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 番外編43:銀色の月満月の夜・遺品探索編

 これは8の月の銀色の月の満月の夜の話。

 満月の夜に行われた遺品探索の話。

 本編で語られなかったユークリットの話。


 ドカチーニさんを先頭に異原いはらへと向かう城門をくぐり抜ける。

 城門をくぐった先の川を渡った河原で俺は最初に軟膏を腕や脚へと多めに塗り始めた。

 軟膏の入った包みを1つ丸ごと使いきる。


「ユークリット。お前はその軟膏の値段を知っているか?」


 半分呆れた顔をしてドカチーニさんが俺へと尋ねてくる。


「いえ。知りませんが、自傷した湾岸施設の筋肉達へマリーが無料で塗っているくらいですから、たいした値段では無いと思います。」

「一包みで一朱だ。フィーナは庶民からは銭を取らんが、冒険者からは容赦無く金銀で取るからな。薬代の請求を覚悟しておけよ?」

「……分かりました……」


 港湾施設の筋肉達を思い浮かべて、俺は少しどころでは無い理不尽さを感じるが仕方無い。

 俺とほとんど変わらない装備の『木こりの兄ちゃん』は軟膏を塗る事も無く、異原の草原へと平気で入って行く。

 彼の装備は両手持ちの斧を武器に持ち、防具は貫頭衣と草鞋だ。

 後は背中が丁度隠れるくらいの背嚢を背負っている。



 俺が軟膏を塗り終えると小隊は草原の中を移動し始めた。

 目印にしている大きな岩の前まではシーリンさんを先頭に、俺と木こりの兄ちゃんが並んで歩き、殿しんがりをドカチーニさんが護る。


 俺の見える範囲では魔物の姿を見る事は無いので、少し安心して、隣を歩く木こりの兄ちゃんへと普段彼が行う木こりの仕事を聞いてみた。



「木こりの話を聞きたいのか?」

「港町では木造の家とかはあまり見ないので、木材は案外貴重なのかと思いまして。」

「たしかに建材に出来る立派な木は異原では貴重だ。どうしてそんな事を聞くんだ?」


 そこへとドカチーニさんが会話へ加わってくる。


「こいつは常識記憶喪失ってやつでな。一般的な常識を失っているんだ。」

「そういう事なら。おれが取ってくる『木』は燃料用だ。建材に向かない『木』を林や森の中で間引きをするように取ってくる。」


 俺は草原との際に生えている木をると楽だと思いその事も聞いてみる。


「草原との境の木は取らないのですか?」

「木こりの不文律で取らない事になっているかな?銀色の月の満月の夜に討伐対象になる大きな魔物は山や林や森のような障害物を避ける習性があるらしいから。」

「そういう事だ。俺も詳しくは知らないが、お偉いさんがある程度、魔物の通り道になるように草原の管理をしているようだぞ。」

「木こりみたいな戦う事を目的としていない冒険者には、大きな魔物に襲われた時には森や林に逃げ込む事も大切なんだ。」

「その先で、走り蜥蜴とかげや他の魔物が待っている時もあるがな!」


 笑いながらドカチーニさんが木こりの兄ちゃんの言葉へと自分の言葉を継ぎ足す。


「後は親玉が居ない林で伐るのが良いな。木を伐る音を聞いて走り蜥蜴が寄って来る。」

「それは困りますね。走り蜥蜴以外の魔物とかも来るのですか?」

「他の魔物が居る時もあるけど、走り蜥蜴ほどは怖くないかな?大体相手が逃げ出すよ。」

「異原は毎月、銀色の月の門が開くからな。ここでは走り蜥蜴が食物連鎖の頂点だな。」

「つまりはヒト族は食物連鎖の頂点では無いと……」

「一般庶民よりは走り蜥蜴の方が強いな。普通の冒険者でも一対一なら良い勝負だろう。」


 木こりの兄ちゃんがドカチーニさんの言葉へとうなずいて話を続ける。


「だから、木を伐った後は一度林から逃げるんだ。そして次の林の木を伐りに行く。」

「それだと木材が手に入りませんよね?」

「ああ、だから三か所くらいの木を伐り倒したら、最初に戻って、今度は持ち運べる大きさに伐り揃える。やはり、この音に釣られて走り蜥蜴が来るから、来る前に次へ行く。」

「なるほど。そうやって少しずつ準備をして運び出すのですね。結構命懸けですね?」

「そうだよ。次で林の外に置いてある大八車へと伐り倒して大きさを揃えた木を積むんだ。」


 思ったよりも木こりの作業は命懸けだった。

 楽な冒険者の仕事など無さそうだ。

 走り蜥蜴がいつ来るのかをどうやって知るのだろう?


「走り蜥蜴がいつ来るかをどうやって知るのですか?」

「勘かな?」

「……納得しました……」


 異世界では現代日本の常識は通用しない。

 分からない事は考えないのが一番だ。

 木こりの兄ちゃんが魔法的な何かを使っている可能性も、この異世界では否定できない。



 そんな話を木こりの兄ちゃんと時々ドカチーニさんを交えて話をしているとシーリンさんが俺達の前方で『伏せ』の合図をしているのを見た。


 急いで草原の草の中に隠れる。

 耳を澄ますと「ズシン。ズシン」と前方の右から大きな何かが歩く音が聞こえてくる。

 割と近くにある右側の横道から首長蜥蜴の頭の部分が現れた。


 前回討伐した首長蜥蜴よりは小さい。

 小さいと言っても、体の部分だけでも現代日本で見た動物園の象並みには大きいサイズだ。

 首や尻尾まで含めれば巨大な魔物である事は何も変わらない。

 林の中まで後退する合図を受けて、俺は林の中へと入って行った。

 林の中に走り蜥蜴やこの星原産の魔物が居ない事を祈る。



 逃げ込んだ林の中は下草がかなり繁殖していて、少し離れているが、隣に居るはずの木こりの兄ちゃんとドカチーニさんの姿をほとんど目視する事が出来ない。

 首長蜥蜴から隠れるには最適の場所かも知れないが、俺には怖さの方が先に立つ。

 勿論、一番離れているシーリンさんは全く見えず、どこに居るかすら分からない。


 首長蜥蜴がこちらへ曲がってきたようで、『ズシン。ズシン』と大きな足音が響いている。

 俺の後ろで『ガサリ』と草が倒れる音がした。

 振り返ると口を開けて俺の頭を食べようとしている走り蜥蜴と遭遇してしまった!

 反射的に槍を手放して左腕を前に出し、相手の首を掴んだ。

 俺に「もう一度同じ事をやれ!」と言われてやれる自信は全く無い。

 偶然にも相手の喉仏に指が喰い込んだようで、相手は鳴き声も出せずにもがいている。


 俺は『また近接格闘になってしまった!』と心の中で大きく叫ぶ。

 左腕を出来るだけ真っ直ぐに伸ばし、走り蜥蜴の口から自分の顔を少しでも遠ざける。

 左手を離したらやられる!!

 そこは前回の『緑小鬼の隊長』と戦った時と状況が全く同じだ。


 前回とは違う事もある。


 悪い所は『今回は指の力だけで相手が逃げないように相手の太い首を掴み続けなければならない』事。

 良い所は『鎧の指先が尖っているので相手の肉に指が喰い込んでいる』事だ。

 相手の力が上がっている分、こちらにも力が必要だが、手が離れにくくなっているはずだ。


 加えて今回は相手に押し負けて草原に出ないようにしないとならない。

 俺は足腰へと力を込めてその場で踏ん張り続ける。


 伸ばした俺の左腕へと走り蜥蜴の前脚が何度も鋭い爪で引っ掻いてくる。

 本当に左腕鎧があって良かった。

 掴んだ手が右手で無くて良かった。

 鋭い爪の攻撃を左腕鎧はものともせずに防いでくれている。


 俺の槍は地面へと転がっている。

 俺は『槍の出番は来て欲しくない』と思いながら槍の訓練をしている。

 だが、こんな形で『槍の出番が無い』のは嫌だ!

 再び小刀の出番がくる。

 右手で腰から小刀を抜き、唯一手の届きそうな走り蜥蜴の鼻先へと攻撃を仕掛けたい。

 だが力強く開け閉めする口に並んだ鋭い歯を見ると、俺は攻撃する事を躊躇させられる。


 駄目だ。

 下手に手を出すと右腕が噛まれる。

 左腕を前にして突っ張っていないと間違いなく力負けする。

 草原へと押し出された方が最悪だ。

 今度は首長蜥蜴が待っている!


 俺には怖くて、これ以上走り蜥蜴へと手が出せない。

 攻撃に失敗したら『バクリ』と右手を食べられて失いそうだ。


 俺は現在、なるべく音を立てないように注意して戦っている。

 それでも早く気付いてくれ!ドカチーニさん。

 そして絶対に気付くなよ!首長蜥蜴。

 首長蜥蜴の足音がどんどんと大きくなり、そして遠ざかり始めた。


 その後、すぐに俺の左手は走り蜥蜴の首から先だけを持つ事になった。

 ドカチーニさんが首を一刀で両断した魔物の体は地面へと転がった。

 周囲に他の走り蜥蜴がいる様子は無い。

 俺はとりあえず生き延びた事へと『ほっ』とした。



「悲鳴を上げないで良く我慢したな。ユークリット。だがそろそろ走り蜥蜴くらいは一人で倒せるようになってもらわんとな。」

「私が生きていただけでも褒めて下さい!たまたま振り返ったから良かったですが、もう少し遅れていたら、私の首から上が無くなっていましたよ!?」

「だから言っただろう?大きな魔物に襲われた時、林に逃げ込むと、走り蜥蜴や他の魔物が待っている時もあると。奴等もおこぼれを狙っているからな。」



 今夜は、走り蜥蜴の解体も無しで次に進む事になった。

 翌日以降に木こりの兄ちゃんが解体して持って行っても良い事で話がつく。

 下っ端の走り蜥蜴といえども、冒険者として見たら大した事の無い収入だが、庶民から見たら結構な収入になる。

 俺達は再び林から草原へと戻り、目印の岩を目指した。



 右に曲がるとすぐに目印の岩がある草原のT字路。

 そこでシーリンさんが俺達の所へと戻って来る。


「館長。目印の岩付近で張っている冒険者の小隊がいるようですね。」

「ここは魔物がほぼ東からしか現れない割と良い狩場だからな。向こうの小隊長へと挨拶をして、西側を探索する事を伝えておこう。シーリン相手の場所は分かるか?」

「全員、岩の影へと隠れているようですね。魔物が通り過ぎた後を全員で後ろから強襲する作戦だと思われます。」

「そうか。お前達は、ここで待っていてくれ。向こうの小隊長と話をつけてくる。」



 ドカチーニさんが俺達3人から離れて、岩場に隠れている冒険者へと挨拶に行った。

 冒険者にも縄張りとかがあるのだろうか?

 俺は自分で考えても答えが出てこない事なのでシーリンさんへと聞いてみる事にした。


「シーリンさん。城門をくぐってから初めて話をしますよね?」

「あなたは冒険中にそんな下らない事を聞くのですか?」

「いえ。本題はこれからです。冒険者にも縄張りのようなものがあるのですか?」

「明文化はされていませんが、共同作業を約束していない小隊が先に居た場合はその場を譲るのが不文律で存在しますね。わたし達の隊はこれから西側を探索しますので、館長は後で揉め事が起きないように挨拶へと行ったのだと思います。」

「分かりました。ありがとうございます。」



 ドカチーニさんが帰ってきて、ここから西へ木こりの兄ちゃんが知っている死体の傍を俺達は探索して回った。

 まともにヒトの形を残した遺体はほとんど無くて、鎧は食い破られ、手足は引き千切られ、肉はほとんど喰い尽くされていた為か、俺は思ったよりも平気で探索を続けられた。

 頭蓋骨も噛み砕かれている事が多く、本当に『元はヒトであった』現実味が無かった。

 そんな現実味の薄い事より、草原よりも林へと少し入った所に遺体が多い事が意外だった。


 理由を聞けば納得はしたが、聞かない方が良かったと、俺は後悔した。

 草原を歩く大型で討伐対象となる魔物はヒトを丸呑みする事が多いそうだ。

 何とか大型の魔物から逃げ出した後の怪我人や、草原で小型の魔物達にやられたヒトが林の中へと引きずられて行き、そこで小型の魔物がみんなでお食事会を開くのだそうだ。


 ドカチーニさんはお食事会の後に残された冒険者の証は必ず拾い、まだ使えそうな武器も折れた武器も破れた鎧も金属はなるべく俺の背嚢へと入れる。

 ベルガーさんはこれを背負って平気で歩くのか。

 さすがは『港町の熊さん』だ。

 金属が詰まった背嚢はとんでもなく重い。 



 何度目かのお食事会を探索中に俺は『アルフィアさんの冒険者の証』を見つけた。

 その事を報告するといつもよりも念入りにその場の調査が始まる。

 ここで拾った物は、俺の背嚢に入れる事無く、木こりの兄ちゃんの背嚢に入れる事になる。

 近場で遺体は2体しか見つかる事は無く、冒険者の証も2つしか見つからなかった。

 残りの1体と1つを俺達は朝方まで探して回ったが、最後まで見つかる事は無かった。


 俺は「冒険者に墓を作らなくて良いのですか?」と聞く。

 ドカチーニさんは「輪廻の輪へ還った勇者達に墓は要らない」とだけ答えて遺体は野ざらしのまま放置される。

 異世界では現代日本の常識は通用しない。

 俺には、納得出来ないが、これが冒険者のしきたりだと思う事にする。



 俺達は完全に朝日が昇ってから城門へと帰る事になった。


 帰る途中で太陽の光が反射した金属片を見つける。

 俺は『まだ弾が残った弾倉』をたまたま発見して斡旋屋へと戻った。

 大きさからして巨大戦闘人形用の弾倉だ。

 これだけでかなりの重さがあったが、俺はベルガーさんの為に頑張って運んだ。


 出発前に腕と脚へと塗った軟膏は『肌が露出した部分へと草や小枝で浅い傷の付く事は防げなかったが、ひるにはほとんど噛まれていない』となかなかの効果をあげた。




 俺は斡旋屋に帰ってから『まだ弾が残った弾倉』をベルガーさんに渡した。

 彼が喜び過ぎて『ベアハッグ』で俺を絞殺しそうになったのは別の話だ。

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