番外編25:茶汲み娘の一日
これは番外編7:ユークリットの銭湯(2階目)に出てきた茶汲み娘の話。
名前も付いていないのに無駄に設定はしてある銭湯の一日。
名前も無いぽっちゃり系ヒロインの一日。
おはようございます。
銭湯の二階の遊び場で茶汲み女をやっている通称『茶汲み娘』です。
今日はわたしの一日を紹介するとの事ですが何も取り柄が無い普通の茶汲み女ですよ?
とりあえず、家族の紹介から始めますね。
まず、おばあちゃん。
『番台ばあさん』とよばれてます。
元『湯女』だと聞いていますが、湯女の意味を聞いても誰も答えてくれません。
家族に聞いても「おまえは知る必要が無い」の一点張りです。
おばあちゃんに聞けば「元じゃないよ。現役さ。歯が無くなったから他では味わえないご奉仕をする自信があるよ」と笑って言いますが、ご奉仕の内容は教えてくれません。
常連さんに聞けば「そんな事になるくらいならこの銭湯をぶち壊す」と息巻きます。
新規の若いお客様に聞いてお客様が答えてくれそうになると常連さんにお客様が遊び場から連れ出されていきます。
うちの遊び場に若いお客様が居ないのはもしかしたらわたしのせい?
次におかあさん。
わたしと同じ遊び場で働く『茶汲み女』ですね。
普通銭湯の遊び場の『茶汲み女』は一人みたいです。
わたしは一応見習いと言う事になっています。
口の悪い常連さんはおかあさんとわたしを区別するために『茶汲み樽』なんて呼ぶヒトもいますが、そんな言葉すら豪快に笑い飛ばす心の強いヒトです。
わたしが『茶汲み樽』なんて言われたら傷心して一日寝込みそうです。
これ以上は太らないようにしないと!
次はおとうさん。
いつも銭湯の裏にある『釜場』でお湯の温度を調節しています。
おとうさんは、お湯の温度調節の名人で湯船がいつも同じ温度とお客様に喜ばれています。
次がおにいちゃん。
おにいちゃんは冒険者。
主な獲物は異原にある木材です。
釜場で使う木材を調達に行っています。
いつも一人行動で大八車を引いているので魔物に襲われないかと心配しています。
おにいちゃんが自分で木材を取ってきてくれるおかげでうちは大きな湯船で柘榴口も付けずにやっていけます。
柘榴口とは何かですか?
他の銭湯では湯気が逃げないように洗い場と浴室の間には板が貼ってあります。
洗い場から浴室に入るのに腰くらいまでしか高さの無い入口が柘榴口です。
湯舟も小さくて腰の辺りまでしか浸かれないそうですよ。
おにいちゃんは「うちの銭湯が肩まで浸かれる大きな湯船を使っていられるのはおれのおかげだ」と自慢しますが、わたしは毎日心配しているのですよ!
満月の夜なんて、心配で眠れないくらいです。
最後がわたしの五人家族。
通称『茶汲み娘』。
普段は二階で『茶汲み女』をしていますが、家事も基本はわたしの仕事です。
あくまでも見習いなので。
そうそう。
あと一人、従業員で別の場所に住んでいるけど『三助さん』が洗い場で働いています。
このヒトは自分の稼ぎを一割銭湯に入れてくれるんだけど、時々銭束で入れてくれるの。
おばあちゃんは「銭束以上は要らないよ」と言って、それ以上を三助さんから受け取らないの。
彼は一日幾ら稼いでいるんだろう?
これも誰に聞いても教えてくれない銭湯の不思議の一つね。
いけない。
段々敬語じゃなくなってきたわね。
最初は緊張していたから敬語を使えていたけど疲れてきちゃった。
普段のしゃべり方ははこんな感じよ。
常連さんのおじいちゃん達にも「敬語はかたっ苦しくていけねぇ。普通にしゃべりねぇ」と言われているし、このしゃべり方で良いかしら?
どうしても敬語って気を張っちゃうの。
怖いお客様を相手にした時とかね。
家族紹介も終わったし、いよいよわたしの一日ね。
本当に面白い事なんて無いわよ?
一番の早起きはおとうさんとおにいちゃん。
仕事を始める前に来る『朝一番のお客様』の為に、まだ暗いうちからお湯を沸かすの。
おとうさんは釜場でお湯を焚いて、おにいちゃんは洗い場を綺麗に洗うの。
三助部屋や湯女部屋と言われている個室は三助さんが管理しているのよ。
彼も朝早くから来て、部屋の掃除をしているの。
次に起きるのがわたしね。
まずは朝食とおにいちゃんのお弁当を作るわ。
それが終わったら、お洗濯。
てぬぐいを洗うのが大変なの。
救いは井戸が自分の家の敷地の中にある事ね。
家が銭湯で良かったわ。
あれ?
てぬぐいをこんなに洗うのも銭湯のせいだから??
あれ?
どっちが得なの?
駄目ね。
わたしは莫迦だからこれ以上考えない。
考えない。
わたしが洗濯物をしているうちに家族のみんなが起きてきて自分の仕事に取り掛かるの。
朝食は各自で取るわ。
基本手でつまんで食べられる物よ。
朝日が昇ると銭湯の営業開始ね。
おにいちゃんは異原に木材を取りに大八車を引いて出発するの。
おにいちゃんが今日も無事に帰ってきますように。
朝一番の銭湯にはどこかの斡旋屋で仕事を請けたヒト達が自分のやる仕事の始まるまでの間に入りにくるわ。
湾岸施設は大体どこも仕事が始まるのが、朝日が昇ってから一刻半(約3時間)あとなの。
日の出と共に営業するのは斡旋屋と食堂と銭湯くらいね。
朝一番のお客様は一刻半の間に入りに来るの。
中には朝に来て、夕方にも来るヒトも居るわ。
この時間、わたしはまだせっせとてぬぐいを洗っているのよ。
本当に毎日てぬぐい洗うの多すぎるよね?
てぬぐいを洗い終えるとお昼の支度ね。
支度が終わるとおばあちゃんと交代してわたしが番台に立つの。
番台に立っても平気なのは、この時間に来るお客様が女性ばかりだからよ。
湾岸施設の男のヒト達はまだ仕事の真っ最中。
時々男のヒトが現れるけど周りに「昼は女性ばかりだ」と言いふらしたりしないの。
なぜかと聞くと口を揃えて「こんな楽園を他に教えるのは勿体ないだろう?」と言うのよ。
本当に男のヒトが考える事は分からないわ。
おかげで安心して女性が銭湯に入れるのだから良い事ね。
あれ?
子供もこの時間に来るのだから男のヒトもみんな知っている気がするわ??
どうしてみんな来ないのかしら?
駄目ね。
わたしは莫迦だからこれ以上考えない。
考えない。
おばあちゃんがお昼を食べると今度はおかあさんと茶汲み女を交代。
おかあさんはおとうさんと一緒に釜場でお昼よ。
いつまでも【ラブラブ】で困るわ。
【ラブラブ】って神様の言葉と言われているけどわたしの大好きな言葉よ。
わたしにも早く【ラブラブ】なヒトが現れて欲しいわ。
この時間だけ一人で『茶汲み女』をやるの。
だけど一人だとまだまだだなと思うわ。
常連さんばかりで助かっているけど、もの凄い量の注文に、全員へとお茶やお団子を出すのに時間が掛かるの。
おかあさんは凄いわ。
日が傾くまで、いつも一人でこの注文をさばいているのよ。
あれ?
遊び場の売り上げの半分近くがこの時間よね??
みなさん、お昼ご飯代わりにお茶やお団子を注文してくれているのかな?
それともわたし目当て?
なんてね。
わたしは莫迦だからこれ以上考えない。
考えない。
おかあさんが遊び場に帰ってくると、わたしもお昼にするの。
おにいちゃんもお弁当食べてくれたかな?
家のお掃除をして、洗濯物を取り込んでたたんだら、日が傾き始めて、男のヒトが銭湯に入りに来るまでの時間が少しだけわたしの自由な時間。
ちょっとずつ毛糸の襟巻を編んでいるの。
いつか現れる【ラブラブ】なヒトにあげる為よ。
まだヒトにあげらえれるほど上手に出来ないんだけどね。
日が傾いてくるとおにいちゃんが木材を載せた大八車を引いて家に帰ってくるわ。
おにいちゃんは、そのまま薪造り。
わたしは『茶汲み娘』を始めるの。
この時はおかあさんも一緒だから、常連のお爺さん達とも沢山お話が出来るわ。
わたしよりずっと長く人生を生きているから色々な事が聞けて楽しいのよ。
時々嫌な客が来ても、お爺さん達がやっつけてくれるの。
自分が死ぬまで暮らしていける銭を稼いだ、格好良いヒト達ばかりよ。
遊び場は一応、日没で終了。
日が落ちて、暗くなるまでに遊び場で出た洗い物を済ませちゃうの。
銭湯は日没までに暖簾をくぐったヒトが出て行くと終了よ。
日没近くに来たヒトは汗を流す程度で帰るから、洗い物を済ませるといつも閉店してるわ。
その後、釜場の種火を残して火を落とすと家族全員で残り湯に入って、夕飯を食べるわ。
夕飯の時だけは三助さんも一緒よ。
お風呂も一緒に入れば良いのに「あっしのような者が湯舟に入る訳にはいかねぇっす。掛け湯だけはありがたくいただきやす」と言って絶対に湯舟には入らないの。
何か願を掛けているのかしら?
彼は朝から晩まで働きっぱなし、朝ご飯は家で食べてきているそうだけど、お昼は食べずに日没の閉店まで働くのよ。
本当に凄いわ。
最後に湯船のお湯を抜きながらみんなで綺麗にするの。
明日も沢山お客様が来ますようにって思いながらね。
後は朝も早いし、夜の灯り代も勿体無いから寝るだけ。
ねっ?
つまらない一日だったでしょ?
きっと、おにいちゃんの一日の方がずっと面白いわよ。
だって冒険者だもの!
だけどおにいちゃんに怪我をするような冒険はして欲しくないわね?
あれ?
何も起きない方が良いのかな?
そうすると、わたしと同じ??
駄目ね。
わたしは莫迦だからこれ以上考えない。
考えない。




