番外編39:アルフィアの約束
この話はある日の病室での出来事。
アルフィアのささやかな野望の話。
アルフィアとベスとアンとの内緒の(はずだった)約束の話。
「アルフィア、手足に魔力は通るようになったかしら?」
あたしの恩人であるフィーナ先生が毎朝病室で必ず尋ねてくる言葉だ。
ヒトに動かしてもらったり、自分の右手で動かす時に魔力の流れは感じるけれど、左腕も左脚も、自力ではまだ動かす事が出来ていない。
右足は大分良くなってきているのが分かる。
死ぬほど痛い目を見たけど、フィーナ先生の治療が最善だった。
「動かすと魔力の動きは感じますが、まだまだ自力で魔力を通せないようです。」
「そう。絶対に諦めては駄目よ。常に魔力を通す努力をしなさい。」
フィーナ先生は毎朝必ずあたしへ同じ事を言う。
途中で諦めてしまうヒトが本当に多いのだろう。
あたしは努力を重ねて魔法を習得していたから、魔力の流れを感じる事が出来る。
魔力の流れを感じる事が出来ていなかったら、そうそうに諦めていたかも知れない。
毎朝必ず同じ事を言うフィーナ先生に対して、あたしも必ず同じ言葉を返す。
「絶対諦めませんから。必ず元のように動けるようになって見せます。」
「そう?頑張ってね。あたしはベスの事を見に行くわね。」
「あの娘は元気ですか?」
「ベスは元気よ。自室であなたと同じように動けるようになるまで頑張っているわ。今度はどちらが早く一人で寝台から降りられるかの勝負をしたらどうかしら?」
「勝負はしませんけど。必ず先に寝台から降りて、彼女をお見舞いに行くつもりですよ?」
「それは良い計画ね。計画の成功を願うわ。」
フィーナ先生が病室から出てベスの元へ向かう。
ベスはほんのわずかだが、一緒の部屋で過ごした、戦友だ。
あの娘が居るから、あたしも頑張れる。
あたしは前回の勝負では負けたけど、今回勝負をしている訳では無いけど、今度はあの娘には負けない。
負けたくない。
………………
ベスが病室に運ばれてきたのは、あたしがフィーナ先生の回復魔法で左の腕と脚を取り戻してから二日後だった。
ベスの事はあたしが病室へ運ばれてから割とすぐに知った。
一日中、相棒のアンと一緒に廊下をひたすら往復していたからだ。
二人が肩を貸し合いながら並んで歩き続ける姿をあたしは見ていた。
ベスが病室に運ばれて来た日の事は忘れる事は無い。
その日は朝から色々ありすぎた。
前日にドカチーニの斡旋屋にある裏庭の海へ流れ着いたと言うユークリットと同郷のネモ。
彼があたしの腕と脚を動かす訓練の補助につく事になった。
あたしが彼を採用した理由は簡単だ。
フィーナ先生が彼を執事とする事を決めたようだが、先生にはお金が無く、彼を養えない。
そこでフィーナ先生に少しでも恩を返す為に、あたしが彼を養う事にした。
それだけの事だ。
フィーナ先生の為とは言え、見知らぬ男。
あたしも最初は警戒したが、彼の立ち振る舞いは噂に聞く『貴族の執事』そのものだった。
さすがはフィーナ先生が執事として採用しただけはある。
あたしの体に触れても全くいやらしさを感じない。
先日のユークリットの方が、彼は坊主頭だと言うのに、いやらしさを感じたほどだ。
あたしとネモは割とすぐに親しくなった。
遠くの国から来たためか、彼の話は知らない単語だらけで半分もあたしには理解出来ない。
だが彼は、あたしの話す事にしっかりと耳を傾けてくれて、真面目に答えを返してくれる。
彼の話には、分からない単語も多いけど、真面目に答えを返してくれている事は分かる。
あたしに取って良い事は、何よりもいやらしさを感じない事。
ユークリットが膝の屈伸運動を手伝ってくれた時は、ちらちらとあたしの股へと視線が移動していた。
ネモは真っ直ぐにあたしの目を見て膝の屈伸運動をしてくれている。
あとは執事服が良い。
あたしは自分が貴族にでもなった気分になれた。
その日は朝からベスとアンの二人を廊下で見なかったがあたしが気にする事は無かった。
太陽が半分昇ったくらいの午前中。
ユークリットがベスを抱いて、フィーナ先生と共に病室へ現れた。
あたしの隣に大事そうにベスを横たえる。
慈しむように、ベスの頭を二回撫でた後、振り返ったユークリットの顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
ネモを指さして「どういう事ですか?」とフィーナ先生に尋ねている。
指差した右手が火傷していた彼をフィーナ先生が捕まえて、火傷の治療をした。
フィーナ先生は本当に凄いヒトだ。
神殿や教会で火傷の治療をしたら、どれだけの金銀をお布施で取られるだろうか?
そんな先生へお礼を言わないユークリットに少しだけ腹が立ったのは内緒だ。
その後、アンが来てユークリットは病室を去った。
目を覚まさないベスの手をアンがずっと握りしめていた。
その間もネモは真摯にあたしの膝の屈伸運動を手伝ってくれていた。
フィーナ先生。
良いヒトを紹介してくれてありがとうございます。
ネモの評価は次にユークリットが精巧に作られたヒト型人形を持ってきた時に真逆となる。
「ネモ。喜べ!嫁達が部屋で寂しがっていたから、連れてきてやったぞ?」
ユークリットが持ってきた人形を見たネモは満面の笑みで喜び、あたしは思考が固まる。
「あれはなに?」
「オレの嫁達だ!!」
「へー。そう……」
それ以降、ネモは一方的に『彼の嫁達』について恍惚な顔をしながら語る。
彼が話す単語が半分も理解出来ないで良かった。
あたしは『彼の嫁達』の話を全て聞き流す。
間違いない。
彼は変態だ!!
ユークリットはベスの様子を確認してアンへと声を掛けると、すぐに部屋を出て行った。
次に彼が病室に現れた時にはフィーナ先生とマリーも一緒だった。
そしてフィーナ先生の言葉にベスが驚くべき答えを返した。
フィーナ先生が「魔力操作の基本を教えるわ」との言葉に「すでに出来ます」とベスが返したのだ。
まだ十歳程度の子供が。
ベスは天性の魔法使い。
あたしがどれだけ努力しても届かない存在。
あたしはベスへと嫉妬した。
だが隣でベスの話を聞くうちに、それは間違いだと分かる。
彼女はそれこそ、命に関わったからこそ、この年で魔力操作が出来るようになったのだ。
加えてユークリットの実験の事も聞く。
彼は無情にも、こんな小さな子供を使って、実験を行おうとしている。
許せない。
あたしはユークリットへ怒りを覚えた。
彼への評価は下がる一方だった。
そんなユークリットが部屋を出る前に行った、あたしが見た事も無い行為。
彼の国の慣習だと思う『指切り』という行為をベスとアンが嬉しそうにやっている。
あたしには三人が本当の親娘にしか見えなかった。
この時見た、ベスとアンの楽しそうな雰囲気でユークリットの評価が真逆となる。
今日は、ヒトの評価が行ったり来たりだ。
あたしは自分の『ヒトを見る目の無さ』だけを痛感した。
全滅したという、あたしを裏切った小隊のヒト達の顔が頭をよぎり少しだけ不愉快になる。
こうして、たった四日間一緒に居ただけだが、あたしの戦友が隣の寝台へとやってきた。
彼女達とは、昨日も病室で顔を合わせているが、直接の自己紹介はまだだ。
あたしは二人へと挨拶から始める事にした。
あたしが彼女達に挨拶をする間もネモの自分語りは止まらない。
「あたしの名前はアルフィア。何度か顔を合わせた事はあるけど、挨拶は初めてね。」
「こちらも今まで挨拶をせずにいた事をお詫び申し上げます。私の名前はベスと申します。この娘はアン。アンは声を出すのが困難な為、私が代わって挨拶をすることをお許し下さい。」
「そんなにかしこまらないで。しばらくは同室で暮らすのだから気楽に行きましょう。」
「はい。よろしくお願いします。」
隣のアンもあたしへと深々と頭を下げて無言の挨拶をしてくれる。
それからあたしは膝の屈伸運動をしながら、二人の様子を見ていた。
ネモのどこまで続くか見当もつかない自分語りは完全に聞き流している。
二人は非常に真面目だ。
ベスの「親指、人差し指、中指、薬指、小指」と言う指示に従って、アンが献身的にベスの指を曲げていく。
そのうち、「一、二、三、四、五」と号令が縮まる。
あたしも左腕と左脚が切断されて魔力が全く通らなかった時の事は覚えている。
触れても触られた感触すら感じない。
わずかな時間で、自分の手足だという実感が無くなっていく恐怖。
同じ恐怖をベスも味わっているのだろうか?
半分以上が自分の興味からベスへ聞いてみる。
「魔力が手足の通っていない感覚ってどんな感じなの?」
「そうですね。自分の手足と言うより、人形の手足が付いている感じですね。全く自分の手足だと感じません。」
「あなたも魔力を感じる事が出来るのよね?」
「はい。他人の魔力は分かりませんが、自分の魔力の流れは分かります。」
「あたしはフィーナ先生に『魔力を流す努力をしなさい』と言われているの。実際、自分ではまだ動かせないけど、動かしてもらったところには魔力が流れるのが分かるの。あなたは?」
「自分で魔力を遮断しているので全く感じません。」
フィーナ先生も「前例がない」と言っていた。
あたしは自分で手足に感覚が全く無い絶望感を知っている。
どうしてこの娘は頑張れるのだろう。
「人形の手足になったのに、自分が動けると信じているの?」
「これを見て下さい。私が痩せているので見やすいのですが、良く見て下さいね。親指!」
アンが親指を動かす。
何が変わったのだろう?
あたしには分からない。
「分かりましたか?」
「分からないわ。」
「親指を動かすしたのに他の部分が動くのですよ。もう一度見て下さい。親指!」
本当だ。親指を動かす事によって、腕の筋も一緒に動いている。
彼女が痩せていて、筋の動きが見やすいとはいえ、あたしには気付く事が出来なかった。
彼女が(表情が分かりにくいが多分笑顔で)言葉を続けた。
「この時に魔力では無い何かを感じるのです。ユークリットさんが『俺も魔力を使って手足を動かしていない』と言っていました。必ず魔力なしでも動けるようになります。」
「あなたはユークリットを信じているのね?」
「はい。彼は嘘をつきませんから。」
「そう。お互い頑張りましょう。」
「はい。」
ユークリットの事を完全に信用しているようだ。
そして口調は堅いが本当に良い娘達だ。
この娘達とはもっと仲良くなりたいな。
そうだ。
ちょっと勝負を持ち掛けて打ち解けよう。
「ねぇ。あたしと勝負をしない?勝ったら相手の言う事を一つ何でも聞くの。」
「私は構いませんが、何で勝負をするのですか?お互い動けませんし、しりとりですか?アンのする物真似当てが入りますがそれでも良いでしょうか?」
「しりとり!!物真似当て!!懐かしいわ。最後にやったのはいつかしら?でも違うわよ。もっと実用的な勝負。どちらが早く手足を動かせるようになるかの勝負よ。」
「言う事を何でも一つですか?」
「何でも一つよ。」
「動いたという基準はどうするのですか?」
「相手が動いたと認めた時ね。」
ベスがアンに耳打ちして、アンが手のひらに文字を書いて密談をしている。
この娘達、字の読み書きが出来るの?
聞いた話だと、ユークリットが港湾施設で餓死しそうなのを保護したって話だけど……
「私が先に動いたら、ユークリットさんと仲良くしないで下さい!」
あたしが予想もしなかった『言う事』だが、この娘は本気だ。
保護してから一ヶ月も経っていないと聞いているのにユークリットも上手に手懐けたわね。
彼みたいなヒトの事を神の言葉で『ロリコン』と言うのよね?
「分かったわ。それじゃあ、あたしが勝ったらユークリットと逢引きさせてもらうわね?」
「絶対、絶っ対、絶っっ対に負けないからね!」
初めてベスの子供らしい所が見れた。
アンも鼻息を荒くして「負けないからね!」と無言で言っているようだ。
いつの間にかネモの自分語りも終わって、口をあんぐりと開けて、あたしを見ていた。
ユークリットとの逢引きなんて、あたしにはどうでも良い事だ。
ただ、この後の二人の頑張りには、あたしは兜を脱ぐ事になった。
たったの三日間で、ベスはわずかながらも、指を動かして見せた。
ベスの頑張りは、あたしにとっても、希望となった。
頑張れば間違いなくあたしも動けるようになる!
次は、あたしが先に歩いてあなた達に会いに行くわ。
その時のベスとアンの顔を想像して、今日も腕脚に魔力を通す努力を続ける。




