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 番外編38:へっぴり衛士様

 これは前回、金色の月が満月になった日の話。

 その夜、たまたま見回り当番だった衛士様の話。

 とある衛士様が衛士仲間に話した手柄話の元となった真実の話。




 半鐘の音が「カン!カン!カン!」と何度も鳴り響く。

 非常に耳障りだ。

 わしの見回り番の時に満月にならんでも良いだろうに!


 確認の為に物見櫓ものみやぐらへと自ら登る。

 東の海から美しい金色の満月が昇ってきていた。

 悔しいが金色の月の満月が一番綺麗だとわしは思う。



 わしか?

 わしはただの衛士だ。

 衛士である以上、貴族社会の一員でもある。

 わしは三十人の衛兵を預かり、衛士補として二人の士族崩れを雇っている。

 わしが自費で雇っているが『士族崩れ』だ。

 わしは二人共名前など覚えておらん。

 名前を覚える必要性も感じないな。

 その点、わしは士族崩れの衛士補共とは違うぞ。

 わしは「『へ』っぴり衛士様」と呼ばれて衛兵共にも好かれている優秀で立派な衛士だ。



 『へ』と言う文字は、神の言葉を翻訳した文字でも普段使う我々の文字でも全く同じな特別な字である。

 衛兵共がわしの事を「へっぴり衛士様」と呼んでいたのを偶然聞いた。


 その者共に理由を問いただしたところ、『へ』と言う神の言葉が似合う『ぴりっ』と引き締まった衛士様だとわしの事を褒めておったわ。

 他にもわしの口髭くちひげが見事な『逆への字』という事も理由らしいな。

 最初は「へぴりっ衛士様」だったらしいが語呂が良いと言うので「へっぴり衛士様」になったと、その時の衛兵共が言っていたな。


 普段、特に戦闘中は「へっぴり衛士様」では長いのだろう。

 ただ「衛士様」とだけ呼ばれている。

 衛兵共は隊が単独で休憩中の時、小声で仲間内の間のみわしを「へっぴり衛士様」と呼ぶ。

 如何に素晴らしい仇名であろうとも貴族のわしに対して仇名を使うのは恐れ多いのだろう。



 わしは衛士補二人を後ろに控えさせ、武装して整列した衛兵共に号令を掛ける。

「今夜は金色の月が満月になった。これより隊を三つに分け街を巡回する。前衛、本陣、後衛となり、わしを全力で護れ!」

「了解しました!」


 うむ。

 良い返事だ。

 金色の月の満月の夜は『天使様』と『魔人』の争いに巻き込まれなければ良い。

 あとは魔人がきまぐれに悪魔共を転移させない事を祈るだけだ。


「では出発だ!」

「了解しました!」



 街の巡回へ出発してすぐに『緑小鬼』に会う。

 今日のわしは運が悪い。

 どうやら悪魔を送り込むきまぐれ魔人が山を越えて、シーミズの港町まで来ている。

 魔人は空を飛ぶ奴も多い。

 山も河もヒト族と比べたら無いのと同じだ。

 魔人が直接街へと来ない事は、学者連中が色々な説を唱えていて、まだ判明していない。


 今は魔人の謎よりも目の前に居る緑小鬼あくまだな。

 衛兵を道一杯に並べた槍衾やりぶすまを作れば緑小鬼はそれほど怖くない。



「衛兵前列、槍衾を作れ。後の事は衛士補に任せる。緑小鬼を駆逐せよ!」


 わしの号令一つで緑小鬼が逃げ出して行く。

 槍衾に向かってくる緑小鬼は袋小路へと追い詰められて逃げる事が出来ない奴等だけだ。


 シーミズの港町には袋小路がそれなりの数がある。

 その袋小路へと逃げた緑小鬼が迷い込んだ時にだけ討伐をすれば、わしは安全だ。

 戦果も確実に上がる。



 何匹かの緑小鬼が袋小路へと入り込んだようだな。

 衛士補がわしに指示を仰いでいる。

 わしは前衛に「槍衾にて殲滅」と指示を出す。 


 言うまでも無く、普段から本陣は円陣を組み、わしを完全に護っている。


 後衛は新たな緑小鬼が袋小路へと迷い込まないように見張りをさせている。

 無論、後衛は奴等が来たら追い払う。


 殲滅後は前衛と後衛が自然と入れ替わり衛兵達の負担も分散できる。

 衛士補の助言を元に衛兵共にも配慮した、わしの考え出した完璧な布陣だ。



 我が隊はこの夜も、何匹もの緑小鬼を追い払い、たまたま袋小路へと入った緑小鬼を確実に始末していく。

 袋小路の位置は衛士補がしっかりと把握している。

 緑小鬼が袋小路へと逃げ込めば報告が上がってくる。

 どうやら今回追い払った緑小鬼の何匹かが袋小路へと入ったようだな。


「袋小路へと迷い込んだ緑小鬼を殲滅せよ!」


 前衛が槍衾を作って袋小路へと侵入する。

 その後ろ少し距離が開いて、本陣が続き、最後に後衛が袋小路に蓋をした。


 今回も我が作戦は上手く行きそうだ。

 衛兵の怪我人も増えてきているが、わしが無傷なのだから、何も問題はあるまい。

 衛兵が使えなくなったら、また徴兵すれば良い。

 庶民など幾らでもいる。



 前衛と本陣の間に突然緑小鬼が六匹現れた。

 偶然の転移だ。

 槍衾は前方向には強いが、他の方向に対しては無防備なほど弱い。

 緑小鬼に偶然にも挟み撃ちの形になった我が隊の前衛が次々にやられていく。

 今日のわしは本当に運が悪いようだ。


「後衛!ただちに前に出て前衛を助けよ!」


 本陣はわしを護っている訳だから動かす訳にはいくまい。

 後衛が急いで駆けつけてくる。

 だが本陣の薄い槍衾を抜いて、一匹の緑小鬼の投げた小刀がわしのほおをかすめた。

 わしのほおから血が一筋流れる。


「小刀を投げた緑小鬼を虐殺せよ!最優先事項だ!」


 本陣と後衛が入り乱れて、隊列交代が上手く行かないうちに前衛は半壊した。

 わしの顔に傷を付けた無礼な緑小鬼をきっちり討伐したのだ。

 前衛の半壊など、取るに足らない、事案だな。

 そんな些末な事よりも、わしが怪我をした事は隊にとっての大きな損害だ。

 わしの傷を治療する為にも一度野戦病院へと行くか。


「これから、野戦病院へと向かう。歩けるものはわしに続け。最優先事項だ。例え緑小鬼が袋小路へ入ろうと、野戦病院へと向かう事を優先する!」


 わしの指示に衛兵共が歓喜の声を上げる。

 やはりわしの指示は完璧だな。



 前回前衛だった半壊した衛兵共は後衛へと移り、お互いの肩を貸し合ったり、比較的傷が浅いものは重傷者を背負って移動しているので、いつもよりも歩みが遅い。


 衛兵共の死者はその場へと放棄させた。

 勿論、わしが衛兵共へと貸与した武具は回収させている。

 わしの行動にぬかりは無い。

 朝日が昇れば近くの庶民が死体を勝手に片付けてくれる。


 些末な事より行軍速度の遅さに、わしはいらつき前衛の指揮を取る衛士補に命令する。


「もっと速く歩かんか!」

「衛士様に報告します。現在我が隊は損耗著しく、万が一にも衛士様に被害が及ばぬように細心の注意を払って移動をしております。行軍速度が遅くなる事をお許し下さい。」

「うむ。その様な理由があったとはな。よろしい。行軍速度は衛士補に任せる。」

「はっ。ありがとうございます!」


 わしの怪我は隊一番の損耗だ。

 わしの怪我で隊の戦力が落ちている事は衛兵共も心配しているだろう。

 行軍速度を多少落としても周囲に注意を払うべきだな。


 周りの衛兵共もわしの指示を聞き安堵している。

 やはりわしの指示は完璧だな。



 野戦病院へと向かい行軍していると、大きな通りが交差する場所に緑小鬼もヒト族の冒険者や衛兵も数多く集まり、乱戦状態になっている場所へと出てしまった。

 今日のわしは最悪に運が悪い。


「無理に緑小鬼と戦闘する事は無い!わしを全力で護れ!」

「了解しました!」


 良い返事だ。

 比較的軽傷な衛兵達がわしの前後に槍衾を作りこの通路を完全に遮断した。

 衛士補二人がわしを直接護る。

 他の隊の衛士からも「良い働きだ!そのまま貴殿の隊には通路を塞いでいて欲しい!」とわしの作戦を誉める言葉が耳に届く。

 さすがはわしだな。

 常に完璧な作戦だ。



 ほどなくして乱戦はおさまった。

 わしは野戦病院への行軍を再開しようとした時に一人の女性冒険者の外套に目を止める。

 白に赤い十字の外套。

 確かあれは回復魔法を使えると宣伝している証だったな。

 丁度良い。

 野戦病院の治療などよりも、回復魔法の方がわしには相応しい。



 回復魔法の順番待ちをしている衛兵達を押し退けて女冒険者へと命令をした。


「まずはわしに回復魔法をかけよ!」

「ユークリット。軟膏を塗っておいて。」

「はい。」


 女冒険者はわしの傷を見ると即座に後ろの大男に指示を出した。

 坊主頭の凄い身体魔法で体を強化している大男が、わしのほおに軟膏を塗る。

 軟膏を塗られると、わしのほおは痛みが増した。

 再びわしは女に命令をする。


「女!回復魔法を掛けよ!!」


 わしの命令に、女は全く反応を示す事無く、衛兵如きに貴重な回復魔法を使っている。

 大男が女の後ろをついて回り、女の指示に従って治療を手伝っている。



 なんなのだ?

 あの大男は!

 恰好はどう見ても一般市民なくせに、あの左腕に付けている鎧は、超一級品だぞ?

 あの左腕の鎧だけで、わしの現在住む邸宅を買ってもお釣りが来るだろう。

 名のある冒険者か?

 あの正体不明な大男からは距離を取って、女に命令しよう。

 わしの考えは常に最高で間違いは無い。


「女!回復魔法を掛けよ!次は無いぞ!!」


 最後通達にも、女は全く反応を示さない、自分の仕事を続けている。

 わしは完全に頭に来た。

 この無礼な女を手打ちにしようと剣の柄へ手を掛けたところで衛士補二人に止められた。



「おやめください。衛士様!そのような無礼な女よりも衛士様の手柄となるものを発見しております!」

「わしの手柄だと?」

「はい。あちらに緑小鬼の隊長が首が残ったままで放置されております。」

「なんだと??」


 どこの莫迦ばかが放置したのか分からんが、ようやくわしにも運が向いて来たようだ。


「案内せよ!」

「はっ。」


 衛士補について行った先で、縛り上げられた上に、気を失っている緑小鬼の隊長が無造作に転がされていた。

 わしは自分の剣を抜き、緑小鬼の隊長の首を落としに掛かった。

 うむ。

 なかなか首とは落ちないものだな。



 何度も何度も剣を首に振り下ろし、切断出来た頃には、剣の刃は欠け、地面には血の海が出来ていた。

 首を高々に掲げて、わしは自分の武勲を周りに示す。

 治療を終えた衛兵達がわしを囲んで口々にわしの手柄を賛美しておるわ。


「さすが『へっぴり衛士様』だ!」

「本当に見事な腕前だったな!」

「ああ。見事な連続攻撃に相手は手も足も出せなかったな!」

「へっぴり衛士様が負傷したおかげで、俺達は助かったんだ!ありがとうへっぴり衛士様!」


 小声で口々にわしを賛美する衛兵達の言葉が止まない。

 東の空が明るくなってきた。

 間も無く朝日が昇るだろう。


「よし、拠点へと帰投する。最後まで気を抜くな。わしを全力で護れ!」

「了解しました!」

「では出発だ!」



 うむ。

 相変わらず良い返事だ。

 わしが『緑小鬼の隊長』を『単独で討伐した』この剣は家宝として飾ろう。

 ほおの傷も『緑小鬼の隊長』との激しい戦闘の中で負ったと思えば勲章だ。

 わしの自慢話にも拍が付く。

 今思えば、あの生意気な女はそこまで見越して回復魔法を掛けなかったのだろう。

 わしは寛容な心で女の無礼を不問としよう。




 華々しい武勲を上げたわしは、衛士仲間への手柄話を得て、意気揚々と拠点へと帰投した。

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