僕と彼女の2週間戦争・決戦
そして決戦の食卓。
4人掛けの食卓には、俺、ベス、アンの順番で廊下側の席。
対面には、ホルスたん、そしてなぜかフィーナさんが座った。
いつものようにフィーナさんの隣にはマリーがすました顔をして立っている。
俺はホルスたんと2人だけで話をつけるつもりだった。
なぜか観客が多いがやるしかないな。
まずは戦場の確認からだ。
どうして、こんな戦場になったのだ?
「フィーナさん。なぜこの食卓に来たのですか?」
「ホルスちゃんを私の衛兵として勧誘する為ね。」
「衛兵の勧誘ですか?」
「そうなの。あたしは貴族として独立したから衛士として満月の夜に働かないといけないの。その時、私の衛兵としてホルスちゃんに来てもらおうと思って。」
「あんた。貴族なのか?」
フィーナさんは(仕立ての良さが全然違うが)俺達と同じ貫頭衣を普段から着ている。
ドレスを着るのはドカチーニさんとのデート…ゴホンッ…買い出しの時くらいだ。
彼女は今も貫頭衣を着ている。
「そうなの。それで困っているのよ。一応、女性中心の隊で後方支援になる予定だけどね。その分、力持ちがいないの。あなたが私の隊に来てくれると助かるわ。」
「あたいは戦闘なんて出来ないぞ?」
「ええ。あたしがあなたに望むのは運搬能力。動けないほど重傷を負った怪我人の運搬よ。」
おお。ホルスたんの鼻が大きく広がった。
この話は決まりだな。
「こちらからお願いしたい。よろしく頼む。えーと……」
「フィーナよ。ただのフィーナで良いわ。」
「よろしく。フィーナ!」
「期待している分、こき使うからよろしくね?ホルスちゃん。」
「分かった。どんどん運ぶぞ!」
「あらあら。本当はホルスちゃんの仕事が無い事が一番なのよ?」
「んー。良く分らないけど、あたいは頑張るからな!」
マリーさん。
お怒りですね?
ホルスたんがフィーナさんに対して呼び捨てた事に対して怒っているのですね?
いつものすまし顔になれていませんよ?
衛兵か。
俺は衛兵になるのを避けて冒険者になったのだったな。
あれからもう1ヶ月経つのか。
あれ?
俺も何かを忘れていないか?
衛兵?冒険者?満月の夜?
思い出した。
ブーツを買っていない……もうすぐ次の満月だ。
今からでは制作が間に合わないだろうな……
そんな事を俺が思って居ると、この食卓にドカチーニさんもやってくる。
「ユークリット。お前は今月も俺達の小隊に参加で良いな?」
「はい。次の満月の夜までに用意しようとして忘れた物を思い出した所ですが……」
「何を忘れたんだ?」
「……長靴です……また蛭に噛まれまくります……」
「ああ。今からでは流石に間に合わんな。先に軟膏をたっぷり塗っておくと大分ましになる。今回はそれで我慢してくれ。それでも蛭には噛まれるがな!」
「そんな方法、前回教えてくれなかったでは無いですか!?」
「すまん。あまりにも常識的過ぎて、お前の手足がぼろぼろになるまで素で忘れていた。後はお前の身体強化魔法が見事だったのでな。あのくらいで傷がつくとは思っていなかったな。」
「身体強化魔法が強力だと傷も付きにくくなるのですか?」
俺の質問に対するドカチーニさんの返答の前にホルスたんが割り込んでくる。
ホルスたんは『ふんっふんっ』と鼻息荒く俺に聞いてくる。
彼女はあまり機嫌が良くなさそうだ。
「あんた、やっぱり冒険者が本業なのか?」
「私としては荷揚げ屋だけで暮らしたいのですが、満月の夜と翌日だけは冒険者です。」
「どうしてだい?」
「単純にその方が生き残れる確率が高いからです……」
「それが理由?冒険者の方が生き残れるってどういう事だい?普通は逆だろう?」
「そこに居る、ドカチーニさんの小隊に所属出来ましたから。もう冒険者を引退はしていて、無理な事をしないのです。」
「あんたが冒険者をするのは生き残る為?」
「今のところはそうですね。」
「衛兵では駄目なのか?」
「衛兵の方が死ぬ確率が高いと言われました。私は確実に前線で盾にされると。」
「冒険者は稼ぎが良いからとかは?」
「自分の命の方が大切ですよ。」
「荷揚げ屋の仕事と冒険者の仕事が重なったらどっちを取るんだ?」
「満月の夜と翌日以外は荷揚げ屋ですね。実際その時だけしか冒険者として活動しません。」
「本当かい?」
ホルスたんは俺ではなく、ベスとアンに向かって聞いた。
「本当です。ユークリットさんは満月の夜と翌日しか冒険者として活動しません。」
ベスが俺の方を向いて力強く答える。
アンも俺の方を向いて力強く首を縦に振る。
ベスさん、アンさん、良い子は話をしているヒトの方を向いて話そうね?
自分がヒトの目を見て話すのが苦手なくせに、子供に対してはえらそうに言ったものだ。
実際は言ってないけど。
2人共、ホルスたんにじゃなくて、確実に俺に向かって言ってますよね?
おっ。
ホルスたんの鼻の穴が大きく広がった。
とりあえず、満足した答えだったようだな。
ホルスたんは、俺の異世界ヒロインの中で一番表情が分かりやすくて助かる。
鼻の穴の様子で機嫌が分かるヒロインはどうかとも思うが……
「今日は悪かったな。また明日、港でな!」
と言って、帰ろうとするホルスたんをフィーナさんが「あなたとは銀色の月の満月の打ち合わせをしたいわ」と言って止めた。
マリーを含めて3人がフィーナさんの自室へと向かった。
あれ?
ホルスたんと決戦の予定だったが、うやむやになったぞ?
明日からも彼女の機嫌が戻っている事を願おう。
今日中にベスとアンの機嫌が戻る事も願おう。
その後は、ドカチーニさんが3人の代わりに席へ座り、アンが彼の隣に移動する。
この4人で夕食を食べるのは久しぶりだ。
ドカチーニさん楽しい食事にしましょうね。
……と、期待したのが間違いだった……
この食卓も基本的に銀色の月の満月の夜の打ち合わせだ。
娘……骸骨とはもう言えなくなってきた……痩せた姪2人の機嫌が更に悪くなる。
「すまん。今回は討伐ではなく、捜索が主な任務になる。収入は見込めん。」
「ドカチーニさん。頭を上げて下さい。私に取っては願ったり叶ったりですよ。」
「税金は俺が小隊分払う。報酬は三両で我慢してくれ。」
「十分ですよ。それで何を探すのですか?」
「アルフィアの小隊の残りの隊員の痕跡だ。」
「何故ですか?」
「冒険者の規定では何も問題は無いのだがな、完全に俺のわがままだ。」
「わがままですか?」
「わがままだ。」
ドカチーニさんは真剣な表情だ。
そこからは彼なりの信念が見えてくる。
あえては聞かない。
それは野暮ってものだ。
俺には「今回は討伐じゃない」と聞いた後のベスとアンの安心した顔で十分価値がある。
「私は乗りましょう。今回は探索が主な目的となるのですね。」
「ああ。俺は完全に赤字になるだろうが、お前達には迷惑は掛けないつもりだ。」
「私は満月の夜を無事に過ごせれば、収入は二の次で良いですよ?」
「そう言ってもらえると助かるな。よろしく頼む。」
「はい。こちらこそよろしく頼みます。」
ベスとアンの機嫌が良くなり、食卓が明るくなる。
ベスが今日一日の出来事を楽しそうに話し出す。
アンがいつものようにベスへと相槌を打つ。
お前達、一歩も部屋の外に出ていないのにいつも話題が尽きないよな。
どんな些細な事でも楽しい話にしてしまうのは、もうベスの才能だ。
ドカチーニさんも食卓へと残り、今度こそ久し振りに楽しく4人で一緒に夕食を食べる。
俺がベスの口に食べ物を運ぶと、ぱくり、食べている時だけはベスも話を中断する。
ベスは口の中に物が入ったままではしゃべらない。
ベスもアンも変なところで行儀が良い。
ベスの話のきりが良い所を見計らって、ドカチーニさんが俺に話し掛けてきた。
「そうだ。ユークリット。」
「なんでしょうか?」
「間違っても安物の中古長靴は買うなよ?」
「前回の毛布で懲りました。長靴は新品を注文しようと思っています。」
「それなら良い。みえず虫をうつされたらたまらん。水場で良くうつる事から通称『水虫』と呼ばれている、見る事も困難な虫だ。」
「どんな症状ですか?」
「やはり忘れているか。常識記憶喪失だから心配はしていたのだ。中古の長靴を買う前で良かったぞ。下手をすると魔壁蝨よりたちが悪いのが水虫だ。」
勿論、俺が想像したのは現代日本でもお馴染みの『水虫』だ。
「まず痒くなる。そしてヒトにもうつる。足の指の間にある皮膚を良く食われる。冒険者にとって最悪なのは、皮膚を食われると冒険中にそこから腐り始める事もある事だな。」
そのまま水虫だったが、異世界では日本で感染するより悲惨な結末が待っていそうだ。
「そして驚くなよ?水虫は回復魔法で治らない。皮膚は一時的に復活するが、同じ場所をまた食われる。治す方法もあるが、俺の口からはとても言いたくない。水虫に感染するなよ?フィーナが怖ろしい治療をしてくるからな……他にも色々と治療方法はあるのだが、あいつに言わせると『一番確実で一番速く治せる治療法』らしい。良いな!絶対だぞ?地獄を見るぞ!?」
ドカチーニさんに「地獄を見る」と言わせる治療法には興味があるが、自分がその治療を受けたいとは思わない。
彼はきっとその治療をフィーナさんから受けた事があるに違いない。
彼がこんなに取り乱すのは珍しい。
「分かりました。水虫には気を付けます!」
「魔壁蝨と違って見えないからな、本当に注意しろよ?」
「はい。」
ここまで言われると何かのフラグにしか思えないな。
今度、荷揚げの荷物が少なかった日の午後に新品のブーツを忘れずに買いに行こう。




