オレの嫁達をどこへやった?
フィーナさんの診療所でネモが俺に何かを話し掛けて来ようとした時。
ドカチーニさんが現れて、厨房の奥にある執務室へとネモと二人呼ばれる。
執務室にある秘密の地下室への入口は閉じていた。
ネモの魔力実験以降はベルガーさんを見掛けないが、彼は地下にいるのか?
そんな事を考えていると、ドカチーニさんが口を開いた。
「もう新月が近いからな。今月分の家賃は来月分に入れておいてやる。ただし、来月からもここで暮らすならばだがな。」
ネモは何の事だかまだ理解が出来ていないのだろう。
キョトンとした顔だ。
最近の俺の周りは表情が変わらないヒトばかりだからな。
お前の考えを読むなど、シーリンさんの笑顔を読む事に比べれば、簡単すぎる。
俺がネモの代わりに答えてやった。
「ネモには行くところがありません。それと、フィーナさんが無給とは言え執事として雇うとの事ですから、一応ここに住むのでは無いでしょうか?」
俺の返答に対してネモがそれを否定する。
「おいおい。オレがここに住むのか?クーラーすら無いところだぞ?」
ネモに氷室の存在は教えられないな。
翌日、ネモが海に沈んでいる事になりかねん。
いやいやユークリットよ、ドカチーニさんをなめすぎだろう。
この鬼なら必死に頑張れば息継ぎが出来る位置に絶妙な調整をして海へ沈めるぞ。
ヒトは生きられる希望があれば必死になって命をつなごうとする。
本当に力尽きて死ぬ寸前まで懲らしめてから「もう二度と氷室に入ったりしないよな?」と彼は優しい声で言葉を掛けてくれるだろう。
完全に諦めがついて溺死する方が幸せだと思えるくらいの事はやりそうだ。
この世界にクーラーのように涼しい場所はあるが、俺達が使う事は許されない。
ドカチーニさんに対して失礼とも思える事を思い浮かべてからネモを説得する。
「あきらめて下さい。ここはクーラーの無い世界です。」
「相変わらず、かってぇー話し方だな!オレと2人の時のように自由に話せよ!」
「何かあると困りますから。基本敬語で話すのは社会人のマナーですよ。」
2人のやり取りを呆れながらドカチーニさんが聞いている。
「お前らが同郷人という事は分かった。時々俺の理解出来ない単語が混じるからな。で、どうする?部屋を借りるなら千文。朝晩の賄い付きなら二千文。合わせて月三千文だ。」
「1000文?2000文?3000文?何の事だ?」
「この世界の金の単位です。他にも3種類ありますが、とりあえず今は『文』だけ覚えておけば問題ないですよ。」
「今、無一文なんで、ユークリットにたかっておきますよ。その位は良いだろ?ってオレも『文』をつかっているぞ?」
おいおい『永訣の朝』はどうなった?
都合の良い所だけ、俺を頼るのかネモよ!?
首をかしげて悩んでいるネモに俺は答える。
「私は娘を2人養う身で生活が苦しいのです。あなたまで養う余裕はありませんよ。」
「娘じゃありません!姪です!」
執務室の扉を開けてベスが答える。
ベスさんベスさん。
いつからそこに居たのですか?
そこで激しく反応しなくても良いのですよ。
アンも首を縦に振らない。
どうも2人は俺の娘になる気は本気でなさそうです……
「おい。あの2人は何者だ?お前とどういった関係だ?」
「うちの娘ですが何か?」
「姪です!」
胸倉をつかむネモから血の涙がこぼれる。
こいつは役に立たない宴会芸も多かったな。
血の涙を流すのもこいつの数ある宴会芸の1つにすぎない。
俺も実際流すのを見たのはこいつが初めてだが。
医学的にはストレスが関係あるとか無いとか……まあよく分からないがネモは流す。
「異世界ハーレムは作れていないんじゃなかったのか?」
自分額を俺の額へとぐりぐり押し付けてくる。
「ハーレムじゃない。娘だ。」
「姪です!」
いつの間にか俺も敬語ではなくなっている。
ベスも姪にこだわりすぎだろう。
ここは『娘』って事にしておいてくれ。
奴への説明が面倒だろう。
「ユークリットさんとは、ここにいるアンと三人で一緒に暮らしています。」
ネモの頭突きが俺の額へと飛んできた。
俺の視界にアニメのように星が舞う。
普段は気にもならない威力のはずが、たった一発で俺がくらくらする威力になっている。
「よし『山に埋める』か『海に沈める』かを選ばせてやる?海はすぐそこだ。海で決定だ!」
俺に選ばせると言っていたが、実際はお前が勝手に決めているよな?
ネモが胸倉をつかんで海に移動しようとするが奴の筋力で俺が動くはずがない。
だが現実は違った。
奴の力が俺と拮抗している。
それどころか、俺が必死で抵抗しているのにネモに引きずられているだと?
怒りが奴をここまで強くするのか?
仕方ない、人質(?)を使うとするか。
「『ブラック』と『ホワイト』を預かっています。それだけで理解できますよね?」
しばらく静寂の時間が流れた。
「なん……だと?オレの嫁達が一緒に来ていると言うのか?」
「来ています。あなたと一緒に保護しました。」
「オレの嫁達をどこへやった?案内しろ。お前の身の安全は嫁達と交換だ。」
俺はドカチーニさんと一旦別れて、ネモを連れて自室に移動する。
奴が俺の胸倉を離さないから、『連れられて』と言っても良いかも知れない。
「廊下の一番奥の右側が自室ですよ。2人(?)はそこに居ます。」
「それが嘘ならば、お前の扱いは更に酷い事になるぞ?」
「嘘など付きませんよ。ベス、アン。2人は付いて来なくても大丈夫ですよ?」
そう言ってもベスとアンは俺達の後についてくる。
2人共、相変わらず機嫌が悪いようだが、俺の事を心配してくれているのか?
歩くスピードも最初に会った時と比べれば大分速くなった。
フィーナさんの回復魔法を受けてから2人の回復具合が確実に速くなった。
俺の自室に『ブラック』と『ホワイト』を見つけると、ネモは俺の胸倉を離して2人(?)に向かって突進、2人(?)を同時に抱きしめた。
「お前達!!やはりオレと離れたくなかったんだな!こいつらはロック機構を解除すると関節を自由に動かしてポーズを変えられるスペシャル仕様なんだぜ!かなり本物の人間に近い内骨格で作られているぞ。それに合わせて衣装もゴムを基本とした特殊素材でかなり柔軟に動く仕様だ!勿論、衣装もキャストオフも出来る!肌はシリコン製で質感も人肌に限りなく近づけていてバッチリだぞ!他にもオレを満足させる機能が満載されたオレの完璧な嫁達だ!!」
人形達とキスをしまくるネモ。
口まで稼働する上に、口の中まで精巧に作られていやがる。
子供の教育には良くないので、ベスとアンを連れて部屋から出た。
建付けの悪い扉をなるべく隙間が無いようにきっちり閉める。
とりあえず、ネモはしばらく放って置いても大丈夫だろう。
廊下でネモの狂乱の治まりを待つことにすると、ようやくベスが俺とまともに話をしてくれる気になったようだ。
「あの人形は何ですか?ずっと私達の部屋に置いておくのですか?」
やはり敬語だ。おじさん少し落ち込んでしまいますよ。
「いや。ネモと一緒に出て行ってもらう予定だ。だが本当に素晴らしい出来の人形だな。そうは思わないか?」
ベスとアンがとても嫌そうな顔をしています。
最近表情が少しだけ豊かになりました。
少しは肉が付いてきたのでしょうか?
痩せすぎなのは変わらない骸骨ですけどね。
最近は急速にヒトへと近づいて来ています。
「あの人形と一緒でしたら私達はシーリンさんの部屋でしばらく寝泊まりしますね。」
「待った!毛布も買ったし、また3人で一緒に暮らそう。」
「とっにっかっくっ!あんな人形を素晴らしいと言うようなヒトと一緒にはいられません!」
アンも首を縦にブンブン振っている。
いつもよりも激しい動きでベスに同調した。
「いや。造形が素晴らしいと言うだけで……」
「アルフィアさんと言い、あの黒い服の人形と言い、元気一杯な感じのヒトが好みなの……」
俺の言い訳も聞かずに、ベスが何かをつぶやいている。
アンもベスの手に字を書いて何かを伝えている。
ここで『お前達だって後ろ姿は完全に西洋人形だ』と言ったら怒りに火を注ぎそうだな。
最近、髪の毛が輝いて見えて、その趣味のヒトにさらわれないか不安になってきている。
ベスの言った「未成年者に手を出したら死刑」と言う言葉を今は信じよう。
しかし、日に日に元気になっていく二人を見るのはとても嬉しい。
一日に何度同じ事を考えているか分からないが、2人を見る度に思ってしまう。
俺が2人の後ろ姿を見て幸せに浸っていたが、振り向いた2人の表情は硬くなっていた。
ベスがアンの手に書いた字を読み取ってアンの代わりに質問をしてくる。
「フィアンセってどういう事ですか?神の前で誓った相手が居るのですか?」
「いや、待て!フィアンセどころか恋人自体が居ないぞ。完全にネモの勘違いだ。」
「神に誓って言えますか?」
「神に誓うもなにも、本当にネモの勘違いだ。」
「そうですか。それでは今回は信じます。嘘だった時の覚悟はよろしいですね?」
ベスの赤い瞳は炎をまとったままだし、アンの青い瞳は氷のように冷たいままだ。
おじさん濡れ衣で責められて泣きそうです。
シーリンさんへと夜に2人を預けたのがまずかったのでしょうか?
夜な夜な『ユークリットの躾方』等と言う講座が開かれていない事を祈ります。
この事は後でネモをきっちりと絞めて、奴に真実を話させて、すっきりさせましょう。
ベスとアンの機嫌が元に戻る様子は無い。
「一応の決着はついたようだな?」
怖ろしい声と共に俺の幸せを潰す手が頭も一緒に潰す勢いで握りしめてくる。
今はあまり『幸せ』な状況とは言え無いが……
「シーリンから報告は受けている。どうやら俺が見ていないとお前は駄目なようだ。俺もお前と一緒で朝に少しは寝たからな。このまま明日の朝までお前に付き合ってやるぞ。」
俺は頭をつかまれて裏庭に向かって廊下を引きずられていく。
別れ際はいつも可愛く手を振ってくれる2人が『ぷいっ』と横を向いている。
ドカチーニさんに抵抗はしない。
抵抗した方が面倒事が増える。
それ以上に抵抗する気力が湧かない。
魔人と契約した6日間。
これからが本当の地獄の始まりになるのだと引き摺られながら思った。




