歩く者がいない森はあるがままだ。光の当たっていた場所から少し暗くなり、少し先にまた明るい場所が見える。木々が円形に割れた泉のある空間だ。

 森では無造作に伸びる草すら大人しい空間は、木漏れ日が澄んだ水に反射して神聖さすら感じられる。そこに重なった艶やかな金髪は天使のように見えることだろう。

 勢いよく立ち上がったことで跳ねた肩までの金糸は、泉同様に木漏れ日を反射して一層輝いた。


「ミ、ラ……?」


 光を映して振り返ったその人と目が合った男は目を見開いた。


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