番外編45:投げ槍の革命・試作編
これは7の月の満月の次の日から始まる話。
1本の投げ槍にされた工夫が武器の威力を変ようとしている話。
鍛冶屋職人の話。
今は斡旋屋の親父をしている若い頃からの知り合いがとんでもない物を持ち込みやがった。
現在まだ検証中ではあるが、投げ槍の威力が文字通り倍になりそうな品物だ。
たったこれだけの事で威力がこんなにも変わるとは今まで誰も思わなかった事だ。
投げ槍の持ち手の部分に滑り止めの縄を巻き、そこへと指を掛けるだけの事で。
………………
あれは七の月の銀色の月の満月の次の日だったか?
ドカチーニが槍の修理と共に、「試して欲しい」とこの投げ槍を持ち込んだのは。
わしは試しに預かって、暇な時に若い衆達を衛兵訓練場へ派遣して試した。
衛士様達の話だが「投げ槍は十間越えれば合格。二十間越えれば一流」と呼ばれる世界。
槍の出来具合を確かめるくらい時くらいしか槍を投げた事がない、うちの若い衆ですら、縄を巻く工夫をしたこの槍を投げると二十間を越える奴がごろごろ出た。
わしは「こいつはとんでもない物だ」とすぐに思い至った。
持ち込んだ人間族の名はドカチーニ。
今は湾岸施設で斡旋屋なんて事をやっているが、一時期は『スーンプ城下最強冒険者』と噂された事もある隻腕の親父だ。
「鉄さん。どうだった?あの投げ槍は。」
頼まれた槍の修理を終えた頃、ドカチーニがわしの元へと訪れる。
『鉄さん』とはわしの仇名だ。
鉄を打ち続けてそろそろ五十年は過ぎたはずだ。
正確な年なんて覚えちゃいないが若い奴にはまだまだ負ける気は無い。
「とんでもないな。隻腕の。お前が考えたのか?」
「いや。俺が最近世話を始めた若い奴だ。」
「冒険者か?」
「微妙だな。良い身体強化魔法を持っているのだが、本人が臆病でな。笑える話があるが、聞くか?」
「こんな槍を作った若い奴の話だ。わしも興味がある。」
「奴の事は俺も、小隊には入れたが戦力として当てになんかして無かった。ただ良い奴でな。身体強化魔法が凄いから衛士様には初陣でも前線で使われると思い冒険者にしたのだ。俺達の小隊が三人で、下手に変な奴が来るよりも戦力にならなくても信用できる奴が欲しかった。」
「そんなに凄い身体強化魔法なのか?」
「ああ。簡易の魔力計で八十越えだ。それを常に維持してやがる。並みじゃ無いな。」
「そいつぁ凄ぇなぁ。」
「そんな凄い身体強化魔法の奴が冒険者にもならずに港湾施設で荷揚げ屋をしているんだから、世の中面白いよな?」
「何か、荷揚げ屋に思い入れでもあるのか?」
「そういった訳でも無いな。単に魔物と戦うのが怖いらしい。俺が集めた情報によると湾岸施設では『筋肉兄貴』と呼ばれる一方で喧嘩も出来ない『臆病者』で名前が通っている。」
「確かに面白い奴で興味を引くが、その程度がお前さんの言う面白い話か?」
「いや。まだまだこれからだ。俺は奴の事が気に入っていたから小隊に加えたのだが、俺が『どんな武器を使えるか?』と聞くと、奴は『投げ槍』だと答えた訳だ。」
「投げ槍が得意か……貴族か士族か……衛士様の子息か何かだったのか?」
「どうかな?やる事は莫迦だが教養はあるな。意外とそれで当たりかも知れないが、奴にお偉いさん特有の嫌味な感じは全く無いな。」
「前置きが長いぞ。早く面白い所を言え。」
「まあ待て。最初にうちの若い奴は槍が何間先まで届くと言ったと思う?」
「お前さんが面白いって言うんだ。多めに見積もって三十間てところか?」
「当たりだ。但し続きがある。『正確に狙いを付けて投げるなら二十間』と言いやがった。」
「本当なのか?」
「本当だ。そして奴は実際に槍の一投で二十間近く先に居た走り蜥蜴の親玉を倒している。」
「それは本当なのか!?」
「ああ。本当だ。そして面白い話ってのはこれからだ。」
「二十間先に居る走り蜥蜴の親玉を槍の一投で倒す以上に面白い事があるのか?」
わしが詰め寄るが、ドカチーニが勿体ぶって間を置きやがる。
「早く話せ。これ以上待たせるなら仕事に戻るぞ?」
「悪かった。鉄さん話すから待ってくれ。奴が親玉を倒した後に、手下が四匹残っていて、小隊全員で一匹ずつを相手にしたのだが、その時は奴の腰が完全に引けていてな、手下相手にまるで勝負にならないんだよ。親玉を槍の一投で倒した男が、手下相手に同じ槍を使い互角以下どころか完全な格下だぞ?俺は自分の目を疑ったぜ?」
「そいつは実際に見てみないと笑えない話だが、想像するだけで面白そうだな。」
「最後は奴が尻もちをついて、手下に襲われた所を俺が救出したって落ちだ。」
わしがその場面を想像して、二人で笑いあった後、ドカチーニの顔も引き締まった。
さて軽口もここまでだな。
これからは商談の話だ。
「それで、お前さんはこの槍の発想を幾らでわしへ売ろうとしているんだ?」
「発想の権利は鉄さんにやる。その中から『槍一本に付き十銭』をもらいたい。」
「本当にそれだけで良いのか?投げ槍が満月の夜にどれだけ消費されると思っているのだ?この槍の発想は莫大な利益になるぞ?」
ドカチーニが少し曇った顔で理由を告げた。
「この話は俺の若い衆にだけは絶対耳へ入れるなよ?」
「ああ。ここだけの話だ。」
「俺は奴を冒険者として育てたいと思っている。だが奴は怖がりでな。冒険者になる事からは逃げまくっている上に、奴の娘までも奴が冒険者になる事を反対しているのだ。」
「本人が冒険者を望んでいないのなら、やめとけ。長続きはしないぞ?」
「こればかりは完全に俺のわがままだな。このまま腐らせるのは奴の才能が惜しい。」
「ついにシーリンにも婿が出来たか。」
即座にわしの胸倉をつかみながらドカチーニが続ける。
「それとこれとは話が違うだろうが。奴が『シーリンを嫁に欲しい』と言うなら、俺が全力で奴の腕を試してやるよ?」
「落ち着け。隻腕の。それで莫大な利益を若い衆へ与えないのはなぜだ?」
「奴が銭に不自由しなくなったら確実に冒険者にはならないだろうからな。冒険者をしないと、ぎりぎり生活出来ないくらいで良いんだよ。」
ドカチーニはわしの胸倉を離しながら答える。
「お前さん、鬼だな?」
「おいおい鉄さん。見込みある若者を育てていると言ってくれ。八千文を越えるようなら、俺が内緒で預かる予定だ。奴が俺の斡旋屋から出て行く時はまとめて渡すさ。」
「一ヶ月で八百本か。この槍は名が通って売れるようになれば八千文は簡単に越えるぞ?わしの見立てでは間違いなく城下で武器を作っている職人はこの槍を必ず作るようになる。」
「俺もそう思っている。俺は奴を助けた時から妙に気に入ってな。実際は百両以上の金銀を奴に内緒ですでに預かっているのだ。鉄さんを信じて言うのだ。他にはばらさないでくれよ?」
ドカチーニがそこまでして冒険者へとしたい男か。
正直、一度は若い衆の面を拝みたいものだな。
「値段の面でわしに不満は無い。と言うよりもお前さんに旨味が無いだろう?」
「俺は自分が死ぬまでの金銀は十分稼いだからな。正直、金銀も銭もどうでも良い。」
「これだから満足して引退した冒険者は……」
ドカチーニが幾ら稼いだかは分からないが、下手な貴族様や士族様では相手にならない金銀を持っているだろう。個人で帆船まで所持していやがるし、氷室まで持っていやがる。
まだドカチーニが少年だった頃からの付き合いだが、もっと良い店を使えば良いのに、わしの鍛冶屋を変わらず使ってくれる義理堅い漢でもある。
酒も博打も女もやらない。
見かけ通りの硬派な漢だ。
今回の話もわしにとって実に実りがある話だ。
だが商売ってやつは対等でなくちゃ駄目だろう。
俺が稼ぐであろう金額に、奴の金額が釣り合わない。
特に職人は商人のように口先で稼ぐ訳にはいかない。
自分の腕で稼ぐものだ。
ドカチーニは自分で言う通り、金銀ではあまり動かない男だ。
金銀の多さよりも、相手の誠意を受け取る男だ。
さて、わしはドカチーニへと何を差し出したら良いかな?
考えて見ても、わしには鉄を打つ事以外、何も無いな。
「悪いな。わしにはお前さんに返せそうな物が何もない。後で何か考えておく。」
「待った。鉄さん。何を言ってるんだ?俺が若い頃どれだけ鉄さんに世話になっていると思っているんだ?こっちはようやく若い頃の借りが返せている気分なんだぜ?」
確かにこいつが若い頃、武器の打ち直しや鎧の手入れを安くしてやったが、わしは自分の修行としてやっていただけだ。
言い方は悪いが、こいつが壊してくる武器や鎧を使い、わしは鍛冶職人としての修行させてもらった訳だ。
わしはドカチーニへ貸しを作った覚えは無い。
「いやお前さんこそ待て。わしはお前さんの武器や鎧で修行させてもらっていただけだぞ?」
「そうだとしても俺が感謝をしているんだ?ありがたく受け取りな?」
「お前さんいつからそんなに上から目線になりやがった?職人が自分の仕事以上の銭を受け取れるとでも思っているのか?」
「だから、俺が若い頃の謝礼だ!」
「わしは必要ねぇって言ってんだ!」
「とにかく、槍一本十銭で決まりだからな!」
ドカチーニが言い捨てて鍛冶屋から出て行く。
しゃべっているうちに、笑い話からいつの間にか喧嘩になるのも、いつもの事だな。
やはり職人は口を開くもんじゃねぇなぁ。
いつものやり取りだ。
次に来る時にはドカチーニの機嫌も直っているだろう。
わしはドカチーニの若い衆が作った槍を少しでも早く完成させなくてはならない。
槍の穂先、柄の長さ、滑り止めの縄の巻く位置。
試しに投げたうちの若い衆の話では、何かを少し変えるだけで、投げ易さが大きく変わる。
数多くの衛士様が投げるのだ。
誰もが一番投げやすい槍を作らないとな。
それこそ職人の資質が問われる。
職人のわしがドカチーニに恩返しを出来るとしたら、この槍を考案したっていう若い衆の気にいる槍を作り出す事だな。
その槍だけは、本人と確認しながら、特注品で作らんとな。
投げ槍の試作品を幾らでも作る。
それらを全て試して最高の一品を作る。
八の月の満月には間に合いそうに無いが、九の月の満月までには間に合わせよう。
槍の威力が上がれば、へっぽこな衛士様でも魔物を倒してくれるかも知れない。
結果的に庶民の死人や怪我人が減る。
大事な試作作業だ。
わしはまず職人として万人にとっての最高の投げ槍を完成させよう。
その後はドカチーニの元に居る若い衆が満足する『投げ槍』をわしは必ず作ってみせる。
特注品で作るのだ。
槍を作る時はドカチーニの若い衆に直接試させて作ろう。
常に魔力八十の身体強化魔法を保つ若い衆の槍がどこまで飛ぶのか、わしだって楽しみだ。
この槍を考案した若い衆の顔も拝めて一石二鳥ってやつだな!




