番外編42:銀色の月満月の昼
これは8の月の銀色の月の満月の昼の話。
満月の夜に向かう昼の話。
本編で語られなかったユークリットの話。
俺は午前の間に異原へと向かう準備をする。
俺達の小隊は、俺、ドカチーニさん、シーリンさん、そして実際には同行しないアルフィアさんを入れての4人となった。
裏庭から聞こえてくる女性達の華やかで楽し気な声が羨ましい。
ネモは現在その輪の中にいる。
比べて俺は現在4人の鬼達に囲まれていると感じている。
俺の頭をシーリンさんに綺麗に剃り上げてもらった後、食卓にはベルガーさんの代わりにドカチーニさんが座った。
居なくなった今、良く分るよ。
港町の熊さん。
あなたが俺に取っての癒しだった。
小隊の人数が実質3人となり、ベスとアンの2人も俺の事が心配なのだろうか?
いつもよりもどこかピリピリしている。
ドカチーニさんとシーリンさんに至っては、同じ食卓に居たく無いほどだ。
そうだ!
一度ベスとアンを連れて自室へと引き籠ろう。
「ベス、アン。一度部屋へ戻ろうか?」
「ここに居ます。ユークリットさんとシーリンさんを今は一緒にしておけません。」
俺の正面に座るアンも首を縦に振って「ここに居る」と俺に示す。
ベスさん、アンさん、今夜は俺とシーリンさんは小隊を組むのだけど?
ドカチーニさんが口角が上がり過ぎた魔人の顔で口を開いた。
俺に珍しく意見を求めてくる。
「ユークリット。何か言うべき事があるか?」
「ベルガーさんが抜けた所で私の装備はそのままでも良いのでしょうか?」
「ほう。ベルガーの分までお前が戦うと?」
「いえ。そういう訳ではありません。」
ドカチーニさんの威圧が半端ないです。
やはりベルガーさんが抜けた穴が大きいのでしょう。
「シーリン。俺に何か言うべき事があるか?」
「そうですね。わたしは索敵をしますので探索が二人となると少し効率が悪くなりますね。」
「ほう。俺に言うべき事はそれで良いのか?」
ドカチーニさんの威圧が増します。
ベスとアンの瞳もどんよりと鈍く輝き、俺の方を見つめてきます。
ここは少しだけ私が話題を変えるべきですね。
私はドカチーニさんの威圧ですっかり心の中が敬語へとなっています。
「ドカチーニさん。1つ質問があるのですがよろしいですか?」
「なんだ?決闘の方法か?日時か?場所か?勝利条件か?」
「どれも選ぶのがいやな選択肢ですね!どこから決闘なんて物騒な事が出てくるのですか?私が聞きたいのは『人数が足りない小隊』がどうやって編成されるかです。」
「ユークリット。そんな事が今の話で何の関係があるのだ!?」
あれ?
この違和感は何でしょうか?
ドカチーニさんは怖いですが、彼が私に『言うべき事はあるか?』と聞いてきています。
ここはしっかりと自分の意見をするべき時のはずです。
「関係ありますよ。場合によっては討伐の戦力にはなりませんが、探索と言うよりは道案内には向いている冒険者を1人だけ知っています。私とは直接面識は無いのですが。」
「ほう。誰だ?」
「銭湯の茶汲み娘さんから聞いたのですが、お兄さんが異原で木こりをしているそうです。」
「なるほど。木こりか。悪く無いな。小隊を作れない余り者は異原への城門前にある衛兵宿舎の一角を借りて午後から臨時編成される。おまえは銭湯の木こりを今から連れて来れるか?」
「今から銭湯に行って聞いてきます!ベスとアンをお願いします!」
茶汲み娘と聞いて、更に『じとっ』とした目付きになった赤い瞳の鬼と青い瞳の鬼を隻腕の鬼と笑顔の鬼へと任せて、私は鬼達の集う食卓から逃げ出す事に成功しました。
いつも俺が通う銭湯へやってくると、当然のように入口が閉まっていた。
『ゆ』と書かれた暖簾は出ていないが入口は開くので建物に入って声を掛ける。
「ごめん下さい。どなたか居られませんか?」
「なんだい?今日は満月で休みだよ?」
出てきたのは番台婆さんだった。
茶汲み娘さんが出てくる事を少しだけ期待していただけに残念だ。
だが時間が無い。
本題へ入ろう。
「二階で少し茶汲み娘さんと話をした時に、お兄さんが冒険者だと聞きまして、小隊への誘いに参りました。」
「うちの子は木こりだよ?戦力としては、あまり役に立たない事を知って言ってるのかい?」
「今回、私達の小隊の目的は前回の満月の夜に全滅した小隊の遺品探しです。魔物の討伐予定はありません。むしろ毎日異原へと出掛けるお兄さんに道案内を頼もうと思ったのです。」
「そういう事かい。それで、討伐出来なかった時の税金ってやつは誰が払うんだい?」
「隊長が隊員の分まで払ってくれます。その上、報酬に3両が出ます。」
「それは良い話だね。ちょっと待ってな。うちの孫を連れてくるよ。」
どうせなら『茶汲み娘さんもお願いします』と心の中で期待しながら待った。
しばらくすると若い男を伴って番台婆さんが帰って来る。
俺の期待は裏切られる事が基本だ。
「うちの孫だ。後は若い者同士好きにやりな。」
とだけ言うと番台婆さんは店の奥へと引っ込んでしまった。
俺はまずは自己紹介から始める。
「はじめまして。私はユークリットと申します。湾岸施設では『筋肉兄貴』と言った方が通りは良いみたいですが。」
「はじめまして。おれは自分の名前を言える程立派なヒト族では無いから『木こりの兄ちゃん』とでも呼んでくれ。おれに異原を案内して欲しいという話だけど……」
「ここで話をしても二度手間になりますので一度、ドカチーニの斡旋屋へと来てもらってもよろしいですか?」
「装備を整えないで良いのなら、今すぐ行けるよ?」
「それでは今すぐお願いします。」
俺と木こりの兄ちゃんは斡旋屋へと向かった。
その途中で、俺が分かる範囲で今回の探索の説明をしておいた。
斡旋屋へ戻ると鬼達の機嫌は完全に治っているようで笑いあっている。
俺が居ない間に何があったのだろう?
気にはなるが『藪をつついて蛇を出す』訳にはいかない。
ここは黙って『木こりの兄ちゃん』を紹介しよう。
「ドカチーニさん。シーリンさん。こちらが銭湯で木こりをしている『木こりの兄ちゃん』です。彼は仇名で呼んで欲しいとの事です。」
「俺はドカチーニ、今回の小隊長だ。木こりの兄ちゃん。よろしく頼む。」
「シーリンです。斥候を担当します。」
「木こりの兄ちゃんです。おれは本当に道案内と木を伐る事くらいしか出来ないよ?」
自己紹介の間にベスとアンには隣の食卓へと移動してもらった。
2人共、今日はどうにも部屋へと戻ろうとはしない。
「今回はそれで十分だ。ユークリットにはどこまで話を聞いている?」
「彼からは、今回討伐は無し。税金は隊長さんが納めてくれて、報酬は三両と聞いている。」
「ああ。それで契約内容は問題無い。」
「前回全滅した小隊の遺品を探しているって聞いたけど、どの辺りかは分かるの?」
「異原への城門から川と川の真ん中を真っ直ぐ北へ半里(約2キロメートル)くらいの所にある大きな岩の事は知っているか?」
「ああ。異原では目印にしているから知っているよ。」
「全滅した小隊は、東から来た首長蜥蜴を追って西へと向かって追いかけて行ったらしい。それ以上の事は分からない。」
「なるほど……」
木こりの兄ちゃんが何かを思い出す様に考え込んでいる。
しばらく考えた後、少し自信は無さそうに答えた。
「大きな岩から西に行った先の林の中には何体か遺体が転がっているけど、まともにヒトの形を保っている方が少ないかな?」
「そうか。何体か知っているのか?では木こりの兄ちゃんが知っている死体をまわっても見つからなかった時は、時間の許す限り、帰りながら詳しく探して行くか。」
「討伐はしないとの事で本当に良いのか?例えば単独の首長蜥蜴でもか?」
「ああ。なるべく隠れてやり過ごす予定だ。逃げる事も出来ない時でも逃げる事を優先して戦いながら逃げる隙を探す。徹底的に交戦は避ける考えだ。」
ドカチーニさんは木こりの兄ちゃんと目と目を合わせて話を進める。
「今夜はお世話になります。」
「こちらこそ世話になる。昼からは宴会がある。銭湯のみんなも誘って是非参加してくれ。」
「そいつは嬉しいな。帰ってから家族にも伝えておくよ。」
その後、俺は部屋へと戻り、午前中の間は異原へ行く準備へ没頭した。
まずはフィーナさんの診療所から軟膏を無断で拝借をして、背嚢のサイドポケットへと入るだけ詰め込む。
左腕鎧を一度装着して不具合が無いかを確認する。
13本の槍の中から一番好みの槍を選ぶ。
ベルトポーチと水袋に切れ目が無いかを確認する。
草鞋の状態を隅々まで確認する。
結局俺は昼の宴会が始まるまで何度も何度も同じ事を確認し続けた。
ベスとアンは同じ事を繰り返す俺の事を呆れながら見ていた。
それでもアンはベスのリハビリを続けていた。
準備の途中に一度だけ休憩を取った。
その時に「なぜみんなの機嫌が急に良くなったのだ?」とベスへと聞いてみた。
ベスは一言「シーリンさんが当分嫁に行く気が無いと言ったから」とだけ答えた。
その後も小声で何かを呟いていたが、俺が聞き返しても教えてくれなかった。
しかし、なるほどだ、それならばドカチーニさんの機嫌も良くなるのだろう。
だがシーリンさんは27歳。
この異世界では立派な行き遅れだ。
この先はどうする気なのだろう?
まあ俺が考えても仕方ない事だよな。
この異世界では、結婚問題は、彼女の1つ下の俺にそのまま跳ね返ってきそうだしな。
26歳の俺も、この異世界では十分行き遅れである。
昼を過ぎた頃から食堂で宴会騒ぎが始まった。
今月の宴会は先月よりも更に騒がしい。
どさくさに紛れて見覚えがあるヒト達が先月よりも数を増して混じってくる。
港の荷揚げ屋のヒト達や、痩せた子供達、水夫達までタダ飯にありついている。
その人数が、先月の倍以上となっている。
特に湾岸施設の筋肉の比率がやけに高い。
まさに食堂はすし詰め状態だ。
間違いなく茶汲み娘さんがいるせいだな。
しかも今日は親衛隊の爺さん達の姿が見えない。
茶汲み娘さんを囲む湾岸施設の筋肉達の雄叫びしか聞こえてこない。
俺は一番ヒトの少ない食卓を選び、俺とベスとアンで座った。
そこにシーリンさんも後から同席してきた。
午前と違って食卓には和やかなムードが漂っていた。
隣の男冒険者達が座っている食卓から悲壮なムードが漂い始めた。
きっと、いつものメンバーでは無いので不安が大きいのだろう。
茶汲み娘さんを中心にして宴会騒ぎは狂乱を増している。
あの狂乱では俺達冒険者達の事なんか気にするヒトの方が少ないはずだ。
冒険者だけが命を懸ける訳では無い。
ここにいる成人のほぼ全員が命を懸けて街を護るのだ。
先月と同じで食べ放題・飲み放題。
但しノンアルコール。
俺には狂乱の宴はどこまでも続くように思えた。
楽しい宴にも終わりがやってくる。
日が傾き始めると1小隊、1小隊と冒険者が抜けていく。
湾岸施設の荷揚げ屋のヒトや水夫達等、他のヒト達も徴兵に合わせて消えていた。
港の子供達も、余った食料を持って、いつの間にか消えている。
そんな所も先月と同じだ。
ベルガーさんに言わせれば「いつもの事」なのだろう。
そんなベルガーさんも今日はすでに他の冒険者と出発している。
最後にドカチーニパーティーの4人とベスとアンだけが残った。
裏庭もすっかり静かになっている。
フィーナさん達の隊も出発したのだろう。
マリーが斡旋屋の食堂へと帰ってくる。
俺は『死ぬなよネモ』と一度だけ、奴の無事を祈った。
ドカチーニさんが最後の戸締りを確認してマリーへと留守番を頼む。
マリーはベスとアンとの三人で俺の部屋へと立て籠もる計画らしい。
今月の俺はベスとアンから魔力を分けてもらう訳にはいかないので、2人の事を1人ずつ抱きしめてから斡旋屋を出発した。




