僕と彼女の2週間戦争・終戦
翌朝、港湾施設の荷揚げに行くと、ホルスたんの機嫌はすっかり直っていた。
なんの因果か、今日の荷物は朝一番で見た限り、いつもより確実に少ない。
俺は『午後にブーツを買いに行けという事だな』と今日の稼ぎは諦めて仕事に入った。
今日はホルスたんが昨日までと打って変わって、俺へと自分から近づいてくる。
彼女は常に俺へ話し掛けてくるが、ほとんどが世間話と言える話ばかりだ。
せっかく彼女の機嫌も良くなった事だし、俺は彼女の技術を盗む為、今日は彼女のペースに合わせて荷物を運ぶ事にした。
世間話の中に少しだけ弱気なホルスたんも見られて、俺は少しだけ得をした気分だ。
「あたいはさ。先月この港町に来たばっかでさ。ちょっと満月の夜が怖かったんだ。」
「どうしてですか?」
「今度の衛士様がどんなヒトになるかが分からないだろう?」
「あぁ。衛士様次第で生存率が大きく変わるそうですね。でもあなたは女性でしょう?」
「普段は男扱いしないくせに、嫌な所だけは男扱いだよ。」
「ホルスたんは普段から男扱いされたいのですか?」
「男扱いされたいというよりは、女だといって莫迦にされたくないってとこかな?」
「私はホルスたんを女性だと思っていますが、尊敬していますよ?」
「ありがと。だけど坊主頭に言われても意味が無いね……」
「そう言われても、一度坊主にすると、もう髪の毛を伸ばす気にはなれませんね。」
「あんたの嫁は幸せだったんだな。」
「ええ。私がこの世界に居る限り逢う事は出来ませんが、嫁との素敵な思い出だらけで、その場面を思い出すだけで私は幸せになれます。」
「あたいは本当にあんたの嫁が羨ましいよ。」
荷物をそれぞれの棚に下ろして、たすきおじさんにたすきをもらう。
「なんだ。今日は珍しいな。二人揃って荷運びか?」
「彼女とはようやく仲直り出来まして。それより、おじさん。今日は荷物少ないですよ。」
「ああ、そのようだな。悪いが今日は倉庫整理無しで頼む。」
「分かりました。」
船に戻るとホルスたんが1つ、俺の為に素晴らしい提案をしてくれる。
「あたいが、落ちそうになったら荷物を支えるから。あんた、腹から背中に移してみな。」
「良いのですか?」
「暇な午後に斡旋屋の裏庭で練習していただろ?槍の練習もしていたけど。」
「見てたのですか?どちらもまだまだなので恥ずかしいですね。」
「とにかくやってみな。見ていてやるよ。」
俺は裏庭で練習した『ホルスたん流荷物持ち変え術』を披露しようとした。
だが出来ない。
裏庭では石を詰め込んだ箱を2つでやっているが、今日は本物の荷物だ。
緊張して荷物から手が離せない。
「思い切ってやってみな。失敗しても絶対あたいが支えてやる!」
ホルスたん。
やっぱりあんたはその辺の男よりよっぽど漢だよ。
俺は思い切って挑戦する。
結果だけ言う。
失敗した。
また、あれを使うと文字数詐欺になるので今回は使わないが、俺は失敗した。
荷物は約束通りにホルスたんが支えてくれた。
「あんた、迷いがあるから悪いんだ。裏庭では出来ていただろう?次の荷物でまた挑戦な。」
失敗するとホルスたんが俺の背中へ2つ荷物を乗せてくれると言う優しさは一切無い。
今日は、18回荷物を運んで成功したのは2回だった。
2つ荷物を背負えた時は、倉庫の棚に下ろす事も実に難しかった。
今日は結局、背中から静かに荷物を下ろす為に、倉庫の子に手伝ってもらうはめになった。
今度裏庭の練習に加える必要がある。
1人では上手に荷物を下ろせそうにない。
これからは『持ち上げて、背中に回して、下ろす』までを1セットで練習しよう。
ホルスたんの指導を受けながら半日荷物を運び、換金所で銭束を2本もらった。
俺には『ホルスたん流荷物持ち変え術』も修練が足りないが、荷物を下ろす事も修練が必要だと知れた事が今日一番の収穫だった。
今日のお礼にと、ホルスたんを昼食に誘う。
いつものドカチーニの斡旋屋だが。
なぜか、一般の道を歩く時は彼女は俺の3歩後ろを歩く。
斡旋屋に帰ってきて「ただいま」とシーリンさんに挨拶をすると「あなたは莫迦ですね」と笑顔で返事が返ってきた。
呆れた感じの笑顔だから、とりあえず俺に被害は無いだろう。
まずは自室に戻ってベスとアンにも「ただいま」を言わないとな。
ちょっと行儀が悪いかも知れないが、ホルスたんにも俺の自室で食べてもらおう。
扉を開けて「ただいま」を言い、昼飯を食べたかを2人に確認する。
食べていないとの事なのでホルスたんに手伝ってもらい4人分の昼食を運ぶ事にした。
先日も顔は合わせているし、大丈夫だろうという俺の予想は外れた。
俺が何かをしゃべろうとすると、ベスとアンが俺を睨む。
カチャカチャと食器とスプーンの当たる音だけが聞こえる静かな食事となった。
ホルスたんには悪い事をしたな。
いくら、おごりで昼食を食べられたとしてもこの空気では美味しくなかっただろう。
食事が終わると、俺はベスとアンに「今日は長靴を買うから城門近くへと行く」と言うと「あたいもついて行くよ」とホルスたんから返事が来た。
ベスが間髪入れずに「私もついて行きます」と答える。
アンも首を縦に振り続けている。
2人が幸せ探しの達人とは言え、ずっと斡旋屋にいるのは退屈だろう。
アンは1人でも大分歩けるようになった。
俺がベスを抱えていけば、街を散歩するのも悪くない。
どうせ今日の午後は暇なのだ。
みんなで街を散歩するのも良いだろう。
シーリンさんにベスとアンの麦わら帽子を借りる為に、俺は食堂の受付へと向かった。
自室で食べた食器を片付けるのが、最近はアンの仕事になった。
厨房まで食器を運ぶアンを見送った後、俺はシーリンさんの居る受付へと向かう。
俺の3歩後をホルスたんがついてきていた。
「シーリンさん。麦わら帽子を2つ貸して下さい。」
「ベスとアンの為ですか?それなら良いのですが、これからお出掛けなのですか?」
「はい。長靴を頼みに行こうと思います。」
「それは良い事ですね。ですが、ベスとアンと後ろの彼女と四人で行くのでしょうか?」
「私はそのつもりですが?」
シーリンさんが深く溜息をついた。
珍しい事もあるものだ。
笑顔で溜息をつくと普通は緊張が解けた時や安心しての溜息だと思う。
しかし彼女のは俺に呆れての溜息にしか見えない。
「そう言えば、あなたは常識記憶喪失でしたね?」
「そうですね。この世界の常識が欠落しています。」
「では坊主頭のヒトが子供を連れて女性と歩く意味を知っていますか?」
「勿論知りません。」
「……ベスとアンからの依頼はまだ有効という事ですね……」
「シーリンさんへ2人が何か依頼をしたのですか?」
「そうですが、守秘義務がありますのでしゃべる事は出来ません。」
「2人はいったい何を頼んだのですか?」
「わたしは守秘義務があると言いました。仕方がありません。わたしもついて行きますね。」
「よろしいのですか?長靴を選ぶのに助言が欲しいと思っていたのです。」
「どうやら、本当に後ろの女性とは、そのような仲では無いようですね。ベスとアンも何を考えているのでしょうか?あまり良い予感がしませんので、やはりわたしがついて行くのが良さそうですね。」
「あたいもその方が良いと思う。周りに勘違いされたら、お前も困るだろう?」
少し心配そうな笑顔を浮かべるシーリンさんに、浮かない顔のホルスたん。
何をそんなに心配しているのか分からないが、俺が困る事は特に無いよな?
「私は別に構いませんが?」
「あたいがあんたの子供二人と一緒に居ても構わないのか?」
「ホルスさんでしたね?その言葉を鵜呑みにしないで下さい。このヒトは常識をどこかに忘れてきた、常識記憶喪失者です。色々と常識が通用しません。」
「そうなのかい?」
「どうやらそのようです。私は常識記憶喪失のようです。」
「あんた、あたいに期待させるんじゃないよ!」
ホルスたんが鼻を「ふんっ」と鳴らしている。
ちょっと機嫌が悪くなったみたいだ。
シーリンさんには俺の全財産を下ろしてもらい、ブーツを買う用意をしてもらう。
その後はシーリンさんの休憩時間を待って、俺達は5人で出掛ける事になった。
俺は腕に麦わら帽子をかぶったベスを抱えて、同じく麦わら帽子をかぶったアンは俺の腰につかまった状態で、そして後ろにシーリンさんとホルスたんを従えて、斡旋屋の廊下を歩く。
廊下の途中でネモと偶然遭遇した。
奴からは血の涙が止め処もなく流れていた。
奴が一言も無く、病室へと入って行くのが、かえって不気味だった。
マリーはすでに診療所で筋肉達の治療を始めているようで廊下には居なかった。
食堂に居た筋肉達の殺気が俺に向いている事に恐怖を覚えたが『いざとなったらシーリンさんが居るから大丈夫。俺はベスとアンを護るだけ』と自分に言い聞かせてモンスターハウスと化した斡旋屋を脱出した。
異原へと行く城門へ向けて、この前シーリンさんに紹介された靴屋へと向かう。
道中では、俺がベスを抱えて、腰につかまったアンの3人が先頭を歩き、シーリンさんとホルスたんが俺達から3歩遅れて2人で話しながらついてくる形となっていた。
ベスとアンのはしゃぎっぷりが俺には嬉しい。
少し心配なのは、彼女達が後ろの2人を完全に無視しているところだ。
俺はベスに操縦されるロボットみたいなものだ。
「あそこへ行きましょう」「左を向いて下さい」「今の鳥をもっと見たいです。追いかけて」とベスに注文された通りに体の向きを変え、移動をする。
俺が少しでも自分の意志で後ろの2人へと振り返ろうとすると「どこを見る気ですか?勝手に振り返った時に私が落ちても良いのですか?」と俺の耳へとベスが直接脅しを掛けてくる。
アンからもじっと、下から見上げられて、無言の抗議が俺へと追い打ちをかける。
今日の俺に自由意志は無い!
俺は完全にベスの操縦するロボットとなろう。
動く度に「ウィーンガシャン。ウィーンガシャン」と言って動くがベスには受けなかった。
それどころか「いちいちうるさいですよ?」と言われて俺はがっかりする。
2人に言われるままに動いていたからこそ、俺には多くの収穫があった。
今まで見えていなかった2人の事が良く分る。
アンは意外と花が好きな事が分かった。
裏庭にはマリーが世話をしている花々が咲き乱れているのに、見に来ないのはきっと自分では動けないベスへと遠慮をしているのだろう。
今度、午後に暇が出来た時は、3人一緒に裏庭で少しゆっくり過ごすのも良いな。
ベスは基本的に何にでも興味を示す。
結構、物怖じせずに店員に話し掛けて、商品がどういう物かを聞いて「うんうん」と納得している。
その後「わたしならばこうするわ」と自分が考えた改良点を披露する。
結局最後は何も買わないから店員に「冷やかしかよ」と俺がお叱りを受ける事になるが。
大分寄り道をしながら、靴屋へと到着した。
ホルスたんは、そのまま城門より西へと移動して配置場所を見に行くらしい。
彼女にとって、今から行く場所が今回の満月の夜に衛兵としての配置場所となるらしく、一度自分の目で下見をしたかったのだそうだ。
ホルスたんは荷揚げ屋としての仕事ぶりも含めて、少し変なしゃべり方に目をつぶれば、性格が真面目で可愛い。
待ち合わせをこの店の前にして、彼女とは別行動となった。
ベスをアンに任せて、店の椅子で2人には待ってもらう。
俺は、シーリンさんにアドバイスを受けながらブーツを選びに掛かった。
自然とシーリンさんとの距離が近づくので良い匂いが隣からしてくる。
俺が『くんくん』すると、耳を抓られて「聞いていますか?」と笑顔で叱られた。
内情はともかく、周りから見たらカップルにしか見えない事を俺は考えもしなかった。
色々と説明を受けるが予算限界は10両。
出来たら8両までで見本品を見て回る。
見本を見て俺が気に入ったものは予算枠ぎりぎり一杯の10両する腿まで隠れる長靴だった。
デザインが凝っている訳では無いが、機能美と言うべきか魅力を感じた。
だが10両払うと俺は今月の家賃に不安が出てくる。
俺が2つのブーツを並べて悩んでいると、シーリンさんが助け船を出してくれた。
「あなたの財布事情は良く知っています。今月の家賃を心配しているのでしょう?かんざしのお礼です。足りない時はわたしが貸してあげますよ?冒険用の装備はあまり妥協しない方が良いです。命に関わる物ですから。」
と笑顔で提案してくれる。
俺は、彼女に感謝して自分が気に入った10両のブーツを購入した。
早速、俺はブーツを作る為、足の採寸に入る。
その間、シーリンさんは店内でウィンドウショッピングを楽しんでいるようだ。
その時俺の気持ちはブーツへと向かっていて、赤い瞳と青い瞳がシーリンさんが編み込んだ髪に差している『銀色のかんざし』を注視している事には気付けなかった。
俺は自分が気に入ったブーツを手に入れて気分は高揚していた。
ホルスたんとは店から出ると丁度合流する奇跡。
俺達の出待ちをしていた訳では無いよね?
行きと違い帰り道はシーリンさんとホルスたんが前を歩く。
そして俺と娘……姪2人は静かにその後をついて行く。
姪2人は行きと違ってじっと前を見ている。
はしゃぎ疲れたのかも知れないな。
前を歩く2人は歩みの遅い俺達に気を使ってゆっくりと歩いてくれた。
赤と青の瞳が、シーリンさんが髪に差している『銀色のかんざし』を注視している事には、後に、2人の娘……姪に責められるまで俺が気付く事は無かった。
いつも私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
これを最後のブックマークお礼にしようと思います。
2つもブックマークをありがとうございました。
一つ増える度一つ減るたびに一喜一憂する日々です。
ブックマークへとお礼の挨拶をする事は無くなりますが、常に感謝とやる気を頂けます。
いつもと同じ挨拶にはなりますが、
毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、
余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、
タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、
全てのアクセスして下さる皆様に『やる気』燃料をいただいての毎日更新です。
皆様の日頃よりのアクセスを本当に感謝しております。
後書きでお礼をする回数は減りますが、常に感謝の気持ちを忘れずに更新します。
読んでくれる人が居るから毎日更新を頑張れます。
色々と足りない未熟者ですが、今後も末永くお付き合いを頂ければ幸いです。
2018/10/27 何遊亭万年




