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冒険者登録

 朝起きて3人で食堂に行こうとしたが2人には「自分たちの足でゆっくり行きます」と同伴を断られてしまった。



 昨日は仕事を休んだので、今日は絶対に荷揚げ屋の仕事をするぞと意気込んで食堂に行くと誰も居ない。

 いつもと違って静かな食堂。

 太陽が昇っている間は常に開けっ放しであった正面玄関すら閉じていた。

 静かな店内の外、裏庭から金属が打ち合う音が聞こえてきた。



 裏庭に続く厨房の裏口を開けると片手で持つには明らかにおかしい巨大な剣を持ったドカチーニさんと両手に鉄の爪をはめたベルガーさんが戦闘をしていた。


「何をやっているのですか! 物騒な物を持って喧嘩するのはやめて下さい!」


 金属の打ち合う音に負けないように大きな声を出す。


「喧嘩? 訓練だよ。訓練。今日は銀の月が満月だぞ。銀の月の魔族が攻めてくるからな」


 いや。聞いていない。魔族がいるとは聞いているが攻めてくるとは聞いていない。


「魔族が攻めてくるとは聞いていませんよ!」

 それを聞いた二人が打ち合いをやめる。

「おっと。そう言えば記憶喪失だったな。当たり前過ぎて説明を忘れていたぜ」

 ドカチーニさんが巨大な剣を地面に突き刺してそれを背もたれに座る。

「こっちに来い。色々教えないと不味い事を教えてなかった」

 ベルガーさんも座り込んだので、俺もそこに加わり、正三角形の輪を作った。

 ドカチーニさんの話をまとめると満月の夜とはこんな感じだった。


・この世界には金の月・銀の月・赤の月、そして黒の月(new)がある。

・銀の月は正確に満ち欠けをして、満月の日と新月の日は昼間は休日となっている。

・銀の月の新月を一ヶ月の最初としていて、家賃等はその時に前払い(new)。

・金の月・赤の月の満ち欠けに規則性は見られない。

・黒の月は他の月が満月の時にしか現れない(new)。

・満月の夜はその月の魔族や普段は居ない月の魔物が攻めてくる(new)。

・15歳以上は徴兵される(new)。拒否権には1両を税金として収める必要がある(new)。


「他にも細かい事は色々あるのだがな。今日の満月が銀の月だけな事を祈っておけ」

「祈るのは構わないのですが、私も徴兵されるのですか?」

「確か、人間・男・二十六歳だったよな? 問題なく徴兵されるな。俺と、ベルガー、シーリンは冒険者登録しているから壁の外に出て遊撃するのだが……」


 右手を顎の下に当ててドカチーニは考え込む。


「おいユークリット。お前は武器を使えるのか?」


 武器か……槍投げ、砲丸投げ、円盤投げには気を使っていたな。

 あれは武器だ。

 遊びと言うか気分転換を兼ねてやったハンマー投げなんて完全に誰も居ないのを確認した。

 槍投げなんてのは特に武器になるのか?


「槍投げには少し自信があります。ですが人に向かって投げた事はありません」

「槍投げか……銀の月の魔族や魔物相手には有効な遠距離攻撃だな。ちょっと付いて来い」


 いつもの親指で行く方向を指示される。



 行き先は羊皮紙が山積みされたドカチーニさんの仕事場だった。


「このまま徴兵されたら、お前は身体強化の魔法が凄いから間違いなく前線に立たされる。槍投げしか出来ないなら冒険者登録して俺達に付いて来い。その方が生存率が上がりそうだ」

「使える武器が投げ槍ですから、後ろから攻撃役では無いのですか?」

「それは衛士様の仕事だ。お前のような立派な身体をした平民は衛士様の盾として使われるだろうな。悪い事は言わない。冒険者登録して俺達に付いて来い。書類なら昨日付けで登録した事にしてやるから心配するな」


 生まれて以来一度も戦争どころか喧嘩すらした事が無い俺は非常に迷っていた。

 そんな俺にドカチーニさんは追い込みを掛ける。


「お前はベスとアンと言う守るべき存在を手にしてしまったんだ。少しでも生き残る確率を上げて二人の所に帰る義務がある。普通の初陣の男なら後方で荷物運びとかもあるだろうが、お前の身体強化の魔法を見て前線で使わない衛士様ばかはいないだろう」


 いつの間にかシーリンさんも現れ、ベルガーさんと共にお願いされた。


「わたし達からもお願いします。戦力としてはともかく人間としては信用出来そうです」

「おう。頼む」

「私を加えてもお荷物になるだけですよ。きっと」

「その事は心配するな。実を言うと満月の夜には冒険者は基本四人で行動する事になっているんだ。今、俺達は固定した行動相手が三人でな。どこかの誰かとも分からない奴が来るか、最悪ばらばらにされて他の組へとまわされる。お前が来れば四人で確実に行動が取れるんだ」

「信用出来ない人が来るよりもお荷物の方がはるかにましという事です」


 このヒトはいつも笑顔のまま平気で辛辣な言葉を吐く。

 いつかこのヒトの素の顔を見てみたい。


「お前はおれが守る!」


 ベルガーさんの力強い一言で決心がついた。

 このパーティーに参加しよう。


「分かりました! お荷物になると思いますが精一杯頑張るのでよろしくお願いします!」



 それからの支度は慌ただしかった。

 まずはドカチーニさんが日付不正をした俺の冒険者の登録の済ませる隣でベスとアンに朝食を取らせる。

 その席で俺はベスへ8両1分が入ったベルトポーチを渡した。

 ベスは大金を預かる事を当然拒否をするが「街の外で落とさないように預かってもらうだけですので帰ってきたら返してもらいますよ大事に持っていて下さい」と言って無理やり握らせた。


 ドカチーニさんに頼んで可能な限りの槍を用意してもらい、目測で2メートル60センチ程度に長さを揃える。

 こちらの世界の武器には統一性が無い。

 1つ1つがオーダーメイドのようで微妙に形が違う。

 形が違えば重さも違うし長さも違う。


 俺は槍を投げる事にあたって重さの違いよりも長さの違いを嫌った。

 槍を1本1本重心を確かめながら指を掛ける為の縄を巻いていく。

 ドカチーニさんが「投げ槍に縄を巻くのか初めて見る工夫だな」と感心しながら俺の工作を見ていた。

 重さやかさばりを考慮して背負って持ち運べる槍の量は12本が限界だった。

 鎧は用意出来なかった。

 中古の鎧で俺の体に合うサイズの鎧はすぐには見つからなかった。

 この時ばかりは185センチある自分の身長を呪った。


 時間が凄い勢いで流れていく。

 ベルガーさんが「今日は休みだ。銭は要らない」と無料で凄い量の昼食を用意している。

 今まで用が無かったので知らなかったが2階は冒険者たちが泊まる部屋になっていて12人の冒険者が住んでいた。

 普段は城壁の外や迷宮で活動している事がほとんどで部屋は物置として使われている。

 全員集まるのは銀の月の満月の時くらいだそうだ。



 昼を過ぎた頃から完全に宴会騒ぎだ。

 宴会の開始と共に正面玄関も開けた。

 どさくさに紛れて見覚えがあるヒト達が混じってくる。

 港の荷揚げ屋のヒト達や、痩せた子供達、水夫達までタダ飯にありついている。

 ベルガーさんに聞くといつもの事とのこと。

 食べ放題・飲み放題。但しノンアルコール。



 日が傾き始めると1パーティー、1パーティーと抜けていき、荷揚げ屋のヒトや水夫達等、他のヒト達も徴兵に合わせて消えていた。

 子供達もいつの間にか消えていた。

 最後にドカチーニパーティーの4人とベスとアンだけが残った。

 うちらのパーティーの内訳は斥候シーリン、前衛ドカチーニ・ベルガー、後衛ユークリットとなった。

 いよいよ出発の時がやってくる。

 俺は最後にベスとアンに声をかける。


「ベス。アン。行ってくる。お願いがあるんだが聞いてくれるか?」

「絶対に帰ってくると約束してくださるのならば聞きます」


 そっぽを向きながら答えるベスに、こくこく縦に首を振るアン。


「2人の魔力を半分ずつ分けてくれ。半分ずつだぞ。絆の魔力だ。俺は魔力を渡すことが出来ないが2人の魔力が欲しい」


 その言葉を聞いて俺の右手をベスが左手をアンが握り魔力を流し込んでくれた。

 俺の体に凄い力が流れ込んでくるのを感じる。

 ここが異世界だと感じさせる力だ。


「ありがとう。いってくる。絶対帰ってくるからな。良い子で待ってろよ!」


 半分と言ったのに2人とも自分の魔力を全部俺に渡してくれた。

 生気が抜けて骸骨っぽさが増した2人をお姫様抱っこで1人ずつ大事に自室のベットへと運んだ。


 

 失敗した!

 俺は顔から火が出そうだと思った。

 2人を相手にして完全な素になって敬語を使っていなかった。

 俺もたった数日でほだされたものだ。

 家族以外の誰に対しても敬語を使うと決めていたと言うのに素のまま話してしまった。

 ベスに渡した金だって持ち逃げされるかも知れない。


 色々やらかしたが後悔はない。


 2人の魔力が流れる高揚感と安心感。

 この魔力と共に必ず帰ると決意して人生初めての冒険へと出発する。

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