番外編18:河岸の市
俺の名前はドカチーニ。
港湾施設で斡旋業をやっている人間族の男だ。
現在、本日の斡旋業務が終わり食料の買い出しに出ているところだ。
物資の手配をするだけで、俺が買ったものを運ぶ訳では無いが。
港湾施設と街をへだてるトモウェイ川。
そこに唯一掛かる港橋の上流側の街側の岸。
スーンプ城下最大の商業集落がある。
集落の名前は『河岸の市』という。
昔は海に面した湾岸施設にあったが、客の利便性が優先されて、街の近くへと移動した。
港橋までは川も深くそれなりの大きさの船も入っていける為、直接乗り付ける船も多い。
斡旋屋で必要になる食料や物資の補充をするのが俺の仕事の一つだ。
現在その仕事を遂行するために、俺は河岸の市へと足を運んでいる。
本当に良い食材は、貴族様や士族様の元へ優先的に送られる。
残り物とはいえ、市場へと並ぶ物も基本的に良い物から売られていく。
朝から市へと並ぶ『棒手振』と呼ばれる行商人が仕入れて街中で売りさばく。
一仕事終えてから来た俺の仕事は棒手振すら残した物から良い物を見つける事だ。
高価で見栄えが良い品を狙っているのでは無い。
値段に対して納得のいく品を探して回る。
とは言え、俺もここに通ってかなりの年数が経つ。
顔馴染みの店から順に回っていくのがいつもの行動だ。
まずは贔屓にしている魚屋からだ。
ここは仕入れ量も多い為、一軒で斡旋屋の一日分の魚を手に入れる事も出来る。
「今日は何か良い物が残っているか?」
「毎度。めぼしいのは残って無いな。小さめの雑魚なら結構余っているが足が速いぞ。」
小さめの雑魚を確認する。
売れ筋では無いが庶民の味方。
それなりに数も大きさも揃っている鰯。
今朝上がったばかりだと示すように鱗のきらめきや目の透明さが新鮮さを表している。
こいつならば、日替わり定食の主菜として十分役目を果たすだろう。
一日に約百食分の食事の材料を確保することが優先だ。
多少の余りが出ても氷室を使えば日持ちも良い。
余りを従業員の賄いに出す分には問題あるまい。
「鰯か物は良さそうだな。今朝上がったばかりか?」
「さすがだな。目利きの通り今朝上がった鰯だ。」
「俺の斡旋屋までの輸送費込でいくらで売れる?」
「逆にいくらなら買う?」
仕入れ先でのこのやり取りは嫌いじゃない。
余りにも安い値段を言ったら相手にされないし、高い値段を付けたら損をする。
俺のやり方は少し安めの値段を付けてからの交渉だ。
「百尾買う。鰯だからな。平均して一尾三文。輸送費百文。合わせて四百文でどうだ?」
「おいおい。それは足元を見過ぎじゃないか。輸送費込で五百文が限界だな。」
「鰯は足が速いだろう?ばらばらに一匹ずつ売る。その手間賃を考えてみな?」
「まとめて買うから安くしろってかい?それじゃあ、こっちも合わせて五百文でどうだ?」
提示された箱の中は、めぼしい魚を抜いた後の珍魚や雑魚の集まりだが、新鮮な所が良い。
新鮮とはいえ、こいつら単品では百文の価値はとても無いだろう。
とは言えそれなりの量はある。
ベルガーならば上手く処理をして料理の一品へと変えるだろう。
「よし。合わせて五百文で購入しよう。預けてある鍵を使って氷室へと入れておいてくれ。」
「毎度。あそこの氷室があればうちも商売の幅を広げられるのだがなぁ。」
「開けっ放しで氷が必要以上に溶けているようなら損害を請求するからな?」
「分かっているって。おれが直接運ぶからそこは安心しろ。」
「ああ。それなら安心だな。」
「そうだ。おれの店で氷が欲しい時には、また安く譲ってくれよ。」
「あぁ。氷には限りがあるから際限なしって訳には行かないが、譲れる時には譲ろう。」
そんなやり取りをしながら、俺は銭束を六本渡した。
本来は鰯だけで輸送費込五百文で相場だろう。
それにおまけを付けてくれた上に、俺が信頼する人物が運んでくれるのだ。
十分良い買い物だった。
相手とは十年を超えた馴染みだ。
そのあたりは良く分かっている。
「銭束の数が多いぞ」などと野暮な事は言わない。
「毎度。すぐにでも運んでおくからな。おい、しばらく留守にする。後は頼んだぞ。」
店の事を番頭に任せると店主自らが馬車に荷を積んで用意を始める。
その様子を見て、俺は次の店へと向かった。
湾岸施設の名物と言われる喧嘩。
そいつは口の達者じゃない肉体労働者が自分の意志を通す時に使う解決方法だ。
ここ、河岸の市の喧嘩は口喧嘩。
そいつは口が達者で頭の回る連中が行う喧嘩で俺には勝ち負けが良く分からん。
先に手を出した方が負けになるっていうのが理解できない。
二つの喧嘩で同じところは、広い敷地のどこかでいつも必ず起きている事だな。
通りすがりで他人の口喧嘩をみながら大路を歩く。
市場が一番忙しい時間を過ぎているので道もそれなりにすいている。
朝一番に来たら、動くだけでも一仕事になる賑わいだ。
鬼ごっこでもしているのか。
走ってきた子供が俺にぶつかった。
「おっちゃん。ごめんよ。」
そのまま鬼ごっこの鬼から逃げようとする子供。
本物の鬼が振り返る事無く後ろに右手を伸ばして子供の首根っこをつかまえる。
「なかなか良い腕だ。だが相手は選ぶべきだな。どうして俺を狙った?」
「おっちゃん、怖そうだけど左腕無いから。左側を駆け抜ければ盗れると思ったんだ。」
子供の手には、ドカチーニからすった銭束が握られていた。
銭束はマントで半分以上隠れていたというのに器用なものだ。
あの短時間の接触で銭束の縄を一本だけ切り取っている。
「状況判断も良いぞ。これだけ銭束をぶら下げた相手に銭束一本だけなのが見事だ。」
「このやり方だと盗った相手が気付かない事も多いんだ。」
「ただ今回は相手が悪かったな。今度はもう少し相手を良く見るんだぞ?」
「もしかして許してくれるのかい?」
「まぁ。俺もおまえと同じ年の頃は同じような事をしていた身だ。悪いようにはしない。」
「本当かい?」
「俺に情報を売れ。それ次第だ。市場の残飯箱で一番良い野菜を入れているのはどこだ?」
俺は新しい野菜の仕入れ先を探していた。
今まで使っていた所の親父が代を息子に譲ってから、質と値段が釣り合わないと感じる様になったからだ。
親父の引退と共に、預けてあった斡旋屋の氷室へ入る鍵もその店から回収した。
複数の目に見られている気配を感じた。
そちらを見れば、心配そうに子供の仲間と思われる奴らが隠れて様子を見ている。
この子供も、そんなに悪い奴では無さそうだな。
「それなら、あの店かな?最近代替わりした店主に追い出された番頭さんが独立して始めたばかりで、客があんま居ないけど、まだまだいけそうな野菜でも残飯箱に入れるんだよ。」
「ほう。案内出来るか?」
「見逃してくれるなら案内する。」
「約束しよう。案内してくれ。」
案内されて行った先の店で働いていたのは、これまで贔屓にしていた例の八百屋で働いていた番頭であった。
本当に良い店を紹介してくれた。
この子供にお礼をしないとな。
「それじゃ、おっちゃん。今度は捕まらないぜ!必ず銭を奪ってやるからな!!」
「ちょっと待て。あそこでおまえを心配そうに見守っているのはおまえの仲間か?」
「そうだけど、手を出すって言うなら敵わないのは分かっているけどおっちゃんと戦うぜ!」
「捨て台詞が、次は銭を奪うとかおまえはどこまで本気だ?」
子供は本気の目だ。
いざとなったら俺と戦う覚悟を決めた瞳。
なかなか肝の据わった子供じゃないか。
こういう奴は嫌いじゃない。
「そこの団子屋で団子をおごってやる。おまえのくれた情報の対価だ。仲間も呼んで来い。」
「へっ?本当に良いのかい?」
「今回おまえが俺に寄越した情報にはそれだけの価値があったって事だ。」
喜んで仲間を迎えに行く子供。
子供の仲間も半信半疑でこちらに向かってきている。
子供達は全員で四人。
自分の分も含めて団子を五本買う。
二十文で有益な情報と自分の小腹を満たせたのだ。
俺の方に文句は無い。
兄弟のように仲が良い子供達は俺にお礼を言って去って行った。
礼が言える子供は見込みがある。
自分達が生きる為にぎりぎりで踏ん張っているのだ。
自分の子供時代を少しだけ思い出した。
一緒に乗り越える仲間が居るのは心強い。
俺が今、こうして居られるのは、全てあいつが居てくれたおかげだ。
『今の仲間を大切にしろよ』
俺がこれを声に出す事は無い。
子供達を見送った俺は店構えが小さい八百屋の主人に声を掛けた。
「番頭さん、久しぶりだな。いや、もう店主と呼ぶべきだな。」
「ドカチーニさん!お久しぶりです。」
「扱っている野菜を見せてくれるか?」
「どうぞ。どうぞ。ご存分に見て行って下さい。」
小さい店だが、野菜の質は良く、種類も豊富。
全てが新鮮でしなびたような物は置いていない。
「俺の斡旋屋に届ける事は出来るか?」
「女房が居ますので、そいつに店を任せて私が届けます。」
「結婚してたのか。それはめでたい。店に並んでいる野菜を全て買おう。いくらになる?」
「小さい店ですが、それでも全てとなると二千文は掛かりますよ?」
「日持ちする野菜も多いから大丈夫だ。それよりも本当に二千文で良いのか?」
今までの経験から言えば、どう少なく見積もっても、もう少し掛かるだろう。
「今まで、残飯箱に入れていた事を考えれば十分な収入ですよ。これでまた新しい野菜を仕入れる事が出来ます。」
「丁度仕入れ先を変えようとしていたのだ。俺も良い仕入れ先が見つかって良かったぞ。」
「若旦那のところでは駄目でしたか?」
「あぁ。少しばかり値段の折り合いが付かなくなってな。」
「そうですか……」
やめさせられたと聞いたが、元の店の悪い噂に心配そうな顔をする。
こいつなら昔から真面目な事を知っているし、安心して任せられるな。
「結婚と開店のご祝儀だ。取っておいてくれ。野菜は必ず店主が届けてくれ。氷室が開けっ放しにされたらたまらん。」
俺は二千文とは別に、三両と斡旋屋の氷室の鍵を店主に預けた。
「これからは贔屓にさせてもらうから、よろしく頼む。」
「こちらこそ。宜しくお願い致します。野菜は必ず私自身が届けます。」
ぺこぺこ何度も頭を下げる店主。
これで最近野菜の質の悪さに嘆いていたベルガーの機嫌も良くなるだろう。
さて、一応俺の仕事は終わりだ。
今日の収穫は最近の中でも抜群に大きかったな。
後は雑貨でも見ながらぐるりと市場を一周して帰るとしよう。
「ここで手に入らないのは身分だけ」とは良く言ったものだ。
探せば本当に何でも手に入るだろう。
毎日のように来ていると言うのに、今日の八百屋のような掘り出し物の発見がある。
詐欺のような店も数多くあるので、ヒトと物の良し悪しは見極めないといけないが。




