初の親子(?)喧嘩
ここまで長い長い番外編を離れる事無く読み残って下さった全ての読者様に感謝します。
禁断の総集編へと手を出しながら、ようやく本編に戻る事が出来ました。
既に本編を忘れてしまった方も多いでしょうから、再び三行でまとめさせてもらいます。
・銀色の月の満月の夜をお互いに乗り切ったユークリットとネモ。
・ネモは三本角と呼ばれる強敵を単独討伐し、ユークリットは討伐成果なくホルスと港へ。
・ユークリット、ホルス、たすきおじさんの三人がドカチーニと何か深刻に話をしていた。
これだけ番外編をやって本編はたったの10話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
2018/11/26 何遊亭万年
現在は夕方の『ドカチーニの斡旋屋』にある食堂。
俺は厄介事に巻き込まれていた。
いつもお世話になっている、たすきおじさんの頼みだ。
なるべく応じてやりたい。
だが街の壁の外、しかも船で海を渡っての仕事になる。
しかも次の新月までに帰ってこれる保証は無い。
俺は仕事自体よりもベスとアンに何と言おうかを考えていた。
仕事の内容は分かっている
銀色の月が次の新月を迎えるまでに、不死山から氷を取ってくる事だ。
どこかの偉いヒトが「この夏に取って来た不死山の氷を食べたい」と言っているらしい。
真偽は分からないが、夏に取ってきた不死山の氷は不老長寿の妙薬らしい。
帆船で不死山の近くの港まで行き、陸路は大八車を押して氷のある洞窟まで行き氷を積んで、川を下る舟に運んだ氷を載せるお仕事。
陸路を担当する大八車の一台を『たすきおじさん』が任された。
杖を突いているおじさんをこの仕事に指名する事が本当はおかしいと思う。
足が悪いハンデをおっても尚、彼は仕事を任される信頼を得ているとも言える。
たすきおじさんは、自分の隊に俺とホルスたんを選んだ。
選んだと言うよりは、選ばなければならなかった。
お偉いヒトの『鶴の一声』というやつだ。
あと1人、冒険者を加えて、4人の隊で大八車を動かす『輸送隊』にするらしい。
俺としては冒険者は是非ドカチーニさんにお願いしたいところだ。
俺は、たすきおじさんと相談して、ドカチーニさんへ同伴してくれるように頼む事にした。
「氷を取りに行くのに冒険者として俺についてこいって事か?」
「はい。ドカチーニさんにお願いしたいです。」
「冒険者一人で三人を護るのなら、俺よりも索敵が得意なシーリンの方が役に立つぞ?」
「ドカチーニさんなら、何が来ても安心なのですが?」
「俺は戦う事しか出来ないからな。俺一人で三人を護るのは難しいのだ。悪い事は言わない。シーリンを連れていけ。行く場所が場所だ。少しばかし相性が悪い相手が出てくるが、シーリンならば戦う事無く済ませるだろう。」
「シーリンさんが居なくなっても、斡旋屋は大丈夫なのですか?」
ドカチーニさんが頭をガリガリと右手で掻きながら答える。
「おいおい。シーリンが成人するまで俺が斡旋業をやっていたんだぞ?何も問題ないさ。今はベルガーもフィーナも居るしな。シーリンの穴くらいは三人で埋めるさ。」
「ではシーリンさんに頼んできます。」
酔っ払いの筋肉達へと飲食を運ぶシーリンさんを呼び止めて、俺は今日の事を頼んだ。
「シーリンさん。付き合って下さい!」
「これはまた、突然ですね?館長をはじめ、ベスとアンに承諾は取ったのですか?」
「むしろドカチーニさんに言われて来ました。ベスとアンにはこれから承諾を取ります。」
「館長は何と言ったのでしょうか?」
「シーリンさんが居なくてもベルガーさんとフィーナさんが居るから大丈夫だそうです。」
あっ。
駄目な笑顔だ。
体中で警報が鳴っている。
俺は後ろからがっちりとした筋肉で羽交い絞めにされた。
あれ?
シーリンさんは俺の前に居ますよ?
後ろの景色が揺らいで見えるような笑顔をしながら。
私を羽交い絞めにしているのは誰でしょうか?
考えたくありませんが、港湾施設で働く筋肉達の皆さまですね。
何か物騒な言葉が聞こえてきます。
「おい、みんな。ここにはフィーナ先生が居るからな。きっちり半殺しで我慢しておけよ?」
「「「「「「「「「「勿論だ!!」」」」」」」」」」
どうやら、異世界生活で初めて喧嘩イベントに巻き込まれたようです。
斡旋屋に居た、筋肉達に一発ずつ腹に拳をいただいて、夕食を食べているフィーナさんの前に転がされました。
さすがに俺の腹筋も装甲は全て剥がされて、ダメージが足にきてしまい自力で立てません。
仰向けになって上を見上げるとマリーがすぐそばで立っていました。
メイド服のロングスカートの中が丸見えです。
『へえ、メイド服の中はズボンみたいなのを穿いているんだ』
などと考えた所で、硬いブーツの底で視界を塞ぐように顔を踏まれました。
視界が塞がれて、周りが確認出来ない状態でマリーに謝ります。
「マリーごめんなさい。中を覗くつもりは無かったのです。信じて下さい!」
私はマリー相手ならすぐに脱出出来ると思ったのですが、見事に抑え込まれていて頭を動かす事が出来ません。
洗濯場の溜池に沈められた時の事を思い出す絶妙な力の掛け具合です。
今回は目の周りの骨がきしむような力を加えながらも決して折れないような力加減です。
「館長に確認しました。あなたは色々と言葉が足りないようですね?すぐにベスとアンを連れて来て下さい。二人を交えて話を付けましょう。」
上から冷たい声が聞こえてきます。
どうやら私をブーツで踏んでいるのはシーリンさんですね。
確認するまでも無く、彼女は笑顔で私を踏みつけているでしょう。
私はむしろ直接確認出来ない事を幸せに思うべきかも知れません。
シーリンさんは『笑顔を見てはいけないあのヒト』になっているはずですから。
シーリンさんのブーツが目の上から退けられて周りを確認するとマリーが食卓の反対側に移っていました。
顔を真っ赤に染めた彼女は、当然、俺とは目も合わせようとはしません。
フィーナさんも「良く鍛えられているわ。さすがね。内臓も破れていないようだし、この程度なら回復魔法なんて必要ないわ」と言って、俺に回復魔法は掛けてくれないようです。
俺は生まれたての小鹿(見た事は無いが)のように、足をプルプル震わせながらベスとアンの2人を呼びに行く事になりました。
食堂を抜けて廊下を歩き出す頃には心の動揺も治まる。
俺も異世界に来てからというもの、心が鍛えられてきたな。
動揺したり弱気になった時に、自分を取り戻す時間が短くなった。
だがアルフィアさんの食事を運ぶネモに追い抜かれる時にされた『膝カックン』に全く抵抗出来ずに廊下へと転がされた事はこの上無い屈辱だ。
奴は床に転がる俺へと追い打ちを掛ける。
見下すように下衆な顔を俺へ向け、唾を吐く真似をしてから病室へと入って行く。
これからアルフィアさんと二人で食事なのか?
許さんぞ、ネモ!!
だが俺には今やるべき事がある。
今日の所は勘弁してやるからな!
覚えてやがれ!!
部屋でベスとアンに「街の外に出て氷を取りに行く」と言うと、完全にへそを曲げられた。
食堂へ連れて行こうと俺がベスを抱きかかえようとすると、アンが立ちふさがり、話し合いの場にすら行かせようとしない。
帰りが遅い俺達を待ち疲れたのか、シーリンさんがホルスたんとたすきおじさんを連れ立って、俺達の部屋までやってきた。
観念したのかベスもアンに支えられながらベットに2人で座り、他の4人は床へと直接座って車座を作る。
ホルスたんは何が珍しいのか部屋をグルグルと見回している。
相変わらず何も無い部屋でごめんなさい。
最初に口を開いたのは、たすきおじさんだった。
ベットに居るベスとアンに向かって質問をする。
「お前達は『金髪双子』か?港の通路で魔力を売っていたよな?」
「はい。」
「それは良かった。通路の子供達が『二人は良いヒトに拾われて幸せに暮らしているから大丈夫』と言っていたが自分の目で見て本当に安心したぞ。元気になっていて本当に驚いた。」
「港ではお世話になりました。」
「ほとんど何も出来なかったがな。お父さんが見つかって本当に良かったな……」
たすきおじさんの目から涙が溢れそうだ。
そんな涙を吹き飛ばすように、いつものベスの一言が入る。
「姪です!」
「『筋肉兄貴』はいつも二人の事を『娘』と呼んでいるぞ?」
「姪です!娘ではありません。このヒトは父上ではありません!!」
アンも首を縦にブンブン振っている。
2人共やめて!
俺の心を殺しに来ないで!
たすきおじさんが、ベスとアンを指さしながら俺に確認を促している。
2人がこの問題で折れる事は無い。
仕方なくここは俺が折れよう。
「2人は姪です……」
部屋に沈黙が流れた。
「話を戻そう。おれに『氷運搬の依頼』が来た。依頼と言うより命令だな。」
「命令ですか?」
「そこへ『筋肉兄貴』と『筋肉姉御』が居合わせて命令を受けた。出発は明日の昼だ。」
「どうしてユークリットさんなのですか?」
「お偉いヒトから命令を受けたからだ。、命令が無かったとしても、おれは『筋肉兄貴』へ一番に頼んだと思う。おれが一番信用している荷揚げ屋だからだ。『筋肉姉御』も同じだ。」
仕方が無い。
俺もベスとアンに……我が家の財布事情を……本当の事を言おう。
「ベス、アン。今まで黙っていたけど、このままだと生活費が足りなくなりそうなんだ。」
「私達、おやつも昼食も要らないから!冒険なんて行かないで。」
「莫迦たれ。お前達には沢山食べてもらって早くふっくらしてもらいたいんだよ。」
「どうして、生活費が足りなくなるの?荷揚げ屋でヒトの倍くらい稼いでいるのでしょ?」
「ホルスたんが荷揚げ屋の革命的な運び方を考案した結果稼げなくなった。凄いぞ彼女は!」
「確かにそうだな。筋肉姉御がこの港町に来てから荷揚げ屋の運び方に革命が起こったな。」
俺達が誉めると、ホルスたんは鼻の穴を広げて嬉しそうにしている。
しかし、ベスは違った。
彼女に向かって、俺が耳を疑うような言葉をベスが吐いた。
「出て行け!私達の邪魔をするよそ者はこの街から出て行け!!」
「ベス!止めろ!何を言っているんだ!?」
「出て行け!出て行け!出て行け!出て行け!この街から出て行け!出て行けぇぇぇぇ!」
「ベス!!」
俺は右腕を振り上げてベスの頬を叩こうとした。
だが俺には出来ない。
俺は、黙って自分の冒険者としての装備と着替えを持って部屋から出て行く。
アンがかすれた声で泣いていた。
ベスも、涙がこぼれるのを我慢して、俺を赤い瞳で睨んでいる事が分かる。
だが彼女の赤い瞳には、いつもの激しい炎は宿っていない。
ベスは自分の理屈が通っていない事を分かっているのかもな?
例え俺の予想通りだとしても、俺は部屋から出て行かないといけない。
「ホルスたんもみんなも行くぞ。ベスは俺達に出て行って欲しいそうだ。ベス、次に会うのは新月だから、それまでに反省しておけよ?」
部屋の扉を閉めると、ベスの怒声が飛んできた。
「ユークリット!あなたまで出て行く事無いでしょ!!私が動けるようになるまでに帰ってこなかったら、アンと一緒に家出するからね!!絶対、絶っ対、絶っっ対だからね!!」
食堂の食卓で俺は頭を突っ伏して激しく後悔をしている。
シーリンさんが容赦なく追い打ちを掛けてくる。
「あなたは本当に莫迦ですね。ベスが動けるようになったら確実に家出しますよ?」
「分かっています。」
「銭と彼女達とどちらが大事なのですか?」
「ベスとアンです。ですがこのままでは養育費が足りません……」
「おれの為に悪い事をしたな?」
「おじさん。気にしないで下さい。あれはベスが完全に悪いですから。ホルスたんも気分を悪くさせたと思います。うちの娘がごめんなさい。」
「あたいは良いんだ。慣れているからな。それよりネモに聞いたんだが、お前は三ヶ月に一度嫁が変わっていたのか?」
「えぇ。そうですね。大体その位の割合で変わります。嫁によっては6ヶ月とかもありますから、一概に3ヶ月とは言えませんね。」
「あんた意外と浮気者だったんだな!?」
「おれもそれを初めて聞いた時には驚いたよ。」
「お前は嫁を大切にしないのに、娘は凄く大切にするんだな?本人は『姪』って言っていたけど、お前が浮気をしまくるせいなのか?」
「正確には養女として『娘』にしようとして『姪』でぎりぎり親族に収まりました。」
「二人とお前に血のつながりは無いのか?」
「えぇ。ベスとアンと私に血の繋がりはありませんが『娘』です。嫁だって……嫁だって……俺はもっと長く一緒に居たかった!!だが世界がそれを許してはくれないんだ!!!」
俺は敬語を忘れて魂の叫びを発していた。
「嫁がいる間は絶対に浮気はしない。だが俺と嫁が一緒にいられたのは3ヶ月の間だけ。これはもう世界の理と言っても良いほどの理不尽な事実。俺がどんなに望んでも望んでも、変える事の出来ない現実!!俺は嫁との思い出を胸に刻むだけしか出来ない人物!!」
普段は俺は敬語で発言している。
俺の敬語しか聞いた事が無い二人は逆に慌てている。
「すまん!おれが勝手に想像して浮気者扱いしてしまったな。」
「あたいもだよ。忘れていたのさ。あんたは『この世界にいる限り逢える事は無い』って言っていたのをさ。済まなかったよ。」
「気にしないで下さい。私も取り乱してしまいました。」
ユークリットの嫁話が始まり、3人で勘違いの応酬の後に和解をした頃、ユークリットの嫁には全く興味が無いシーリンはとっとと席から離れ明日からの旅の準備を粛々と進めていた。
ここまで離れる事無く私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
正直に内情を申しますと、今回の長い番外編の間に、最新話部分を更新から初日・二日目で読んで下さっている読者様がほぼ半数まで減りました。
自分の実力不足を痛感する一方、離れる事無く残って下さった読者様に感謝の気持ちしかありません。
折れそうになる心を休日になると平日の3倍を遥かに越える読者様のアクセス数と、同じ作家仲間様から届くメッセージに支えられて本編の再開にこぎつける事が出来ました。
いつもと同じ挨拶にはなりますが、
最新話まで読んだ後感想まで下さった読者様、
ブックマークをしてまでお読み下さる読者様、
毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、
余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、
タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、
全てのアクセスして下さる皆様に『やる気』燃料をいただいての毎日更新です。
皆様の日頃よりのアクセスを本当に感謝しております。
本日だけは自分の作品を書く時間を削ってメッセージをやり取りして下さった作家仲間様にもこの場での感謝を捧げさせて下さい。
色々と足りない未熟者ですが、今後も末永くお付き合いを頂ければ幸いです。
2018/11/26 何遊亭万年




