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 番外編48:レモン水

 これは番外編22:ドカチーニの斡旋屋内フィーナ診療所(後編)のメイド少女のその後。

 近い未来か遠い未来に湾岸施設に生まれた新しい商売。

 『メイド少女』改め『毎度少女』と呼ばれるようになった商売上手だった少女の話。




「ここで死んで新しい人生を歩む?元の場所に戻って本当に死ぬ?」

「ここで死にます。」


 私は一人の魔女と契約を交わしました。

 普段はどこにでも居る様で、どこにも居ない程、可愛らしいお婆さん。

 治療師の顔をした時は『魔女』にしか見えないお婆さん。

 その魔女と契約を交わして、私は新しい人生を歩む事になりました。



 元メイドの私を港湾施設で魔力を売る子供達はこころよく受け入れてくれました。

 優しくはありませんが、親切に一人で生きる生き方を教えてくれました。

 私もしばらくは午前中に自分の魔力を売って銭を得て、午後は食料を探しに残飯箱をあさる日々を過ごしました。



 ある日、何気なく魔力売りの仲間が会話をしていました。


「ちょっと前までは魔力を売るのは午後からだったんだ。午後の時は日陰もあったけど、今は午前で魔力を売るから、日陰が無くて喉が渇くよな。」

「代わりに魔力が売れなくても午後から残飯箱あされるから良いじゃないか?」

「それもそうだけど、やっぱ暑いよなぁ。」


 そして、荷揚げ屋のおじさん達も似たような事を言います。


「喉が渇いても、井戸までの距離があるから考えちまうな。」

「もうすぐ今日の荷物も終わるんだ。我慢しろ!」

「こんな暑い日はエール(ビールの一種)でも一杯ひっかけたいよな?」 

「仕事中に酒はまずいだろ!だが、何か飲みたいのはおれも同じだ。もう少しの辛抱だ!」



 うん。

 荷揚げ屋さん達にお水を売るのは確実に需要がありそうです。

 だけど普通にお水を売るだけでお客が付くでしょうか?

 湾岸施設で仕事中は大体の銭のやり取りは『たすき』で行われます。


 『たすき』は一本で十文の価値。


 最低でもお水一杯に十文の価値を付けないといけません。

 私は、ただのお水にはそこまでの価値を感じません。

 十文の価値になる何かが必要です。



 魔力を売る為だけに座っている午前中は暇です。

 私は自分の中で一生懸命考えました。

 思い出したくはありませんが、貴族様のお屋敷に居た時の事も思い出します。


 あの貴族様は沢山お水を飲む時は何か果実を入れて飲んでいました。

 黄色くて楕円形の果物を絞り「すっぱいがさっぱりしていて美味い!」と言っていました。

 私は勿論飲んだ事も無いですし、果物の名前も知りません。

 ですが、あれならば港湾施設の荷揚げ屋さんにも十文で売れると思います。



 今日の午後は『片腕のお爺さん』へと相談してみましょう。

 お爺さんと言っても白髪が少し目立つだけで、湾岸施設のどんなおじさん達より、ずっと強そうに見えるヒトですけど。

 あそこの残飯箱は人気なので、すぐに無くなってしまうけど、今日は関係ありません。

 片腕のお爺さんは「私の銭を預かってやる」と言っていたので、その言葉が本当ならば、銭を下ろしてもらって最初の資金にしましょう。



 私は午後に斡旋屋へと向かい片腕のお爺さんに会いに行きました。

 斡旋屋の食堂は荷揚げ屋のおじさん達が一杯いて治療を待っているようでした。

 この時は怪我をしていても働くおじさん達が立派に見えました。

 後に真実を知るまでは……


 片腕のお爺さんは安楽椅子の上で寝ていたけど、私が近づいただけで起きました。


「お嬢ちゃんか。あれから体の調子はどうだ?」

「おかげさまで、何とか生きています。今日は相談があって参りました。」

「そうか。それで、どんな相談だ?」


 片腕のお爺さんが、私に椅子に座るようにすすめてくれました。


「私は港湾施設の荷揚げ屋のおじさん達にお水を売る商売をしようとしています。」

「ほう。水を売るか。それで俺に相談って奴は銭が必要って事か?」

「それもありますが、あなたの知恵もお借りしたいのです。」

「見ての通りのしがない斡旋屋の親父に出来る事はあまり無いぞ?」

「知恵を貸してくれるのですか?」

「まずは聞いてみようか。俺が知っている事、考えられる事なら一緒に考えよう。俺はお前を一度は救ったのだ。一度救ったヒトは最後まで面倒を見るのが俺の矜持でな。」

「ありがとうございます。まずは、黄色くて楕円形の果物の事を知りませんか?」

「待っていろ。」


 それを聞くと、片腕のお爺さんは店の奥へと移動してしまいました。

 しばらくすると黄色くて楕円形の果物を手に持って現れます。


「その果物ってやつはこいつか?」

「そうです。この果物です。」

「こいつの名はレモン。果物としてそのまま食べるのは酸っぱくて大変だが、何かに添えたりして食べると美味しさを増す果物だ。水で薄めるのは悪くないな。」


 そういうと、小刀でレモンを二つに割り、真ん中が凸凹でこぼこに盛り上がった皿でレモンを絞り、井戸水と混ぜて、私に「飲んでみろ」と差し出してくれました。


 私は一口飲んでみましたが、最初の感想は『酸っぱい!』でした。

 だけど、飲んだ後は口の中が爽やかで気持ちが良い。

 それに顔全体に気持ち良い何かが広がっていく感じがとても良かったのです。


「お嬢ちゃんが作ろうとしているのはこれで良いのか?」

「これです!」

「そうか。売り方とかは考えているのか?」

「水袋を用意して『レモン水』を入れて、コップ一杯を十文で売ろうと思います。」

「そうか。標準の水袋には大体一升(1.8リットル)入る。レモンは八百屋で買えば一個で四文だ。水袋に何個のレモンを入れる?コップの大きさはどれくらいを考えている?余って残った時の事を考えているか?色々と考える事は多いぞ?」

「それは……」


 正直言って、そこまでは考えていませんでした。

 私の頭には『子供の浅知恵』という言葉が思い浮かびます。

 だけど片腕のお爺さんは、その後に嬉しい言葉を続けてくれました。


「しばらく午後は斡旋屋へと来い。その辺りを俺と考えて行こうか?」

「はい!」


 私は勢い良く答えたが、片腕のお爺さんは最後に一つ言葉を付け加えた。


「これは俺の仕事として請けるぞ。きちんと仕事の銭はお前へ請求するからな?」

「はい!」


 その言葉は『何の見返りも無く協力してくれる』と言うよりも何倍も信用出来ました。

 今日は片腕のお爺さんとの相談はお終いにして、儲けの出る割合を考える事にします。

 幸い私には時間だけはたっぷりとあるのだから。



 私は朝から港の通路へと座り頭の中で暗算をします。

 基準になるのは昨日、片腕のお爺さんが飲ませてくれた、レモン水。

 レモン半分で大きなコップ一杯だった。

 お屋敷に居た時の記憶をたどると、あのコップくらいだと一升は四杯で終わるはず。

 メイドの時の知識が役に立つのですから、人生何が役に立つのか分かりませんね。


 とりあえずあの濃さで作るとレモンが二つで四杯出来ますから……三十二文の儲けです!

 ですが、あの濃さで先日のコップ一杯は少し酸っぱすぎる気もします。

 もっと一気にぐいぐいと飲みたいヒトの事を考えて今日は水袋一杯でレモン一つを試してみようと思います。

 いつもよりも時間が経つのが早くて、いつの間にか荷揚げ屋のおじさん達が仕事を終えていました。

 通路からヒトが居なくなっていました。

 今日は売れ残りましたが、そんな事よりも、私は片腕のお爺さんの所へ行く事の方が楽しみで仕方ありませんでした。




 今日は片腕のお爺さんから水袋を一つ借ります。

 借りた水袋へと水を一杯に入れレモンを一つ絞り、よく混ぜてからコップへと注ぎました。

 『酸っぱい』と言う感じは薄れて、飲みやすくなりました。

 その分、顔に広がる不思議な気持ち良さは薄れました。

 一長一短がある感じです。

 片腕のお爺さんにも試してもらいました。


「確かに一長一短あるな。好みの問題だ。俺は濃い方が好きだがコップ一杯は多いな。」


 彼も私と同じ意見のようです。

 そこで私は一つ聞いてみます。


「コップの大きさを小さく出来ませんか?」

「半分の大きさのコップがあるにはあるな。」

「では、薄めの『レモン水』を大きなコップで、濃いめの『レモン水』を小さめのコップで売るとしたらどうでしょうか?」

「良い考えだと思うぞ。後は利益が出るのか?」

「初期投資を考えなければ出ると思います。」

「ほう。言ってみろ。」


 私は暗算しながら片腕のお爺さんに答えます。


「濃いめの『レモン水』がレモン二つで八文。八杯売って七十二文の儲けです。」

「ほう。薄い方は?」

「そちらはレモン一つで四文。四杯売って三十六文の儲けです。」

「お前は計算が出来るのだな。全く訳ありで無ければどこでも雇ってもらえるぞ?」


 褒められた事は嬉しいですが、私はここで生きていくと決めています。


「お褒めいただきありがとうございます。」

「よし。後はやってみろ。『レモン水』を売り始めるにあたって何が必要になるのだ?」


 片腕のお爺さんは、きっと答えを知っています。

 彼は最後まで私に考えさせようとしているのだと思います。

 私は『レモン水』を作る所から想像して必要な物を彼に告げました。


「レモンを除いて、まず小刀。レモンを絞る皿。水袋が二つ。コップが大小一つずつです。」

「本当にそれだけで良いのだな?」


 もう一度、頭の中で『レモン水』を作って、自信を持って答えました。


「はい!」

「よし、俺の報酬と全て合わせて三千文で手を打ってやる。払う気はあるか?」

「私の預けてある銭から払ってもよろしいですか?」

「勿論だ。」

「ではお願いします!」


 片腕のお爺さんはすでに全てを用意してくれていました。

 後は私が明日から『レモン水』を売るだけですが、もう一つの心配事があります。

 それを彼へと相談しました。


「ここでレモンを売ってはくれませんか?」

「なぜだ?はっきり言おう。河岸の市の八百屋で買えば四文で買える。ここで買うのならば輸送費が掛かっているからな。俺の儲けを考えて六文は最低でももらうぞ?」

「それでも構いません。河岸の市へと行って、子供達の縄張り争いに会うよりも良いです。」

「ほう。」

「ここになら、私でも安全に来れますし、井戸の水も美味しいです。レモンに六文を払ってもここに来る価値が十分にあります。」

「そうか。そこまで考えているのなら、レモンを一つ六文で売ろう。契約成立で良いか?」

「はい!お願いします!」



 こうして翌日から私は『レモン水』を港で売り始めました。

 果たしてお客は付くのかは、これからの楽しみです。

 私は大きな声を出して『レモン水』を売ります。




「レモン水いかがですか?一杯たすき一本です。酸っぱくて口の中がさっぱりしますよ!」

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