僕と彼女の2週間戦争・開戦
新月が終わり、新しい銀色の月が始まる。
この異世界の世間的には今日が月の最初になるようだ。
そして今日から、俺とホルスたんの約半月に及ぶ荷揚げ戦争が始まる。
敵の戦力は圧倒的だ。
彼女は一度に2つの荷物を運ぶ上に、他の荷揚げ屋達と違い途中で休みを取らない。
比率としては俺が約20個運ぶ間に彼女は約30個運ぶ。
悔しいので改善された正確な数字をあげれば俺が22個~23個運ぶ間に彼女が30個だ。
荷物を持っていない時のダッシュで少しは数が縮まった。
荷物を運ぶ革命が起きて、仕事で拘束される時間も減ったが、収入はもっと激減だ。
俺は先月、荷揚げ屋の仕事で1日に500文以上稼いでいた。
ホルスたんが運送革命を起こした後、俺は多くても1日に300文を少し上回るくらいしか稼げなくなった。
そこで俺は初日に『たすきおじさん』へと相談をする。
「おじさん。荷揚げが終わってから倉庫の整理の手伝いとかありませんか?」
「最近は、筋肉兄貴と筋肉姉御が揃って重い荷物を棚に入れてくれるし、荷物も早いうちに全て運ばれてくるからなぁ。」
「つまり?」
「倉庫の連中は仕事が楽になった。」
「そうですか……」
俺は次の荷物を取りに船へとダッシュで戻る。
途中荷物を2つ運ぶホルスたんとすれ違う。
俺の「おはようございます」の挨拶に、彼女はいつものように「ふんっ」と鼻をならして自分の仕事を続けた。
次の荷物を運び終わってたすきをもらう時、おじさんから俺へと話してくる。
「何か事情があるのか?」
「ちょっと、私の稼ぎが足りなくなりまして……」
「どのくらい足りないんだ?」
「一日200文ほど……」
「そうか。一日二百文か……」
俺は次の荷物を取りに船へとダッシュで戻る。
途中荷物を2つ運ぶホルスたんと再びすれ違う。
彼女は俺に向かって「ふんっ」と鼻をならして荷物を倉庫へと運ぶ。
次の荷物を運び終わってたすきをもらう毎、たすきおじさんと俺との短い会話が続く。
「まさか荷揚げ屋からの転職を考えているのか?」
「このままでは生活費が足りませんから。どうしようかと思案の最中ですね。」
「そうか……」
往復の最中にホルスたんとのいつものやり取りをしつつ、再びたすきおじさんの元へ。
「倉庫の整理の手伝いの話なんだが、荷揚げが終わり次第手伝ってもらえるか?」
「おじさん!ありがとう!!」
「おいおい。まだ金額の事とかも話してないぞ?」
「そうでした。で……お銭はいかほどいただけるんで?」
大好きな古典漫画に出てくる大好きなキャラクターの言葉がぎりぎりをかすめて出てくる。
ポーズも勿論真似てみたが、当然たすきおじさんには通じない。
こんなにも時を経てアニメになるなんて、やはり現代日本へ帰りたい。
もしくは、このアニメだけでも異世界で視聴出来る方法は無いものか?
なぜ『神』は現代日本と繋がれるチートグッズを俺に渡してくれなかったのだ!?
この世界に来る時に『神』と逢った覚えは無いけど。
そもそも、どうして俺やネモがこの異世界に来たのかも分からない。
いけない。
また、妄想世界へと旅立っていた。
今は、たすきおじさんとの話の最中だ。
「おれの裁量で出せるのは、一日二百文の定額だ。おまえは普段から自分が運んだ荷物を棚に置いているし、おまえが荷揚げ屋を辞めたら、倉庫の連中がまた大変な事になるからな。」
「ありがとう。おじさん!今日からでも良いですか?」
「ああ。よろしくな。」
「ちょっと待ちな。あんたがやるならあたいもやるよ。何故って?あたいが聞いた!」
ホルスたんがいつの間にか後ろに居た。
丁度荷物を運び終わって、たすきをもらいに来たところだろう。
「ちょっと待て。お前らが普段から重い荷物を倉庫の棚にまで運んでくれているのは知っているが……四百文となると……そうか!!少しお前達の仕事が増えるがそれでも良いか?」
「私は収入が増えるのならお願いしたいです。」
「あたいは荷物を運ぶ仕事なら何でもやるぞ?」
「ああ。荷物を運ぶ仕事だ。この倉庫からトモウェイ川の小舟に仕分けた荷物を運ぶ仕事だ。一人一日二百文の定額だから、お前らには割りに合わないかも知れないぞ?」
「私は娘が二人居るので1日最低500文は稼がないといけないのです。」
「あたいも荷物を運ぶ仕事なら何でも構わないぞ?」
「じゃあ、今日からよろしくな。二人共。」
たすきおじさんにお礼を言うと、次の荷物を受け取りにダッシュ。
足の速さだけだな。
俺がホルスたんに勝てるのは……
そんな事をただ繰り返して、時間だけが何も言わず回った換金所。
坊主つながりで昔々の伝説となった歌の1フレーズがギリでセーフかアウトでよみがえる。
何とか目標を越える310文を稼いだ俺は、たすきおじさんの待つ倉庫へと向かった。
ホルスたんは『これを見よ』とばかりに銭束を4本腰に下げている。
彼女は今日400文以上は稼いでいるという事だ。
だが今日の勝負はまだ終わりでは無い!!
倉庫での勝負が待っている!!
倉庫で今から行う事の説明を受ける。
簡単に言うとやる事は2つだ。
・倉庫の中央に荷揚げ屋が海側の大きな船から下ろした荷物を指定された棚に並べる。
・指定された棚から、トモウェイ川の河岸に並ぶ舟に対応した荷物を載せる。
基本はこれだけだ。
ここで俺は、初めて『たすきおじさん』の本当の凄さを知る事になった。
彼の指示は先を読み、ヒトの流れを読んで的確な指示を出す。
ヒトにも荷物にも流れに淀みが無い。
俺とホルスたんは完全に荷物の重い順に運ばされている。
他の倉庫メンバーはヒトに合わせて、たすきおじさんが的確に指示を出す。
ここで俺は1つの事を思いついた。
たいした事ではない。
倉庫の荷物を整理するヒトと、整理された荷物を舟に運ぶヒトが別と言うだけのものだ。
つまり、棚に片付けようとしている荷物を運ぶ舟が来ている時は、直接舟に運べば手間が1つ減る事になる。
俺はすぐに思いつきを実行に移した。
荷物にも棚にも舟にも同じ記号が書いてあるので見分けて仕分けるのが楽だ。
倉庫の中央にある荷物を直接河岸の船に載せる。
俺の行動に最初は『ポカンッ』とした、たすきおじさん。
だが、すぐに周りへと指示を出した。
「みんなは『筋肉兄貴』と同じ事はしないで良いからな!普段通りにやるんだ。無理して魔力切れを起こした方が周りに迷惑を掛けるからな!『筋肉兄貴』はそのまま続けてくれ。」
よし!
とりあえず、決定的な間違いでは無さそうだな。
体力(魔力?)の関係で「真似するな」と指示が出ているだけのようだ。
たまたますれ違ったホルスたんに『ドヤ顔』を決めてやった。
なんか、初めて『荷運び』で彼女に勝ったと思えた。
すぐに彼女も同じ事を始めたので、一瞬で終わった優越感でしたが。
倉庫の荷物整理は夕方で終わった。
本日最終の舟がトモウェイ川の河岸から離れた所で倉庫の1日は基本的に終了する。
今日倉庫に残った荷物は明日の朝から河岸へと並ぶ舟へと運ぶ事になるそうだ。
今日は倉庫内の荷物は全て棚に並べられている。
普段は倉庫内の荷物整理が終わるまでは帰れない。
今日は倉庫で働くヒト達がもっとも早く帰宅出来る時間に終わったという事だ。
「二人共、ごくろうさん。残業になって倉庫の連中に夜食を振る舞う事を考えれば四百文は安いくらいだ。おれも早く家に帰れるしな。」
そう言って、たすきおじさんは俺とホルスたんに銭束を2本ずつ渡してくれる。
「ありがとうございます。」
「二人共、また頼むな。」
「あたいも良いのかい?」
「当たり前だろう?頼むな。『筋肉姉御』。」
「『筋肉姉御』?あたいの事か?」
「倉庫の若い奴らはお前らの事を『筋肉兄貴』と『筋肉姉御』と呼んでるぞ。」
「あんた達もあたいの事を莫迦にしないのかい?」
「少なくとも倉庫の中では悪い噂は聞いた事無いな。棚まで重い荷物を一度に二つも運んでくれるヒトだぞ?倉庫の連中は皆感謝しているぞ。」
おっ。また鼻の穴が大きく広がっている。
この時のホルスたんは凛々しいと言うより本当に可愛い感じになるんだよな。
どうやら、嬉しくて興奮すると、鼻の穴が大きく広がるようだな。
この事は今後も彼女を観察して確定する必要はあるが。
「そうか。そうなんだな。あたいは『ホルス』だ。だけど『筋肉姉御』でも良いぞ!」
「じゃあ、倉庫にいる間は『筋肉姉御』だな。その方が倉庫では名前が通っている。」
「分かった。またな。たすきおやじ!!」
「たすきおじさんだ!どっちでも良いけどな!!」
ホルスたんがブンブン手を振って帰って行く。
彼女の後ろ姿、歩調に合わせてツインテールが揺れている。。
1つは髪の毛のポニーテールで1つは本物の尻尾だけど。
俺もたすきおじさんにもう一度お礼を言って、斡旋屋への帰路についた。
俺の中で『ストロングフォーム』を解いた時のホルスたんはアスリート系美少女。
胸以外は。
ホルスたんが『ストロングフォーム』を解いた後『なんちゃらフォーム』が欲しいな。
何か良い名前は無いものか?
今の所は『アスリートフォーム』が名前的にも格好良い気がする。
カタカナなので、ネモにしか通じないのが残念なところだ。
奴にホルスたんを紹介する気は無いけど。
斡旋屋へ着くと、食堂の受付にいるシーリンさんに「ただいま」と挨拶した後は、一番にベスとアンの居る自室へと向かう。
今日は普段より遅くなったので尚更、早く2人には「ただいま」を言わないとな。
部屋の引き戸を開けて「ただいま」と言うと、ベスからは「おかえり。今日は遅かったのね?」と返事が返ってくる。
アンもにっこりと可愛く手を振ってくれている。
「今日から倉庫の整理を手伝う事にしたんだ。荷揚げ屋の稼ぎだけでは食べて行けそうになくなってな。」
「私がこんな体なばかりにごめんなさい。」
「ベスさんや。それは言わないお約束じゃよ?」
貧乏系ギャグはベスとアンには通じませんでした。
むしろ突然口調が変わった私に対して、二人の頭の上に『?』マークが見える気がします。
これを『すべった』というのだろうな。
二次元番組ばかり見ていて、三次元番組をあまり見ない俺にはいまいち判断が付かない。
そして、再就職が決まった、おとうさんの気持ちも少しだけ理解出来た。
明日からは公園のベンチ……じゃなくて、裏庭で槍を突かなくて良いんだ!
「気にしないでくれ。それよりも夕飯はもう食べたのか?」
「まだよ。あなたの帰りを待っていたわ。」
「そうか。それは嬉しいな。アン。夕飯を取りに行こうか。」
アンがうなずいて、俺についてくる。
腰の辺りをつかむ癖があるのか、必ずアンはそこをつかむ。
可愛いから、元気に1人で歩けるようになっても止めないで下さい。
「それじゃあ、取ってくるからな。大人しく待っていろよ?ベス。」
「ねぇ。それ嫌味?嫌味かな?嫌味だよね?嫌味じゃないなら今すぐ説明を要求するわ。」
土下座をしてベスに謝った後に、夕食を取りに行った事は言うまでもない。
ベスも本気で怒っていた訳では無く、その後、俺に夕食を食べさせてもらいながら、今日あった事を楽しそうに話す。
アンもこくこく首を縦に振りながら、ベスに同調している姿が可愛い。
今日もベスはアンとベットの上でリハビリをしていただけだ。
廊下を歩いていただけの時と同じで、俺は良くも毎日話が続くものだと感心してしまう。
ベスとアンは幸せ探しの達人だな。
何とか一日の稼ぎの目標である500文を越えて、俺は幸せに包まれた夕食を食べた。
この日を始まりに俺とホルスたんの満月の夜前日まで荷揚げ屋としての戦争が開戦する。




