初めての戦闘
港湾施設を右手に海を見ながら歩いて行くと高さ5メートルほどの城壁が現れる。
壁が近づいてくると臨時に編成された隊に衛士様が偉そうに自分の自慢話以外の何物でもない、戦闘講釈をたれていた。
満月の夜の日に必ず見るお決まりの光景だそうだ。
城壁の向こう側はそこそこの広さの川が流れているそうだ。
河口から始まるこの壁は川に沿って延々と続き、川は天然の堀となっているらしい。
日が暮れるより早くシーミズの港町と魔族の領域を分かつ城門を抜ける必要がある。
日が落ちている間は城門が閉まるためである。
この壁を超えた先は魔族の領域だ。
出掛ける前に金属製のタグを渡された。
タグには自分の名前・種族・年齢が書いてある。
他にはシーミズの港町所属の冒険者を表す印が刻まれていた。
これが仮とはいえ冒険者としての証になるらしい。
他にも色々な意味があるようだが「まだお前が知る必要は無い」と言われた。
俺は「ステータスオープン」などと異世界に来たら一度は言いたい言葉ベスト10に入っている言葉を唱えたが何も起きなかった。
城門は川が二股に分かれるところにあった。
城壁は左手側に分かれた川の上流へ向かい延々と続いている。
城門の外を流れていた川は、ここを境にして、幅や深みが下流に比べて小さくなっている。
水没しているので分かりにくいが、門近くには川を渡りやすい所が作ってあり荷車すら渡る事が出来るのだそうだ。
そこを渡って所々に林が広がる山で囲まれた平原へと入る。
ここを異原と呼ぶらしい。
ここには満月の夜に月と繋がる門が開き、そこから月の魔族や魔物が現れるらしい。
現在、銀の月、赤の月、黒の月の門が開く事が確認されている場所だ。
銀の月の魔族や魔物の特徴は大きいこと。
小さい魔物もいて、そいつらは普段から異原で遭遇する事もあるが、巨大な魔族や魔物は満月の夜にしか現れないとの事だ。
大きすぎて満月が出ている時しかまともに動けないらしい。
この夜を守りきればヒト族の勝利だ。
そして討伐対象となっている巨大な魔族か魔物を1匹は退治しないと冒険者は各自1両の税金を収めないといけない。
遊撃して街の負担を減らす。
それが満月の夜に行う冒険者の役割だ。
腰のあたりまで草が伸びているとはいえこのまま平原に居ると拠点を確保するには目立ちすぎる。
比較的安全な拠点確保の為に大きめの林へと移動する事になった。
ここで全員の装備を説明しておく。
ドカチーニさんの武器は大剣を背中に担ぎ、後ろ腰に大きめのナイフを装備。
兜、胸鎧、右手の手甲は金属製で、ももまである革のブーツの前面にも金属が貼り付けてある。
左手を隠すように付けているマントは革製へと換わっている。
全ての装備が黒く染められている。パーティー一番の重装備だ。
武器も鎧も身体に対してちょっと大きめなのが気になったが「戦いが始まれば分かる」とだけ言われた。
ベルガーさんの装備は武器が両手に着けた鉄の爪。
背中に大きなバックパックを背負っている。
鎧や服は着ていない。
鎧の事を聞くと「おれ純粋な熊族。鎧よりおれの毛皮のほうが頑丈」と言われた。
この方も全身が自前で黒。
シーリンさんの武器は小剣。
後ろ腰に2本交差させて差している。
ドカチーニさんのナイフよりは大分大きいが、他の冒険者たちが持つ長剣に比べればかなり短い。
まさに小剣。
防具は頭に鉢金、前面だけの革製の胸当て、革製の手甲、腿まである革のブーツ(足先が足袋のようになっている)、肩当ては特殊な手順を踏めば片手でも取り外しが可能で戦闘時には小型の盾にもなるそうだ。
そして最大の特徴は股下ギリギリの貫頭衣だ。
下を履いているのか履いていないのかは観測するまで確定しない。
この方も全身黒に染まっている。
後ろを歩いている俺が観測して事象を確定しようと目線を向ける度に笑顔で振り返る。
この人、後ろに目が付いているのだろうか?
冒険が始まって以来の最大の関心事は未だ確定させる事が出来ないでいる。
最後に自分ことユークリット。
背中には12本の投げ槍を背負う。
投げる時に指が掛かりやすくなる様に縄を巻いた槍だ。
腰にはナイフ。
これは投げ槍をまとめている縄を切るのにも使う。
まとめ方も工夫して1本ずつ切り離せるようにした。
最後に右手に投げ槍(加工済み)を持つ。
鎧は普段着の貫頭衣だ。
足元は草鞋。
俺だけ白い。
洗剤のCMに使えそうなくらいの驚きの白さだ。
他の3人の装備を見て、このままでは不味いと思い丁度良い泥溜まりがあったので童心に返った気持ちで泥遊びをした。
3人はいきなり何事かと振り返ったが泥水で茶色に染まった俺を温かい目で見てくれた。
その後に「泥溜まりの中に魔物が潜んでいる時もあるからこれからは注意しろ」と忠告されて少し冷や汗をかくことになった。
林に着くと3人の警戒感が一段階上がった事が素人の俺にも分かった。
しばらくは林に沿って移動すると下草が明らかに少ない場所を見つける。
聞けばここが魔物道、地球で言う獣道だそうだ。地球の獣道と違い十分ヒトが通れる広さがある事が逆に恐ろしい。
シーリンさんが人間とは思えないような跳躍で木の上まで跳んだ。
本日最大の関心事は履いている事で確定した。
黒色の装備の中、そこだけは白色であった。
おパンツ様には狩りの成功を祈り両手を合わせて拝んでおく。
斥候のシーリンさんが木の上をアニメの忍者のように移動する。
ドカチーニさん曰く「あれがシーリンの跳躍魔法」だそうだ。
他にも索敵に特化した魔法が幾つか使えるが、直接戦闘はあまり得意では無いらしい。
あれ?
あのドロップキックは凄い技だと思いましたよ?
間違いなく俺はお荷物決定だな。
警戒しながら魔物道を進む。
順番は、ドカチーニさん、俺、ベルガーさんの一列縦隊だ。
前方をドカチーニさんが、後方をベルガーさんが、俺が頭上や左右を警戒確認しながら進むが果たして俺は役に立っているのだろうか?
俺は見落としが何もないようにと集中して警戒した。
日はほとんど落ちていて、木々の隙間から見える空はまだ明るいが林の中にまでは光が届かず足元はとても暗かった。
時間感覚が狂っているように感じる緊張の中、斥候に行っていたシーリンさんが魔物道を戻ってきた。
シーリンさんの報告によると、この先で林に囲まれているが拓けている場所があり走り蜥蜴の親玉がいるそうだ。
走り蜥蜴は銀の月の魔物と分別されているらしい。
「親玉が居たか。厄介だな。ここを拠点にする為にも月が昇る前に処理しておくぞ」
ドカチーニさんの言葉に他の二人もうなずく。
「ユークリット。槍投げは何間先まで届くんだ?」
1間って約1.8メートルだったよな?
競技用の槍とは違うので少なめに答えておこう。普段通りという訳にはいかないだろう。
「1間ってこの位ですよね?」
と俺は両手を広げて示す。
「そうだ」
とドカチーニさんが同意する。
「多分30間程度だと思います。正確に狙いを付けるならば20間くらいです」
「「「三十間!」」」
3人の声が揃う。
やばい少なすぎたか?
40間と言うべきだったか?
「シーリン。この魔物道からだと親玉までどのくらいの距離があった?」
「二十間弱くらいです。ユークリットさんが言うことが本当ならば林の中から先制攻撃が出来ます。気付かれないように注意しながら投げれば三投くらいは出来そうです」
「手下はどのくらい居た?」
「確認出来た所で四頭です」
「よし。親玉が気付くまでユークリットが槍を投げろ。この魔物道は親玉が通るには少し狭いだろう。多分手下が来る。手下は魔物道に誘い込んで一匹ずつやっていくぞ。周りを片付けてから親玉に向かう」
「はい」
作戦が伝達されると隊列をシーリンさん、俺、ドカチーニさん、ベルガーさんの順番に替わり先に進む。
しばらく進むとシーリンさんが止まれの合図。
そこから少し先は林の中より大分明るくなっていて、幸か不幸か走り蜥蜴の親玉の姿を確認出来た。
走り蜥蜴って完全に恐竜だよ!
フクイラプトルだよ!
大きさと言い完全に一致だよ!
簡単に姿を説明すると頭から尻尾の先まで約5メートルある2本足で歩く肉食恐竜だ。
恐竜好きな俺は少し興奮する。
薄闇の中だがラプトルの色は青だった。
これを日本で発表出来たら良いのにな。
妄想と興奮を落ち着かせるために深く深呼吸して気を鎮めた。
距離およそ30メートル。
競技用の槍ならウオーミングアップでも十分届く距離だ。
背中の槍を地面に降ろし、ナイフで3本縄を切って地面に刺す。
まず地面を確認して木の根などにつまづかないように確認。
助走から投げるまでのイメージを固める。
最後に槍の重心と自分の呼吸を確認して投げる準備を整えた。
「投げます。シーリンさんどいて下さい」
いつもの槍投げよりも何倍も緊張しながら投擲を開始する。
助走オッケー。
狙いは標的上部にロックオン。
30メートル先なら丁度良い位置に刺さるはずだ。
脚のつま先から指の先まで一直線にパワーを乗せるようにイメージして投げる。
だが緊張の為か、槍の違いか、普段よりほんの少しほんの少しだけ槍が指に掛かる時間が長くなってしまった。
このままでは狙った位置より少し下になる。
お願いだ。どこでも良いから刺さってくれ。
何千回、何万回と投げた経験から当たるか当たらないか微妙な位置になると感じたが、指先から放たれた槍の勢いがイメージと全く違っていた。
槍は水平に一直線に飛び、走り蜥蜴の親玉の胸を完全に貫いても勢いが衰えず反対側の林へと消えていく。
間違いなく自己新記録達成したなと場違いに思ってしまった。
走り蜥蜴の親玉は何が起こったのか分からないと言った感じで首を高く上げて周囲の警戒するような動きを見せたが、次の槍を投げる準備をしている最中、ズシンと言う大きな音を立ててそのまま倒れた。
周りの小さいフクイラプトルじゃなくて走り蜥蜴がうるさく鳴いて走り回るのが、林の隙間から見えた。統制が取れていない明らかに混乱した動きだ。
「よくやった。これ程とは思わなかったぞ!」
とドカチーニさんが俺の脇を走り抜けながら声を掛ける。
それに二人が続いた。
俺も次に投げる槍を持ったままそれに続いた。
心の中では「キタ~!俺にも異世界無双キタ~!」と興奮が絶頂だった。
走り蜥蜴は残り4匹。完全に1対1の構図だ。
戦闘はあっと言う間に終了した。
異世界無双の興奮絶頂だった俺は今、激しく後悔している。
ええ、戦闘はあっと言う間に終わりましたよ。
俺以外の3人は完全に鑑賞モードです。
長さ2メートル60センチの槍を両手に構えて走り蜥蜴の相手をする俺は、完全に腰が引け相手に届かないような牽制攻撃をするのがやっと。
恐い。
手下の走り蜥蜴も頭の高さは俺の胸の辺りまでありとにかく恐い。
学生時代に郵便局のバイトで経験した、鎖に繋がれている犬が吠えている横を通る時、より100倍は恐い。
走り蜥蜴の攻撃は鋭い歯での噛みつきがメインだ。
この動きの前兆が見えると必要以上に飛び下がってしまう。
やばい。
無理だ。
助けて。
3人に目で訴えかけても「勝てますよ大丈夫です」「そこで槍を突き出せ腰を引くな」「これも修行」などと全く相手にされない。
これがボクシングなら「金を返せ」と言われるようなお互いに距離の届かない所でパンチを出すだけのような試合。
観戦モードとは言え4人に囲まれた走り蜥蜴は基本逃げ出すタイミングを伺いながら俺に浅い攻撃を繰り返し、俺も来るな来るなと槍を中途半端に突き出す。
勝負は俺が恐怖で後ろに飛び下がった時に足を引っ掛けて仰向けに転んだ瞬間に終わった。
チャンスとばかりに本気で飛び掛かる走り蜥蜴へと観戦モードだったドカチーニさんが戦闘モードへと瞬時に移行。
巨大な剣で一刀のもとに切り伏せて勝負を付けていた。
戦闘モードのドカチーニさんに鎧はピッタリのサイズになっていた。
なるほどこれが本来の身体強化の魔法か。
極度の緊張状態から脱した俺は気付かない内に意識を手放していた。