荷揚げ屋生活再び
朝一番に鳴く鳥の声が聞こえてくる。
この時間はシーリンさんが洗濯をしている時間だ。
この情報も俺が地獄の行軍で得たモノの1つだな。
いつものように木戸を開けると朝の清々しい風が入ってくる。
シーリンさんに挨拶をしたいところだが大声を出すとベスとアンが起きてしまう。
二人の静かな寝顔を確認すると、俺は久し振りにいつもの朝の準備運動を始めた。
そろそろ朝日が昇る頃になるとベスとアンが起きだす。
正確には今はアンしか体を起き上げる事が出来ない。
ベスは魔力を通さずに手足を動かす実験を始めてから一度も魔力を手足に通していない。
一度決めたらやり抜く子だ。
絶対にやり遂げるだろう。
アンと二人でベスの分を含めた3人分の食事を取りに食堂へ向かう。
アンは昨日から俺の裾をつかんで歩いている。
歩くスピードも大分速くなった。
フィーナさんの回復魔法が良い方向に働いたとしか思えない。
ベルガーさんに朝食の賄いを3人分頼み、シーリンさんの元へ向かう。
まだ、誰も並んでいない。
ここがチャンスだ。
「おはようございます。シーリンさん新月までに4000文稼げる仕事を案内して下さい。」
「冒険者になる事をお勧めします。」
笑顔で答えてくれる。
今日の笑顔は怖くないし、編んだ髪に昨日プレゼントした銀色のかんざしが輝いている。
なるほど。
女性にプレゼントして、身に着けてもらう事は男として嬉しいものなのだな。
早速、脳内二次元嫁でも使わせてもらおう。
ありがとうシーリンさん二次元嫁のアップデートが出来ました。
だが、冒険者は駄目だ。
ベスとアンに俺の心が殺される。
「他にはありませんか?」
「任侠一家の用心棒。但し現地試験有り。」
試験でボコボコにされる姿が想像できる。
「他には?」
「借金取り立て報酬は完全出来高一割払い。ただし危険手当無、傷害手当無。」
取り立て先でボコボコにされる姿が想像できる。
「他にはありませんか?暴力的でないやつで?」
「ユークリットさんが坊主にしていなければ紹介出来たのですが。」
「魔壁蝨め。未だに俺を苦しめるか……ちなみにどのようなお仕事で?」
「新世界を開拓しませんか?未知の快感があなたをお待ちしています。初物高価買取。」
うむ。詳細は聞かないでおこう。
「いつもの荷揚げ屋でお願いします。」
「はい。分かりました。これ以上ごねるなら後ろに回ってもらおうと思ったところです。」
いつもの荷揚げ屋を斡旋してくれるシーリンさんの笑顔で瞳は暗く輝いていた。
「ありがとうございます。今日も一日頑張ってきます。」
「はい。いってらっしゃい。」
いつの間にか斡旋を待つ列が出来始めていた。
斡旋の受付を済ませると、仕事が始まるまでには割と時間がある。
この時間に、移動や食事、中には銭湯にまで行くヒトが居ると言うのだから驚きだ。
仕事の始まりは現代日本で言うと9時頃から。
太陽が45度の辺りからだ。
現在は夏で昼間の時間が長く、俺の感覚では6時か、ちょっと前くらいだ。
ゆっくりと3人で朝食を食べる。
何となく分かってきた。
ベスは3人で居る時以外が敬語だ。
部屋では普通の子供に戻る。
「次頂戴。あーん。」
「はいよ。熱いのだから気を付けて飲めよ。」
壁を背もたれにして座ってベスがスープを飲む。
いつもはアンがやっている事だが、朝の食事は俺がやるようにと頼まれた。
面倒なので俺も同じスプーンを使って飲もうとしたら、顔を真っ赤にしたベスに怒られた。
食事が終わったら、昨日プレゼントした櫛で二人の髪を梳く。
シーリンさんの助言通りだった。
二人の櫛はそれぞれが二人の髪を梳くのにぴったりだった。
さすが俺の娘。
髪の毛の輝きが一味違うぜ。
「娘」と言葉にすると「姪です!」とすぐ反論されるので心の中だけで思っておく。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
後片付けはアンがやるからとジェスチャーを受けて、仕事へと出発した。
港湾施設の受付を済ませて、船に乗り込むと産業……いや運送革命が起きていた。
本来ならば俺と同じ重さの荷物を運べる男達。
それを最初にしないのはどれを運んでも同じ値段だから。
今、目にしている光景はそれを打ち破る光景だった。
目から鱗が落ちる。
軽い荷物を2つ背中に背負う荷揚げ屋の筋肉達。
筋肉自慢の背中に背負わせる事を、同時に2つ運ぶ力が無い仲間の荷揚げ屋が行っている。
数人の仲間の荷物を背中に積み終わると、最後に自分の分を持って船の倉庫を出て行く。
いつもよりも俺が運べる荷物の量が減る。
直感的に感じ取る。
それでも重い荷物から運ぶのが俺のポリシーだ。
そこは曲げてなるものか。
だが、この重い荷物を2つ同時に運ぶのは無理だ。
たとえ2つ同時に持てたとしても、仲間が居ないから背中に背負えない。
運んだ先で、上手く荷物を降ろす事が出来ない。
前に荷物を持ったままでは視界が悪くなりすぎて上手く運ぶ自信も無い。
最悪は足を踏み外して海に落ちる。
俺を嘲笑うように1人の荷揚げ屋が俺と同じ重い荷物2つ同時に持ち上げる。
2つの荷物に隠れて顔も体も見れない。
だが荷物の下に覗く脚は腿も脹脛も極限まで鍛え上げられている。 腿は女性のウエストほど太さがあり、筋肉ごとにきっちり分かれていて美しい。
次の瞬間、信じられない事が起きた。
荷物の位置はそのままに、手を返し、体の位置を箱から見たら90度入れ替える事で、体の前で持っていた荷物を背中に背負い直したのだ。
まるで魔法のような業。
これぞ荷揚げ屋の達人と自分との技術の差を激しく感じた。
更に俺を驚かせたのは、それを行った達人が女性であった事だ。
時代劇の女剣士を想像させる精悍なヒトの顔。
額には髪の毛との生え際に2本の角が生えている。
髪型はポニーテールだが色は黒と白のツートンカラーで構成されている。
服で隠されていない部分はボディービルダーのように筋肉が1つ1つ分かれていて綺麗だ。
実に個性的な外見だ。
数々の個性的な外見をたった1つで圧倒する部分が彼女には存在した。
それは男の視線を釘付けにして放さない張りに張った胸。
胸の下が開きすぎる為か、一般市民が一枚で済ませている貫頭衣を胸用に、もう一枚の布をセパレートのパレオのように追加して腰に巻いている。
腰に巻いた布の下から牛と思わせる尻尾が生えている。
ほとんどヒトだが、角と胸と尻尾から推察して、わずかに乳牛の血が混じっていると見た。
彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らすとそのまま船の倉庫を出て行ってしまった。
俺にはとても彼女のような事は出来ないので今までの自分の方法で荷物を運ぶ。
荷物を運ぶ通路に今日は朝から子供達が居る。
見知った顔も居るので軽く挨拶をしよう。
なんの獣人かは分からないが獣人の血が混じった女の子だ。
この通路の子供達は外見では男女の区別がつきにくいが、この子は俺が直接確認している。
「よう。おはよう。珍しいな。こんな午前中から。」
「最近は午後から荷揚げ屋さん達居なくなっちゃうから。」
「そうなのか?」
「その代わりに早く魔力切れを起こすヒトが増えたの。」
「そうか。フィーナさんがまた魔力が必要な時は頼むな。」
「うん。その時が楽しみ。」
「あんまり楽しみにされても困るぞ?」
お前達の魔力が必要になるのは重傷患者が出た時だからな。
と心の中だけで言葉を追加した。
先程船で会った彼女と俺とでは荷物の重さが倍違う。
子供達に声を掛けながらでも、途中で彼女を追い抜く。
俺は前回までと同じように荷物を対応した棚へ納めた。
そして久し振りに『たすきおじさん』の元へと向かった。
「おじさんお久しぶりです。お元気でしたか?」
「おお。久し振りだな。冒険者にでもなったと思っていたぞ。」
「ええ……ちょっと命を危険にさらして来ました……荷揚げ屋最高ですね。」
「そうか。またこれからも頼むな。それより凄い奴が現れたぞ。丁度来たから見ていけ。」
来たのは先程の女性であった。
彼女は驚いた事に俺と同じように棚に荷物を降ろす。
後ろに目が付いているようにそっと荷物を滑らせて、静かに降ろす。
その後、上の荷物も対応した棚へときちんと降ろした。
彼女は背中に背負った荷物を置く棚まで把握している。
つまり荷物を持ち始める時に既に記号を確認してあると言う事か。
悔しいが『荷揚げ屋として全ての事で彼女に劣っていると』俺は感じてしまった。
完全に敗北だ。
彼女がたすきおじさんのところへやってくる。
「ご苦労さん。ほれ二本だ。」
「あんたが噂の『筋肉兄貴』かい?」
乳牛クォーターと思われる女性が声を掛けてくる。
名前が分からないのでとりあえず『ホルスたん』とちょっと可愛く名付けておこう。
外見は下手な男の筋肉達よりも立派な筋肉で包まれているけどな。
悔しい事に筋肉量でも俺が負けていそうだ……
彼女の言う『筋肉兄貴』と言う言葉が俺にはむなしく聞こえた。
「私はそんな仇名に覚えが無いですよ?」
「いやいや。お前はこの倉庫ではその仇名で呼ばれているぞ。」
「おじさん。初耳ですよ?」
「割と有名な話なんだがなぁ?」
「あたいを無視するんじゃないよ!とにかくあんたの天下はもう終わりさ。何故って?あたいが来た!!」
うむ。あんた日本の英雄学校アニメを見ているね?
ぎりぎりのフレーズだぞ?
有り得ない事は忘れて素直に負けは認めよう。
ただ負けっぱなしになる気は無いがな。
結論から言おう。
勝てたのは荷物を運ぶスピードだけだった。
それだとて、2倍のスピードで運べる訳では無い。
時が進めば進むほど、彼女との差が開く一方だった。
彼女は俺と同じ、他の荷揚げ屋達と違って、途中に休憩を取らない。
荷物をひたすら運び続ける。
俺が今のまま彼女に追いつく要素は皆無だった。
今日の荷物は午前でほぼ終わり、昼休み返上で俺は荷物を運んだ。
それでも25個の荷物を運んだところで本日運ぶ荷物は船の中から無くなった。
午後から現れる子供達は誰も居ない通路を見てどう思うかな?
それともこうなると子供達は知っているから朝から居たのかな?
俺は半分ぼけた頭でそんな意味も無い事を考えていた。
ドカチーニの斡旋屋に戻ってきて、ベルガーさんに遅めの昼食を頼んだ後、ベスとアンの様子を見に自室へ戻る。
2人はベスのリハビリを続けていた。
フィーナさんに回復魔法を掛けてもらってからは、2人の回復スピードが上がった。
日に日に元気になる事が分かる。
食事をする毎に血肉となっていると分かる。
だが、ベスが手足の魔力を断ってからは、ほんの2日3日でアンとの差が出てきた。
アンに比べてあきらかにベスの手足が細いままだ。
ぐっと言いたい事を飲み込んで2人に話し掛ける。
「ただいま。ベス調子はどうだ。」
「見て。右手はこんなに動くようになったわ。櫛を握れるのよ。早く自分の手でこの櫛を使いたいの。」
プルプル震えながら右手で櫛を指で挟む。
親指と他の指で挟むだけで、握ったとはとても言えない。
しかし全く前例が無い事への挑戦だ。
これだけでも十分な成果だと思う。
「右手以外だって、すぐに動かせるようになるわよ。櫛だって持ち上げて見せるからね。」
「あぁ。凄いな。驚いた。でも決して無理はするなよ。」
「分かっているわ。アンだって居るんだから大丈夫よ。」
「俺は昼飯を食べて来るな。」
「お昼休みに見に来てくれてありがとう。いってらっしゃい。」
ベスには優しい声を、アンには可愛く手を振られて部屋を出る。
世のリストラされたお父さんが、娘に何も言えずに公園のベンチに座る理由が分かった。
本当の事を言うのは厳しい。
俺も例に漏れなかった。
「午後からは槍を練習しようとしているんだ。」
二人の顔が途端に厳しくなる。
「冒険者になるつもりなの?」
「いやいや。違うぞ。いざと言う時の為だ。生き残る為に練習しとこうと思ってな。」
「それなら良いけど。」
「ベスがこれだけ頑張っているからな。俺も頑張ろうと思ったんだよ。」
「そう?それなら三人で頑張りましょう。ねぇ。また指切りして!」
一度、ベスの元に戻り、3人で指切りをする。
まだ腕を持ち上げる事の出来ないベスの腕を2人で持ち上げるように小指を絡ませる。
「「指切りげんまん。嘘ついたら、針千本のーます。指切った!」」
ごめん、ベス。
ごめん、アン。
俺、もう嘘付いているんだ。
ゆっくり、ベスの腕を降ろし、俺は部屋を出た。
昼飯を食べた後、左腕の鎧をつけ、シーツをマント代わりにして俺は槍を突き始める。




