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 番外編16:おれ三十路で勇者になるが魔王を一目見て諦めた

「初めてシーリンちゃんの胸に触ったぞ!思った以上に小さかった!」



 この時から、おれは周りから『勇者』と呼ばれるおとことなったんだ!

 港湾施設で働き始めてそろそろ二十年。

 シーリンちゃんが、まだ小さい頃からこの斡旋屋にはお世話になっている。

 彼女も大きくなったものだ。

 胸の大きさは十年前も二十年前もあまり変わりは無いようだが。

 この前は実測出来たが、十年前、二十年前は目測。

 二十年間変わりないのは、おれの推測だ。

 失礼。

 二十年前と比べれば多少の成長はあるはずだ。


 独り身のおれは今日も一日の仕事を終えて、斡旋屋の夕飯を食べに行く。

 『勇者』になるまでのおれは、代わり映えの無い日々をひたすら過ごしていた。



「おお。勇者だ。こっちに来いよ。一緒に飲もう。」

「いや。こっちに来いよ。お前の英雄譚を聞かせてくれ。」

「勇者様。わたくしめにあの御業を御伝授下さい。」


 おれが斡旋屋へと入った途端にあちこちから声が掛かる。

 こんな事は、おれの人生に今まで無かった事だ。

 今日は食堂の真ん中付近に陣取る「英雄譚を聞きたい」と言う連中の席へと座った。


「それで、この前の冒険で前代未聞のお宝を手にして、どんな具合だったよ?」

「そうだなぁ。ふにゃっと柔らかい部分はわずかだったが、指と指の間に挟まったこりっとした感じの感触が最高だったぜ。」

「「「おおー。我らが勇者に乾杯!!」」」



 その時丁度シーリンちゃんが隣の食卓へと食事を届けに来た。

 いつもと変わらぬ笑顔だ。

 この笑顔も二十年間変わる事は無い。


「お待たせしました。今日の日替わり夕食です。」


 食事を置く為に少し前屈みなったシーリンちゃん。

 引き締まったお尻が俺の目の前に差し出される。

 笑顔のシーリンちゃんが隣の食卓にいる男と軽い会話を交わす。

 ここが好機とばかりに俺は右手を伸ばす。


「今日の日替わりはいつもの魚かぁ。」

「今日は新鮮な魚が入ったので美味しいですよ?」

「そいつは少し楽しみだな。いただきます。」

「どうぞ。召し上がれ。」


 小さめのお尻を隠す様にお盆を両手で持ち換え、笑顔でこたえるシーリンちゃん。

 その可愛らしい仕草で一歩後ろへと下がる。

 突然の動きに俺は必要以上にお盆へと指を突き刺し『ぐきっ』と突き指した。


「すみません。何かにぶつかりましたか?」

「いや。大丈夫だよ。問題ない。」

「それなら良かったです。」


 ずきずき痛む右手の指を隠すようにおれは答えた。

 次の料理を厨房へと取りに行くシーリンちゃん。

 今回は間が悪かったようだ。



「勇者様。今回は攻撃失敗のようだな。」

「なに、次は成功するさ。」

 にやりと笑って注文を出す。

「食前酒にエール(ビールの一種)を四杯頼む。」

「はい。少し待っていて下さい。すぐお持ちします。」

「今度はどんな作戦なんだ?」

「奥の席に置く為にシーリンちゃんが手を伸ばした時が好機だ。胸が完全に無防備になる。」

「「「おおー。」」」


 しばらくするとシーリンちゃんがエールを四杯持っておれの食卓へ来る。

 食卓を一周するように一人一人近くに寄って目の前にエールを置いていくシーリンちゃん。


 その動きには全く無駄も隙も無かった。


「おれのおごりだ。みんな飲んでくれ。」

「「「おおー。我らが勇者に乾杯!!」」」

 心で泣いて、みんなにエールをおごった。



 おれ達へエールを届けた厨房への帰り道。

 常連の爺さんがシーリンちゃんへのお尻を触る事に成功していた。

 おれは悔しさでエールを一気に飲み干す。


「まだまだ青いのぉ。」

「もう。おじいちゃん。料理を運んでいる時はやめて下さいね?」

「勿論じゃ。そんなへまはせんわい。」


 おれへの優越感を隠さない爺さん。

 くそっ。

 今度こそ、成功してみせる。

 俺は『勇者』だ。

 こんな事くらいであきらめる訳にはいかない。



 おれ達の食卓へと今夜の日替わり夕食が届き始める。

 好機はおれの正面の客に食事を置く時。

 シーリンちゃんの左手はお盆を持ち、右手が食器を持つ瞬間だ。

 俺がシーリンちゃんの引き締まったお尻に右手を伸ばした瞬間。


「きゃっ!!」


 シーリンちゃんが驚いてお盆を盛大にひっくり返す。

 誓っておれはまだシーリンちゃんのお尻には触っていない。


 熱いスープが入った皿がおれの顔目掛けてさかさまに落ちてくる。

 おれはそれを時が引き延ばされた気持ちで、ただ見る事しかできない。

 おれの顔へと熱いスープが掛かる寸前に魔法のようにスープを一滴もこぼす事無く、シーリンちゃんがひっくり返したお盆を元通りに持ち直し、空中にばらまいた料理を並べ直した。

 周りの客からシーリンちゃんの妙技に「おおー」という感嘆の声と拍手が鳴る。


「お客様。お怪我はありませんでしたか?粗相そそうをしてしまい申し訳ありません。」


 ぺこぺこ頭を下げながら、謝罪をするシーリンちゃん。

 これはこれで可愛らしい姿だ。

 食卓の連中は「仕方ないなぁ」「すみません」「危なかったな」「次はこのような事が無いよう気を付けます」とかシーリンちゃんとでれでれしながら言葉を交わしている。


「お客様。スープが掛かっていないか確認させて下さい。」


 シーリンちゃんが自分のてぬぐいを用意して、おれの顔にめがけ自分の顔を近づけてくる。

 おれの『勇者』としての名声を高めるにはこれしか無い!

 シーリンちゃんのほっぺたへのキス。

 いよいよお互いが最接近してきて『今だ!』と思った瞬間。

 おれにだけに聞こえる冷たい声でシーリンちゃんが囁きかける。


『次に料理を運んでいる最中に同じ行為をしましたら、今度は同じ結末を迎えませんよ?』


 その後すぐに、おれから離れたシーリンちゃんはいつもと変わらぬ満面の笑顔だった。


「本当にお怪我は無いようで安心しました。次はこのような事が無いように気を付けます。」


 そう謝ると再び厨房の方へと帰っていくシーリンちゃん。

 何も知らない同席した連中はおれの事をうらやましがって吠えている。

 全然、良い思いじゃ無いのだ!



 体中の穴という穴から液が漏れ出そうな根源的な恐怖が一瞬にしておれを襲った。

 溜まった涙、ずるずると落ちてくる鼻水、止まらない冷や汗はどうにもならなかった。

 現在、下半身に全力で力を込める事でなんとか最悪の事態は避ける事が出来ている。

 俺は『勇者』だあきらめない者だ。

 『尿道を締めろ』『けつの穴を締めろ』

 ここであきらめたらおれは『勇者』でなくなってしまう。



 ぎりぎりで踏ん張り、なんとか『勇者』としての威厳は保たれた。

 だが名声を高めた訳では無い。

 現在、シーリンちゃんが井戸のある木戸を開けて水を汲んでいる。

 『酔ったふりをして抱き着こう』


 これが最後の好機とばかりに席を立つ。

 自分も水を飲みに来たふりをして後ろからシーリンちゃんへと近づき、わざとよろける。

 そのまま抱き着こうとした瞬間に、頭が凄い力で握りしめられる。


 振り向く事すら出来ない凄い力。


 振り向く事すらはばかられる凄い気迫。


 最後の好機は『シーリンちゃんとの接触』では無く『おれが生き残る』事だったようだ。

 頭を凄い力で握られたまま厨房を抜けて裏口へと連行される。



 そこで放り投げる様に外へと追い出されると仁王立ちするドカチーニさんの姿を見た。


「今日のところは追い出すだけで勘弁してやる。」


 逆光の中のドカチーニさんの瞳は白黒が反転しているように見える。

 上がり過ぎた口角は人間族のものとは思えない。

 笑っているのか?怒っているのか?

 人間族をやめた顔がそこにあった。

 噂に聞く『金色の月の魔人』とはこんな顔をしているのではないのか?



 その時になって、ようやくおれは思い出したんだ。

 『勇者』には『魔王』の存在がついになっている事を。




 おれは『魔王』を一目見ただけで『勇者』である事をやめた。

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