聖水(汚水)の後始末
いきなり話が変わりますが上水・中水・下水と言う言葉を知っていますか?
簡単に一行ずつまとめると。
・上水:口の中に入れても問題ない凄く綺麗な水。
・中水:飲むのには抵抗あるが、生活に使える十分綺麗な水。
・下水:色々あって、そのままでは生活に使いたくない水。
こんな感じです。
裏庭の井戸の水。
そこから組み上げられた水は普段、両手で抱えきれないほど大きな桶に注がれて上水として使われております。昨日、お風呂として使い思いっきり怒られた桶です。主な使用方法としては野菜や食器を洗う等食料関係に使われているようです。
排水口の先は一段低くなった場所で石垣と石膏のような物で整備され中水を貯めておく溜池へと続いているのです。ここでは主に洗濯をするようになっています。
溜池の先は海へと直接注ぎ込んでいます。
少しショックを受けて心の中まで敬語を思わず使ってしまいます。錯乱中です。
昨日、上水で垢まみれの骸骨2人を洗った俺は、ドカチーニさんが納得するまで巨大な桶を洗いました。では、それをこぼした先の中水の溜池はどうなったのでしょうか?
答えは、特殊な性癖を持った人達にとっての聖水となっておりました。
普通に汚水です。垢の溜池です。
今朝シーリンさんの笑顔が冷たかった理由が判明しました。シーリンさんは朝洗濯に来てこの溜池の惨状を見て本日の洗濯を止めたのでしょう。
普段風に吹かれている洗濯物が今日は1つも干してありません。
今日は仕事を休んで本当に正解でした。
ブラシとバケツを借りてここを綺麗にするのが今日の仕事です。
誰にも、洗え、なんて言われてはいませんが誠心誠意綺麗にしましょう。
シーリンさんの冷たい態度(顔だけは常に笑顔)に耐えられる特殊属性は俺にはありません。
ブラシとバケツを借りに行った時のシーリンさんの笑顔を忘れません。
暑い日もあの笑顔を思い出すだけで寒気が立って涼しくなれそうです。同じ笑顔のはずなのに不思議です。
余談ではありますが、ブラシとバケツと言った単語はシーリンさんには通じませんでした。 中水の溜池を洗いたい、と言ったら掃除用の雑巾と桶を貸してくれました。
まずは自分の服を洗濯しましょう。掃除用に借りた桶に水を貯めて洗濯です。
骸骨に貸していたのとまとめて3着洗いましょう。
溜池を洗うのにどうせ濡れるのです。濡れるくらいなら洗う方が建設的です。今日の天気なら今から洗えば夕方には乾くでしょう。
物事は効率良く行きましょう。
裸で大丈夫かって?
大丈夫です。
もともと俺は裸族です。部屋の中では基本パンツ一丁で過ごしておりました。
この裏庭は海とドカチーニの斡旋屋の建物にある木戸以外からは見れません。通りすがりの人が完全にフリーダムになった俺とご対面する事は無い構造になっています。
下着?そんな高価なもの着ていませんよ。
下着やズボンを履くのはこの世界では金持ちのする事です。俺みたいな貧乏人は大人でも貫頭衣1着で十分です。周りを見渡しても大人だって9割以上貫頭衣です。
いつもの恰好と1枚しか差はありません。
貫頭衣の事をもう少し説明すると、袖が無く裾は腿の中程ちょい上が標準的です。男性女性に基本差は無く、女性の首元や袖口や股下が非常に気になりゴホンッゴホンッ。
洗濯が終わったら完全にフリーダムな格好で掃除開始です。
まずは桶で聖水……じゃなくて汚水を海に捨てます。
桶で汲み取って溜池に残った水を出来る限り捨てます。
それが終わったら井戸から新たに水を汲みます。
中水の溜池が一杯になるまでひたすら貯めます。
半端ない量です。
全身の筋肉がパンパンです。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
等と強気の言葉を常に口走らないとやっていられません。
再び中水の溜池が一杯になりましたが、大分マシにはなったもののまだまだ聖遺物ゴホンッ……垢が大量に浮いています。
それでも熱くなった筋肉を冷やすために5分だけ水に入ってクールダウンです。
水に入って観察した事によって気付きました。垢の多くが水面付近に浮いています。
浮いている垢を大量に含んでいる上層部分だけ上手に捨てる事で効率が良くなりそうです。
最初に気付くべきでした。
効率は一気に上がりました。
中水の溜池は一見すると綺麗な水へとなりましたが、良く見れば底に垢の塊がうごめいたりしています。
手ですくい取ろうとしますがスルリとすり抜けてしまいます。虫網みが欲しいと本気で思いました。
上水の桶と違って底に栓が無いので一気に排水出来ない事が致命的でした。
昼御飯を食べるのも忘れてひたすら溜池を綺麗にします。
日が傾き始め、いつもなら荷揚げ屋の仕事が終わろうと言う時間に、シーリンさんがいつもの笑顔でやってきました。
「お疲れ様でした。もう十分ですよ。以前より綺麗になったくらいです。」
シーリンさんが優しい言葉を掛けてくれます。
涙が出そうです。
完全にフリーダムな俺の格好を見ても全く動揺が無いことも瞳から溢れそうな涙に拍車をかけます。嬉しさと虚しさのダブルパンチです。
悔しいのでちょっとふざけてポージングを取ってみました。ボディービルダーがやるあのポーズです。
うろ覚えのポーズをいくつか決めて正面を向いて両腕の力瘤を作った瞬間にシーリンさんからノーモーションのドロップキックをいただきました。
シーリンさんの動きが速すぎて海に落ちてから何が起きたのかを理解しました。
頑張って海に落ちるまでの刹那の時間を脳内で再生しましたが、俺の胸に瞬時で華麗なドロップキックを決めた後、バク宙で元の位置に着地を決めたシーリンさんしか思い出せません。
そもそもシーリンさんの貫頭衣は足首まで伸びている特別仕様ですしね。
同じく足首付近まで伸びていた昨日までの骸骨たちの貫頭衣とは全く別物の特注品です。
頑張ってシーリンさんを脳内再生したついでに頭の先から爪先までシーリンさんの姿を再生しましょう。
明るい茶髪の髪型は頭の周りを三つ編みっぽいのが編み込んであります。
流行の髪型紹介で王女編みとテレビで紹介された覚えがあります。
うなじの送毛まで手入れをされていて、とてもセクシーです。
地肌は薄い小麦色と言った感じなので眉毛もまつ毛もあまり目立ちません。
それでもじっくり観察すれば眉毛が丁寧に手入れされていることと、まつ毛が豊かで長い事に気付くと思います。
瞳の色は茶色。大きさは普通より少し小さめですね。
鼻も口も小さめです。
基本常に笑顔ですが縁日のお面……は悪く言い過ぎですね。笑顔のポーカーフェイスです。
自分の身長が185センチあるので推定でシーリンさんの身長は170センチ位ですね。
女性にしては大柄です。八頭身でスレンダーなので遠目にはとても美しいです。
貫頭衣もオシャレです。濃い藍色で身体の線に沿って足首のところまでの長さで作られています。脚の動きを妨げないように右側には深く入ったスリット。前の合わせがないチャイナドレスと表現すると分かりやすそうです。
笑顔がとても魅力的ですが、警察で免許の写真を取ったら誰だか分からなくなるほど普通の人になりそうだと、最近思うようになりました。
どこから彼女の耳に入るか分からないので口が裂けても誰にも言えませんが……
その後、骸骨達と三人で夕食を食べました。表情筋が無さ過ぎて笑顔かどうかの判断が難しいところですが、赤い瞳からは炎が消え、青い瞳には虹彩が増えています。
本日一番の喜びでした。二人の機嫌が良いと嬉しくなります。
上機嫌で部屋に戻ると当然のように二人がベットを占拠しました。元々譲るつもりだったから大丈夫。と強がりながら日課の筋力トレーニングをしてから1人床で眠りました。
自分用にもう一枚毛布を買わないといけませんね。