番外編17:ユークリットの能力値
今回の話は近い未来か遠い未来か。
いつか必ずここの世界線で現れる未来の話。
本来は本編でやるべきだった話。
ユークリットが、銀色の月が満月になった日にドカチーニから渡された金属製のタグを見ながら考えていた。
タグには自分の名前・種族・年齢が書いてある。
他にはシーミズの港町所属の冒険者を表す印が刻まれていた。
これが冒険者としての証になるらしい。
他にも色々な意味があるようだが「まだお前が知る必要は無い」と言われた事を思い出す。
夕食時、ドカチーニさんとたまたま同席になったついでに疑問を聞く事にした。
「ドカチーニさん。こいつの事なんですが、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
「うん? 冒険者の証か?」
「そうです。例えば冒険者には能力値とかはあるのですか?」
ドカチーニさんの顔が『しまった』と言う感じの顔になっていた。
「お前、明日は仕事を休め。俺とした事が失念していた。いいか、冒険者には能力値がある。必ずそこで六十五点以上取れ。もしくは筋力か敏捷力か耐久力で三十点満点を取れよ!」
「能力値はあるのですね。それよりも、いきなりどうしたのですか?」
「お前の冒険者登録は仮登録だ。本来は試験を受けて、九十点中六十五点を取るか、各項目で三十点満点を一つは出さないと冒険者として本登録は出来ない」
「冒険者になるのは自己申告で良いと思っていましたよ。」
「お前は簡易の魔力検査で八十出した。他も問題ないと俺が仮登録合格を出した」
「仮登録と本登録に違いがあるのですか?」
「見た目には違いがほとんど無いな。正式に調べられると問題は出てくる」
正式に調べる?
冒険者の証に魔法的な何かがやはりあるのか?
「魔法か何かの呪文で分かるのですか?」
「いや。記帳された冒険者登録を調べるだけだが。仮登録中はそれを出したヒトと共にしか冒険者として活動できない……事になっている……が、ばれなければ問題ない」
「どういう時に問題が出てくるのですか?」
「お前が冒険中死んだ時とか、街で悪さをして捕まった時の身分証明の時だな」
俺は魔法的な仕掛けが無いのを少しがっかりした。
これではきっと「能力値開示」とかのキーワードでも能力値確認が出来そうにない。
ドカチーニさんがぼりぼりと頭を掻きながらの説明が続く。
「冒険者の証には他にも冒険者なら誰でも知っている証明があるんだよ」
「どんな意味があるのですか?」
「左上の部分は縄なり鎖なりを通して首に掛ける部分の穴が開いている」
「はい。私の物のそうなっています。私のは細い縄ですが」
「俺も本当かどうかは分からないがシーミズの港町の冒険者の本登録は仮登録のものよりも穴の大きさが広げているそうだ。実際に広がっている」
早速ドカチーニさんのものと比べるとわずかに穴の大きさが違った。
「そこの穴は何を通しても構わないが、金銀で通す冒険者が多いな。見栄もあるが、それだけ稼ぐ冒険者だという宣伝でもあるからな。だが本当は他の三ヶ所が重要だ」
「他の3ヶ所にはどういう意味があるのですか?」
ごくりとつばを飲み込んで続きを聞く。
「能力値が足りない冒険者はその角を大きく欠けさせられる」
「私の物は全ての角が面取りされていますよ?」
「それは面取りだ。自分に刺して怪我させないようにしているだけだ。」
「欠けるとどうなるのですか?」
「俺も、シーリンも、ベルガーも能力値が満点だからな。見本が無い。だが一目で分かる」
「満点だと何か変わるのですか?」
「優秀な冒険者は比較的満点を取るからな。特に満点の証は無いな」
満点による特典は無いのか。
角が欠ける事のデメリットしか無いという事だな。
「どういう時に角を欠けさせられるのですか?」
「先程も少し話したが、筋力、敏捷力、耐久力の三つの試験がある。試験は各項目三種類の試験があってそれぞれが十点満点だ。各項目で二十二点の満たない能力があると、そこに対応した冒険者の証の角を欠けさせられる事になる」
「なるほど。分かりました。冒険者の証を一目見れば苦手な能力が分かるのですね」
ドカチーニさんの顔がずいっと近づいてくる。
俺はすーっと近づいてきた分だけ後ろに体をそらせた。
「全ての項目で二十二点以上取れ。あとは目立ちすぎるな。お前が普通に試験を受けたら満点をはるかに超えたものを出しそうだ」
「何か問題でもあるのですか?」
「試験場は新人冒険者の青田刈りでもあるんだよ。お前が本気で冒険者を続けるなら全部満点取ってこい。冒険者になる気が無いのなら、上手に二十二点以上で満点にならない点数を取るんだぞ」
「満点を取ると冒険者の勧誘が来るようになるって事ですね?」
「簡単に言うとそういう事だ。俺達三人が現役なら何も問題は無かったのだがな」
「何とか頑張ってみますよ。」
「明日は俺も仮登録を出した師匠という名目でついて行くからな。その時、試験の説明をするぞ。試験を見せながらじゃないと俺も上手く説明できない」
どんな試験があるのだろう。
少しワクワクする。
異世界では俺の能力値はどれほどだろうか?
魔法的な何かで計るのか?
試験と言う言葉が少し引っ掛かるが明日を楽しみにしよう。
翌朝「今日は冒険者としての試験を受けに行く」と言った時のベスの赤い瞳は燃え上がっていた。
ベスは冒険者関係の話には過敏に反応する。
アンの悲しそうな瞳も俺を動揺させた。
「心配するなって。本格的な冒険者になる気は無いから。満月の夜だけだ」
「絶対ですよ。指切りを忘れないで下さいね?」
「ああ。忘れないよ」
ここより回想(コピー&ペースト)
首をかしげながらベスが俺に聞いてくる。
「つまり、もし死んだら針を千本、口の中に刺してお仕置きした後、小指を切断して形見として大事に持っていろって事ですね?分かりました。アンと二人で必ずやりとげます」
ベスさんベスさん。
それを実行している場面を想像すると絵面がひどい事になっていますよ?
アンも首を縦にブンブン振らない。
うちの子にヤンデレ属性やメンヘラ属性は要りませんからね?
健やかに成長して下さい。
「嘘ついたら、本当に実行しますよ?」
目を細めて笑うのやめようね?
『不気味さが3割増しだ』と何度も言っているよね?
実際に口に出した事は無いけど。
回想終わり
あの時のベスとアンは記憶に鮮明に残っている。
二人の瞳には『本気』と書いてあるように見えた。
あの時に想像した絵面が現実にならないようにしないとな。
二人を説き伏せてドカチーニさんとシーミズの港町冒険者訓練場へと足を運んだ。
シーミズの港町冒険者訓練場は衛兵訓練場と並んでいた。
冒険者になりたくても点数が足りなかった者。
冒険者としての全盛期を過ぎて体力を維持したい者。
衛兵として徴兵された時に死にたくない者。
それらのヒトを怪我などで引退を余儀なくされた、かつての一流冒険者達が指導している。
衛士様の訓練場は別の場所にあるらしい。
貴族様、士族様と平民達とではやはり扱いが違うらしい。
試験会場に着いてすぐに受付。
試験の記録をする為の羊皮紙を受け取る。
羊皮紙代込の試験代金はドカチーニさんが出してくれている。
彼は「今日仕事を休ませる代わりだ」とは言っていたが俺にとっては得になるのか?
試験の内容を見て俺は愕然とした。
いや、ワクワク感が吹き飛んだ。
やっている事が現代日本でやる『体力テスト』そのままだった。
ドカチーニさんから忠告が入る。
「十間往復走だけは最後に回せ。あれを最初にやると魔力切れで他の記録が出なくなる。」
10間といいながら本当は11間の間を走り続けるこの十間往復走。
ええ。
良く分かっていますよ。
20メートルシャトルランの大変さは。
どうやら能力値の検査は魔法的に行われるものではないらしい。
『アナライズ』とか『鑑定』とかの持っているだけでチートと言われる能力は無いのか?
「『鑑定』とかの魔法で能力を計ったりはしないのですか?」
「『鑑定』の魔法はあるとは聞いているが、そういう便利な魔法を持つものは有力な貴族や士族が家臣として抱え込むからな。庶民の間で見る事は難しいな」
「能力自体はあるのですね」
少しだけ有力な情報を得た。
怖い事でもある。
俺の『魔力ゼロ』が世間にばれた時どうなるかは想像できない。
だが、今は余計な事を考えるのはやめて、体力テストを受けよう。
こちらの世界の呼び方、例えば「十間往復走」だと分かりにくいので現代日本の名称で説明する。
・筋力テスト :握力・立ち幅跳び・ハンドボール投げ
・敏捷力テスト:長座体前屈・反復横とび・50メートル走
・耐久力テスト:上体起こし・持久走・20メートルシャトルラン
偶然か必然か、得点基準まで現代日本とほぼ同じだ。
『シャトルラン以外は全て満点取れるな』
心の中でニヤリと余裕をかます。
俺の問題は、むしろ点を取り過ぎない事だ。
冒険者の勧誘が毎日来たら、その度にベスとアンに殺される。
……俺の心が……
「どれからやるんだ?」
「そうですね。筋力試験から受けようと思います。ここは簡単に29点に出来ますよ」
ドカチーニさんは逆に呆れた顔をしている。
「あまりやりすぎるなよ?」
「任せて下さい!」
・握力:一応魔力80は周知の事実だし、余裕の10点。
・立ち幅跳び:点数の目安となる線が引かれている。
10点のラインを軽々超えてこれまた余裕で10点。
・ハンドボール投げ:会場に広さの問題がある為、満点の位置にネットが張られている。
コントロール重視で軽く投げる。
ネットの手前1メートルへ正確に落とし、きっちり9点。
なんかドカチーニさんが額に手をやり悩ましいポーズを取っている。
「満点を出さずに行けましたよ? 狙った位置に球を投げるのが少し難しかったですね。今考えたら立ち跳躍で9点を狙った方が楽でした」
「やっちまったものは仕方ない。次に行くか」
「では敏捷度試験に行きます」
・長座体前屈:現代日本でも体の大きさに合わせて満点の数値も変えるべきだよなと思う。
おっ、これ以上板が進まないぞ?
と限界位置まで押しきってしまい余裕の10点。
・50メートル走:一定間隔で小太鼓が鳴らされている。
これでタイムを計るのだろうな。
数人がまとめて走る。
基準が分からないから全力で走って周りをぶっちぎり余裕の10点。
・反復横とび:現代日本と同じで時間内に何回往復出来るかを数える試験。
満点を取る訳にはいかないので満点の回数を審査員に聞く。
満点は63回以上との事なので、時間を大分余らせて62回で自主終了。
きっちり9点を確保。
ドカチーニさんが額に手をやり、ますます悩ましいポーズを取っている。
「今度もきっちり29点にしましたよ」
「おまえはもう少し上手に出来ないのか? やっちまったものは良い。最後に行くぞ」
持久力関連のテストは俺がもっとも苦手とする分野だ。
だが5分間を超えない限り、なんとか体力は持つ。
点数は本気でやっても満点を取れない20メートルシャトルランがあるから問題ない。
・上体起こし:満点の回数を審査員に聞くと35回以上。
時間は大分余ったが体力温存の為にも35回で終了させて余裕の10点。
・持久走:この異世界では約1500メートル走。
詳しい数字は単位が違うので良く分からない。
だが十種競技をやってきた俺としては手を抜く訳にはいかない試験。
競技時代、女子にだけは負けまいと頑張った。
俺の記録は女子のトップランナーとほぼ同じ約4分。
悔しいのでどちらが速いかは聞かないで欲しい。
4分を切れた事は無いとだけ言っておく。
苦手種目とは言え後続を完全にぶっちぎっての10点。
最後にシャトルランを残しているが、息が整うまで休憩を取る。
ドカチーニさんが水袋を持ってやってきてくれた。
俺は「ありがとうございます。」と礼を述べてごくごくと水を飲み干す。
塩もあれば完璧だった。
「おまえ、ちょっとやりすぎだ。審査員達が目を付け始めている」
「大丈夫です。今度の試験は真面目にやっても満点取れない試験ですから」
「そういう問題ではないのだがな……」
「最後本気で行ってきます。笑えるほど点数低いですが2点は取れるはずです」
・20メートルシャトルラン:20メートルの間をひたすら走り続ける拷問。
この異世界では約19.8メートルか?
だが1分毎に19.8メートル走る為の時間が短くなるのは同じ。
ここでは太鼓が10回鳴るまでに到達する必要がある。
審査員に聞いた俺の目標は63回……5点だ。
だが試験結果は52回。
なんとか4点のラインをぎりぎり超えたところだった。
完全に息が切れて地面に寝転がるところへとドカチーニさんがやってくる。
「前に城門まで走った時と同じだな。おまえは持久力が無いのか?」
「はい。こればかりは鍛えても鍛えても改善されませんでした」
「常に魔力全開の身体強化魔法が原因かも知れないな。少しは調整法を覚えろ」
すみません、ドカチーニさん。
この体、本当は身体強化魔法じゃ無いのです。
「はい。訓練を続けて上手く調節できるように頑張ります」
「お前の素直なところは評価するぞ。色々問題はありそうだが目標は達成したな」
「はい。全ての試験で22点以上取りましたし、30点満点も取っていません」
その後、審査員に『冒険者の証』を渡して半刻ほど待つと登録が終わって戻ってきた。
ドカチーニさんの物と穴の大きさを比べると本当に同じ大きさになっていた。
この時の俺は自分が『異世界無双』をしている事に自分では気付けていなかった。
今日の事が審査員達の間で話題となり冒険者達に知られる事になるのはもう少し先の話。
その時のベスとアンの怒りはその時に語る事になるだろう。




