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 番外編46:二度と「奥様」とは呼ばない

 これは『絶世の美男子?』の後のマリーの話。

 フィーナに頼まれたマリーのお使いの話。

 マリーが湾岸施設の筋肉達から『湾岸施設のメイド看護師』と言われて親しまれる前の話。




 マリーです。

 今日はフィーナ様のお使いでクノー山へと向かっています。

 理由は『ネモ』をフィーナ様の新しい執事として迎え入れる許可を取る親書を出す為です。

 フィーナ様は独立されたので、本来は気にする必要が無いのですが、本家に顔を立てているのだと思います。

 独立をするとは親書を送ったものの、本家からは正式な返答はいただいておりません。

 そんな所も考えての今回の親書だと思われます。


 すでに昼休みも終わり、午後も半分を過ぎようとしています。

 急がないと色々と間に合いません。

 クノー山に行くのには湾岸施設を抜けて港橋を渡るのが一番の近道です。

 今日も橋を渡って行く事にしましょう。



 湾岸施設に住んでいる貴族は多分フィーナ様一人。

 そしてメイドも私一人です。

 湾岸施設で働くヒト達にとっては貴族は完全に別世界のヒト達です。

 私が歩いて行く先でさり気なくヒトが消えて行きます。

 庶民にとっては貴族は理不尽の塊です。

 その事は良く知っているので私は『平然を装って』港橋へと向かいます。



 それにしてもフィーナ様は優し過ぎます。

 あの『ネモ』と言うユークリットと同郷の野蛮人を執事として雇うなんて!

 彼が最初に海から引き揚げられた時は『名のある貴族の執事』と見た目と衣装に、私は騙されましたが、さすがは野蛮人ユークリットと同郷というだけのヒトです。


 寝台の上に立ち上がり淑女の前で股間を見せようとする変態です。

 私に向かって「メイドは大好きだ」と言い切る変態です。

 大声で「ハーレムを作る」と言い切る変態です。


 それでもフィーナ様が「彼を執事にする」と言うのですから私はその決定に従うだけです。



 私は港橋の上で一度立ち止まります。

 斡旋屋へと引っ越す時にフィーナ様の思い出話を聞いたのは『二日前』の事です。

 二日前のはずですが私にはあれから『二ヶ月』は経った気がするのが不思議です。


 フィーナ様の昔話と共に、この二日間の記憶もよみがえります。


 思えば最初は三人の野蛮人を連れて荷馬車で帰ってきたフィーナ様が私を見つけて下さったのでした。

 その後は『当日で引っ越し』『馬車を奪われて引っ越し先には歩かされる』『野蛮人がフィーナ様と恋人のように歩く』と散々な思いをしながら、この道を歩いたのですね。

 私にとっての救いは『フィーナ様の嬉しそうなお顔を見れた事』『昔の思い出話を聞けた事』『引っ越しで諦めていたお花畑が植え替えらて引っ越していた事』ですね。


 フィーナ様がヤンゼン家の別宅に住んでいた時よりも明るいお顔をされているので全て良しとしましょう。



 クノー山からの景色は最高です。

 振り返ってシーミズの港町を見下ろします。

 ここから見る湾岸施設は活気に溢れていて、大きな帆船が沢山並ぶところも立派で素敵なのですが、自分が住むには野蛮人が多すぎて大変です。

 今日も不死山ふじさんは空に隠れていて見えませんね。

 本当に不思議な山です。



 まずは今回の外出目的である親書を出しに行きましょう。

 皇室が直接運営をしている郵便機関です。

 貴族専用の飛脚と言えば分かりやすいかも知れません。

 全国一律に親書を一通一分で運んでくれます。

 貴族が多く住むような比較的大きな街にしか郵便機関はありません。

 親書は郵便機関までしか届きません。

 その先は各貴族が郵便機関に顔を出して受け取る必要があります。

 直接貴族の館まで届ける速達もありますが、とても値段が高くなります。


 普通の親書は届いているかをここまで確認に来る必要があります。

 そういう意味では今日は良い機会です。

 先日送った親書の返事が届いているかの確認もできます。



 郵便機関へと入りますが、大事な親書を預かる機関、私のような子供はいません。

 執事服、メイド服、あとは継裃つぎかみしもと呼ばれる士族の正装をした大人が親書の確認へと来ています。

 幸い今日は顔見知りの受付がいましたので、私はそちらへと向かいました。


「これはマリー様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「フィーナ・フォン・ヤンゼンへと親書は届いておりますか?」

「ヤンゼン様への親書は届いておりません。」

「では、新たに親書を出したいですが、お願いできますか?」

「勿論でございます。宛先はこの度もヤンゼン家本家でよろしいですか?」

「ええ。同じ内容の三通を別の方で運ぶようにお願いできますか?」

「承りました。」


 私は親書三通と三分を受付に出します。

 受付の方は、封蝋ふうろうを確認した上で親書を預かってくれました。


「確かにお預かりしました。他にご用件はありますか?」

「いえ。今日はこれで全てです。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。またのお越しをお待ちしております。」



 私はメイドとしての礼をしてから受付を去り、建物から出ました。

 正直言って緊張しました。

 最近野蛮人が近くにいるせいか、貴族社会で野蛮な無礼が無いかが心配になります。

 私は上手く行動が出来ていたでしょうか?


 とりあえずフィーナ様のお使いは終わりました。

 せっかくここまで来たのですから、ヤンゼン家の別邸を、少しだけ見に行きましょう。



 ヤンゼン家の別邸に来た事を、私は後悔しました。

 家にある木戸という木戸が全て閉まっていてヒトの営みを感じません。

 玄関の扉にあった『ご自由にお入り下さい』とフィーナ様が直筆で書かれた看板も取り外されています。

 庭に回っても、私がフィーナ様の為に作った花畑は無くなっていて、もう別の庭です。

 何もかもが変わってしまった家を見て、私の両目は涙で溢れました。


 私の前からフィーナ様が居なくなった訳ではありません。

 お花畑だって一緒に引っ越しをして、今は斡旋屋の裏庭にあります。

 ただフィーナ様と……奥様と過ごした三年間が思い出になってしまった実感が湧きました。

 奥様と過ごした三年間の思い出が少しだけよみがえります。



………………



「あらあら。マリー。乳歯が抜けたのね?抜けた乳歯を自分の家の屋根の上や軒下に投げると丈夫な歯になると言うのよ。」

「ここは奥様の家です。私がそのような事をする訳にはいきません。」

「あらあら。ここはあたしとマリーの家よ?何も遠慮する事は無いわ。本当はあなたを養子にしたいのだけど、跡継ぎ問題の火種を作る事になるから、出来ないの。せめて、あなたも自分の家だと思って過ごしてちょうだい。」

「奥様。私は奥様のメイドです。そのような事は決して出来ません!」

「ふぅぅ。あなたは本当に強情ね。誰に似たのかした?」



………………



 私はあの時に心の中で『奥様です』って答えたのを今でも覚えているわ。

 その後に、私へ「あたしにも抜けた歯を見せてちょうだい」と言って私から歯を受け取ると、そのまま屋根の上に投げてくれた事も、絶対忘れられない思い出ね。

 そうだ。

 今日はせっかくここまで来たのですから、奥様お好みの焼き菓子を買って帰りましょう。

 きっと喜んでくれるはずです。



 湾岸施設に帰るには、少し遠回りになりますが、焼き菓子のお店へと足を向けます。

 お店へ近づくだけで甘い良い香りがしてきました。

 私はお店の扉を素早くくぐり抜けて、きちんと隙間なく閉めます。

 少しでもこの甘くて良い香りを逃がしたくありません。


「あら。小さなメイドちゃんいらっしゃい。」


 この店の女主人は、私のような貴族のメイドに向かって『ちゃん』をつけます。

 庶民には普通は許されない事ですが、この店では不思議と許してしまう気持ちになります。

 彼女の雰囲気が奥様に似ているからかも知れませんね。


「いつもの『クッキーの詰め合わせ』で良いのかしら?」

「はい。お願いします。」


 お店には様々な焼き菓子がありますが、奥様は『クッキー』が一番お好きです。

 奥様は「安くて、美味しくて、数が多くて、日持ちもするから何日も楽しめるわ」とおっしゃいます。

 奮発すれば庶民でも買える値段のお菓子です。


 同じような『クッキー』を貴族御用達のお店でいただいた事があります。

 驚く事に、このお店の『クッキー』の方が美味しかったのです。

 そちらは奮発しても庶民には手を出す事をためらうような値段でした。

 私は初めてこの店に来た時の事を思い出しました。



………………



 この町に来て割とすぐの事でした。

 奥様はこのクノー山の別邸に来て以来、あまり外出をされなくなりました。

 このお店は私が奥様に連れられて出掛けた数少ない場所の一つです。

 奥様は「懐かしいわ。何も変わらないわ。良い香り」と昔を懐かしがっていました。

 奥様が品物を選び、私が支払いをします。

 このお店の『クッキーの詰め合わせ』の値段は百文です。


 初めて買った時に、私は一朱を出して、彼女から百五十文のお釣りを出されて困りました。


 貴族は見栄を張る為、銭を持つ事を嫌います。

 私はお釣りを受け取っても良いものか迷いました。

 こういう時はお釣りをもらわずに帰る事が貴族の見栄だからです。

 しかし奥様は、あまり貴族の見栄を気にしない方です。

 私は銭を受け取るべきかどうかを悩んでいました。

 そこに女主人が提案をしてくれます。


「お釣りは次の来店まで預かっておきますから。また来てください。」

「お願いします。」


 私は即座にお礼を述べて、彼女の素晴らしい提案に乗りました。 

 奥様も納得の顔をしています。

 お二人は初対面の雰囲気では無かったのですが、お互いに声を掛ける事はありません。

 お互いに、少し寂しそうな微笑みを浮かべて、見つめていたのが私の印象に残りました。



………………



 それ以来、このお店で『クッキー』を買うのが私の楽しみの一つです。

 丁度最後の百文が残っていたようなので、そのまま持って帰れるのですが、そういう時は新たに一朱をお店預ける事が口には出さない約束事になっています。

 この辺りは私が貴族に仕える者としての『見栄』ですね。

 今回も一朱を店に預けて『クッキーの詰め合わせ』を手にして斡旋屋へと帰りました。



 斡旋屋へと帰るともうすぐ夕方。

 奥様にお使いを終わらせた報告をしてから、洗濯物を取り込まないといけません。


「奥様。お使いを終わらせました。帰り道に途中で焼き菓子の店へ寄って、奥様の好きな『クッキーの詰め合わせ』もお土産で買ってきました。

「あらあら。ご苦労様。早速クッキーをいただくわね。」

「私は、洗濯物を取り込んでまいります。」

「よろしく頼むわね。」



 私は『洗濯物を取り込んで、夕食前だけど奥様と一枚ずつだけクッキーを食べよう』と心を弾ませながら自分の仕事をして自室に帰りました。

 そこで愕然とする光景を目にしました。

 今日買って来たばかりの『クッキーの詰め合わせ』が半分以上減っているのです。

 思わず洗濯物を床へと落としてしまいました。


「マリー。奥様と言った罰で『クッキー』は斡旋屋の皆さんにも分けたわよ?あたしの言葉を忘れたのかしら?『奥様』では無く『フィーナ』よ。これであなたも骨身にしみたかしら?」




 奥様……では無くてフィーナ様が笑顔で私へと言い聞かせます。

 フィーナ様の目論見通り、この罰は私の骨身にしっかりとしみました。

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