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銀色の月の満月の夜・衛兵達の戦争後編(ネモ視点)

 自慢にもならないがオレはこの異世界に来てからアルフィアのリハビリに毎日付き合っていて外出らしい外出をしていない。

 異世界に来てから今回で3度目の外出だ。


 一度目は、銭湯には行ったが、入口から見た筋肉の壁を見て断念した。

 番台に居た、梅干しのような口の婆さんの獲物を狙う目付きも怖かったしな。

 あの姿は世を忍ぶ仮の姿で、裏の魔王がヒトを偵察する為に送り出た幹部かも知れんぞ?

 風呂の問題は夕食後、洗濯場の溜池がぬるま湯になっていて丁度良い事に気付いた。

 それからオレは洗濯場を風呂代わりに愛用している。

 オレにはわざわざあの筋肉の壁を分け入って銭湯へ入る気は全く無い。



 二度目は街へと替えの執事服を作りに行った時だ。

 フィーナ様とマリーとの3人で予備の執事服を作りに行った。

 完全なオーダーメイドだ。

 今、俺の着ている背広を見本にして注文したが、どこまでオレの意に沿った物が出来るか。

 フィーナ様はオレの為に執事服を新たに3着作ってくれた。

 あとは出来上がりを期待するとしよう。

 いつまでもこの一着ではさすがのオレでもきついものがある。



 3度目の外出が戦争とはさすがに異世界だ。

 城門へは斡旋屋から3キロメートルほど歩いて着いた。


 高さが5メートルほどある石造りの城壁が見えてくる。

 日本の城って言うより、万里の長城だな。

 城壁の上にも武装したヒトが乗っている。


 城壁には目測で100メートルに1ヶ所くらいの割合で階段が付いている。

 あそこから物資を搬入したり、怪我人を搬出するのだな。

 オレ達の部隊がメインで運ぶ階段は1ヶ所だが、その両隣、左右の階段も状況を見て補給をしないとならないようだ。



 城門から更に西へ歩いて物資集積場へと着く。

 主な補給物資は矢と投げ槍だな。

 握り拳ほどの石とかもあるけど、何に使うんだ?

 これを見る限りは遠距離戦が主な戦いになるようだ。

 物資集積場からオレ達が物資を運ぶ階段までの距離がそれなりにあるな。



 後は一度、城壁の上を確認したいところだ。



「フィーナ様。一度城壁の上を確認してきたいのですが?」

「そうね。いってらっしゃい。ホルスちゃんも一緒にね。あと、みんな準備で気が立っているから他のヒトの邪魔だけはしないように気を付けてね。」

「分かりました。ホルス、城壁の上を確認しに行くぞ。」

「ああ。あたいもしておきたいと思っていたんだ。」



 ホルスと一緒に城壁の上へと登る。

 初めて見た街の外は山に囲まれた林と草原であった。

 ヒトの住んでいる気配は見渡す限り無かった。


 右手を見ると、何百メートル先は川が堀の役目をしているようだが、この場所には無い。

 地面に直接壁が建っている。

 城壁の厚みは思ったよりも厚くて、5メートル近くありそうだ。


 戦略ゲーム的にも、ここは敵に攻められそうな所だな。

 草原で作られたT字路の突き当りだ。

 証拠に、ここだけ壁が新しく作られた形跡がある。

 前回の戦いで損傷したのを直したのだろうな。


 今回、ここの壁がまた破られるようなら、オレの見せ場がやってくるな。

 やはり、運命はオレが『英雄』になれと言っているらしい。



 物資集積場に戻るとフィーナ様が携帯食を「半分食べるように」と指示が出る。

 もうすぐ日が暮れるからその前に一度、腹ごしらえをしろとの事だ。

 残り半分は「各自食べたい時に食べて魔力を回復する事」という指示だった。



 日が落ちて、銀色の月が昇る。



 城壁の上にいる実戦部隊の緊張が高まるのを感じた。

 銀色の月の満月の夜は、オレが思っていたよりはるかに明るい夜だった。



 入れた気合に反して、補給部隊のオレ達は暇な時間が続いた。

 銀色の月が真上に来ても敵の襲撃は無い。

 もしや!

 敵はオレの存在に気付き攻め処を変えたのかも知れないな。

 そうだとするとなかなか厄介な敵かも知れない!



 月が西に45度ほど傾いた頃、突然戦闘が始まった。

「三本角が一匹。城壁へ向かって突撃して来ます!他走り蜥蜴とかげ多数。」

「三本角に走り蜥蜴だと?総員戦闘準備!各所へと応援要請だ。魔族がいる可能性がある!」

 城壁の上が途端に騒がしくなる。

 それと同時に物資集積場も慌ただしくなってきた。


 フィーナ様の指示が飛ぶ。

「ネモとホルスちゃんは城壁の上へ登って。あたしに交代で戦況を教えて頂戴。」

「了解。」

「わかった。」

 城壁へと駆け出そうとした瞬間に、城壁から凄い衝突音がして街側の石積みが崩れた。

 石積みの中はただ土を盛ってあるだった。



 無事な階段からホルスと2人で上へ登ると、恐竜のトリケラトプスに似た魔物が崩れかけた城壁へと体当たりをもう一度しようとしている姿を見つける。


 『三本角ってトリケラトプスかよ?』

 トリケラトプスとは額に長い2本の角と鼻の頭に1本の計3本の角が生えた四足歩行の比較的有名な恐竜だ。

 良いぜ。『恐竜狩り2』で散々オレがソロで狩ってきた獲物だ。

 どうやら、ポリゴンでのドット避けノーダメージ最速クリア動画をアップして絶賛された、オレの腕前を見せる時が来たようだな。

 訓練ゲームは何百時間とこなし何頭もソロで討伐している。

 本来は突進を繰り返すソロで討伐するのは難しい相手。

 だがそんな相手だからこそソロで討伐してきたのだ!



 再びの『三本角』の体当たり。

 城壁はもう十分な機能を果たさないだろう。


 俺が見る限り、『三本角』に矢はほとんど効いていないし、投げ槍も胴体部分に何本かは刺さったようだが致命傷は与えていないようだ。

 この異世界でも『三本角トリケラトプス』は下から攻めるのが効果的なようだな。

 特に前方からの攻撃に対しては鉄壁をほこる厄介な恐竜……ここでは魔物だ。

 


 城壁の上は大騒ぎだ。

 全然統制も取れていない。

 あと一撃で城壁は崩れるな。



「ホルス。俺はフィーナ様へと報告に行った後、破られそうな城壁へと向かう。そこで『三本角』を倒してくるぞ!」

「待て。『三本角』はお前一人で勝てるような魔物じゃないぞ!?」

「大丈夫だ。オレは何頭も1人で『三本角トリケラトプス』を倒してきた男だ。それに今日の俺にはシャイニング・ルナルナの加護もある!」



 フィーナ様へ、城壁が崩れそうな事の報告と、崩れた後にオレが1人で『三本角』を倒す事を報告する。

 勿論「無謀よ」と言われて止められるが、ここが俺の見せ場だ。

 フィーナ様の制止を振り切り、城壁へと向かう。

 崩れる寸前の城壁の前に立ち、『三本角トリケラトプス』が現れるのを待った。



 次の衝撃と共に城壁は完全に崩れた。

 土の山は残ったがそれを悠々(ゆうゆう)と乗り越え、次の突進準備に『三本角トリケラトプス』が前足をかき始めた。


 オレは『三本角トリケラトプス』へと向かい走って突進する。

 体が軽い。

 シャイニング・ルナルナの加護のおかげだ。

 まるで『恐竜狩り2』のゲームをやっている時そのままの動きが出来る。


 やはりこの異世界に来たのは俺の運命だった。


 鞘から抜いた、細身の長剣が羽のように軽い。

 どうやらお前の使い処が来たようだな。

 頼むぜ相棒!

 オレは突進前の『三本角トリケラトプス』の下に潜り込み、弱点の首に目掛けて必殺技を繰り出す。


昇竜剣しょうりゅうけん!」

 下から上への重力に逆らった両手持ちの斬撃。

 掛け声はアドリブだ!!

 オレの細身の長剣は『三本角トリケラトプス』の首、左半分を深く切り裂く。

 『三本角トリケラトプス』の首から血が怖ろしい勢いで噴き出る。


 オレは返り血を浴びながらも次の必殺技を繰り出した。


竜巻旋風剣たつまきせんぷうけん!」

 自分の体を独楽コマのように回転させながら、『三本角トリケラトプス』の体をぐるりと何ヶ所も切り刻んでいく。

 これも掛け声は勿論アドリブだ!


 体中を何度も切り付けられた『三本角トリケラトプス』が混乱している。

 どうやらオレの動きが速過ぎて姿を見失っているようだ。


 『三本角トリケラトプス』の頭の真横で止まったオレは最後の必殺技を出す。

 ここは『恐竜狩り2』のトリケラトプスでも隠し弱点として、突き攻撃がクリティカルヒットした場所だ。

 頭の鎧部分に開いた穴。

 そこに正確に突きを入れる事によって一撃で絶命する事もあった急所。


「オレの覇道はここから始まる。最後だ。必ぃぃぃ殺!覇道剣はどうけん!!」

 『三本角トリケラトプス』の頭の後方にある鎧のような頭蓋骨の隙間へ確実に細身の長剣をねじ込む。

 細身の長剣は根本まで敵の弱点を貫き通して、自分の役目を果たし終えた。

 急所に深々と刺さった長剣は抜く事が出来ず、根本に近い場所で折れた。


 折れた細身の長剣の柄を胸の前に掲げてオレは今まで尽くしてくれた礼を言う。

「今まで良くオレに尽くしてくれた。相棒!お前の事は生涯忘れない!!」

 折れた相棒を鞘に戻した時に、『三本角トリケラトプス』は「ズシンッ」と大きな音とかすかな振動を立てて倒れた。



 長い静寂が続いた後、巨大な歓喜が巻き起こった。



 オレはその日『英雄』となった。



 『英雄』の戦闘は終わった。

 だが本物の戦争はこれからだった。

 一匹でも街へと魔物を通したら被害が大きくなる。

 崩れた城壁を埋めるべく、すぐに衛兵達の肉の壁が作られた。


 そこに『走り蜥蜴』と呼ばれるラプトル種っぽい魔物が殺到する。

 ラプトル種と言っても様々あるが、ここに現れたのは体高はオレの胸程の恐竜としては小さい方と思われる2足歩行の(ゲームでは)雑魚だ。



 衛兵達が陣を組んで護っているので、オレの活躍する余地は無い。

 オレの武器あいぼうも折れている。

 当初の予定通り、物資の補給と怪我人の搬送の護衛の任務へと戻った。

 オレが活躍する時は、また大物が現れた時で良いだろう。


 時が来れば折れたつるぎの先から光が現れて相棒は『光の剣』へと必ず進化する。

 一度、鞘から抜いてみたが光の剣は現れない。

 今はまだ、戦いがオレと相棒を必要としていない。



 物資が湯水のように消費され、怪我人が山のように出来上がる。

 物資集積場は物資が消費された分を埋めるように怪我人が運ばれてくる。


 オレとホルスは城壁の上は物資を届け、前線から怪我人を運ぶ事を繰り返す。

 魔物の注意は、穴の開いた城壁を塞ぐ衛兵の壁に向かっている。

 城壁の上では衛士が、槍を投げたり、弓で矢を撃ったりと、物資を消費するものの、怪我人はほとんど出ない。

 石の使い道も分かった。

 あれは確か『スリング』と呼ばれる石を遠くまで飛ばす為の武器だ。

 怪我人が多く出るのは穴の開いた城壁に、肉の壁を作っている衛兵達だ。



 城壁の上が比較的安全な事を確認すると、オレは隊のおばちゃん達にお願いして、上まで物資を運んでもらう事にした。

 おばちゃん達は「任せときな」とこころよく引き受けてくれる。

 オレとホルスは前線から怪我人を運ぶ事だけに集中出来た。



 フィーナ様が生死に関わるヒトへだけ回復魔法を施している。

 ほとんどのヒトは通常の軟膏や添え木程度の治療だ。

 そういった治療は隊のおばちゃん達が交代で担当しているようだ。


 オレとホルスが運んだ衛兵の中には本気で死に掛けたヒトもいる。

 腹が喰い破られていたり、頭が半分無くなっているようなヒトだ。

 生きているのが不思議なくらいの怪我でも生きているヒトもいれば、比較的綺麗姿のなまま死んでしまうヒトもいる。

 生死の境はオレには全然わからない。

 オレとホルスは前線で倒れたヒトを城壁内へ引き摺り戻し、フィーナ様へと届けるだけだ。



 フィーナ様は頭が半分飛んだような酷い怪我人や、腹が喰い破られて内臓の半分は喰われてなくなったような酷い怪我人には意識がある限り、必ず最初に聞く言葉がある。

「死ぬより辛い生が待っているかも知れないけど、それでも生きたい?このまま死にたい?」

 ほとんどのヒトは生を選ぶ。


 彼女は悲しい瞳をしながら生きる最低限の回復魔法を施す。

 体の欠損した部分を復活させる魔法は魔力を大量に消費する為、次から次へと怪我人が運ばれてくる状態では必要以上に多くは使えないのだそうだ。

 彼女は「魔力が有限なので全員を完全に助ける事は不可能なの」と悲しそうに言っていた。


 腕や脚が無くなったくらいでは「日が昇ったら治療するわ」と、たとえ衛士であろうと、贔屓ひいきはしない。

 公正な目で、患者の傷だけを見て回復魔法を掛けるかどうかを判断している。

 オレの理想とした最高の上司の姿だ。



 後方勤務だと言うのに地獄だった。

 アニメやゲームでは決して体験出来ない本物の地獄の光景。

 阿鼻叫喚の意味を初めて現実に知る事になった。

 ユークリットが出発前にオレへと言った「フィーナさんと歩く道は必ず地獄になる」の意味がようやく理解できる。


 彼女を中心に周りがどんどん地獄と化していくのだ。

 これから俺が歩く道だ。

 俺が作るのは魔物にとっての地獄だが。


 オレはホルスと前線から怪我人を運ぶ。

 オレはその事だけをひたすら続けていた。

 他の事を考える余裕は無くなっていた。



 朝日が昇った。

 人生でこれほど嬉しい朝日は無かった。

 これまで猛攻を掛けていた『走り蜥蜴』がいつの間にか居なくなった。

 魔族と呼ばれる魔物を統括する者も現れる事無く終わった。

 オレは『光の剣の出番が無かったな』と残念なような安心したような混ぜこぜの気持ちで昇る朝日を少しの間、ただ見つめていた。



 ここに来て、ようやく重傷患者の治療が始まったが、フィーナ様の魔力がすぐに枯渇する。

 魔力補給の魔法は誰でも使えるが、魔法使い、特にフィーナ様のような強力な魔法使いに魔力を補給するのは補給するヒトの命に関わる事になるそうだ。



 ここには、フィーナ様の魔力を供給できそうな魔法使いは居ない為、治療するだけを治療し終えるとフィーナ様は怪我人全員に言う。

「湾岸施設にあるドカチーニの斡旋屋に来なさい。治せる限り治すわ。良い?あなた達のやる事は一つよ。千切れた手足を腐らせないようにきちんと管理しなさい。氷で冷やすのが一番だけど高価よ、だから塩漬けでも良いわ。とにかく腐らせない事。あと、診療時間は午後からだからね。それよりも前に来ても診ないわよ?まずはあたしの魔力を回復させなさい。」


 既に自分の力では歩けないフィーナ様をホルスが背負って斡旋屋へと帰る。

 オレは帰路の途中フィーナ様からお褒めの言葉をいただいた。

「ネモ。あなたが居なかったらもっと死傷者が増えていたわ。今日はありがとう。」

 それだけ言うと、午後に備えて、魔力を回復させる為なのかフィーナ様は既に寝ていた。



 オレも落ち着いたところでホルスを一目見て、俺の異世界嫁候補から外した。

 夜の間はオレも自分の事で手一杯だったようだ。

 オレはホルスの変化に気付かなかった。


 なんだ?

 この筋肉は?

 ユークリットよりもあるぞ?

 この筋肉女が本当にホルスなのか?

 男にしか見えん。

 胸以外。


 やはりオレの異世界嫁は厳選しないとな。

 彼女は残念ながらオレの嫁にはふさわしくない!

 あと一歩足りない。

 だがオレの嫁になる為には、その『あと一歩』が重要なのだ。




 失礼な事を考えながら斡旋屋への道を隊のみんなで歩いて帰った。

 幸いにも隊に死傷者は1人も居なかった。

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