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 番外編28:ホルスの不可避な旅

 これは『ホルス』が名前を変える前の話。

 シーミズの港町へと来る前のホルスの経緯いきさつ

 一人の女性荷揚げ屋の不可避な旅。




 あたいは『ホルス』。

 一人の坊主頭の荷揚げ屋が付けてくれた、あたいの大事な名前さ。

 シーミズの港町。

 今まであたいが居た港と比べて、ここは良い所さ。

 この港では、あたいの事を『乳女』とか『牛女』とか『獣人混じり』では無く、一人の荷揚げ屋として見てくれる奴が多いのさ。


 ここの港の荷揚げ屋は、前に居た港の荷揚げ屋が「男の誇りを汚した」と、あたいを港から追い出したりせず、率先してあたいの真似をして二つの荷物を同時に運び始めたのさ。

 中には、あたいに良い顔をしない荷揚げ屋も居るよ。

 だけど、大人数で囲んで殴る蹴るの暴行をして来ないだけ良い奴らさ。


 あまり思い出したくも無い、悪い思い出だけど、今が幸せな分だけ思い出してしまうのさ。

 過去のあたいに、あんたがあの時頑張ったから、『今あたいが幸せだよ』と言いたいのさ。



………………



 あたいが前に居た港はエドゥの城の巨大な港湾施設の一画にある小さな荷揚げ場。

 人足寄場にんそくよせばなどとも呼ばれた、最貧民が集まる場所だったよ。

 そこは無宿人むしゅくにんと呼ばれる家すら持たない貧乏人。

 元犯罪者も多く住む場所。


 だけど、そこを治めていた士族様が良いヒトで治安だけは良かった。

 あたいみたいな母子家庭でも何らかの仕事と長屋を貰って暮らしていけたのさ。

 母ちゃんの仕事はヒトにはあまり自慢できる仕事じゃないけど、あたい達兄弟姉妹をしっかり育ててくれた立派な母ちゃんだよ。

 誰にも悪くは言わせたりしないさ。



 あたいの父ちゃんは誰かは分からないけど、牛の半獣人族だろうね。

 あたいの母ちゃんは普通のヒト族だから、多分間違いないよ。

 牛族の力のおかげで、他のヒトよりも身体強化、但し筋力特化のみ、が優れていたから、荷物運びの仕事を十五になる前から出来たのさ。

 十五歳になる前から働けたのは人足寄場だったからかもね。


 周りの荷揚げ屋のヒト達は、十二歳から荷物運びを始めた、あたいに最初のうちは色々な荷物運びのわざを教えてくれたよ。

 あたいに「これからの荷揚げ屋稼業を背負うのはおまえだな」と言ってくれるヒトも居た。

 あたいの胸が大きくなってさらしでも隠せなくなるまでは、周りのヒト達も優しかったさ。



 十五歳になって、いよいよあたいが女を隠せなくなると、周りの目はあたいの事を荷揚げ屋として見なくなってきたのが分かったよ。

 だけど、あたいには荷物を運ぶ事しか出来ないからさ。

 あたいは荷揚げ屋の仕事にすがりついたのさ。

 あたいを女だと莫迦ばかにされないように誇りを持って誰よりも荷物を運んだのさ。

 誰よりも重い荷物を誰よりも多く。


 だけど、あたいが頑張れば頑張るほど、周りの荷揚げ屋にあたいは嫌われていったよ。

 それでもあたいは荷揚げ屋として認めてもらえるように頑張ったつもりだったさ。

 けど、あたいの周りには「おい、あの筋肉女を抱けるか?」「抱ける訳無いだろ!」みたいな卑猥ひわいな言葉が日増しに増えていったのさ。



 そんな変わっちまった荷揚げ屋の中であたいは二年近く頑張ったよ。

 名実共に、人足寄場一番の荷揚げ屋になったと思った時、あの事件が起こったのさ。

 あたいなんて「抱けない」と言っていた男共が「誇りを汚した」と数人で襲って来たのさ。

 あたいは何とか逃げ延びて、そのまま出航する船に乗って人足寄場を逃げ出したよ。

 どこに行くのかも分からない船に乗ったのさ。


 あたいが心配なのは母ちゃんと兄弟姉妹だけだよ。

 挨拶も無く出てきちまったのを気付いたのは船が港を出た後だったよ。

 手紙を書きたいけど、あたいは文字を書けないし、家族も文字を読めない。

 何とか無事だけは伝えたいけど、あたいの頭じゃ良い考えが浮かばないよ。


 あたいは次に働く港はどこでも良かったのさ。

 たまたま大きな港に船が一杯並んでいるのが、あたいの目に入ったよ。

 そして、たまたま乗った船の行き場所がその大きな港だったのさ。

 たまたま寄港したのがシーミズの港町だったってだけさ。

 あたいのつまらない過去の話はそろそろお終いだよ。

 それよりも、シーミズの港町の話の方があたいも楽しくて嬉しいよ。



………………



 えっ?まずはあたいの年を知りたいだって?

 あたいは十七歳だよ。

 荷揚げ屋さんが通る!『ホルス』華の十七歳だよ。



 シーミズの港町の荷揚げ屋達もさ。

 最初に女のあたいが港湾施設に現れた時には怪訝けげんな目で見ていたよ。

 『女に荷物が運べるのか?』って目付きだったよ。

 あたいは『どこに行っても男はみんな同じだね』なんて思ったさ。

 シーミズの港町に着いたのは、丁度、銀色の月の満月の夜の次の日。

 この港町について保証人も居ないあたいだったけどさ。

 人手不足も手伝って、あたいは案外あっさりと初日に荷揚げ屋の仕事を手に入れたよ。

 


 あたいが重い荷物を二つ同時に持ち上げて運び出すと、シーミズの港町の荷揚げ屋は、自分が出来る範囲であたいの模倣を始めたのさ。

 そこが人足寄場の荷揚げ屋とシーミズの港町の荷揚げ屋とは大きな違いだよ。


 その時、あたいが聞いた言葉が「筋肉兄貴より凄いのが現れたぞ。このままじゃおれ達の仕事が無くなりかねない。みんな『新人の荷揚げ屋』にまけるんじゃねぇぞ!」だよ?

 満月の夜の次の日に魔物の素材運びでは無く、荷揚げ屋に来ている連中だよ。

 どっちかと言えば、落ちこぼれに属している連中かも知れない。


 例えそうだとしても、あたいの事を「新人の荷揚げ屋」って言ってくれた。

 あたいは、ちょっとだけ、涙がこぼれそうになったよ。



 翌々日にはあたいの仇名は『新人の荷揚げ屋』から『筋肉姉御』になったよ。

 その頃からだよ。

 倉庫で『筋肉兄貴』と『筋肉姉御』どちらが凄いかと話題になっているのを知ったのは。

 まだ見ぬ、『筋肉兄貴』ってヒトにあたいは戦意を持ったよ。

 シーミズの港町で一番の荷揚げ屋はあたいがなるってさ。



 その後、二日経っても三日経っても話題の『筋肉兄貴』は現れない。

 あたいは『たすきおじさん』と呼ばれる倉庫を指揮しているヒトの横で休憩を取ったのさ。

 あたいに休憩なんて必要ないけど、『筋肉兄貴』の情報が欲しかったのさ。


「たすきおじさんって言ってたね?あたいと比べている『筋肉兄貴』って何者だい?」

「おれや倉庫の若い衆が復帰を願っている男だな。」

「怪我でもしちまったのかい?」

「元々、お前さん並みに凄い身体強化魔法を使う野郎だからな。冒険者にでもなったかな?」

「何だい。あたいは荷揚げ屋でも無い奴と比べられているのかい!?」


 それを聞いて、あたいは『筋肉兄貴』って男には絶対負けまいと決意を新たにしたのさ。

 なんでそんな男とあたりが比べられないといけないんだ?

 そんな疑問があたいの中に浮かんで消えないんだよ。


「なあ『筋肉兄貴』は、どうしてこんなに倉庫の連中に好かれているんだい?」

「そうだなぁ。一口で言うのは難しいな。それでも一口で言うなら莫迦ばかな所だな。」

「莫迦が倉庫の連中は好きなのかい?」

「ああ軽い荷物でも重い荷物でも同じたすき一本なのに朝一番から重い荷物から順番に持ってくる莫迦だな。こいつはお前さんも同じだな。だからすぐに『筋肉姉御』って呼ばれた。」


 あたいの仇名は『筋肉兄貴』って男からきていたのかい?

 あたいはますます負ける訳にはいかなくなったよ。


「あとは、おれ達みたいな荷揚げ屋の連中が普段から下に見ているような相手にも一人一人に挨拶する事も大きいな。通路に居る魔力売りの子供達にも挨拶をしていたくらいだ。子供達に『魔力補給に来た』とぬか喜びさせるのを知ってからは、挨拶するのをやめたようだがな。野郎に比べたら、あんたは不愛想だからな。倉庫の連中も少し怖がっている。」

「あたいは女だぞ?」

「はははっ。それだけ見事な身体強化をしていたら男も女も無いだろう?倉庫で働いている連中は理由は色々あるが、あまり魔力に優れなかった野郎や怪我人共の集まりだ。その体で暴力を振るわれたらと想像すると怖いのさ。」

「あたいは暴力なんて振るわないよ!」

「そうだろうな。見ていれば分かるよ。筋肉兄貴もお前さんと同じだ。どうやら暴力が嫌いみたいでな、湾岸施設で毎日起きる喧嘩には一度も参加した事無いんだよ。」



 このおじさんもあたいの事を『男も女も無い』と軽く言うよ。

 この港はあたいにとって本当に良い所みたいだね。

 けどなんだい?『筋肉兄貴』って男は!

 喧嘩も出来ない臆病者なのかい?

 それともあれかい?

 エドゥの城下で聞いた『強い士族様ほど刀を抜かない』って話かい?

 もしかしたら『筋肉兄貴』も強い男なのかい?



「ここの荷揚げ屋連中はあたいが来るまで荷物の二つ運びをしていなかったよ?」

「そうだな。お前さんが来てからだな。」

「て事は『筋肉兄貴』は一度に一つの荷物しか運べなかったんじゃないのかい?」

「そうだな。野郎が一度に運ぶ荷物は一つだ。」

「そんな相手になんであたいが比べられるんだい?」

「最後に倉庫連中が『筋肉兄貴』を慕っている実利がある。野郎は荷物を棚まで持っていく。倉庫の連中だと重くて二人掛かりになるような荷物をな。誰に言われた訳でもない。自分の銭にならない事でも平気で行う莫迦だから倉庫の若い衆に好かれているのだろうよ。」



 負けた!

 あたいは負けた!

 あたいはヒトに言われた通りに荷物を運ぶ事しか考えていなかったよ。

 少しでも早く荷物を届けるのならば、『筋肉兄貴』の方があたいよりも優れた考え方さ。

 あたいは自分が運ぶ時の事しか荷物の事が見えて居なかったよ。

 現実には出来ていないのに、あたいは荷物を一番に考えていたつもりだったのさ。


 他のヒトには「自分の仕事だけしていれば良い」と言われる事もあるかも知れないよ。

 でもあたいは『筋肉兄貴』の荷物を置く場所まで気にした運び方に惚れちまったのさ。

 これからはあたいもあんたと同じ事をするよ。

 それをすれば、今度こそあたいがシーミズの港町一番の荷揚げ屋になれるさ!!



 まだ見ぬ『筋肉兄貴』。

 あんたがもう一度、港へ来るまでに名実共にあたいが一番になってやるよ!

 あたいが一番になったら必ずあんたに言ってやるのさ。




 堂々と「あんたの天下はもう終わりさ。何故って?あたいが来た!!」ってさ。

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