番外編21:ドカチーニの斡旋屋内フィーナ診療所(前編)
今回の話は近い未来か遠い未来か。
いつか必ずここの世界線で現れる未来の話。
本編でやるかも知れなかった斡旋屋の変化。
ドカチーニの斡旋屋の中にはフィーナがやっている診療所がある。
金色の月が満月になった時から一週間も経つと、噂が広まったのか診療所には貧乏人の、怪我人や病人が訪れるようになった。
館長である俺が一番頭を悩ませている事がある。
「「ここなら半殺しにしてもフィーナ先生が助けてくれるからな!!」」
と客同士で喧嘩をする割合が増えた事だ。
俺の店が湾岸施設名物の【喧嘩の名所】になりやがった。
わざわざここに飲みに来て一杯やってから喧嘩をするという、訳が分からない連中も居る。
客が増えたから一応良しとしておく。
この斡旋屋で武器を抜くのは御法度。
法では無いが俺が許さない。
漢なら喧嘩は拳で語るべきだ。
話を戻すとフィーナの診療所が営業をするとヒトが食堂にあふれる。
朝一番の斡旋業と朝食の時間、昼飯時、夕飯時は本業の邪魔になるので緊急性のある患者以外はご遠慮いただいていたら、診療所の営業時間は昼食後から夕食前までとなった。
こちらが指定をした訳では無いが、いつの間にかそういう事になっていた。
営業時間が決まるとフィーナは午前中基本的に時間が空く。
俺が物資補給に河岸の市へ行くのに同伴するようになった。
それを許さず「フィーナ様が行くのなら私もついて行きます!」と言い張るマリー。
フィーナは「あなたには入院患者を診ていてもらわないと。後急患が来た時には応急処置をお願いね」といってマリーをいいくるめる。
マリーはしぶしぶと了承した。
彼女の俺を見る瞳は憎悪に満ち満ちていたがな。
河岸の市に行くにあたり、俺は庶民が着る普通の貫頭衣なのだが、フィーナは黒のドレスを着ている。
そのドレスの上に「太陽の光避けよ」と言って、赤い十字の入った純白の外套を羽織る。
神殿は認めていないが「回復魔法が使えるから怪我人、病人が居るなら来なさい」と暗黙で言っている品だ。
一般庶民の外套に貴婦人が右手を添えて歩くのだ。
とにかく目立つ。
俺が持っている手提げの革袋には傷に塗る軟膏や包帯が満載だ。
果たして「太陽の光避け」との言葉はどこまで本気なのかはフィーナにしか分からない。
俺が店の主人と物資補給の商談をしている間に、フィーナの周りは簡易診療所と化す。
治療中のフィーナは俺以上に情け容赦がない。
と言うより、患者に対して真実しか言わない。
「化膿もしてないし、こんな傷は、軟膏を塗っておけば大丈夫よ。明日また来なさい」
と言って怪我より染みる軟膏を塗る。
俺も良く使うが、この軟膏は痛みが増すが化膿しにくくなって重宝している。
ひどく化膿して骨まで見えるほど腐った足の奴に対しても情けは無い。
男の顔にはすでに死相が出ている。
正直このまま放置していたら遅かれ早かれ死んでしまうだろう。
「見た目を治す事は可能よ。だけど元のように動かすには努力がかなり必要よ。今まで生活が出来ていたのなら切断を推奨するわ」
「この酷い臭いを周囲にばらまくのが嫌なんだ。他の治療師もみんな口を揃えて切断しろって言うんだよ。先生だけが頼りなんだ」
「そう。あたしの診断も他の治療師と同じよ。切断を推奨するわ。あなたは今でも腐った血が体をめぐって熱が高いじゃないの。一刻も早く切断しないと命に関わるわ」
「そこを先生の回復魔法でちゃっちゃと治してくれよ」
「そう。あたしが最善と考える回復魔法で良いかしら?」
「やった。ただで回復魔法を掛けてくれるなら何でも良いさ」
フィーナは「ここは触ったの分かる? ここはどう?」と腐った男の足を触りながら問診すると、自分の持つ小刀ですぱっと男の足に傷をつける。
『はっ?』と言った顔になる男に対して、フィーナが俺の顔を見てうなずく。
フィーナは頑固者だ。
全く変わらん。
二十五年前と治療方針が全く変わらねえなぁ。
俺は護身用に持ってきていた片刃の小剣ですっぱりと男の足を骨ごと斬ってやった。
フィーナはその傷に対して回復魔法で傷を塞ぎ、体の毒素を抜く魔法で男を救った。
すっかり顔色が良くなった男からの報酬は怒声と罵声だ。
「相変わらず良い腕ね。その軽い得物で骨ごと斬っちゃうんだもの」
フィーナは男の事は気にせず俺の切断技術を誉めた。
「あれで良いのか?」
「あれが最善よ。あの男の気構えだとアルフィアちゃんみたいに頑張れないでしょ?」
「まぁ。おまえが言うんだからそうなんだろう」
そんな様子を見せられても患者は減らない。
フィーナが回復魔法を使うのは命に関わる怪我や病気に限られている。
そして本当に具合の悪い患者はここに現れない事もフィーナは知っている。
いつもは市場の大路を行く俺を誘って、細い路地裏を移動に使うのだ。
そこは俺の原風景。
俺の故郷とも言える地獄。
死んだ人間が転がっていればそれを資源だと喜ぶ地獄。
すっかり忘れていた。
こいつと歩く道はいつも地獄だったじゃないか。
二人揃って神殿に逆らい地獄を歩んできたのを俺は忘れちまっていた。
その地獄でフィーナが子供達に掛ける言葉は決まっている。
「この地獄をまだ歩き続けたい? それとももう楽になりたい?」
この言葉をフィーナが掛ける子供はもう自力で動く事も出来ない衰弱した奴だ。
十人に十人は後者を選ぶ。
前者を選んだ人間を俺はごくわずかしか知らない。
今、俺の知る中で前者を選ぶ子供はベスとアンくらいなものだろうな。
後は、マリーもフィーナが絡めば選びそうだ。
今回の子供もやはり後者を選んだようだ。
フィーナが痛みをとる魔法を掛けながら子供に止めを刺す。
「ごめんね。ごめんね。あたしは神様じゃないから全員を救う事は出来ないの。ごめんね」
自分で止めを刺した子供を大事に抱えながら泣くのだ。
その後ろ姿が二十五年前を思い出させる。
昔も全く同じだった。
その子供を引き取りに別の子供達が現れる。
この子が死ぬのを待っていた子供達だ。
神の言葉を代弁する神殿は「ヒトを殺すと地獄に落ちる」と語っている。
ここはもう十分地獄だと言うのに子供達は自分でヒトを殺す事はしない。
ただ衰弱した仲間が死ぬのを待つだけだ。
「この子の命を無駄にしないでね?」
フィーナは現れた子供達に抱きしめていた子供をたくす。
「一欠けらも無駄にしないよ」
子供達の兄貴分が答える。
この先の事は俺も良く知っているが、ヒトに話す事じゃ無い。
後の事は、子供達にたくして、俺達は細い路地裏を進む。
ただの買い出しがフィーナと居るだけで山あり谷ありの冒険旅行だ。
斡旋屋に帰るとフィーナはマリーに急患が居ないかを尋ねて早めの昼食を食べる。
午後の診療に備えて魔力と気力を回復しているようだ。
マリーがすまし顔でフィーナの隣に立っていた。




