ベスとアンの成果
お祖父ちゃん達とお祖母ちゃん達へと別れを告げて元来た道を戻る。
最近は4人と良く逢うようになり、距離も少しずつ近づいて来ている。
明るい方へと歩いて行くと、辺りが眩しくなってきて、俺は目を開けた。
ここはどこだ?
いつもの石膏を固めたような白い天井だが最近出来た焦げ跡が無い。
シーリンさんに突かれ続けた腹の痛みも完全に無くなっている。
手を使って、両眼をこすろうとしたが右手も左手もしびれていて動かない。
どうやら上腕に重いものが載っていて、腕に血が上手く流れていないようだ。
みれば、右手の上腕にベスの頭、左手の上腕にアンの頭を乗せて一つのベットで寝ていた。
これは俺が妄想世界で夢にまで見たシチュエーションだ。
だが、現実にやられるとここまで辛いものとは思わなかった。
今は両腕の感覚が無くて全く動かないけど、血が通えばまた動くようになるよね?
やはり『二次元が最高に幸せだな』『三次元だと幸せに辛さがセットでついてくる』と世の中のお父さん達の偉大さを少しだけ感じた。
腕の事は少し不安になったが、俺の両腕で気持ちよさそうに寝ている2人を見ると無理にどける気が起きない。
きっと現実と戦うお父さん達も同じ思いで子供を腕に乗せて寝るのだろうな。
動く頭で周囲を確認すれば、ネモが血の涙を流しながらこちらを見ている。
俺は状況からここは病室だと確認した。
奴は未だにアルフィアさんのリハビリは続けているようだ。
俺は心の中で『血の涙を流したいのはこっちだ』と奴へと叫ぶ。
だが奴と彼女の会話を聞くと、どうやら奴と彼女との会話は一方通行。
奴の言葉に彼女からは、聞いているのか、聞いていないのか、分からない相槌があるだけ。
しかも彼女から奴へと話しをする事は基本的に無いようだ。
ネモが血の涙を流してまで何を悔しがっているのか分からないが俺のやる事は1つだ。
アルフィアさんが俺の方を見ていないので、俺は下衆な笑顔をネモに向けた。
理由は分からないが、奴が悔しがっているのだ。
確実に追い打ちをかけないとな。
視界の外に居たマリーが移動してきて冷たい目で俺の下衆な笑顔を見ると病室を後にする。
俺と話をしないのはいつもの事だが、好感度が下がった時のゲーム音が聞こえた気がした。
数分と待たずに、フィーナさんがマリーを伴って病室にやってくる。
フィーナさんは俺の姿を確認すると「あらあら」とだけ言ってそっと二人を腕から降ろしてくれた。
両腕に血が通う。
ジーンとしびれた感触が襲ってくる。
しばらくすると腕が動くようになった。
どけるのと同時に2人が目を覚ました。
アンがベットから降りる。
俺もベットから降りるとベスをベットの中央に寄せた。
「フィーナさん。ユークリットさん。見ていて下さい。」
ベスさん。
おじさんが「ユークリットさん」とあなたに呼ばれる度に落ち込む事をそろそろ気付いて。
だが俺は、ベスの右手の指先を見て、フィーナさんと二人して驚く。
ベスとアンは少しだけドヤ顔だ。
俺がデスマーチをしている間に二人は痩せすぎな体が少しだけ改善していた。
まだまだ痩せすぎは痩せすぎだが顔の表情は本当に豊かになった。
動けないでいた分だけ、ベスの手足の戻りが悪いがそれを上回る成果を彼女は見せた。
ベスの指先が確かに動いている。
まだ完全に握ったり、開いたりと言うより、けいれんでもしているくらいだが動いている。
これは希望だ。
「フィーナさん。どうですか?魔力なしでも動けるのでは無いですか?」
「そうね。まだ動けるようになると断言は出来ないけど、動ける可能性は大きいわ。」
「よくやった。ベス、アン。」
二人をそれぞれ抱きしめる。
「恥ずかしいのでやめてください。」
ベスが顔を真っ赤にしている。
アンも顔が真っ赤だ。
ついでにネモの涙も真っ赤だ。
アルフィアさんからも祝辞をいただいた。
「ベスちゃんの方が先に動けたか。お姉さん競争に負けちゃったね。約束は守るよ。」
「約束ですか?ベスと何を約束したのですか?」
「………………」
俺の言葉へアルフィアさんからの返事が来ない。
ネモが先程のお返しとばかりに俺へと下衆な顔を向けてくる。
「おい。事情を知っているなら教えてもらおうか?」
「知っているが教える気は無い。お前が土下座してオレに頼むなら考えんでも無いがな!」
ふっ。
ネモよ。
俺がこの世界に来て何回土下座をしたと思っている。
自分でも数えるのが嫌になって分からないくらいだぞ。
「お願いします。教えて下さい。」
びしっと土下座で頼み込んだ。
「見事な土下座だ。よし、考えた結果、やはりお前には教えん!!」
俺は土下座では駄目ならと立ち上がりアルフィアさんのリハビリをしている、ネモの真後ろへと移動して、直立。
ネモの後頭部に向かって45度の角度で勢い良く頭を下げ物理攻撃する。
「ゴツン!!」と頭と頭が当たった凄い音がする。
「教えて下さい。お願いします。」
会心の一撃だ!
ネモはそのまま前に吹き飛んで、アルフィアさんの胸の谷間に頭を突っ込んだ。
結論だけ、言う。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
俺は俺は失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した私は私は失敗……
完全にアウトよりでセーフである事を願いますが、私は…俺は…失敗した。
俺とした事が、奴に『ラッキースケベ』を献上してしまうとは!
谷というほどの谷では無いが、シーリンさんに比べれば十分な高さの山と山の間だ。
「アルフィアさんすみません!!」
「………………」
俺の謝罪にも返事が無い。
どうやら私は唯一のまともなヒロインにも見放されたようです。
血の涙と鼻血でアルフィアさんの貫頭衣を赤へとまだらに染めながらネモが言う。
「今回の褒美だ。教えてやろう。ベスちゃんはな、アルフィアさんと約束したのだ。」
「何をだ?」
「私が先に動いたら、ユークリットさんと仲良くしないで下さい!」
ネモが奴の宴会芸の1つであるミックスボイスを使った女声をわざわざ使って、ベスの口調の真似をする。
ベスの方を振り返ると真っ赤な顔をして怒っている。
これはネモが嘘を付いているのか、恥ずかしがっているのか……
「ベス本当か?」
「そんな事言っていません!!」
「アン本当か?」
アンも首を横にぶるぶる振る。
「悪いな、ネモ。俺は娘の言う事を信じるよ。」
「娘じゃありません!姪です!!」
ベスも姪にこだわるね。
アンも首を縦に振ってベスの援護をしないで。
おじさん本当に落ち込みますよ?
「あらあら。小さくても女の子ね。ユークリットも帰ってくるしベスちゃんは今日で退院ね。後は自室のベットでアンちゃんと動く訓練をしてね。毎日回診には行くから心配しないで。」
フィーナさんが病室を出て行く時に振り返り、一言俺に付け加えた。
「そうそう。ベスちゃんの入院費は一日一朱。合わせて一分よ。」
「分かりました。すぐに払いに行きます。お世話になりました。」
俺は腕の中にベスをお姫様抱っこ。
アンは俺の腰の辺りをつかまっている。
まだ支え無しで歩くのは少し不安があるのだろう。
ゆっくり廊下を歩いて久し振りに自室へと帰った。
俺は両手がふさがっているのでアンに頼んで扉を開けてもらう。
中へと入る前に、アンが扉を閉めた。
開けた瞬間、俺が見たのはまたもや違うポーズを取ったブラックさんとホワイトさん。
一度、病室に帰るとベスを元のベットにそっと戻す。
まずは自室の大掃除から始めないとな。
ネモの痕跡は髪の毛1本たりとて残さん!!
俺はアンにベスの看病を頼むと、シーリンさんの元へと掃除道具を借りに行くのであった。
ついでの入院費の1分も引き出さないとな。
シーリンさんはいつも通り食堂の受付に居て、いつもの笑顔で掃除道具を貸してくれた。
預けてある1分も問題なく引き出してくれる。
金銀(両・分・朱)は普段別のところにあるらしく、厨房の奥へと取りに行く。
怖い。
本当にこのヒト怖い。
ついさっき血反吐を吐かせた相手に全く変わりない笑顔で応対してくるよ。
すぐに1分を持ってシーリンさんが厨房の方から帰ってくる。
内心は彼女に恐怖を覚えながら、俺はネモの部屋の事を聞く。
「ネモの部屋はどこですか?」
「あなたと同室ですよ?」
「莫迦な!ではベスとアンは?」
「わたしと同室です。」
「ベスとアンを返して下さい。」
即座に土下座をしてお願いする。
「冗談です。」
このヒトが可愛らしく笑顔で言っても、冗談が冗談に聞こえない。
声に出しては言えないけど。
「ネモさんは物置部屋の隣に引っ越しさせて下さい。」
「ネモの使ったシーツやベットを使いたくないので交換しても良いですか?」
「しーつ?べっと?ユークリットさんが言う言葉は時々分からない言葉があります。」
「すみません。えーと、寝床一式をその部屋の物と交換しても良いですか?」
「それは構いませんが、一つ約束して欲しい事があります。」
「なんでしょうか?」
「ベスとアンに櫛の一本でも買ってあげて下さい。女の子が身だしなみを整えるものを一つも持っていないのは良くありませんよ。」
「今度買ってきます。」
「今度では駄目です。今すぐ買ってきて下さいね?」
その笑顔は脅迫ですよね?
可愛らしく指先で私のお腹を指していますが、そこは今日、木刀であなたに私が血反吐を吐くまで突かれ続けた場所ですよね?
指先で『つんつん』しないで下さい。
その行為は、私が妄想世界で想像した女の子とやりたい事ベスト10に入っています。
他のヒトとなら萌え萌えするやりとりのはずが、あなたからは脅迫行為にしか感じません。
あの時の痛みと恐怖がよみがえるでは無いですか。
「買いに行きたくても、銭も無いし、場所も知らないのです。」
「櫛は金銀で取引する事が多いので銭は使わないですよ。あなたが斡旋屋へ預けている分で十分買えますし、場所が分からないのなら、わたしが案内しますよ?」
「ありがとうございます。是非お願いします。」
「ただし、洗濯物を取り込む時間までには帰ってきますからね?」
外見が魅力的な笑顔でも中身がサド魔人のシーリンさん。
そんなシーリンさんだとしても異世界初デートに俺は浮かれていた。
自室の掃除を後回しにして、シーリンさんとのデートが始まる。
おっと、出掛ける前にフィーナさんへとベスの入院費だけは払っておかないとな。




