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 番外編23:午後の余暇(精霊の話編)

 今回の話は近い未来。

 必ずこの世界線で現れる話。

 本編で必ず訪れるユークリットの話。



「雨、降らないなぁ」


 港で運ぶ荷物が早々になくなり午後は暇になった。

 そんな俺は斡旋屋の裏庭で槍の稽古を自主的に行っていた。


「ヒトが洗濯物を取り込んでいる時に、なんて事を言うのですか?」


 おっと、これはシーリンさんがちょっと機嫌が悪い笑顔だ。

 ヒトは俺の事を『シーリン笑顔マイスター』と呼ぶ。

 それとも『シーリン笑顔ソムリエ』どっちが良いかな?

 俺的にはやはり『シーリン笑顔マイスター』だな。

 実際に呼ぶヒトは1人も居ないけど。

 

「いえ。洗濯物を濡らせたい訳では無くて、ここに来て一ヶ月くらい経ちますが、雨を見た事無いなと思いまして」

「それだけ精霊が機嫌良いのでしょう。良い事ではありませんか?」

「雨が降らないと困る事もありますよね?」


 少しシーリンさんの笑顔に『?マーク』が付いたぞ。

 なぜ他のヒトはこの変化が分からないんだ?

 おっ今度は『!マーク』が付いた。


「そうでした。すっかり忘れていましたが常識記憶喪失でしたね」

「なんかすっきりした一言になりましたがその通りです。常識記憶喪失です」

「必要な場所には雨は降りますよ。ここには降る必要が無いから降らないだけです」

「そんな事が可能なのですか? 魔法か何かですか?」

「魔法でも天候を操るヒトはいるとの噂ですが、多くは精霊の影響と言われていますね」

「精霊ですか? 確か金色の月の天使の眷属でしたっけ?」

「そうですね」



 俺は休憩を兼ねて槍の稽古を中断して、洗濯物の取り込みを手伝い始める。



「わたしには見えませんが、街にも多くの精霊が居るそうですよ。街に住むヒトの多くが雨を望んでいないので雨が降らないといわれていますね」

「では多くのヒトが望めば雨が降るのですか?」

「今度クノー神殿のある山の西側に行くと良いですよ。あちらは穀倉地帯になっています。毎日とはいいませんが必要に応じて雨が降りますから」

「クノー山の西側だと結構遠いですね」

「一日あれば十分行き来出来ますよ。近場では皇室の別邸ですね。あまりに暑い日には別邸の周りに霧雨が降ります。きっと暑さ避けですね。これは皇室が精霊に頼んでいるのかも知れません」

「そんな事も出来るのですか?」

「魔法か精霊次第ですね。そういう事が目に出来ると言うだけです。実際何が行われているかは、わたしも知りませんよ」



 洗濯物を持って、建物に入るとドカチーニさんの執務室へと向かった。

 最近食堂にはフィーナさんの診療を受けに来る……よりも自傷してまでマリーの手当てを受けに来た港湾施設の筋肉共で溢れている。

 今日は荷物の運搬が早々に終わっているので、荷揚げ屋連中が来ているのだろう。

 銭湯と同じで必要以上に筋肉だらけだ。


 下手にシーリンさんが顔を出すと、飲み食いの注文を出すヒトが現れるので、この時間は執務室に居る事にしたらしい。

 ドカチーニさんだけ食堂に残って監視役をしている。

 『あの親父もたまには働け!』

 決して本人に向かって言う事は出来ませんが。


 執務室にある地下への階段が開いている。

 今日もベルガーさんは唯一の趣味である巨大戦闘人形をいじっているのだろう。

 洗濯物をたたみながら続きを聞く。


「自然に雨が降ったりはしないのですか。嵐になるとか?」

「精霊同士が喧嘩になると嵐になると言われていますね。風と水の精霊の喧嘩です」

「ほほう。面白いですね」

「記憶が無いからそんな事を言えるのですよ。こちらはえらい迷惑ですよ?」


 俺は災害大国日本から来ましたから、滅多な事では動じませんよ。

 口には出しませんが。


「少しだけ嵐ってわくわくしたりしませんか?」

「止めて下さい。精霊がそれを聞いて本当に嵐になったらどうするのですか?」

「大丈夫です。私が本気で『暑くて死ぬ』と思っても精霊は何もしてくれませんでした」

「それでも! 精霊はきまぐれなんですから気を付けて下さいね?」


 シーリンさんは笑顔のまま怒って説教するから余計怖いんだよな。

 本人も自覚してやっていそうだしな。

 洗濯物をたたみ終わったシーリンさんが席を立つ。


「何か飲み物を用意しますね。待っていて下さい」

「それでは私はベスとアンを誘ってきます」

「それは止めて下さい。あの子達には悪いですが、今の廊下を二人が通るのは、危険です」


 マリーの治療を待つ筋肉共を思い浮かべる。

 うん。

 やめよう。

 2人にはここでお茶にする事は内緒の方が良い。

 ベスとアンは姪と言い張るが、うちの娘に悪い虫が付くのは嫌だ。


「では、ベルガーさんを誘いに下へ行きますね」

「はい。お願いします」



 机の下にある隠し階段を降りて行くと秘密の地下室だ。

 ここを知るのは斡旋屋に住むヒト達と湾岸施設の子供達だけ。

 普段2階を倉庫にしている冒険者達すら知らないらしい。

 彼らが帰ってくるのは銀色の月が満月になる日くらいだそうだ。

 入居者以外は全部冒険者任せで、俺も二階に上がった事は無い。


 ここの存在も最初は俺に教えてくれる事は無かった。

 金色の月の満月の夜に仕方なく教えてくれた感じだ。


 それにしても地下空間だと言うのに明かりが必要ない明るさなのが不思議だが、現代日本の常識は通用しない事が多いので『そういうものだ』と思う事にする。



 ベルガーさんが大きな手で小さな部品を器用にカチャカチャといじっている。


「ベルガーさん上でお茶にしませんか?」

「おう。少し待て」

「今、シーリンさんがお湯を沸かしています。少しくらい大丈夫ですよ」

「そうだ。お前は運転席に乗れるか?」

「私が乗っても良いのですか?」

「試してくれ」


 異世界に来て良かった。

 まだ動かないとは言え、巨大では無いけどロボットのコクピットに乗れるのだ。

 感動しながらコクピットへと向かう。

 ぎりぎり体が収まった。

 かなり窮屈だ。


 コクピットシートはバケットシートになっていてすっぽり体を包んでくれる。

 シートベルトも4点式のようだ。

 簡単にコクピットを説明すると大人が乗れる巨大なチャイルドシートだな。


 モニターもある。

 前面、左右側面、上面、合わせて4枚。

 足元にはフットペダルが3個。

 マニュアル車みたいだ。

 まさか伝説のアニメ『ザ・ヴングル』方式でハンドルなのか?

 残念な事に手で使うコントローラーはまだ付いていなかった。

 コクピットもまだ未完成品なのだ。



 入るよりも倍以上苦労して外に出る。

 本気でこれに乗り戦闘するならば、まさに棺桶だな。

 緊急脱出が出来そうに無い。


「ありがとうございました。夢だったんですよ。巨大戦闘人形に乗るのは」

「そうか」

「運転席もまだ未完成なのですね」

「そうだ。乗れるようだな。良かった」

「ぎりぎりできつきつですよ?」

「それで良い」



 シーリンさんがお茶を持って下まで降りてきてくれた。

 どうやら、ここでお茶をする事にしたらしい。

 地下なのに快適なんだよな。

 ここ、涼しいし。


「どうですか? 順調ですか?」

「いつも通り」

「そうですか。まだまだ時間が掛かりそうですね」

「それで良い」

「全く動かないのですか?」

「そうだ」


 シーリンさんがお茶を3人に配りながら説明をしてくれる。


「動力には自動機械人形を使うのですよ。人気があって凄く高価です」

「やはり魔力で動くのですか?」

「そこは専門家では無いので分かりませんが、ヒトの魔力では動きません。どうやら赤色の月が大きく関係していて、巨大戦闘人形が戦闘出来るのは赤色の月の満月の夜だけというくらい普段は全くの役立たずな品物ですね」

「自動機械人形はなぜ高価なのですか?」

「数が少ないのと、迷宮では非常に役に立つからですね」

「どのように役に立つのですか?」


 おっとシーリンさんの笑顔が『むっ』としたぞ。

 この質問はここまでだな。


「その説明は長くなりますし、冒険者になる気は無いのでしょう? あなたが迷宮に行きたがっているとベスとアンにいいつけますよ?」

「それだけは勘弁してください」


 異世界に来てから【土下座】はもう俺のスタイルだな。

 なんの抵抗も無く出来るようになってしまった。

 顔を上げれば、シーリンさんも『呆れた』という笑顔をしているだろう。

 ベルガーさんからはその様子が面白いのか失笑が聞こえてくる。




 その後は午後の余暇を3人でお茶を飲みながら楽しんだ。

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