番外編49:会合
これはドカチーニの話。
数日に一度行われる大人の会合。
フィーナがユークリットを夕食に誘う日の話。
「ドカチーニ。どこへと行き気なのかしら?」
どう言う理屈かは分からんが、会合へ出る時は、必ずフィーナが声を掛けてくる。
「会合だよ。いつもの会合だ。今日も斡旋屋の会合に出る。」
「お酒を飲みながら?」
「俺は飲まない。」
「あらそう。」
「ああ。そうだ。」
「どうして女の子が居るお店で会合をしないといけないのかしら?」
「ここの食堂にもシーリンが居るぞ?」
フィーナは俺の目を真っ直ぐ見て、両足を開いて軽く曲げた腰に両手を当てて眉を寄せながら言う。
彼女の怒り方は可愛らしいが、見た目と違って、完全にお怒り状態だ。
あまりにも俺の言い訳が見苦しかったな。
「どうして女の子が隣でお酌をしてくれるお店で会合をしないといけないのかしら?」
「昔からの慣わしだ。」
「そのお店でどうしてもやらないといけないの?」
「当番で店は毎回変えているぞ?」
「そういう意味では無いでしょ!!今日も女の子のにおいを付けて帰って来る気なの?」
「会合に遅れたらまずいから、帰ってからな!?」
「待ちなさい。ドカチーニ!!」
俺はフィーナから逃げるように斡旋屋を出た。
帰ってからの事を考えると少し気が重いが、どういう理由からか、翌日には彼女の機嫌が直っている事が多い。
俺の居ない日はユークリットがフィーナと食事を取り、彼女と話をしていると言う。
あいつはどうやってフィーナの機嫌を直しているのだ?
延々とフィーナが俺の悪口をユークリットへと吹き込む場面が想像出来るな。
湾岸施設にも商店街がある。
河岸の市と呼ばれる川向うにある巨大な市場に比べたら規模は小さいし、品数は少ないし、物だって良い物が少ない。
だが河岸の市と違って詐欺のような店は一店も無い。
どの店も地元に馴染んだ『信用だけは置ける店』しか無い。
とは言っても、質の一点において、俺が使う事は滅多には無いのだが。
湾岸施設は海とトモウェイ川に挟まれて南北方向へ縦に長く存在している。
俺の斡旋所より北には湾岸施設で働くヒト達の住居が増えてくる生活の場。
南には倉庫や埠頭が増えてきて、港の顔が色濃く出てくる。
そんな仕事場と生活の場の境にあるもの。
俺の斡旋屋が海沿いにあるのに対して、商店街は内陸の川沿いにある感じだ。
俺は、夕方の港から出る最後の荷馬車が引っ切り無しに通る主要幹線を渡って、商店街へと訪れた。
商店街の各店舗も店仕舞いをしている。
昼の顔が終わり、夜の顔を迎える。
商店街に休む時は無い。
とは言っても夜の顔は商店街にある横丁へと入った飲み屋街だけどな。
俺も荒れていた一時期は赤子のシーリンを連れて朝まで飲み屋に居たものだ。
朝になって店が閉まるとそのまま飲み切れなかった酒を持って昼間は長屋で飲む。
肝っ玉かあさんに会わなかったら俺は今頃どうなっていたかな?
もしかしたらシーリンだって立派に育てる事が出来なかったかも知れない。
そう言えばシーリンは普段から酒を飲まないな。
俺の斡旋屋で大酒を飲むのはベルガーくらいなものか。
それも祝いの席でしか飲まないし『飲んだくれ』とは言わないな。
さてここだ。
今日の会合場所になる酒場。
一時期は毎夜のように世話になった女性が開いた店だ。
毎夜のように世話になったと言っても、色っぽい事の一つとして無かったがな。
会合までの時間はまだまだあるが、俺が早めに来た理由は一つだ。
俺の左側に女の子を座らせない為。
俺の左手はフィーナのものだ。
あいつとだけしか腕は組まない。
まぁもう誰も触る事は出来ないけどな。
まだ暖簾が出ていない店へと入る。
「すまんな。先に上がらせてもらうぞ。俺に気を使う事無いからな。」
「あら。早いわね。準備の確認?それともあたしと昔話でもしたいの?」
「いや。席取りだ。いつもの席を取って置こうと思ってな。」
「いつもの席ね。相変わらず左腕へとヒトを置かないのね。特に女性を。」
「ああ。俺の左腕に居て良いのはシーリンとフィーナだけだ。」
「そこだけはあんたが『飲んだくれ』の頃から何も変わらないのね。」
「そうだったか?」
「そうよ。あれはまだあんたが若くて飲んだくれていた時の昔話をしてあげるわ。」
………………
あれはあんたもあたしもまだまだ若かった頃の話よ。
結局この年まであんたもあたしも独り者だったわね。
良いわよ。
もう昔の事だもの。
あたしも気にしていないわ。
あたしが勝手に頑固な男を惚れちまったってだけの事よ。
むしろあんたが今も独り者って事があたしにとっても嬉しいのよ?
あんたが初めてあたしが働いている飲み屋に来た時には呆れたのよ。
まだ乳離れしていない赤子を連れて飲み屋に来る男は初めてだったわ。
しかもただの飲み屋じゃないのよ。
女の子を横へ侍らせて飲む飲み屋よ?
ほとんどの男の客が女の子を口説きに来ているような飲み屋なのよ?
この男は普通じゃないと思ったわね。
最初にあんたについた女の子が誰だったか覚えている?
覚えていないわよね。
あたしよあたし。
それじゃあ、あんたが最初に注文したものだって覚えていないわよね?
やっぱり覚えていないじゃない!
あんたが最初に注文したのは「この娘に乳をやれる女性は居ないか?」よ。
あんたねぇ「本当にそんな事を言ったのか」と言われても、べろんべろんに酔ったあんたがはっきり言ったのをあたしは今でも覚えているわ。
あたしは『この男何を言っているの?』って思ったもの。
ここは悪く言えば男と女の騙し合いの場所よ?
普通に考えて『子供が居る女性』と『子供が居ない女性』どちらが人気あると思うの?
そうよね。
普通に考えれば子供が居ない女性が人気出るわよね。
乳が出るのは小さい子供が居る女性なの。
当時のあんたはそんな事すらも知らなかったのかも知れないけどね!
子供が突然泣き出すわ、お漏らしするわ、機嫌よく笑いだすわで商売にならないのよ。
あんたねぇ「他はともかく笑いだしたのが何故いけないのか?」なんて聞くの?
奥さんと子供を置いて遊びに来た客に里心が芽生えて帰っちゃうでしょう!?
本当にあんたはお店に取っては迷惑客以外の何者でも無かったのよ。
あんたが追い出されなかった理由?
決まっているでしょう。
子連れでこんなお店に来るあんたが追い出されなかったのは金払いが異常に良いからよ。
あとは、お店の女の子にもてていたわよ。
あたしも含めてね。
もてていたのは言い方がおかしいかな?
あなたの隣は楽だったの。
高いお酒もつまみもどんどん注文してくれるし、あたし達にとっては、あなたの独り言を聞き流しているだけの簡単なお仕事だったからよ。
あんたねぇ「聞き流していたのか?」って当たり前じゃないの。
あんた達みたいな冒険者くずれの若い男がするのは自分の自慢話ばっかり。
どいつもこいつも似たような話ばかりで、同じ男が何度も同じ事を繰り返して言うのよ。
全て覚えていられるようなら、あたしは他の仕事についているわよ。
その点ではあんただけはちょっとだけ他の冒険者くずれと違ったかな。
あんたの話は自分の自慢話と言うよりも仲間の自慢話だったのよね。
そこが他の冒険者崩れと違ったし、あんたが作る物語仕立ての話も面白かったわ。
あんた最初は女の子を指名しなかったでしょ?
だから最初は色々な女の子が隣に座ったけど、あんたがあたしを指名してくれるようになったおかげで、今あたしは自分のお店を持てているのよ。
そこには本当に感謝をしています。
だけど今日はあたしの苦労話をあんたに聞かせてあげるわ。
聞きたくないとは言わせないわよ?
あんたはね。
たったの半年足らずであたしみたいな女の子が稼ぐ為には二十年は掛かるような銭をあたしへと落として行ったのよ。
おかげで金銭感覚が完全におかしくなるところだったのよ!
あんたねぇ「それでどうして苦労したのだ?」って本気で言っているの?
あたしの稼ぎの半分は……と言っても、ほとんど全部があんたが落として行ったのだけど。
半分は、姉さんたちや妹たちへと消えました。
ここで言う『姉さんたちや妹たち』と言うのは仕事仲間の事よ。
もの凄いやっかみだったのよ?
それはそうよね。
あたしも逆の立場だったらみんなと同じ事を思ったわ。
だって、お給金が二桁違うのよ?
二倍じゃないわよ。
二桁よ!
あんたが店に急に来なくなった時には店長からは「あんたを連れてくるまで店には来るな」なんて言われたわ。
あたしは街中探してあんたの長屋を探したのよ。
やっと見つけたと思ったけれど、そこには『冒険者崩れの飲んだくれ』は居なかったの。
その時は何日間かそっこりと長屋に通って分かったわ。
恰幅もヒト柄も良い女性だったわね?
あたしは『奥さんが出来たのね』と諦めたのよ。
あんたねぇ「結婚はしていない」って、今のあたしは知っているわよ!
その事を知らなかったあたしは、お店には頭を一杯下げて許してもらったのだからね!
次にあたしとあんたが会った時の事は覚えているのかしら?
あんたねぇ「ああ」なんて言っているけど完全に忘れていた事をあたしは忘れないわよ!
あんたが湾岸施設で斡旋屋を開いて、初めて会合の当番になった時よ。
丁度あたしも自分の店を開いてすぐだったから、その時は運命を感じたのよね。
あたしも若かったわね。
きちんと身なりを整えて『あんたがあたしを迎えに来た』なんて勘違いをしちゃったのよ。
その時の勘違いで、あたしの心は完全にあんたへ傾いちゃったのね。
会合の度にあんたに会うのだから、忘れる事なんて出来ないわ。
あんたが結婚するまでは諦めがつかないでいたら、いつの間にかこの年よ?
真相は新しく斡旋屋を開いたあんたが、会合を開くのに誰も手を出していない、うちのような飲み屋を探していただけだったのだけどね。
あんたが『飲んだくれ』の時代ほどは銭を使わなくなったけど、定期的にうちで会合をやってくれるから大助かりよ。
結婚はしなかったけど『沢山の娘に囲まれて』今はあたしも幸せになりましたとさ。
………………
「あたしの情報網だと、愛しいヒトと再会したのに、あんたはまだ未婚なんだって?」
「ああ。俺はもう結婚はしないな。」
「それならあたしも諦める事は無いわね?この店ではあんたの右腕はあたしのものよ?」
「まぁ他の若い女の子が隣に座るよりは何倍も良いな。会合の間はずっと右隣に居てくれ。」
「相変わらず天然にヒトたらしね。若い女の子よりもこんな『お婆さん』が良いなんてね!あたしは会合の準備があるからそろそろ行くわね。」
「ああ。今日はよろしく頼む。全て任せる。銭の事も心配するな。思うようにやってくれ。」
「こちらこそ。いつもありがとう。」
会合はいつものように朝方まで続く。
この店で一番高級な香水を使っていた人物がずっと右隣へと居たのだ。
朝帰りした俺に向けられた『シーリンの笑顔』と『フィーナの眉根を寄せた顔』の怖ろしさは普段より二桁は違って怖い顔だった。




