荷揚げ屋『ホルス』爆誕
ホルスたんとの対決4日目。
いや、今日は対決と呼ぶべきでは無いのかも知れない。
ベスとアンの2人と一緒に食事を取る行為で、俺の心は『やる気』が満タン状態。
意気揚々と荷揚げ屋の仕事に出発する。
今日の俺はホルスたんの『ストーカー』……なんか言葉が悪いな……
ここは格好良く『チェイサー』としておこう。
港湾施設で受付中にホルスたんを発見する。
本当に遠くからでも良く分る個性的なツートンカラーのポニーテールだ。
マッスルフォー……では色々とまずいな。
ストロングフォームを解いた通常状態の彼女は本当に一流アスリートの美しい体だ。
胸以外な!!
ストロングフォーム時は、素晴らしい事は素晴らしいが流石の俺でも女性を感じない。
胸以外な!!
今日はじっくりあらゆる部分を観察させてもらうぜ!ホルスたん!!
胸も含めてな!!
今日はホルスたんをチェイスしていたら時間はあっという間に過ぎ去った。
現在、換金所で彼女の後ろについて換金する列が進むのを待っている。
最近は昼休みを取ると荷物が無くなるので荷揚げ屋は昼休みを取らなくなった。
まだ太陽はほとんど真上にある。
今日はホルスたんのスピードに合わせていたので22本で運ぶ荷物が終了した。
彼女は俺と同じで途中休憩を取らない分、時間当たりの荷物を運ぶ量が多い。
しかも今日は俺がチェイスしていたのを気付いたのかいつもより彼女のペースが速かった。
俺が一刻半(約3時間)で運ぶ荷物の量は今まで約20個が限界だった。
荷物を持っていない時には全力ダッシュをする事を思いつき1個2個は増えたと思う。
一般の荷揚げ屋は約10個前後と聞いた事がある。
だがそれは荷物を1つ運ぶ時の数字だ。
彼女は2個荷物を持った上で、一刻半で15往復以上する。
荷物量で言えば30個以上になる計算だ。
俺は今日あえて負ける事で得た情報を記憶に刻む為、半日の出来事を振り返った。
………………
仕事が始まると俺は、彼女の業を一瞬たりとも見逃さないように注視する。
仕事が始まれば彼女は常にストロングフォームだ。
仕事が終わるまで解く事は無い。
最初は荷物を持ち上げる時に持つ手の位置。
腹にある荷物を背中に移す前に持ちかえる右手の位置。
何度か見る事で右手の位置が荷物を持ち上げた時とわずかにずらしている事を確認出来た。
背中に移動した後の手の位置を考えての移動だ。
何度も何度も見る角度を変えながらじっくりと観察を続ける。
素晴らしい業だ。
斡旋屋に帰ったら今日見た事をすぐに実践しないとな。
圧倒的な敗北感を味わいながらも彼女に追いつく為の決意を新たにした。
倉庫までの運び方も観察した。
他の荷揚げ屋は上の荷物がずれてくると、サポートに付いているメンバーが位置を直す。
彼女はそれを荷物を背負ったままやっているのだ。
そもそも彼女の背負う荷物がずれる事自体少ないのだが。
たまたま確認できた。
いや、今日ずっと後を付けている俺に気付いて、彼女がわざと見せつけたのかも知れない。
彼女は肩甲骨を大きく動かして荷物を動かしていたのだ!!
俺も関節の可動域を広げるためにトレーニングを重ねている。
一般人よりは肩甲骨がはるかに動くだろう。
だがあそこまで自由に器用に肩甲骨を動かす自信は無い。
ここでも彼女に圧倒的な敗北感を感じる。
彼女が何気も無しにやっていたので気付くのが遅れた。
俺は『達人の芸こそ素人目には簡単そうに映る』のは本当の事なのだと実感する。
俺は自分の背中側に手を回した状態で力を籠める事が難しい事を知っている。
彼女は、この状態で荷物を両腕で挟み、100キログラム近い荷物をそっと降ろす。
この事に気付いた瞬間、荷物を倉庫に降ろす事ですら圧倒的な敗北感だ。
荷揚げ屋としてあらゆる事に圧倒的な敗北感を感じながら換金所の列に並ぶ事になった。
………………
換金所の列が進み、自分の換金が終わる。
斡旋屋に帰ろうとする俺を、先に換金を終えたホルスたんが待っていた。
「あんた。ちょいと面貸しな。何故って?あたいが気になった!!」
こんな『面』で良いのなら、私は喜んでついて行きますよ?
マッスル……ストロングフォームを解いたホルスたんは私的には『この異世界初の爆乳ヒロイン』です。
ただし、ヒトが居ない倉庫裏とかは勘弁して下さい。
ホルスたんと喧嘩イベントなんて、ボコボコにされるイメージしか湧きません。
今日、ストーカー……ゴホンッ……チェイスしたのが悪かったのでしょうか?
すでに動揺して心の中がまた敬語になってしまったでは無いですか。
「行先は私が指定しても良いですか?」
「落ち着いて話せる場所ならどこでも良いさ。」
「では、私が世話になっている斡旋屋へと行きましょう。昼食の時間も終わったはずですし、客も引いたと思います。」
「あたいも腹が減っているし丁度良いな!そこにしよう!!」
どうやら喧嘩イベントでは無いようです。
その事にだけは安心しましたが、移動中は全く会話がありません。
正直、私の3歩後ろを歩くホルスたんが不気味です。
銭湯の前を素通りし、斡旋屋へと向かいます。
ホルスたんに「銭湯でとりあえず汗を流さない?」とか言ってみたい気もありましたが、喧嘩イベントへそのまま移行しそうなので、今回はあきらめました。
今回『は』あきらめました。
次回のチャンスがあるかは分かりませんが。
そうこうしているうちに斡旋屋へと着いた。
昼食の客はもう居なくなっている。
ホームへと着いた事で俺の心も動揺がおさまったな。
いつでも相手してやるぞ『ホルスたん』!!
「ただいま。まだ昼食は間に合いますか?」
食堂では、シーリンさんがドカチーニさんの髪を切り髪型を整えている。
「ベルガーが休憩に入ったからな。たいした物は出せないが、それでも良いか?」
「ええ、お願いします。」
「シーリン、散髪をいつもありがとう。二人の昼食を出してやってくれ。」
「はい館長。ユークリットさんもお連れさんも賄い程度になりますがよろしいですか?」
「あたいは構わないぞ。」
シーリンさんが厨房へと向かい、賄いを用意してくれるようだ。
ドカチーニさんは何やら少し嬉しそうな顔で俺を見て、言葉を発した。
「ユークリットが客を連れてくるのは初めてじゃないのか?」
「何を言っているのですか!ベスとアンをはじめ、港の子供達を連れて来ているでは無いですか。まあベスとアンの2人は私の娘ですが。」
ネモ?誰ですかそれは?少なくとも俺の客じゃあ無いな!
「あんた、娘が居るんだね?その坊主は娘のためか?」
「まあ娘が剃り上げてくれているのは確かです。」
「嫁がやっているのでは無いのか?」
「はははっ。俺の嫁は次元が違いますからね。実際に触れ合う事は出来ないのですよ。」
「お前、嫁が居たのか?」
おや?何故かドカチーニさんの方が驚いてるぞ?
「ええ。この世界では二度と逢う事は出来ませんが。」
「すまん。悪い事を聞いたな。」
「気にしないで下さい。私にはベスとアンが居るのですよ?こんなに嬉しい事は無いです。」
「悪かった。俺はお前が彼女でも連れて来たのかと思ったのだ。」
「あたいが彼女だって?」
俺の彼女と聞いて。
明らかにホルスたんの機嫌が悪くなりました。
ひぃひぃっひぃっひぃぃ。
少しへこみますが。
考えてみたら。
現代日本でも。
いつもの事でした。
ひぃひぃっひぃひぃっひぃぃ。
あぁ軽く陽気にいきましょう♪
今回はかなりアウトだな。
ぎりぎりセーフな事を願おう。
「違いますよ。ドカチーニさん。彼女は今現在の私の好敵手です。」
「あたいが好敵手だって?あんた、あたいを認めてくれているのか?」
「悔しいですが、完全敗北です……ですが、私もこのままではいませんよ?」
「ほう。ユークリットが完全敗北だと?俺には綺麗なお嬢さんにしか見えないがな?」
「そちらの片腕の親父も覚えておきな。あたいは女と莫迦にされる扱いが大っ嫌いでね。」
ホルスたんがドカチーニさんに喧嘩を売り始めたよ。
まずい、ドカチーニさんが相手をするとは思わないが、ホルスたん相手は鬼だぞ?
「まあまあ。ホルスたんもドカチーニさんも熱くならないで下さいよ。」
「ホルスタン?あんたがあたいに付けた仇名か?」
「ごめんなさい。名前を知らなかったので勝手に仇名を付けていました。『ホルス』が愛称で『たん』は敬称の一種です。」
「あんたはあたいに、『牛女』とか『乳女』とか侮蔑の籠った蔑称では無く『ホルス』なんて格好良い名前で呼んでくれていたのか?しかもあたいに敬称まで付けて!?」
「そうなりますね。あなたの業は信じがたい業でした。私は敬意を表します。」
彼女の顔が鼻の穴が大きく広がって凛々しいと言うより可愛い感じになっている。
大きく息を吸い込んで興奮しているようだ。
「あたいが『ホルス』か。格好良い名前だ!これからあたいは『ホルス』を名乗るぞ!!何故って?あたいが気に入った!!」
「ドカチーニさん。名前ってそんなに簡単に変えても良いものなのですか?」
「さあなぁ。庶民は名前よりも見た目の雰囲気や役職で呼ぶ事の方が多いからな。俺が知る限りでは地位が高くなればなるほど名前を変えるとまずいな。と言うよりも変えられないな。一般庶民はコロコロ変えるぞ。」
それを聞いて少しだけ安心する。
「それなら彼女も名前を変えても大丈夫なのですね?」
「問題があるとすれば、冒険者登録と保証人の問題くらいか?ホルス。お前はどこの斡旋を受けているのだ?最低でも保証人には名前の変更を申告しろよ。」
「ああ、分かった。あたいは冒険者登録はしていないからそっちは心配するな。」
ここでまだ自分が彼女に自己紹介をしていなかった事に気が付いた。
「こんな時になんですが、自己紹介がまだでしたね。私の名前はユークリットです。今後ともよろしくお願いします。いつかは追いつきますので覚悟していて下さい。」
「あたいはホルスだ。追いつけるものなら追いついてみな?これからもよろしくな!」
「俺はドカチーニだ。斡旋屋の親父をやっている。困った事があれば俺を訪ねてこい。お前の事は気に入ったぞ、ホルス!」
「あんたもあたいを莫迦にしない。困った時は頼むなドカチーニ!」
おお、ドカチーニさんを呼び捨てだ。ホルスたんは意外と豪胆だな。
そこにシーリンさんが賄いの昼食を持って現れた。
「わたしはこの斡旋屋で受付をしているシーリンと申します。館長が認めた以上はあなたも大事なお客様。よろしくお願いします。」
「おおう。あたいはホルスだ。シーリンもよろしく頼む!!」
シーリンさんも呼び捨てだと!?
本当に豪胆だな、ホルスたん!
さて本題に入るか。
なんで俺はホルスたんに呼び出されたんだ?
「ホルスたん。どうして私はあなたに呼び出されたのでしょうか?」
「おお。そうだ。そうだったな。もう済んだぞ。それより昼飯を食べようぜ!美味そうだ。」
最高に機嫌が良い感じで彼女は陽気に昼飯を食べて帰っていった。
この時、とても楽しそうに昼食を食べる俺達を、廊下の奥の暗闇から覗いている青い瞳が放つ氷よりも冷たい視線に、最後まで俺は気付けなかった。
彼女が帰った後で、俺は今日見た彼女の業の習得に掛かる。
一目見て出来るような業では無い。
習得にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
昼間のうちに一度でもベスとアンに会っていれば結末が変わったかも知れない。
夕食時、アンは2人分の食事を持ってさっさと部屋へ移動。
アンは俺が部屋に入ろうとしても、入れてくれようとしない。
無理に入ろうとすれば入れるが、俺はそれを良しとはしなかった。
部屋の扉の前で土下座をして謝り続けて、何とか部屋に入れてもらう。
待っていたのは、ベスによる延々と続く説教であった。
隣では、腕を組んで怒りを表したアンが縦に首を振り続ける。
どうして怒られているのかいまいち分からなかったが、斡旋屋へ帰ってきたのに、2人の所に「ただいま」の挨拶もせず、ホルスたんと食事を取っていた事が一番の原因と思われた。
明日は新月。
俺は『家賃が銭では払いきれなかったな』と土下座をしつつベスの説教を聞き流していた。
うちの娘は『ツンデレ。ツンデレ。』と脳内変換をして2人の説教をやり過ごした。




