番外編34:とある飛脚の非番の日
今回の話は『飛脚』と呼ばれる冒険者の話。
自分の足の速さに絶対の自信を持つ飛脚の話。
神殿に禁じられた仏の名前を名乗りたい男の話。
おれっちの名前なんぞどうでも良い事でやすが、仇名だけは気に入ってやす。
仏の名前をつかえねぇってんで、『韋駄吉』ってぇのがおれっちの仇名。
このスーンプ城下で、一番足が速ぇのが、おれっちって訳でやす。
飛脚ってのは一応冒険者に属していやすが、魔物を倒してどうこういう奴はいねぇでやす。
ヒトの大切な物を街から街へと運ぶのに命を懸けてる莫迦な奴らの集まりでやす。
銀色の月の満月の夜には特例ってやつで、衛士様に伝令として使っていただいていやす。
ただ一口で飛脚って言っても色々あるのでやすが。
長くなるんで、おれっちからの説明は、はしょらせてもらいやす。
おれっちは今までは自分をスーンプ城下で一番足が速ぇって思っていた訳でやす。
今はおれっちより凄ぇぇおヒトはまだまだ居るかもしれねぇ。
そんな風に思えた事がありやした。
この話はおれっちがまだ天狗になっていた頃の恥ずかしい話でやす。
………………
おれっちは自分がスーンプ城下で一番足が速ぇって思っていやした。
そんなおれっちの耳へとこんな噂が飛び込んできたのでやすよ。
「シーミズの港町の港湾施設にとんでもなく足が速い奴がいるらしいぞ!」
おれっちは居ても立っても居られなかったのでやすよ。
その噂を聞いて、非番になるとすぐにシーミズの港湾施設まで行きやした。
おれっちの足に掛かれば同じ城下のシーミズの港湾施設なんてすぐ近所でやす。
相手はすぐに見つかっりやしたね。
荷物を倉庫へと置いた後、確かに凄ぇ速さで船にもどってるおヒトがいやす。
今日の所は、このまま帰ぇりやすが、次の非番が来た時は勝負していただきやすぜ!
次の非番が、おれっちは楽しみでしょうが無かったんでやす。
飛脚の仕事にも気合が入りやした。
おれっちの仕事はスーンプの城下の西に流れる大きなアヴェ河の近くにある飛脚問屋から異原の城門を越えて陰気津の川にある集落の飛脚問屋まで運ぶ事でやす。
約五里(20キロメートル)ある道をおれっちは一日で往復する飛脚でやす。
普通は問屋で一番速ぇぇヒトが『継ぎ飛脚』ってぇ、稼ぎも良くて、特別に頼まれた時にしか走らなねぇ仕事につくんでやすが。
おれっちは「毎日走りてぇ」と我がままを言って『継ぎ飛脚』をお断りしたって訳でやす。
そんな訳もあって、スーンプ城下一足の速い、おれっちが問屋を往復してるって訳でやす。
言葉がおかしいでやすか?
てやんでぇい。
こちとら、走る事しか能がないんでやすよ?
しゃべる事にまで気を使ってられるかってんでぃ。
それによぉ自慢じゃぁねぇけど問屋を一日で往復出来るヒトはあんま数が居ねぇんでぇい。
失礼しやした。
まあ、おれっちの言葉遣いは気にしねぇでやってくれると助かりやす。
なんでこんな話になったのかってぇと、普通の飛脚は行って一日、帰って一日なんでやす。
おれっちが言いてぇのは、飛脚てぇ仕事は城門の外に出る危ねぇ仕事ってぇんで、二日働いたら、一日非番を頂けるって言いたかったんでぇやす。
二日の間、きっちりと自分の仕事をこなしてきやした。
今日、おれっちは非番でやすが、目当ての相手が来るかはわかりゃしやせん。
朝、一番から倉庫で待つことにしやした。
そんなおれっちの所に、杖を突いたおじさんが来やした。
「お前さん。見ない顔だが、新人か?荷揚げ屋の受付ならここじゃないぞ?」
港湾施設は毎日喧嘩が絶えねぇ荒くれ揃いってぇ話でやしたが、話が通じそうなおヒトもいるじゃねぇでやすか。
「ちょいと、勝負をしに参りやした。仕事の邪魔にはならねぇように気を付けやすのでお目こぼしを願いやす。」
「今日も暑くなりそうだからな。おれ達の仕事を邪魔しないなら、目当ての人物が来るまで、倉庫の中に居ても良いぞ?茶の一つとて出ないけどな。」
「そいつは感謝いたしやす。」
おれっちは、倉庫の中、日陰になっている部分に移動させていただきやした。
「ところで、お前さんの目当てにしている相手の名前は知っているのか?」
「名前は知りゃせんが、えらい足の速ぇぇって噂のおヒトでやす。」
「おぉ。それは筋肉兄貴だな。お前さんは目が良いかい?受付で並んでいる時から身体強化魔法を使っている野郎がそうだ。日常からあの体でいる莫迦だ。魔力は使えば使うほど強化出来るって噂もあるし、常に修行しているって噂だが、本人は『調整の仕方を忘れた』と言っているな。朝一番から一番重い荷物を運んでくる常識をどこかに忘れてきた莫迦だよ。」
「そちらさんも莫迦莫迦と言っているようでやすが、あのおヒトを好きなようでやすね?」
「そうだな。倉庫で働く奴らに、嫌っている奴は居ないな。」
どうやら人柄もなかなかの人物のようでやした。
ますます負ける訳にゃいかないと思いやしたね。
筋肉兄貴と呼ばれたおヒトが荷物を置いて、次の荷物を取りに行くようでやす。
おれっちは、走る事を仕事にしている本職でやす。
おれっちも今日の初走りでやす。
まずは足を慣らす事から始めやす。
最初は相手の後ろから力量ってやつを観察してみやしょう。
噂のおヒトは一体どのくらい速ぇぇのでやすかね?
後から思ぇば、あの時のおれっちはそうやってあのおヒトを見下していたんでやすね。
筋肉兄貴が一度後ろに重心を掛けてから走り始めやした。
たったの三歩でやした。
たったの三歩、おれっちが遅れただけで追いつくどころかどんどん相手が離れていきやす。
あっという間に船に着いてしまいやす。
おれっちは『足の慣らしが終わってなかんでぃ』と自分に言い訳をしやした。
後から思ぇば『自分に言い訳をしやした』この瞬間から負けが決まっていたのでやすね。
筋肉兄貴を待っている間に凄ぇぇ女性がやってきやした。
筋肉兄貴を上回る凄ぇぇ身体強化魔法でやした。
彼女が一歩動く度に、それに合わせて、筋肉の一本一本が動くのがはっきり分かりやす。
あんな凄ぇぇ脚をしたヒトぁ、飛脚にだって見た事ぁありやせん!
しかし、なんつぅんでしょうか?
実にもってぇねぇおヒトでやしたね。
お顔立ちも凛々しく精悍で『女性士族』と言った雰囲気を持っていやす。
その上、立派な立派なお胸もお持ちで。
その上で、あの素晴らしい身体強化魔法による肉体美!
おれっちには『天が二物を与えて駄目になった』見本にしか見ぇやせん。
おれっちは、あんなに凄ぇぇ脚をしたおヒトでやすから、彼女もかなりの足の速さを持っていると思い、準備を始めやした。
おじさんからたすきをもらい、走り始めると思いやしたが、彼女は歩いて次の荷物を取りに行くようでやす。
ちょっとだけ残念でやしたね。
彼女とも勝負をしてみてぇでやすが、他人の仕事を邪魔だけはしちゃいけねぇんでやす。
彼女を見送ると、杖を突いた、たすきを配るおじさんがおれっちに話し掛けてきやした。
「さっきの女性が『筋肉姉御』だ。凄いだろ?彼女が来てから荷物の運び方に革命が起きた。ほとんどの荷揚げ屋が今は背中に二つの荷物を背負っているが、彼女の前は『筋肉兄貴』と同じで一つずつだったのだ。」
「『筋肉兄貴』っておヒトはどうして二つ運ばねぇんでやすか?」
「野郎は『まだ一人で背中に荷物を回せない』と言っていたな。倉庫から荷物運搬用の箱を二つ持って帰ったから、その内出来るようになるのじゃないか?」
「他の荷揚げ屋の衆だって、二つ荷物を一度に運んでいるのでやすから、『筋肉兄貴』は足の速さ以外は大した事が無いおヒトなんでやすかね?『飛脚』に来れば、もっと稼げるとおれっちは思っちまいやすがね。」
俺っちの言葉を聞いた途端に、杖を突いたおじさんの語気が強まりやした。
「野郎の本当の凄さは素人さんには分からないだろう。だが、お前さんが野郎を引き抜きに来たと言うならば、おれはお前をここから叩き出さないといけなくなる。野郎は荷揚げ屋だが、この倉庫には絶対に必要な人材なのでな!」
「こいつはすいやせん。おれっちは思った事を口にすぐ出しちまいやして、いつも怒られるのでやす。引き抜きなぞ考えておりやせん。失礼しやした。」
「いや。こっちこそ悪いな。だが野郎の凄さは素人さんには分からないのも本当だ。」
「おれっちも仕事をしている身でやす。凄ぇおヒトがやっている事ほど簡単そうに見えやす。実際に自分がやって初めて『真似できねぇや』と気付くものでやす。」
「それが分かっているなら、お前さんもなかなかの仕事人なのだろう。」
「どうやら『筋肉兄貴』が来たようでやすね。おれっちも準備に入りやす。」
「なあ。一つ聞いても良いか?」
「なんでやしょうか?」
「お前は何の勝負に来たのだ?」
「足の速さでやす!」
「そうか。野郎の仕事の邪魔だけはするなよ?邪魔した時は叩き出すからな?」
「がってん承知いたしやした。」
さあ、勝負の時間でやす。
筋肉兄貴っておヒトが走り出す瞬間は分かりやした。
一度、体重を後ろに掛けた時が走り出しの合図でやす。
杖を突いたおじさんからたすきを受け取ったようでやす。
体の後ろに重心が掛やした。
おれっちは気付かれないように三間(約5.4メートル)後ろからの出発でやす。
今度はおれっちも筋肉兄貴と同時に出発しやした。
今度も!今度もたったの三歩で差が開いていきやす!!
この時のおれっちは絶望感で一杯でやした。
その時、おれっちは閃きやした。
きっと筋肉兄貴は『魔法使い』でやす。
何か特別な走力強化の魔法を使っているのでやす。
この時ゃ、そんな情けない事を思ったものでやす。
後から思ぇば『自分に言い訳をしやした』飛脚にも走力強化の魔法を使うおヒトもいやす。
魔法を使えねぇおれっちは『その中に入っても負けねぇ』と自分がやってきたのを忘れてしまっていたのでやす。
この時は走力強化魔法を使えねぇおれっちが「『継ぎ飛脚』をやらないか?」と聞かれた時の喜びってやつを忘れちまっていたのでやすね。
走力強化魔法を使ってるてぇなら、いつかは魔力が切れるはずとおれっちは思いやした。
問屋から問屋まで最後まで走力強化魔法を続けるおヒトは見たこたぁありやせん。
いつかは魔力が切れるんで、その時が勝負と思っていやした。
でやしたが、今日三十回は勝負をして、一度もおれっちは敵やしやせん。
それどころか、全ての勝負が最初の三歩で置いて行かれやした。
あのおヒトの仕事を邪魔したどころじゃぁありやせん。
あのおヒト、最後までおれっちが後を走ってたぁ事に気付いたぁかぁどうか?
世の中には凄ぇぇヒトが隠れているものでやすね。
それに気付けただけでも今日の収穫はありやした。
この日は無理でやしたが、いつかあのおヒトと並んで走ってみせやす。
その思いで、おれっちはこれからも自分仕事をこなしやしょう。




