見過ごせない事
俺が【荷揚げ屋家業】を職業として選んでから何日かが経った。
驚くほど平穏な日々が過ぎていく。
銭湯で【筋肉の塊達】には襲われかけたが【魔族】や【魔物】に襲われる事は無かった。
大きな変化は草鞋が擦れて痛かった足も擦れる部分が硬くなって平気になった事くらいだ。
平和すぎて『やはり企画物か』と思うのだが万が一異世界である時にも備えないと駄目だ。
心の中では『本物の異世界』に備えると言っても、何をやれば良いのかも分からないので、周りのヒト達がする世間話的な情報を集めるだけで、俺には精一杯だ。
情報を集めると言う事でも【荷揚げ屋稼業】は【冒険者】よりも分が悪そうだ。
『やはり最初に選択した荷揚げ屋が悪かったのか? 素直に冒険者を選ぶべきだったのか?』
これだけ平和だと【荷揚げ屋】でも【冒険者】でも、ここが【本物の異世界】であっても、俺が心配している命の危険は無かった気がしてくる。
そして、このまま最後まで荷揚げ屋生活を続けると、工場勤務で1番体力的にきつい仕事である、部品の搬入・搬出をひたすら続けている事と同じ事になる。
これでは休暇どころか俺だけ【働き過ぎ改革】になっている気がしてならない。
本物の異世界である可能性を否定できないが、異世界好きの俺が望む【夢の異世界】である可能性だって否定できない。
ここで何日か過ごしたが、俺は未だに【サプライズ企画】なのか【本物の異世界】なのか決定的な判断を付けられなかった。
理性が『本物』を否定するが、実感が『本物』を肯定する。
俺の勘は、良い事も悪い事も当たる事は滅多に無いが、本能が冒険者になる事を拒否する。
本物の異世界だなんて有り得ないと思いながら、俺は本物の異世界である事を望んでいる。
ただ1つだけ俺には、どうしても日本へと戻らなければならない、理由がある。
この異世界が本物でも偽物でも良い。
日本と、いや俺の部屋へと繋がる、便利道具は無いだろうか?
今期の俺と嫁との付き合いは始まったばかりだ。
そろそろハードディスクの残り残量が非常に気になる。
日本の自室へ帰れるのならば、一時帰宅して、色々と整理をしたい。
取捨選択は3話までにしないと駄目だ。
全てを観る余裕は、時間的にもハードディスクの容量的にも、無いのだから。
選択が終わったら、必ずここへと、戻って来るから!
頼むゲームマスター様。
俺を一時帰宅させてくれ!
昔の日本の地名をもじった名前の土地が多いくせに、俺が聞き耳を立てた世間話の中には、1度も【日本】という単語が出てきた事が無い。
やはり徹底的に管理されたサプライズ企画なのだろうか?
本当にサプライズ企画だったら、この休暇を楽しむ為に、最初で冒険者を選ぶべきだった。
斡旋屋のドカチーニさんは、しきりに俺を冒険者へと誘うが「判断はお前に任せる」と言って、強引に俺を転職させる訳では無い。
俺の意志を1番に尊重してくれている。
一体どっちなのだ?
強制的有給休暇消費サプライズ企画なのか?
それとも本当に本物の異世界に来たのか?
本物の異世界ならば今の生活で文句はない。
俺は命を懸けてまで冒険者として生きたいとは思わない。
ここに来てまだ誰も【圧倒的な俺tueee】が出来る事を保証してくれていない。
だが夢の異世界だとしたら話は別だ。
しっかり【夢の異世界企画】だと告知をしてもらい、休暇として、ここに居たかった。
はっきり【夢の異世界企画】だとと分かっていれば、休暇として、存分に遊べたのだ。
きっと【圧倒的な俺tueee】だって約束されているはずだ。
辺りを見回して誰も居ない事を確認すると海に向かって大声で叫ぶ。
「社長ぉぉぉぅ!!これが有給休暇だと言うなら恨むからなぁぁぁっ!!」
全力で叫んだ後、建物の窓や、船の上から不審者を観る目で注目を浴びた。
港湾施設の海だ。
構造物も含めれば周りに誰も居ない等という事は全く無かった。
本物の異世界であれ、企画物の夢の異世界であれ、その後も俺の日常は変わらず続く。
俺は【本物】の疑いを持ちつつも【夢の異世界】として日々を送っていた。
もしも今居るこの世界が本物の異世界だったとしたのなら。
『せっかく異世界来たのにこんなにつまらない訳が無い』
無双もハーレムもチートグッズも無い異世界なんて俺は認めない。
異世界に飛ばされて一般人なんて有り得ないよな?
一般人として過ごす毎日。
特別、ヒトに話すような事の無い【荷揚げ屋稼業】を続ける中でこんなイベントがあった。
1日の仕事を終えて、夕方、換金所でたすきを銭へと換えている時の事だ。
「凄いです。一日に八十個の荷物を運ぶなんて聞いた事もありませんよ」
「「「八十だと!?」」」
周りの荷揚げ屋達がざわめき始めた。
「今日は荷物の量がいつもより多かったとはいえ可能なのか?」
「軽い荷物ばかりを運んだのではないか?」
「いや、皆知っているだろう? 奴は重い荷物から順番に運ぶ変人だぞ?」
「そうだな。俺も普段から見ている。朝から重い荷物を運ぶ変人だ」
「それに奴の体を見ろ。今は仕事中でも銭湯でも無いんだぞ? 身体強化の魔法を常に全力で使い続けるだけの魔力を持て余しているんだよ!」
うん? 「仕事中」は問題ないが「せんとう」の漢字は【銭湯】じゃなく【戦闘】だよな?
少しイントネーションに違和感があったけど間違いないだろうな?
港湾施設で喧嘩を見ない日は無いしな。
【戦闘】で漢字は間違い無いと断定しよう。
無駄に【銭湯】が筋肉祭りなのは、本当に見栄の張りあいって事じゃないよな?
ここに来るまでが長かったが、ようやく荷揚げ屋稼業で、特殊イベントへ突入したのか?
美人女性キャストからの花束贈呈とかでも良い。
本気で女性キャストの登場を願う。
だが俺の期待は叶う事は無い。
何事も無く今日という日が終わる。
1日の稼ぎの銭を握りしめ銭湯へ寄り、筋肉に囲まれて貞操の危機を感じて、帰宅する。
仕事が終わった時間も遅いので、唯一の癒しである茶汲み娘さんと、逢う時間は無かった。
斡旋屋へ帰ると、シーリンさんが笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれる。
いつものように今日の稼ぎの銭束を預けた。
途中銭湯で使っているから銭束は7本に減っているが1日の稼ぎとしては半端ではないはずだ。
シーリンさんの反応を待ったが、普段と変わりは無い。
いつも通りに「お仕事お疲れさまでした」と言って銭束を笑顔で預かってくれただけだ。
その先へとイベントが進みそうな気配は一切ない。
俺の妄想では「1日で銭束7本稼ぐなんて素敵。お嫁さんにしてください」まであった。
最低でも「1日で銭束7本稼ぐなんて凄いですね」からちょっとした会話に繋がった。
現実は俺の妄想を全て打ち砕き、シーリンさんの反応は普段と全く変わりが無い。
食事中に新たな女性キャストが現れる気配も全く感じない。
自室に帰ったら、知らない女性が、自主規制的な姿で俺の毛布に包まっていたなんて事も。
特殊イベントが起こる気配すら無かった。
俺が特殊イベントを見つけられなかっただけだよな?
ゲームマスター!
女性キャストとの遭遇イベントプリーズギブミー!!
この世界が【夢の異世界】と言うなら、もっとやる気出して下さい、ゲームマスター様。
毎日毎日が単調過ぎます!
夢が全く見られません!!
そろそろ【荷揚げ屋稼業】にも特殊イベント突入とか入れて下さいよ。
私が冒険者へ転職しないのが悪いのですか?
退屈な日常にそろそろ変化が欲しいですよ。
確かに港湾施設では毎日どこかで【乱闘イベント】は起きていますが参加したく無いです。
筋肉過剰な男達の熱い喧嘩に、見学へ行って巻き込まれるとかも、絶対に嫌です。
私は遠目に見ているだけですが、本気で殴り合っているようにしか、見えません。
天空の城へと向かう女の子を逃がす為に、親方と空賊がやったような、喧嘩は御免です。
喧嘩に、相手の攻撃は躱しては駄目とか、そんな特殊なルールでもあるのですか?
口の端から滴る紅い液体は血糊ですか?
殴られた後、ぺっと口から吐き出した、小さな白い物体は舞台演出の小道具ですか?
目の周りに出来る痣は手品的に一瞬で色が変わるような特殊メイクですよね?
夕日の河原で、殴り合いからの和解、握手で親友ゲットみたいなイベントは嫌ですからね。
出来れば獣人の女の子とキャッキャウフフしながら獣耳や肉球をモフモフしたいです!
そう言えば獣耳をモフモフしたら気持ちよさそうな子が通路に居たな。
モフモフするなら是非あの子を指名したいものだ。
本物じゃなかった時のガッカリ感を考えると、安易に手を出したくは無い気持ちも強いが。
その前にモフモフした瞬間「衛兵さんここでーす!」となる可能性を否定できない。
とりあえずは特殊イベントで【殴り合いの喧嘩】に巻き込まれない事だけは評価しておく。
そこだけは本当に助かっている。
とにかく今は【サプライズ企画】と信じ【夢の異世界】で目一杯休暇を楽しむ事にしよう。
本物であれ、偽物であれ、俺が夢見た異世界に居るんだ。
ただ、このままの日常を続けていたら、本気で俺だけ【働き過ぎ改革】だ。
ここだけは何とかしないとな。
陸上の大会もしばらく大きな大会は無い。
むしろ記憶がなくなるまで酒を飲まされたのは、自己新記録を出して、大会で良い成績を残した呪いの宴会だったな。
駄目だ。
これ以上、宴会の事を思い出そうとすると、憎き金髪野郎と、眼鏡を掛けた貞子さんが、封印された記憶の扉を破って出てきてしまいそうだ。
一度2人の事を記憶から排除しよう。
この世界に2人の存在は要らない。
社長も凄く喜んでいたし、本当に社長が用意したサプライズ異世界企画なのか?
社長に「旅行に行くならどこへ行きたい」と聞かれた時に半分以上冗談だったとはいえ「異世界」と答えた事をふと思い出した。
社長の性格なら本気でこんな企画を用意してもおかしくないが、こんなクオリティーで異世界を作り出す予算が会社にある訳が無いし……社長のポケットマネーはもっとなさそうだし。
何よりも、せっかく異世界きたのに俺無双も俺ハーレムもチートグッズも無いんだぞ。
これが企画物の異世界だとしたら、最初の選択が間違いだったのかも知れないが、俺に優しく無さすぎるだろう!
『本当に異世界だったりして』
今から思い返せば、こんな現実的では無い考えに傾き始めたのは、この頃だった気がする。
平和で平穏な日常がひたすら続く荷揚げ屋イベント。
そんな中で1つだけ俺は、常に気になって気になって、頭から離れない無い事があった。
どう見ても痩せすぎな港の通路に居る子供達の事だ。
今の時点で俺にとってはこれが1番の非日常で異世界だ。
こんなに痩せこけた子供はテレビ画面の向こう側でしか観た事が無い。
これがサプライズ企画なのだとしたら考えたやつの顔に鉄拳をめり込ませる気になれる。
重い荷物を運んでいる最中に、俺はいつの間にか、自分の妄想世界へと飛んでいた。
「お前がこの世界を作ったゲームマスターか?」
「いかにも私が、この世界の創造主であり、絶対神だ。」
「お前の創った世界は素晴らしい。それは認めよう。だが、この子供達の事だけは認めん!」
「くっくっく。君はその演出があるからこそ、世界が現実感を持つとは思わないのかね?」
「それでも俺はお前を許せない。喰らえ、俺の【神殺しの左拳】を!!」
今まで一度も人を殴った事は無いが、部屋の電気を切り替えるコードでシャドウボクシングの真似事をして、戦闘訓練は子供の頃から積み重ねてきている。
なんとなく恰好良いという理由だけで右利きのくせにサウスポーの構えだ。
目測を誤って思った以上にひもが腕に絡まり電灯の根本から抜いた事もある。
イメージトレーニングだけなら毎夜繰り返してきた。
絶対無敵の神殺しの左拳。
完璧だ。
それにこいつは人ではない。
殴る事に躊躇は全く要らない!
俺の左拳が深々とゲームマスターのみぞおちに刺さった。
神をも殺す必殺の……神滅の一撃だ。
魂ごとこの世から去れ!!
「くそう。まさかこの私が破れる日が来るとはな。だがお前に世界を救う事は出来ん!!」
「何、これから少しずつでも変えていくさ。俺の出来る事から1つずつな」
「良かろう! 地獄の底からお前の変革を見守ろうでは無いか!! さらばだ。勇者よ!!!」
絶対神を名乗る【ゲームマスター】という名の邪神を倒し、俺は世界に平和を取り戻した。
俺はこれから…………
「おい! どうした?大丈夫か!?」
たすきおじさんが俺に声を掛けて来ている。
いつものように妄想世界へと精神が旅立っていたようだ。
神殺しの勇者である俺の手で、また1つの妄想世界が救われたようだな。
俺も現実世界へと無事帰還出来たようだ。
「大丈夫です。心配お掛けしました」
荷物を記号で仕分けされた棚に整理して仕舞い、おじさんからたすきをもらう。
平穏な日常がひたすら続く荷揚げ屋生活だが、俺には平穏な日々を破る子供達が2人居た。
港で魔力を売る子供達の中に居る、最初に声を掛けた、日陰に入る事が出来ない2人組だ。
その後、いつ見掛けても2人が日陰に居る事は無かった。
俺は、医療に関して素人だが、見た目が10歳前後の2人の体力は限界だと感じていた。
2人は常に寄り添うように同じ場所にいる。
最初に会った時、俺へと言ったように、魔力補給の魔法は2人で一組になり行っていた。
魔力を補給して荷揚げ屋からもらうたすきは本当に2人で3本のようだ。
2人一組で魔力を補給している子供はこの子達だけだ。
2人は朝からその場所に居る事が多いが、それでも最後まで売れない時の方が多い。
いつかシーリンさんと話した時「女性の方が魔力補給の量が多い」と言っていた気がする。
多分あの2人組は男の子達なのだろう。
2人の髪は全身を覆うくらい長いが、ここの子供は髪の長さで男女の判別は出来ない。
女性の方が魔力補給の魔法が得意と言われているから男子も髪を伸ばすので全員長髪。
幼く、痩せている事もあり、少なくとも俺にはここの子供の男女の区別は付かない。
そして体全体を覆いつくす黒髪を見る度に、思い出してはいけない幼馴染が、記憶の扉を破って出てきそうになる。
この子達は、体を覆いつくすほど髪の毛は長いが、金髪だ。
あいつが扉の隙間から、こちらを覗く事はあっても、俺の頭の中まで侵入してくる事は無いだろう。
俺は、最後の荷物を運ぶ時、今日も2人が売れ残っていたのを見た。
この暑い太陽光の下、どう見ても2人は体力も気力も限界。
明日の朝にでもこの場で餓死している姿を見る事になりかねない。
企画でも異世界でもやる事は変わらないと俺は決意をした。
最後の荷物を倉庫に収めると港の波止場へ。
船の近くに居る2人のところまで戻る。
俺は魔力補給の魔法を確かめる為と施しも兼ねて2人に近づいた。
たすきを6本用意して2人へ声を掛ける。
「今日は荷物を運び過ぎてくたくたです。魔力補給を頼みたいのですがお願いできますか?」
「…………」
2人は全く生気を感じない瞳で俺を見ている。
そんな瞳にもかかわらず「不審者」と書いてあるように見えるのは俺の気のせいだろうか?
確かに港全体が、今日の仕事は終わり、と言う空気を漂わせている。
こんな時間に魔力補給して欲しいと言う荷揚げ屋は普通いないだろう。
痩せ細り骨と皮と髪と異臭だけという2人だ。
本来は白い肌で金髪なのだろう。
くすみすぎた髪が全身を完全に覆うくらい多くて、肌も髪も元の色に確信が持てない程汚れている。
一言で言うなら【皮付き骸骨髪の毛おばけ】と言ったところか。
本当にこれが企画ならば、素晴らしいプロ意識だが、とてもこれを企画だとは思えない。
2人の姿は【虚構の姿】だと俺には思えない。
外見はみすぼらしい2人だが【赤い燃え上がるような瞳】と【綺麗な青が深海のように暗くなっている瞳】どちらも特徴的な綺麗な瞳をしている。
生気が戻り、炎を宿した赤い瞳の骸骨が、毅然とした態度で答える。
「わたし達は魔力供給量が少ないので二人でたすき三本です。施しは要りません」
俺は2人が醸し出す雰囲気に気圧されて『武士は喰わねど高楊枝』そんな諺が頭に浮かんだ。
「これは失礼しました。ですが魔力を補給しないと家に帰るのが辛いのです。」
50本以上ある俺のたすきを見て、2人が顔を見合わせる。
2人はお互いが無言で意志を交わし合い、うなづきあってから答える。
「あなたのことは目立つので知っています。いつも凄い勢いで荷物を運んでいる人ですよね。私の記憶の限りでは誰からも魔力補給を受けた事が無いはずです」
「よく知っていますね」
「私達に挨拶をされ、身を案じていただいた事も覚えてます。あの時は失礼しました」
「こちらこそ。あの時は勘違いさせてごめんなさい」
「そのあなたがどうして今の時間に魔力補給をしようとするのですか?」
「先程も言った通りです。このままでは家に帰るのが辛いほど魔力を消耗しています」
思ったよりも周りを見ているし、記憶力も良い。
利口な子だな。
ここは即興で作り出した人情話で訴えかけよう。
「私には双子の弟達が居ました。当時は私も貧乏で何も出来ずに2人を失ってしまいました」
ヒトの目を見て話すのが苦手な俺が一度2人と目と目を交わして言葉を続ける。
「あなた達を見ているとどうしても弟達を思い出してしまいます。私の自己満足の為にも魔力補給の魔法を掛けてもらえませんか?」
ここで2人の手を取る。
取った手は見た目以上に枯れていた。
人間の手とは思えない今まで触れた事の無い感触。
だが今まで見てきた事を参考にすれば魔力補給は握手をしながらするのが基本のようだ。
「お願いします」
ヒトの手とは思えないほど枯れた手を握ったまま頭を下げて2人にお願いをする。
「近日中に君たちをここで見る事が出来なくなったら私の心が折れてしまうでしょう。弟達に何も出来ず守れなかった私の代償行為です。私の心を守ると思って魔力補給をお願いします。私の心を守る仕事の対価としてたすきを貰って下さい」
次の瞬間、何か凄い力が、体の中を駆け巡った。
身体から疲れが完全に消えて無くなる。
後から後から止まる事無く力が湧いてくるようだ。
「ありがとうございます。初めて魔力補給を受けましたが本当に凄いものですね。」
2人は、俺に魔力補給をした後、他の子達と同じようにぐったりとその場に倒れこんだ。
完全に体から力が抜けている。
世間に発表されていない何らかのトリックか?
しかし、自分の身に起こった事は本当に【魔法】としか思えない。
2人に3本のたすきを渡して換金所へと向かった。
本当は6本渡したかったが、2人の意思を尊重して3本だけ渡した。
『魔法はある』
この世界は企画物では無い。
本当に本物の異世界だ。
その気持ちは確信に変わった。
もっと早く魔力補給を受けていれば良かった。
少なくとも【サプライズ企画】か【本物の異世界】かで迷う必要が無くなった。
そして今2人から受け取ったこの力を【魔力】と言うならば俺には【魔力】が無いと思う。
俺には【異世界無双】は出来そうにない。
この世界の一般のヒトより十種競技で鍛えた分だけ身体能力は高いが特別では無い。
あくまでもヒトの範疇でしかない。
勇者でも英雄でもヒーローでも無い。
区分は普通に一般人から抜け出す事は無いだろう。
異世界物は大好きだけど、自分が主役で無双出来ないのでは、異世界に来る意味が無いな。
むしろ日本へ帰りたい。
今期のアニメも始まったばかりだ。
新しい嫁が俺の帰りを待っている!
ドッキリ看板まだですか?
本物の異世界に来たなんて『本当にドッキリです』もう出てきてくれて良いですよ。
だが【ドッキリ看板】が出てくる事は無いと、すでに自分の中で確信していた。
この体内を駆け巡る【魔力】が、ここが異世界だと強く俺に認識させる。
換金所でたすきを銭へと換える。
魔力補給を終えた2人のぐったりとした様子が不安だ。
俺は遠回りになるが2人の様子を見てから帰ることにした。
最後の力を使い果たして、あの後動けないままって事が無い事を祈る。
悪い予感は的中する。
普段は俺の予感など当てにならないのに今回は的中した。
誰もヒトが居なくなった港湾施設で、2人は元の位置から1歩も動かず、倒れていた。
俺は左右の肩に1人ずつ担いでドカチーニの斡旋屋へと帰ることにした。
2人は軽すぎた。
ヒトを担いでいるとは思えない軽さだ。
まるで体重を感じない。
2人は臭すぎた。
ヒトを担いでいるとは思えない臭さだ。
まるでヒトの匂いと思えない。
2人は抗議する体力も無いようで抵抗せず俺に担がれていた。
2人の重さよりも臭いに苦労して、斡旋屋へと運んだ。
途中銭湯の前を通るが、流石にこの2人を連れて銭湯へ行く事を、日本人の魂が拒否した。
いつもよりは少し遅い帰宅時間。
店内には仕事を終えて夕食を食べに来た客がちらほら見える。
2人の骸骨達を担いだまま食堂に入った。
「ただいま」
「おかえりな……」
いつものようにシーリンさんに挨拶をしたところで、華麗にカウンターを乗り越えたシーリンさんが笑顔を崩すこと無く、音もさせずに高速で水平移動してくる。
人間離れした不気味な動きだ。
「この異臭にお気づきですか?これから夕飯時ですよ?厨房の裏口に廻って下さい」
「すみません。気付きませんでした。裏口に廻ります」
人間の鼻は偉大だ。
すっかり2人の臭いに、俺は慣れてしまっていた。
あれだけ2人を臭いと思って担いでいたのに。
ドカチーニの斡旋屋の裏口は、建物と海の間を通る狭い通路の先、裏庭にある。
裏庭は斡旋屋の建物自体も大きい為か、結構な広さがあり、少し狭いながらも十分に戦闘訓練が出来る運動場。
建物内の食堂からでも木戸を開けると水を汲む事が出来る井戸があり、裏庭側には直径1メートル以上ある大きな桶が置かれている。
桶の底には栓がしてあり、抜くと建物と同じ材質で作られた排水溝を通り洗濯場へと続く。
洗濯場はそれなりの大きさを持った貯水場だ。
やはり建物と同じ材質で作られており、水漏れとかはしていそうにない。
排水は海側上部に一段低くなっている所があり、直接海へとしているようだ。
近くには物干し場があり、いつも結構な数の洗濯物が風に吹かれている。
庭の奥には大きめの屋外倉庫。
これは氷室になっているとの事で勝手に開ける事を固く禁じられていた。
搬入路も兼ねており、馬車も通れる大きな扉は、体を密着させると中の冷気が扉を冷やしており、いつもひんやりとしていて、とても気持ち良い。
海に面した部分には桟橋もあり、小さめの帆船が寄港していた。
小さめと言っても港の大型帆船と比べての事だ。
この庭の大きさから見ても、個人の所有物として見ても、十分大きい帆船である。
他の建物の事は分からないが、一言で裏庭と言うには設備が整い過ぎていた。
裏庭とは関係無いがトイレは表の道沿いにあり、誰でも使用出来る公共トイレとなっているそうだ。
糞尿が肥料の原料として売れると言うのだから、異世界の常識は俺の非常識だ。
ついでに1つ加えると斡旋屋に風呂は無かった。
港からの帰り道に銭湯があり存在を知ってからは俺も出来るだけ毎日お世話になっている。
今日は汚すぎる2人を担いでいたので寄れなかった銭湯の事だ。
2階には遊び場があり、この世界唯一の癒しである、茶汲み娘さんが働いている。
狭い通路から海に落ちないように注意して裏口に廻ると、斡旋屋の館長であるドカチーニさんが入口の前で仁王立ちして、俺達を待っていた。
「その汚さでは銭湯に行っても迷惑を掛けるだけだ」
「そうですよね……銭湯へ寄る事をやめて本当に良かったです」
「良い判断だ。裏庭に井戸があること知っているな?」
「はい。知っています」
「まずは井戸の水で二人を綺麗にしてこい。話はそれからだ」
「分かりました」
井戸の傍には巨大な桶がある。
これを子供用のプールのように使って二人を風呂に入れて綺麗にしよう。
俺の鼻は既に莫迦になっていて信用できない。
きっと2人の臭いは俺へ移っているだろう。
俺単独でも食堂に入れば再び外へ叩き出されそうだな。
2人を裏庭に一度下ろすと、自分の部屋に窓から侵入。
毛布とてぬぐいを3枚取ってきた。
我が部屋ではあるがセキュリティーも何もあったものでは無い。
今までの常識など捨ててしまわないとこの先は生きていけないだろう。
真夏のような今日の気温なら風邪はひかないとは思うが、今にも衰弱死しそうな2人だ。
妄想世界に飛んでいる俺ならば、2人へ憑いている死神と直接対峙して追い払う事も出来るだろう。
残念な事にここは現実世界だ。
現実世界では、死神を退治するどころか、見る事すらも俺には出来ない。
今の俺が出来る事をやるしかない。
部屋から取ってきた毛布を、2人の上に掛けてから、巨大な桶に水を張る。
俺は厨房に居るベルガーさんに、水を温める為のお湯を貰う事にした。
裏口を開ければすぐに厨房だ。
「ベルガーさん。お湯をいただけませんか?」
「あいよ。桶一杯で二十文」
「熱っ。熱湯ですね?」
「おう。気を付けろ」
「まだ、冷たいな。すみませんもう1杯お願いします」
「おう。熱湯だ。気を付けろ」
「大分ぬるくなってきたな。すみませんもう1杯お願いします」
「おう。ユークリット。まだ必要になるか?」
「そうですね。まだまだ欲しいです」
「なら沸かす」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
次に入れたお湯で、丁度人肌よりも少し温かくて、気持ちが良い温度になった。
この巨大な桶に半分ちょっとの水と桶3杯の熱湯で丁度良い温度になったな。
次はあの骸骨達だ。
まずは臭いの大元になっているぼさぼさの髪から洗うか。
日本人として風呂に入れるのは髪と体を洗ってからだな。
毛布に包まる2人を見るとまるでゴミ捨て場に捨てられた人形の様にぐったりとしていた。
ふむどちらから洗おうか?
赤い瞳の骸骨の方が怖そうなんだよな。
とりあえずそっちを脱がしてから毛布に包んで放置。
青い瞳の骸骨の髪から洗い始める事にしよう。
「はい。良い子でちゅねー。脱ぎ脱ぎしまちょーねー。」
赤い瞳の骸骨の服を無理矢理脱がす。
赤い瞳が真っ赤に燃える。
俺を殺すと轟き叫んでいる。
胸も無いが股間の物も無い気がする。
膝まであるような長い金髪だ。
きっと髪の毛に丁度隠れて、男の大事な部分は、たまたま見えなかったのだろう。
俺は普段から他人のゾウさんを確認する趣味は無い。
ゾウさんは必要がある時に確認するものだ。
それよりは餓鬼と呼ばれる地獄の鬼のようにやせっぽちの体に腹だけ膨れた姿の方が、俺は余程気になった。
毛布を赤い瞳の骸骨に再び被せて、青い瞳の骸骨を抱き上げて桶の傍に降ろす。
「はい。良い子でちゅねー。君も脱ぎ脱ぎしまちょーねー。」
青い瞳の骸骨の服を脱がす。
青い瞳が深海のように暗くなっている。
こちらのやる事に全く反応を示していない。
青い瞳のこの子も餓鬼のような体になっている。
こちらの骸骨も胸も無いが股間の物も無い気がする。
赤い瞳の骸骨と同じで膝まであるような長い金髪までは同じだ。
だがこの子の方が赤い瞳の骸骨よりも激しく消耗しているようで股が自然と開いていた。
うん。
無い。
ゾウさんが居ない。
見間違えでは無く、男の大事な部分が無い。
一度毛布をはがして赤い骸骨を調べる事にした。
股を閉じているので開いてみる。
抵抗しているようだが、まるで力が入っていない。
うん。
無い。
肉が付いて無いので、筋にすらなっていなくて桃色の中身が丸見えになっていた。
赤い瞳の骸骨の足をそっと閉じる。
見よ、双眸は赤く燃えている。
真っ赤に燃えている赤い瞳の骸骨へ、そっと毛布を掛け直す。
やばいです。
2人とも女の子でした。
動揺して心の中まで敬語になっております。
心を鎮めるためにセーフを数えましょう。
最初は男の子と思っていた……ワンセーフ。
胸も膨らんでいない男の子と同じだ……ツーセーフ。
そもそも骸骨って男女共について無いよね……スリーセーフ。
本来なら3アウトチェンジだが、俺ルールで3セーフだ。
心の中の敬語も止まっている。
でも出来たらチェンジして下さい。
男の子に。
人生で女の子に触った事なんて、記憶の底に封じておきたい、幼馴染みしか居ません!
駄目です。
やはり敬語が止まりません!
そんな中、俺の記憶の奥底にある扉が少し開いて、奴の手が俺の頭の中へと出て来る。
きっちりと蹴り返して、扉を閉めて、鍵を厳重に掛け直した。
油断をするとすぐに出て来ようとするから奴は危険なのだ!
だが奴のお陰で心の中の敬語は完全に止まった。
現実に戻ろう。
俺がすべき事は、2人が男の子だろうと女の子だろうと、髪の毛と体を綺麗にする事だ。
赤い瞳の骸骨は、近づくだけで噛みついてきそうだ。
彼女はこのまま毛布に包んで落ち着くまで放置だ。
まずは大人しい青い瞳の骸骨から綺麗にしよう。
「お客さん。お湯は熱くないですか?」
床屋の親父風に言って髪の毛にお湯を掛けてみた。
青い瞳の骸骨からは何も反応は無い。
掛け湯で何とか出来ると思ったのが甘かった。
垢と埃にまみれた髪は想像以上に絡まって固まっていた。
髪をほぐすだけで想像以上に時間が掛かる。
このままではせっかくのお湯が冷めてしまう。
仕方が無い。
2人をまずは巨大な桶を使った風呂に入れよう。
青い瞳の骸骨をまずは入れる。
頭が桶のふちに上手にかかるようにそっと降ろした。
赤い瞳の骸骨も入れないとな。
噛みつかれないように注意しながら毛布を剥はぎ、同じように頭が桶のふちに上手にかかるようにそっと降ろす。
体の小さい2人は巨大な桶の中へ一緒に入れる事が出来た。
まずはお湯に入れて体を温めた方が良いだろう。
結果から言うと先に風呂に入れて正解だった。
赤い瞳からは炎が消え、青い瞳には虹彩が戻った。
そうだろう。
そうだろう。
風呂は文句なしに気持ち良いからな。
頬に赤みがさす頃合いで足の指先から撫でるように青い瞳の骸骨をさすってみた。
ちょっとさするだけで、みるみると垢が剥がれて、お湯に浮く。
一言で表現するならば『骨折してギブスを取ってから初めて入る風呂』だな。
俺自身が骨折してギブスを外した時以来だ。
みるみると垢が剥がれてお湯に浮く。
「…ん…」
子供のくせに色っぽい声を出しよって。
ここか?
ここがええんか?
不謹慎だが垢の剥がれ方が超気持ち良い。
文字通りに一皮むける。
くすんだ肌の下から綺麗な白に桃を刺した肌が現れる。
だが肉の感触は無い。
ほとんど骨しかない印象の足だった。
次に腕も指の先から順に垢を落としていく。
本当に骨しかない印象の体だ。
青い瞳の骸骨の両腕両脚をこすり上げてから赤い瞳の骸骨の垢も落とす事にした。
赤い瞳の骸骨も同じだった。
文字通りに一皮むけた、くすんだ肌の下から綺麗な白に桃を刺した肌が現れる。
だが青い瞳の骸骨と同じく骨の感触しかない。
両腕両脚をこすり上げるとすでに2人の垢でお湯の透明度はほぼゼロになっている。
このお湯の状態なら問題ないな。
見えてないから大丈夫だな。
いやらしい気持ちは一切ありませんよ。
胴体部分の垢をこすり落とし始めた。
恋人で無い女性の触るとおまわりさんに逮捕される部分もうろ覚えの般若心経を唱えながら手でこすって垢を落とした。
心配は杞憂で骨を触っている感触しか得ることは無かった。
これが洗濯板か。
なるほど納得した。
確かにあばら骨の感触しかない。
安心して無遠慮にこすっていると、赤い瞳の炎が増した。
餓鬼の怒りを鎮めるために般若心経を再び唱えながらせめて色がわずかに違う微妙な突起部分だけは避けながらこすることにした。
時々思っていたよりも自己主張が激しい胸の突起部分に触れたけど『垢で良く見えなかっただけだ』と自分に言い訳をして、赤い瞳の骸骨の垢を落としを続けた。
お尻から続く大きな割れ目も小さな割れ目も垢で何も見えないし、手探りで般若心経を唱えながら綺麗にしましたとも。
こちらもほとんど骨の感触しかありませんでした。
「…んんっ…」
と子供らしからぬ色っぽい声が聞こえてくる気がしますが気のせいです。
大丈夫です。
少なくとも俺には胸より腹が出ている娘に対しては生まれるとおまわりさんにお世話になるような特別な感情は三次元では持ち合わせていない……と自分を信じています。
青い瞳の骸骨の胴体部分も同じように綺麗にします。
胸に2つある微妙な突起部分に触れると【ビクンッビクンッ】と身体が跳ねます。
なるべく触れないように気を付けているのですが、お湯の透明度はゼロ。
胴体の垢を手でこすり落としているとどちらかの手が思いもよらず触れてしまいます。
両手を一度に動かすのは大変ですね。
注意力が散漫になってしまいます。
信じて下さい。
本当にわざとじゃないんです!!
一通り垢を落とし終わると、青い瞳は深海のように暗くなっていました。
2人を一旦、垢風呂から出して、てぬぐいで体の水を拭き取ると、再び毛布に包みます。
一部の特殊性癖をお持ちの方には聖水と呼ばれそうな汚水。
この貴重な貴重な本当に貴重な水を桶の底にある栓を抜き容赦無く排水口へ捨てます。
「僕は………大丈夫です。俺は………大丈夫だ。私は………大丈夫。」
そう。
僕は……俺は……私は……大丈夫だ。
三次元の幼女に興味は無い!
二次元の幻女さえ居ればそれで良い!
いつの間にか動揺して、心の中まで敬語となっていたが、それもおさまった。
ベルガーさんに再び熱湯の桶を3杯頼み、俺は巨大な桶に再びぬるま湯を作るのだった。
ベルガーさんに再び熱湯の桶を3杯頼み、俺は巨大な桶に再びぬるま湯を作り終えた俺は、再び毛布から2人を子供用プールのような巨大な桶へと浸す。
前回の聖水…ゴホンッ…汚水を捨てた後、桶に残った聖遺物…ゴホンッ…垢がお湯の中を泳いでいるが、透明度は格段に上がった。
くすんで元の色が分からなくなっていた肌の色も、白人らしき白さを取り戻した。
お湯で温められている為か、少し桃色掛かっている肌が、俺の心と視線をがっしりと掴む。
ちっ違うぞ。
美少女フィギュアだって、ただの肌色よりもちょっと桃色が差している方が可愛く見えるのと同じ意味だからな!
俺は三次元にロリコン魂を持ち合わせてはいないからな!
三次元の幼女に幻想は持っていないからな!
まったく、二次元幻女は最高だぜ!!
このフレーズは多くの仲間達アニメオタクが多く引用しているから全く問題ないな。
こんな下らない事を考えているうちに、骸骨達も温まってきたな。
肌もこすればまだまだ聖遺物……垢が出てきそうだが、まずは頭皮だな。
赤い瞳の骸骨は……まだお怒り中のようだ。
青い瞳の骸骨は……多少瞳に光が戻ってきたな。
青い瞳の骸骨の方から頭皮を綺麗にするとしよう。
俺はシャンプーどころか石鹸も持っていないので指で頭皮マッサージをするだけだ。
「お客さん。かゆいところは無いですか?」
ワンパターンの床屋ネタを口に出しながら頭皮のマッサージを始める。
異変はすぐに起きた。
指でマッサージした部分の皮が、ずるり、と剥ける。
俺は、あせった、が下に新しく綺麗な頭皮が見えたので安心した。
剥けたのは、どうやら積もりに積もった、古い頭皮だったようだ。
頭皮マッサージをするだけでみるみる剥ける。
こいつは気持ち良い。
青い瞳の骸骨の表情は変わらないが、瞳が少し、トロン、としている。
彼女も気持ちが良いのだろうが、俺も古い頭皮がこれだけ見事に取れると、気持ち良い。
「お客さん。気持ち良いですか?」
驚いた。
今まで全く反応が無かった青い瞳の骸骨がわずかに、コクン、と首を縦に振った。
揉めば揉むほど頭皮が取れる。
これだけ古い頭皮がこびりついていて良くかゆくなかったな?
一通り青い瞳の骸骨から古い頭皮を剥くと赤い瞳の骸骨の頭皮を剥きに掛かる。
赤い瞳の骸骨は、俺に髪の毛を触られるのを嫌がり、逃げようとするが動く事もままならないくらいに衰弱している。
「へっへっへっ。お客さん。おいらからは逃げる事は出来ませんぜ」
ちょっとお道化ながら赤い瞳の骸骨の頭を掴んだ瞬間に異物を感じた。
髪の生え際に隠すようにして髪の色と全く同じ色のサークレットがあった。
「それには触れないで下さい。」
俺が2人の体を洗い始めてから初めてのまともな会話。
俺がサークレットに気付いた事に対して、小さく弱々しい声が警告してくる。
今までで一番激しい炎が瞳に宿るのを赤い瞳に見た。
「分かりました。なるべく触れないように注意しますので頭を洗わして下さい」
隣では青い瞳の骸骨が、トロン、とした瞳で気持ちよさそうにお湯にたゆたっている。
その姿を見て、不承不承ながらも、赤い瞳の骸骨がコクリと首を縦に振る。
俺は約束通りサークレットに触れないように注意して作業に戻る。
「どうしてそんなに時間が掛かっているのですか?」
赤い瞳の骸骨が質問してくる。
もしかして、サークレットの事を調べようとしていると思われているかな?
俺は確かに青い瞳の骸骨に比べると時間を掛けて赤い瞳の骸骨の頭皮を取っている。
「触れないように注意しながらぎりぎりまで古い頭皮を剥がそうとしているのです」
『どれだけ大きく一度に古い頭皮が剥がれるか、俺は挑戦しているのだよ君の頭で』
と「括弧」を声に出して『括弧』を心の中では思っていた。
俺の言葉に納得する赤い瞳の骸骨。
俺は無理をして古い頭皮が破れないようにと、細心の注意を払いながら剥がしていった。
青い瞳の骸骨の5倍は時間を掛けて赤い瞳の骸骨の古い頭皮を剥がした。
『取れた。サークレットの内側の古い頭皮は全てつながったまま新しい頭皮から離れた』
素晴らしいスッキリ感と達成感だ。
記念にこの偉業を保存したい!
幼女の頭皮だから保存したい訳じゃないからな!
おっさんの頭皮だったら、普通に捨てるのも本当だがな!!
記念に取って置きたいのも本当だが、骸骨の長く絡まった髪をほぐしてから古い頭皮を破らずに抜くのにどれだけ時間が掛かるか分からないため、泣く泣く断念する。
心のシャッターで記念撮影をして今剥がした頭皮を髪の毛から取り除いた。
サークレットに触れないように気を付けながら外側の頭皮も剥がしていく。
揉むと古い頭皮と新しい頭皮が分離するのでただ古い頭皮を取ろうとするならそれほど時間は掛からない。
俺の関心はサークレットへ向かった。
サークレットはどうやら本物の金製品のようだ。
特殊な力が付いているかは俺には分からなかった。
今日2人から受け取った【魔力】で俺はここを異世界である可能性を大きく感じた。
相手が「触れるな」と言っているのだ。
呪いや魔法が掛かっていても不思議ではない。
日本の常識が異世界で通用する訳がない。
相手の忠告には従った方が良いだろう。
実際に骸骨達はこれを売れば今の生活を脱する事が出来そうなのにしていない。
俺は『何か訳があるのだろう』と疑問を心の内に飲み込む。
誰にだって触れられたくない話題の1つや2つは必ずある。
この話題に一切触れない事に決めた。
2人の頭皮を剥がした後は、絡まり固まった髪の毛を手漉きで解いていく。
2人共、膝の下まであるような、長い髪の毛だ。
お湯に浸しながら少しずつ解いていった。
2人の髪の毛がある程度ほぐれるとお湯は再び透明度がなくなる。
再び、2人の体を一通り撫でまわして、体の垢を落としてから、お湯を張り替えた。
前回と同じ手順で毛布に戻した時、再び赤い瞳は真っ赤に燃え、青い瞳は光彩を失った。
お湯に入れてしばらくすると、赤い瞳から炎が消え、青い瞳は虹彩を取り戻す。
2人の体が温まった所で、毎回同じ手順で体中の垢をこすり落として、毛布に戻す。
その度に赤い瞳は真っ赤に燃え、青い瞳は光彩を失った。
そんな事を計5回繰り返したところで、2人の垢は綺麗に落ちた。
2人の髪の色は綺麗な金髪となる。
肌の色は、少し桃色を刺した白へと、元の色と艶を取り戻した。
少し大きすぎて彼女たちの足首付近まで隠すような俺の貫頭衣を着せる。
ダブダブすぎて首元や腋からチラチラ見える桜色の突起部分は見えていない事にした。
脳は自分が見たいものしか見ないのである。
だから見えていても見えていない……と思い込むことにする。
2人にこの事を教えても、赤い瞳は真っ赤に燃えて、青い瞳は光彩を失うだけだろう。
全てが終わった頃には日が沈んだ後の薄暮の時間になっていた。
ドカチーニさんに2人の清潔さを確認してもらう。
骸骨2人は許されて建物の中に入れてもらえた。
2人がシーリンさんに支えられて建物の奥に消える。
俺も『ほっ』と一安心だ。
ドカチーニさんが裏庭に出てきて裏口の戸を閉めた。
どうした事でしょう。
今まで2人を一生懸命洗っていたので今頃になって汗腺が開いたのでしょうか?
汗がだらだらと出てきます。
手のひらも足の裏もぬるぬるです。
目の前に鬼がいます。
ヒトの姿をした鬼です。
だって白目が黒目に黒目が白目に見えるのですよ?
きっと明るい所から暗がりに入った時に見える幻覚ですよね?
この鬼に今、説教を受けています。
正座をして拝聴します。
桶を使用している最中は、何も言われませんでしたが、それは鬼の優しさでした。
この桶が「野菜や食器を洗う桶だ。風呂として使うな」と雷のようなお叱りを受けます。
私は巨大な桶を使う前より綺麗にするまで建物の中に入れてもらう事はありませんでした。
私は『月明かりとは意外とあかるいんだな』と思える暗闇の中、顔を上げる事すら許されずにひたすら桶を綺麗に洗い続けています。
私を見張る鬼が『少しでも手を止めれば心臓も止める』と殺意の波を動かし訴えてきます。
存在事消されそうな恐怖が私を突き動かします。
私がこの時に一度でも夜空を見上げたならば異世界を確信したでしょう。
実際は桶から一度も目をそらす事など出来ませんでしたが。
ひたすら桶を洗い続ける事を許された私は、鬼に指先1本で、建物内へと呼ばれます。
厨房の裏口から斡旋屋へと入る事を許された私は、ドカチーニさんの執務室に連れていかれました。
ドカチーニさんの体が一回り大きくなっていると思うのは気のせいでしょうか?
これから私は何をされるのでしょうか?
心の中では『ドナドナの歌』が流れ続けていました。
この時は私の中に不安だけが広がっていきました。