地獄の6日間・休息と3人の誓い
「アン。ベスは無事か?」
マリーの制止を振り切って(実際はつかまれたままひきずって)病室に入る。
こくこく縦に首を振るアンを見てホッと安心をする。
安心をすると周りの景色が見えてくる。
ネモの野郎は、未だにリハビリと言う名のイチャイチャをアルフィアさんと繰り広げているではないか?
俺がデスマーチを続けたのちに本当に死ぬかと思った間ずっとか?
仕方ない。
ちょっと、奴には嫁達の事を思い出させてやろう。
マリーを引きずったまま部屋の外に出ると、扉の前でマリーは離れた。
自室に戻って、ブラックとホワイトの等身大人形を持ち出す。
姿勢が自由に変わるというのは本当らしく、前日とは違う、これまた劇中で有名なポーズに変わっていた。
奴が嫁達の後処理に手を抜く事は無いだろう。
奴の情熱が垂れ落ちてくるような事はあるまい。
そこにだけは絶大なる信用を奴に置いている。
まさか……昨夜溜池から桶で汲んだ水を使い洗っていたものは……いや、今は考えまい……
病室の前に2つの人形を抱えていくと、今度はマリーが後ずさりして簡単に病室へと入れてくれた。
「ネモ。喜べ!嫁達が部屋で寂しがっていたから、連れてきてやったぞ?」
振り向いたネモは満面の笑みで喜び、2体の人形を見たアルフィアさんの表情が固まる。
「あれはなに?」
「オレの嫁達だ!!」
「へー。そう……」
それ以降、ネモとアルフィアさん、2人の会話は一方通行となる。
ネモは陽気に嫁達の素晴らしさを語り続け、アルフィアさんは黙々とリハビリを行う。
これで良い。
ようやく俺は落ち着いてベスの容態を見れるな。
ベスは静かに寝息を立てていた。
少しは肉が付いてきた感じはするが、まだ十分骸骨のような外見だ。
直接顔を見て安心出来たし、後の事はアンに任せて、俺は覚悟を決めた。
診療所に居るフィーナさんとベスの今後を話す為に向かう。
フィーナさんの診療所に入ると、マリーも一緒についてきた。
心配しなくてもフィーナさんの方が俺よりはるかに強いから……間違いなく。
「あらあら。恐い顔してどうしたの?」
「フィーナさん。相談があります。ベスの事です。」
「はい。聞きましょう。どんな相談ですか?」
フィーナさんがヒトの良い老婦人の瞳から治療師の瞳へと変わる。
「ベスは実際大丈夫なのですか?」
「これからは本当の事しか言わないわ。覚悟は出来ている?」
俺はコクリとうなずいた。
『どんな事を聞いても受け止める』
そう覚悟しただろ!
もう一度、自分に気合を入れなおす。
「深刻なのは魔力が常人に比べて圧倒的に少ない事ね。今まではアンちゃんが上手に魔力補給をしていたのよ。あの子はきっと魔法使いの素質があるわね。魔力量が一般的な子供と比べても少し少ないのが不思議だけどね。」
ベスが今回倒れたのはアンと離れて1人で歩いていた事が原因なのか?
ベスはこの先、1人で生きていく事は出来るのか?
俺は不安に駆られた。
「ベスが1人で普通に生きる事は出来ないのですか?」
「無理ね。一人で働いて暮らすとなると不可能と言わざる得ないわ。」
これで俺の覚悟は不動のものとなった。
俺は、自分がやろうとしていた実験の話をフィーナさんへと提言する。
魔力を使わないでヒトが動けるかどうかを調べる実験だ。
実際、俺もネモも魔力を使って体を動いている訳ではなさそうだ。
前回のネモの魔力補給実験で自分達異世界人に魔力が無いであろう事。
その事に俺は確信を深めた。
だが、俺とネモに魔力が無いであろう事はネモも含めて、まだ誰にも言っていない。
「俺は、ベスとアンに協力してもらい『ヒトは魔力を使わずに動けるのか?』という実験を行おうとしています。」
「魔力を使わないで動く……試みとしては面白そうだけど前例が無いわ。」
「前例が無いだけなら、可能性はありますよね?」
「そうね。魔法使いと呼ばれるヒトはね。ほとんど先天的なの。あたしやシーリンちゃん、アンちゃんはまだ卵だけどきっとそれにあたるわ。次が訓練で魔法を使えるようになったヒト。これはアルフィアちゃんね。ドカチーニは……魔法使いと言うのはおかしいけど、身体強化の魔法を極限にまで鍛え上げていて、あそこまでくるともう魔法使いとも言えなくもないわ。」
「つまり、何を言いたいのですか?」
「ベスちゃんには先天的な魔法使いの才能は無いわ。魔法は使えても一つか二つ。生涯掛けても三つが限界という事。魔力量を考えると大した事は出来ないくらいのね。」
「俺は、ベスを魔法使いにする気はありませんよ?」
「あらあら。ごめんなさい。あたしの説明不足だったわ。あたしはね、あなたの言う魔力を使わないで動く実験で必要になりそうな魔法を使う為の基礎をベスちゃんに使えるようになってもらおうと思ったの。」
「どんな事をするのですか?」
「魔法と言うよりは魔力の操作の基礎ね。魔法を使う為の前提とも言えるわ。これで自分の四肢に行く魔力を止めて、生きる事にだけ魔力を使わせるの。」
「出来るのですか?」
「出来るわよ。魔法使いなら結構簡単に。これが出来ないと魔法なんて使えないわ。」
「では、教えてあげて下さい。」
「出来る子は一瞬。出来ない子は一生。そう言う世界よ?」
「お願いします。」
俺は自然と土下座をして頼んでいた。
自分の誠意を込める事をこの方法でしか考えられないのだ。
これで足りないのなら、俺的最上級土下座である『裸で土下座』をしても良い。
「あらあら。それじゃあ病室に行こうかしら。マリー。あなたもついでだから聞いておきなさい。魔法を使えるようになるかも知れないわよ?」
「いえ、フィーナ様。私になど恐れ多い事です。」
「そうなの?あなたも魔法を使えるようになってもらえるとあたしが楽になるのに。」
「はい、フィーナ様。魔法習得を頑張らせていただきます。」
いつもフィーナさんの一言で、すごい変わり身だな。マリー。
病室に戻ると2人の嫁達に見つめられて、ネモがアルフィアさんのリハビリを続けていた。
ネモの嫁自慢が未だに続いている。
奴は完全に自分の世界に行っているな。
ネモ『良い笑顔』だ。
ただし、それは周りの女性を不幸に叩き落す『良い笑顔』だ。
これで何人もの女性に知らず知らず振られてきた事をこの世界でも思い知るが良い。
俺が無双をする前に、お前にハーレムを作らせる訳にはいかないのだよ。
しかし、この状態でもアルフィアさんのリハビリを続けているという事は、何か彼女と契約でもしたのかも知れないな?
俺の指名依頼がドカチーニさんで、お前がアルフィアさんだと?
それだけでも十分に俺の怒りゲージを上げていくぜ!
いかん、ネモなんかの事よりも、今はベスの方が重要だ。
「ベスちゃん。あなたに魔力操作の基本を教えるわ。出来るヒトは一瞬、出来ないヒトは一生と言われているけど、魔力操作が出来るようになるまで頑張る自信はあるかしら?」
「すみません。私は魔力操作をすでに出来ます。」
「えっと。それはどういう事かしら?」
ベスの返答は逆にフィーナさんを驚かせる。
実際、俺も驚きだ。
「子供の頃から、魔力量が小さい事が分かっていたので、少しでも魔力量を大きくする為に毎日修行しました。魔法を発動するには、元の魔力量が小さくて大した事は出来ませんが。」
「アンちゃんも?」
コクコクと首を縦に振るアン。
意外にもフィーナさんが提唱する第一段階をクリアしていた。
俺が考えた当初の『魔力要らずの筋肉育成計画』では、ベスかアンのどちらかに常に魔力を移して、魔力無しの状態で体を動かす筋肉を作る計画だった。
しかし魔力が枯渇すると、この世界のヒトは命に関わる事を知り、計画変更を余儀なくされていた。
「ベス。体の四肢に行く魔力を断って、体の中心にだけ魔力を集める事は出来るのか?」
「それは得意中の得意な魔力操作です。私の場合、文字通り命に関わりましたから。」
それを聞いて、俺はベスにお願いをする。
「酷な事を言っても良いか?前に話した実験の話だ。」
ベスの赤い瞳に炎が宿る。
顔つきが引き締まる。
最近、少しだけ肉がついて、表情が少しだけ豊かになった。
ベスの変化が嬉しい自分の気持ちをグッと抑えて、彼女に実験で行う事を話した。
「四肢に行く魔力を断って、手足を動かしてもらう。フィーナさんが言うには前例が無いとの話だ。出来るか出来ないかすら分からない事に付き合ってもらえるか?」
「勿論です。私はその為に拾われたのでしょう?」
今はもう違う『俺の家族だ。お前達は俺の娘だ』と2人を抱きしめて言いたい。
だがそれをこらえて俺は言った。
「そうか。では頑張って欲しい。アンはベスのサポートに回ってくれ。」
アンも真剣な瞳でコクコクうなずいている。
「俺もネモも多分だが四肢を動かすのに魔力を使っていない。だが、手足はしっかり動いている。ベス。お願いだ。頑張ってみてくれ。」
「何を言っているのですか?もし魔力を使わずに四肢が動くようになるのならば私にとっても良い事です。精一杯頑張らせていただきます。」
「あたしもその実験に加えてもらうわね。治療法は……そうね、まずはアルフィアちゃんと同じで良いわ。アンちゃん。ベスちゃんが曲げようとしている所を曲げてあげてくれる?まずは右手からにしましょうか。そこが少しでも動くようになるようだったら、別の手足も始めましょう。動く保証は無いわよ?それとマリーは魔力操作の基礎練習を始めましょうか?」
「はい。フィーナ様。」
マリーの嬉しそうな顔を見るにはフィーナさんの近くに居るのが一番早いな。
子供の笑顔はヒトを幸せにする。
そこにドカチーニさんの怒声が飛び込んできた。
俺の幸せを壊すのはいつもこのヒトだ。
「ユークリットォォ!休憩時間は終わりだ!槍の訓練を始めるぞ!!」
「ユークリットさん。行って下さい。わたしもアンと二人で頑張りますから。」
おじさんはベスの「ユークリットさん」呼ばわりに意気消沈ですよ。
だが、ベスとアンに指切りをして一時の別れを告げる。
「指切りげんまん。最後まで頑張る事をちーかう。指切った!」
3人笑顔で別れた。
部屋を出ていく最後にネモと目と目が合うと自然と笑みが出た。
密かに進められた『離間の計』は成功した。
俺の企みを知らず、笑みだけを見た奴が俺と瞳を合わせてドヤ顔をしている。
嫁の自慢話を存分にしたのだろう。
奴が満足しきった顔をしていやがる。
その分、アルフィアさんの少し疲れた顔は気になるが、心の強いヒトだから多分大丈夫だ。
俺の目論見通り、嫁達が来てから先、アルフィアさんとの会話は一方通行になったようだ。
俺の新たなオアシスを奪おうとするから悪いのだ、ネモ。
俺が異世界無双する前に、お前に異世界ハーレムを作らせてたまるか!
俺も作戦成功だと、ネモにだけ見える位置で、更に顔を歪ませて笑う。
鏡があったら、きっと最高に下衆な自分の顔を見れた事だろう。
いつも私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
いつものお礼を失礼します。
この度またブックマークをいただけました。
私にとっては、どこへ向かえば良いのか分からない暗闇の中を航海する為の灯台です。
ブックマークが一つ増える度に「進路このまま突き進め」と思えます。
ブックマークをありがとうございました。
いつもと同じ挨拶にはなりますが、
毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、
余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、
タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、
全てのアクセスして下さる皆様に燃料をいただいての航海です。
日頃よりのアクセスをありがとうございます。
後書きついでと言っては何ですが、2018/10/13昼頃、第3部分を大幅に改稿しました。
文字数は倍に増え、シーリンの活躍(?)が大分増えています。
そして、書き直して気付きましたが、ちょっとした矛盾点も見つかりました。
決定的な矛盾では無く、ご都合主義パワーを使えば何とかなるので放置しましたが……
シーリンの活躍や、ちょっとした矛盾点を探しながら、
読み直してくれる方が居ると、書いた者としては無上の喜びです。
色々と足りない未熟者ですが、今後も末永くお付き合いを頂ければ幸いです。
2018/10/14 何遊亭万年




