番外編22:ドカチーニの斡旋屋内フィーナ診療所(後編)
俺の昼寝の時間は奪われた。
斡旋屋の食堂は昼飯時を過ぎても静かになる事は無くなった。
ベルガーとシーリンを休ませるために食堂自体は完全休止だ。
井戸の水だけは「ご自由にお飲みください」ってところだ。
診療室からフィーナの怒声が聞こえてくる。
「あなたの怪我に回復魔法は必要ないの! マリー。軟膏を塗って化膿だけは防いで! 次!!」
「おれの指くっつくかな?」
「何? 仕事で落としたの? 落としたのはいつ? 指がある感覚は残っている?」
「落としたのは今日。荷物の間に挟んじまって。くっつくかな先生?」
「良い? ここが大事よ。指がある感覚は残っているの?」
「残っているよ! だけど指が無ければ動かないよ。自分でくっつけても落ちちゃうんだ!」
「指は大分潰れているけど可能性はあるわね。良いわ。ちょっと自分でくっつけてなさい」
「ついた! おれの指がついた! ありがとう先生!!」
「お礼は良いわ。それよりも大分指が潰れていたわ。動くようになるまでが大変よ」
「頑張るよ。指が無いと仕事にならないからさ!」
「そう。それなら安心ね。必ず動くようになるから常に指を動かす努力をしなさい」
「ありがとう先生。おれ頑張るよ」
「ええ。後はあなた次第よ。頑張りなさい。次!」
「あなたもなの? マリー。このヒトも頼むわね。次!」
「毎日、毎日。その位置なら自分でも軟膏が塗れるでしょう? マリー。後の事は頼むわね」
診療室からフィーナが顔を出し大声を上げる。
「あなたたち。マリーに逢いに来たヒトはそのままマリーの所に並びなさい!」
湾岸施設で働いているであろう男達のほとんどがマリーへと列を作った。
全く、軟膏の代金も無料じゃないんだぞ。
フィーナも俺が銭を出しているから自由に使いやがる。
まぁ俺が死ぬまでに使い切れないくらいは蓄えがある。
こいつらの軟膏の代金くらいは問題無いがな。
次の若い男は冒険者だな。
息をするのも苦しそうだが動けてはいる。
俺の見立てだと、敵の重い一撃を正面から受けて鎧は無事だが、自分は肋骨骨折ってところか?
「先生。肋骨が折れちまった。治してくれ」
「あなたは冒険者ね? 冒険者からは金銀で治療代を取るわよ? それでも良いかしら?」
「なんでだよ? こんな屑達よりも俺の方が何百倍も稼いでるんだぞ!!」
「だから金銀を取るのでしょ? 稼いでいるなら教会に行きなさい屑!!次!」
「このばばあ。下手に出たら調子に乗りやがって!!」
俺が行くまでも無いか。
フィーナはああ見えて近接格闘の鬼だからな。
暴れる患者を何千人、何万人と抑えて来たんだ。
若いひよっこ冒険者では手も足も出まい。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「そこのマリー親衛隊。帰るついでに、この屑を外の屑籠に捨ててきて。はい次!!」
完全に失神した若手冒険者改め屑が湾岸施設の男二人に運ばれて外に出て行く。
安楽椅子からその様子を見ていると俺の目に苦しみながら順番を待つ子供を見た。
「フィーナ。急患だ! 急いで食堂へ来てくれ」
フィーナが来るまでに俺がやれる事をやろう。
「嬢ちゃん、どこのメイドだ? 服を脱がすぞ? ちょっとお腹を見せてみろ」
服を脱がすと体は痩せ細り、お腹は紫色に変色していた。
何度も何度も殴られたり蹴られたりした、ひどい打撲の跡だ。
「この怪我はどうした? 嬢ちゃん」
「転んだの」
転んでこの怪我にはならない。
大方、お貴族様の暴行を受けたのだろう。
俺の見立てでは内臓が破れている可能性も考えられる。
フィーナが到着して、この娘を診るや、俺に指示を飛ばした。
「ドカチーニ。残りの魔力では治しきれない可能性があるわ。港の子供を呼んできて。今すぐよ!」
「ああ。すぐに呼んでくる。この時間だ。どれだけ居るかは分からんぞ?」
「その時にはシーリンちゃんに魔力をもらうわ」
「そうならない事を祈るだけだな。シーリンが居ないと、いざと言う時に困る」
「分かっているわ。ドカチーニ。急いで。一刻を争うんだから」
湾岸施設の倉庫と波止場を繋ぐ通路で子供達に声を掛けて回る。
今日は時間も遅めだった為、連れてこれたのは六人。
子供達も今日は幸運だとばかりに喜んでついてくる。
フィーナから、いつものように命の危険を説明される子供達。
今のところ死者は出ていないが「いつ出てもおかしくは無いのよ」とフィーナは言う。
魔力を奪われぐったりとした子供に予備の毛布を土間に敷いて寝かせる。
俺はユークリットほど甘く無いので子供達に渡すのは銭束だけだ。
「どうやら峠は越えたようね。危なかったわ。内臓が破れていたわね」
「とりあえず、こっちへ寝かしておくぞ」
「お願いするわ。片腕で器用なものね」
「この体でシーリンを育て上げたんだ。慣れたものさ」
今はこの片腕の体がフィーナを護っている。
たとえ親しい人でも『必要が無ければ回復魔法を掛けない』というフィーナの心意気を俺の片腕の体が周りへの証明となっているのだ。
まあ本当は禁則魔法で治療を禁じられているからなのだが。
「みんなごめんね。今日のあたしの治療はお終い。魔力が尽きたの。マリーに軟膏を塗って欲しいヒトだけ残りなさい。明日は優先的に見るから受付の羊皮紙に名前を書いていってね」
俺は字を書けないヒトの代筆をする為に受付へと入る。
帰った人数から見ればマリーに会いに来ている野郎共ばかりだった。
もてもてだな。
マリー。
どうも人気の理由は『つんつんしながらもしっかりと治療してくれる』ところらしい。
ヒトの気持ちは良く分らん。
それはおいとくとして、このメイド少女が気になるな。
このまま帰しても、再び今回のような怪我を負うだけだろう。
「フィーナ……」
「それ以上は言わないで。あたしにはどうにも出来ないわ。貴族の争いにあなた達を巻き込む訳にはいかないのよ。喜々として腐った貴族が金を寄越せとここに乗り込んでくるわ」
「そうなるか?」
「そうなるわ」
「そうか」
「そうよ」
メイド服を再び少女に着せた後、自然に目覚めるのを待った。
港の子供達も少女が目覚めるのを待っているようだ。
仕方ない、俺が何か賄いでも作るか。
串に刺して焼き野菜くらいしか出来ないがな。
種火は残っている。
火を熾すのは簡単だ。
俺とフィーナ、子供達七人分の焼き野菜を焼いた。
子供達と焼き野菜を食べているとメイド少女が起きる。
俺は少し冷めたが焼き野菜を彼女に渡した。
フィーナが状態を確認すると俺が聞いてもきつい事を少女に尋ねる。
「ここで死んで新しい人生を歩む? 元の場所に戻って本当に死ぬ?」
フィーナの瞳は本気だ。
本気でここで今までの彼女の人生を終わらせようとしている。
「ここで死ぬってどういう事ですか?」
「このままあなたを元の貴族に帰しても、殺されちゃいそうだから、あたしが殺すのよ」
「新しい人生って何ですか?」
「これまでのメイドとしてのあなたを殺すの。一般市民として生きてみない?」
「フィーナ様。私のようにフィーナ様のメイドには出来ないのですか?」
「マリー。それは無理よ。出来ないから言わないのよ」
「おれらのところに来いよ」
子供達がメイド少女を誘う。
「おれらよりもがりがりだったじゃん。おれらもその日暮らしだけどさ。少なくても意味も無く殴ってくる大人はいねえよ?」
「そうだよ。一緒に来なよ。ただし、自分の食い扶持は自分で稼ぐんだよ?」
「どうやって稼ぐの? みんな子供よね?」
「自分の魔力を売るのさ! いつもは三十文だけど……ん? 結局は二十四文? まあ細かい事は無しにして、時々はこうやって銭束も入るし、何て言っても自由だぜ!」
「あらあら。ちなみにあなたは銭束をもらう仕事は出来ないわよ。最低でも一年は魔力供給魔法を鍛えてからでないと命に関わるからね」
メイド少女はしばらく考える。
静かに見守る子供達。
やがてメイド少女は結論を出した。
「ここで死にます。お世話になります。よろしくお願いいたします」
「「「「「「やったー! 新しい仲間だ!」」」」」」
「メイド服は俺が買い取ろう。治療費と貫頭衣代を引いたお前の銭だ」
子供用のメイド服は需要が無い分だけ値段が高い。
子供達へ払った銭束と貫頭衣代を差し引いて銭束を三十本を渡した。
「こんなに大金を持っていたら怖いです」
「ならば俺が預かって置く。必要な時はいつでも取りに来い。今日は一本だけ持っていけ」
「何から何までありがとうございます」
「まずはその『かっったい口調』を直さないとな!」
「どこかの金髪双子を思い出すよな!」
「とにかく行こうぜ。日が暮れて夜になると大人は怖いんだぜ。夜に子供が出歩いちゃ駄目なんだ。それにここの残飯箱は最高なんだぜ!」
「おまえら。あさるのは良いけど必ず蓋はしていけよ。」
「「「「「「はーい」」」」」」
「全く、返事だけは一人前だな」
「ありがとう。ドカチーニ」
隣でフィーナが笑っている。
フィーナが考えた別の人生もきっと同じだったのだろう。
後は、あの少女が力強く生き残るのを願うばかりだ。
魔力を使い切ったのか、フィーナが俺の外套をつまむと頭を体に預けてきた。
俺はそれを優しく受け止める。
幸せそうなフィーナとそんな顔を見せたら親衛隊が居なくなるぞと思うマリー。
そんな二人に囲まれて、俺は魔族を倒すよりも、対処に困るのであった。




