完全敗北からの挑戦
現在荷揚げ屋の仕事が午前中で終わり、槍の自主練中。
リストラされた世のお父さん達が家族に嘘を付いて公園で過ごす気持ちも少し分かった。
子供に「お父さん。仕事無くなったんだ」等と素直に言える訳が無い。
針千本飲まない為にも、嘘を本当にしなければならない。
ベスとアンは一度やると決めたら必ずやり遂げる子達だ。
今日の訓練はいつもと違い、俺の頭の中は『ホルスたん』の事で一杯だった。
木人形相手に槍を突く一瞬だけは突く事だけに集中する。
集中と思考の切り替え訓練だと思おう。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
間違いなく荷揚げ屋の仕事に革命を起こしたのは彼女だ。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
彼女に勝つにはどうする?何か良い方法は無いか?
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
俺に2つの荷物を一度に運ぶのは無理だ。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
ならば運ぶスピードを上げるしか無いな。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
それにしても本当に凄かった。
まさに『爆』だ!
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
いかん。余計な雑念だ。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
とにかく明日は彼女の2倍のスピードで荷物を運ぼう。
突いて、元の位置に戻る。
明日の方針は決まった。
後は雑念を捨てて槍を突き続けよう。
今、俺が出来る事はこれだけだ。
この世界を無事生き延びる為には何か武器を使える事が必須の技能となる。
俺は空が赤く染まるまで、槍を突き続けた。
夕食時、ネモと顔を合わす。
アンと一緒にベスの分と3人分の食事を運んでいる時だった。
奴も2人分の食事を持っていた。
相変わらず背広姿だが、お前その恰好で何日経っているんだ?
「それはアルフィアさんの分か?」
「そうだ。」
「やはり彼女と何か契約を結んだようだな?」
「ああ。1日2朱で彼女のリハビリを手伝っている。」
1日2朱だと?
文に直すと……いくらだ?
奴がドヤ顔を決めて言う。
「その顔、苦手な暗算をしているようだな。ならば答えよう。1日約500文だ!!」
「……500文……だと?……」
「既に来月の家賃くらいは稼げる予定だ。お前の世話にはならない!」
今日の俺の収入の倍。
奴がアルフィアさんと『キャッキャウフフ』をするだけで500文だと!?
俺はこの異世界でも奴に給料で大きく後れを取るのか?
いや、明日は違う。
明日の俺はもっと稼いで見せる!
「オレは忙しい。お前になど構っておれん。」
奴が病室に行こうとする時、俺は負け惜しみとも言える一言を吐く。
「お前臭いぞ?何日同じ服を着ている?」
「なんだと?」
「自慢の背広もヨタッてきているぞ。」
「確かに少し背広に張りが無いな。ここにはクリーニングはあるのか?」
「夜のうちに、そこの洗濯籠に入れて置けばシーリンさんが洗濯をしてくれる。有料だぞ?」
「そうか。助かった。礼を言おう。彼女には全てクリーニングをしてもらおうか。」
「全てとは下着も含めてか?」
「そのつもりだ。かなり穿くのが気持ち悪くなっていたから丁度良かった。」
奴は下着までクリーニングへと出していたとでも言うのか?
平気で下着を他人に洗わせる等、俺には考えられん。
この異世界に来てからは俺が下着を着た事は一度も無いが。
奴の下着を洗う時にするであろうシーリンさんの笑顔を想像して俺は身震いが起きた。
「先にこの異世界に来た者の忠告だ。何でも良い一枚は着ろ。全裸族にこの世界は厳しい。」
「ああ。忠告は受け取った。今日は少しだけお前との友情を取り戻せた気がするぞ。」
「そうか。だが、俺は例の決着がついたとは思っていないからな。」
「オレもだ。」
アンが少し驚いた顔をしている。
そう言えば、普段の俺は敬語だからな。
ネモと話すとどうしても地が出る。
これからは、周りにヒトが居る時には気を付けないとな。
部屋に着くと、アンがベスの手のひらに文字を書いて何かを報告している。
ベスの顔まで驚いた顔になっている。
本当に表情は豊かになったけど、俺が敬語を使わないくらいでその驚きはやめてくれ。
3人で楽しく夕食を食べる……つもりが2人は怪訝そうな顔を俺に向けている。
それでもベスは俺に食べさせてもらいたいようだ。
口を開けて、俺の匙を待つ姿。
可愛いぞベス。
はやく自分で動けるようになれよ。
夕食の片づけはアンがやってくれたので、俺は筋トレをしてから明日に備える。
筋トレをしながらネモの明日の朝の姿を思い浮かべる。
奴は必ず、あの姿で現れる。
お前もシーリンさんのお盆攻撃を受けるが良い!
一通り下衆な事を考えた後は、明日こそ『ホルスたん』に勝ってみせると心の中で誓ってから眠りに落ちた。
朝、予想通りの姿(全裸ネクタイ)で現れたネモが食堂の受付にいるシーリンさんから遠距離お盆攻撃を受ける姿を確認する。
今日のシーリンさんも魅力的な笑顔だ。
ネモは完全に悶絶しているな。
俺より稼ぎが良い事は許すが、アルフィアさんと『イチャラブ』だけは許さないぞ、ネモ!
俺が『無双』をする前に、お前に『ハーレム』を作らせてなるものか。
ネモの悶絶した姿も確認出来たし、気持ち良く自室に戻り朝飯を3人で食べた。
3人で朝食を食べる幸せな時間。
そして誓う。
今日こそ勝ってみせるぞ『ホルスたん』!!
結果から先に言おう。
ホルスたんとの対決2日目の勝負は初日よりもひどい結果となった。
受け取ったたすきは15本。
完全に俺は自分の体の特性を忘れていた。
俺の体は連続運動が5分しか持続出来ない。
2つ目の荷物を運ぶ時には完全に体力が尽きていた。
休憩しては運び、休憩しては運びでは、他の荷揚げ屋と同様となり、効率が更に落ちた。
休憩している最中に通路の子供からも心配されて声を掛けられた事を思い出す。
「つんつるてんのお兄ちゃん、魔力補給しようか?」
体力が尽きて地面に寝転がっている俺は誘惑に駆られた。
俺が魔力を受けたら多分超人になれるだろう。
だが、それでは彼女に勝った事にならない。
彼女は自分の身一つ技術一つで女性と言うハンデを乗り越え港の筋肉達と戦っているのだ。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。」
「気にすんなよ。こっちも商売なんだからさ!」
「悪いな。自分の魔力だけで勝ちたいヒトがいるんだ。」
「牛のお姉ちゃんか?」
「そうだ。」
「凄いヒトだよね。魔力が午前で売れるようになったから子供達はみんな感謝してるよ。」
「そうか。お前達が稼げているなら、俺も嬉しいな。」
「午後の早いうちからご飯を漁りに行けるから本当に助かっているんだ!」
「良い事尽くめだな。」
「だろ?」
子供の隣でへばって寝ている俺に、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らすとそのまま倉庫へと2つ背負った重い荷物を運んでいく。
明日こそは勝つ!!
ベスとアンを見舞った後、遅めの昼飯を食べる。
午後は再び槍の訓練をしながら『ホルスたん』に勝つ方法を模索する。
今度は荷物を持っていない時は全力疾走だな。
荷物を運びながら休憩を取り、体力を回復する。
突いて、元の位置に戻る。
『ホルスたん』の事を考える。
それを繰り返しながら、明日の作戦は決まった。
夕食時、昨日と同じくネモと顔を合わす。
昨日と同じくアンと一緒にベスの分と3人分の食事を運んでいる時だった。
奴も同じように2人分の食事を持っていた。
今日のネモはきっちりと背広を着ている。
俺達は目すら合わせる事無く各々の部屋へと食事を運んだ。
3人で楽しく夕食を食べる。
俺に夕食を口へと運んでもらうのを待つベスは本当に可愛い。
この姿を見るだけで俺の『気力』は完全に充填される。
明日こそ『ホルスたん』に勝つ!!
ホルスたんとの対決3日目。
作戦は荷物を倉庫へ運びながら体力を回復して、持っていない時はダッシュで船に帰る。
理論的には完璧だ。
元より1往復約5分で済ませていた俺だ。
荷物を持っていない時の移動時間を1分以下にして効率アップを図る。
ドカチーニさんにやらされたデスマーチは無駄では無かった。
ダッシュで船に戻った後、荷物を持ちながら息を整える事が出来るようになっている。
『これなら行ける』と思ったものの、相手は一度に2つの荷物を運ぶ。
今日も昼休み返上で運んだ。
昼休みの間に運ぶ物が無くなった。
俺が運んだ荷物の数は32個と増えたものの、ホルスたんには全く及ばなかった。
先に帰ったと思ったホルスたんが換金所で待っていた。
俺の姿を見ると「ふんっ」と鼻を鳴らして俺と話をする訳でも無く帰ってしまう。
彼女は一体何をしていたのだろうか?
俺は身体強化をしていない彼女を始めて見た。
張り詰めた筋肉で女性のウエスト程あった腿も脹脛も腕も背中も大分細くなって、完全に女性らしいシルエットを取り戻している。
彼女も身体強化魔法を極限まで鍛えているのか?
まるで女版ドカチーニさんみたいなものだな。
本来の彼女は女性アスリートと言うべき健康的で綺麗なスタイルだった。
漢ならここは喜ぶべきだろう。
見た感じ張り詰めた胸の部分が筋肉と同じようにしぼんで減っている事は無かった。
俺は後ろに並んでいるヒトが居ないので、換金所で少し話を聞いてみる事にした。
ちょっとした情報収集だ。
「今、荷揚げ屋のみんなはどのくらいたすきを交換しているのですか?」
「そうだなぁ。新しく来た牛女が五十本前後で、他多い奴で三十本ってところか?」
「思ったよりも皆さん稼いでいないのですね?」
「荷物の量が特別増えた訳じゃないからな。ちょっと前のお前が牛女に変わっただけだな。」
「そうですか。多くて30本程なのですね。」
「荷物を運び終わる時間が早くなったからな。午後のあいた時間に他の仕事を入れる奴も居るんじゃないか?」
俺はお礼の言葉と、わずかな銭を渡して換金所を後にした。
今日も遅めの昼食を頼んで、自室にベスとアンを見舞いに行く。
ベスとアンがいつものようにリハビリを続けている。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「2人に1つ相談があるのだが良いか?」
「ここ最近、ずっと悩んでいたのは知ってたのよ。やっと相談してくれるんだ?」
ベスが少し嬉しそうだ。
アンも首をブンブンと縦に振って肯定している。
「どうしても勝てそうに無い相手にお前はどうする?」
「勝つまでの期間が決まってるの?」
「期間は決まってないな。」
「それなら答えは一つでしょ?勝つまでやる!!」
ベスが当然のように答える。
アンも肯定を示す、いつもの縦首振りだ。
聞いた瞬間、自分が弱気になっている事に気が付いた。
俺は今までだって、そうして来たじゃないか!
陸上競技だって、少しずつ記録を伸ばして、前に進んできた事を忘れていた。
荷揚げ屋が最初に上手く行き過ぎて俺の基本を忘れていたんだ。
「ありがとう。そうだよな!それしかないよな!!」
明日は今月の最終日だ。
やれる事をひたすらやろう。
「ベス、アン。行ってくるな。」
「いってらっしゃい。」
ベスには声で、アンには手を振る事で俺は部屋から送り出される。
俺は一度、港湾施設の倉庫へと帰る。
たすきおじさんを見つけると1つ俺の願いを聞いてもらう。
「おじさん。要らなくなった荷物の箱を2箱ください。」
「どうした?何に使う気だ?」
「強敵に勝つ為に。」
「こいつらをやるよ。これからも頼むな。」
これだけの短い会話で、たすきおじさんがくれた2箱は、まだ新品に近い箱だった。
「ありがとうございます!」
「何、こっちもお前に荷物を沢山運んでもらえば楽になるんだ。これかもよろしくな!」
「はい。がんばります。」
斡旋屋の裏庭。
今日は槍の稽古ではない。
まずは空箱1つ。
これを腹の前に持った状態から背負った状態にする訓練だ。
ホルスたんの見様見真似で挑戦する。
あの手首の返しと体の移動。
あれが出来るようになるまで何度もひたすら繰り返す。
空が赤くなるまで繰り返しても上手く出来た自信は無かった。
3人で楽しく夕食を食べる。
朝夕の食事の時間が現在俺の最高に癒される時間だ。
いつまでもこの時間に浸っていたい。
だが、俺には負けられない相手が出来た。
明日は『ホルスたん』から荷揚げ屋の技術を見て盗む!
まずはそれから始めよう!
いつも私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
後書きはいつものブックマークをいただいたお礼となります。
ブックマークをありがとうございました。
しかも1日に2つもいただけました。
確実に私の『やる気』と『勇気』へと変換されております。
少し愚痴となりますが、19:00更新にしてからアクセス数が文字通り半減しました。
少し更新が早すぎたらしく、次の更新に埋もれて、新規アクセスの減少なのだと思います。
↑と信じたい私がいます。
それでも最新話を読んで下さる読者様が減った訳では無い。
このまま本編更新は19:00で行こうと決意した瞬間のブックマーク2つ。
「進路そのまま、最新話を楽しみにして下さる読者様に少しでも早く読んでもらおう。」
と背中を後押しされた気持ちのブックマークです。
いつも、悩んだ時、折れそうな時、にブックマークをいただいております。
「少しでも早く読んでもらいたいなら書いた分全部出せ!」は毎日更新したい私のわがままを許してもらい、本編も小出しの更新とさせて下さい。
全部出すと、実力不足の為、次のエピソードを書く時間の余裕が無くなります(泣)。
いつもと同じ挨拶にはなりますが、
毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、
余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、
タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、
全てのアクセスして下さる皆様に『やる気』燃料をいただいての毎日更新です。
皆様の日頃よりのアクセスを本当に感謝しております。
色々と足りない未熟者ですが、今後も末永くお付き合いを頂ければ幸いです。
2018/10/21 何遊亭万年




