金色の月満月の夜
「ユークリット来い。金色の月が満月だ!」
ドカチーニさんが斡旋屋の裏口を開けて呼んでいる。
「ちっ。そこの子供達も一緒に連れてこい。俺の執務室だ!」
夕飯を食べた後片付けをしようとしたら「そんな事は後回しだ!」とドカチーニさんに移動をせかされた。
13人でぞろぞろと斡旋屋の中へと移動する。
執務室は相変わらず羊皮紙であふれ返っているが、大きな机が半分ずれる様に移動していて、そこには地下へと続く階段が現れていた。
「おう。お前ら。ここの事を誰かに言ったら承知しないぞ?」
ドカチーニさん。
そんなに口角上げ過ぎて別人のような顔で脅さなくても大丈夫ですよ?
無理して笑おうとするからそんなおかしな顔芸になるんですよ?
ほら。
子供達がみんな怯えているじゃないですか?
上の数行全て心の中の言葉です。
恐ろしくて俺には口からは出せません。
「大丈夫! このおじさんが守ってくれるよ。地下に隠れていな」
俺の口から本当に出た言葉はこれだけ。
子供達は不安な顔をしながらも地下へと降りていく。
「また冒険に行くのですか?」
ベスが心配そうな瞳で聞いてきた。
それだけで俺の勇気があふれる。
「ああ。満月だからな。悪いが行かせてもらうよ」
「絶対に帰ってきて下さい」
「ああ。指切りだ」
「指切り?」
自分の両小指とベスとアンの小指を絡める。
「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ーます。指切った! 俺の国の昔から伝わる約束の言葉だよ。これを破ると大変だろ?」
首をかしげながらベスが俺に聞いてくる。
「つまり、もし死んだら針を千本、口の中に刺してお仕置きした後、小指を切断して形見として大事に持っていろって事ですね? 分かりました。アンと二人で必ずやりとげます」
ベスさんベスさん。
それを実行している場面を想像すると絵面がひどい事になっていますよ?
アンも首を縦にブンブン振らない。
うちの子にヤンデレ属性やメンヘラ属性は要りませんからね?
健やかに成長して下さい。
「嘘ついたら本当に実行しますよ?」
目を細めて笑うのやめようね?
『不気味さが3割増しだ』と何度も言っているよね?
実際に口に出した事は無いけど。
それでも大人しく階段を降りてくれた。
最後まで心配そうな瞳で何度も振り返りながら。
机の位置をドカチーニさんと戻しながら『金色の月の満月の夜』のレクチャーを受ける。
「俺とお前以外全員地下に隠れてもらった。俺達の仕事は街の巡回だ」
「ベルガーさんとシーリンさんはどうするのですか?」
「ベルガーは街中では戦えない。そう言う約束だ。シーリンは今日、魔力不足だ。こんな日にシーリンが居ないのは実に厄介で正直頭を抱えて悩むほどだ」
そんな話をしていると中から机を叩く音が聞こえてくる。
「ドカチーニ。出しなさい。あたしまで隠れる必要は無いでしょう?」
「フィーナ様、やめて下さい。あなたが怪我をしたらどうするのですか? 魔力だって昼間にあれだけ使ったのですよ!」
「マリー。あたしは貴族よ? 一般庶民を守る義務があるの。そんな基本的な事すら忘れたの?」
「そんな義務を守る貴族なんていませんよ! みんな部下に任せて隠れているじゃないですか。フィーナ様も今までそうしてましたよね?」
「そうよ。今まではヤンゼン家がやってくれていたわ。けど今は独立した貴族なの。まぁ姓はヤンゼンですけど。ドカチーニ。机を壊して出て行くわよ?」
「分かった。少し待て。お前は言った事は必ずやる女だ。すぐに開けるから」
ドカチーニさんがあせっているのは珍しい。
俺達はもう一度机を移動して地下への通路を開けた。
中からフィーナさんが出てくる。
完全武装だ。
装備は頭に鉢金、前面だけの革製の胸当て、革製の手甲、ももまである革のブーツ、色は黒に染まっている。
ほぼシーリンさんと同じ防具だがそこかしこに小さなポケットが付いていて中には包帯やら軟膏やらが満載だ。
武器は小振りの小剣が一振りだけ。
そして大きく違う装備が1つ。
背中の大きなマントは純白で赤の十字が入っていた。
聞けば『回復魔法を使えるから怪我したら来なさい』という証のマントという事だ。
このマントの存在を神殿や教会は公式には認めていない。
冒険者や衛兵、衛士、など戦う者同士だけで公然と行われている行為だ。
さすがに神殿や教会も満月の夜だけは何も言って来ない。
「あたしの装備、取っておいてくれたのね」
「見つけちまったのか?」
「あらあら。見つけてくれとばかりに木製人形に飾られていたわよ?」
くしゃくしゃと頭をかくドカチーニさん。
フィーナさんの尻に完全に敷かれていますよ?
「マリー。あなたは中に居るヒト達を守りなさい。メイドとはいえ貴族社会のはしくれ。誰かが死ぬ時はあなたから死になさい!」
「はい。フィーナ様。必ず中に居る者達を守ります」
「よろしい。マリー。後の事は頼むわね。では行くわよ。二人共」
今度こそ机を戻すと、街の巡回へと出掛ける。
満月の夜は本当に明るい。
銀色の月の時もそうだったが金色の月も同じように明るい。
フィーナさんは必ずドカチーニさんのマントをつまむ様に持って移動する。
後ろから見ていると『夜に街をうろつくバカップルにしか見えません』言わないけど。
「斡旋屋は心配するな。いざとなればベルガーが居る。シーリンは無理をしないでいてくれれば良いが」
今朝ドカチーニさんからもらった左腕の鎧の動きを確認しながら『金色の月の満月の夜』の事について詳しく聞くことにする。
長くなるのでいつものように箇条書きで記す。
・満ち欠けに法則性が無い。
・現れる魔族や魔物はお互いが争っていて、巻き込まれないようにするのが主な任務(new)。
・金色の月の魔族は『天使』と『魔人』に分かれて争っている(new)。
・金色の月の魔族を「魔族」と言ってはいけない。必ず怒って争いに巻き込まれる(new)。
・他の月と魔物の定義が大きく違う為、ヒト語を話せる者が多い(new)。
・その為、天使の眷属(魔物)を精霊と呼び、魔人の眷属(魔物)を悪魔と呼ぶ(new)。
・天使は比較的ヒト族に親密で魔人は比較的ヒト族に敵対的(new)。
・ヒト族に敵対する天使もいるし、ヒト族に友好的な魔人もいる(new)。
・天使と精霊の差ははっきりと分かるが、魔人と悪魔の違いは純粋に強さ(new)。
・金色の月の魔族(天使・魔人)相手に戦う事はヒト族には死を意味するほど無謀(new)。
今回は箇条書きだけでも多いな。
簡単にまとめると『天使と魔人の戦いに関わるな』って事だな。
「それでどうして街を巡回するのですか?」
ドカチーニさんに質問をしてみる。
「金色の月の住人は空を飛べる奴が多い。門の位置が山一つ向こう側で、そこで天使と魔人が戦っているとは言え、たまに街まで来ることがある。その時は、市民の避難誘導だな」
「もう。それはどうにもならない事でしょう! あたし達が本当にするべき事は違うわ」
「そうだな。一番は天使や魔人の気まぐれに対処する事だな」
「どういう事ですか?」
「何を考えているのかすら分かっていないのだが、転移魔法と思われる魔法で街中に突如として悪魔が現れる。幸いな事は一度に現れるのは数匹単位って事だ」
「だけど、放っておくとどんどん増えるのよ。そうなると困るのよね」
「走り蜥蜴とどちらが強いですか?」
「強いのもいるし、弱いのもいるとしか言えないな。どちらにしても一般人が相手をするのはかなり危険だ」
俺の中にある一般人の基準は湾岸施設にいる連中だ。
毎日どこかで喧嘩をしている連中で直接戦闘なら俺なんか相手にならないだろう。
筋肉量だけなら負けないがな!!
「港湾施設の連中なんて私より普通に強そうですよ?」
「はははっ。だからこうやって街中を巡回しているのだ。奴らなら自分で何とかする」
ドカチーニさんが愉快そうに笑う。
この人は絶対に湾岸施設の連中大好きだよな?
近くで物が壊れる音が聞こえる。
「早速お出ましだ。ユークリット、フィーナ、無理はするな。自分の身だけ守れば良い!」
言うが早いか駆け出すドカチーニさん。
俺達は彼の後に続いた。
現場にたどり着くと、まさにゴブリンと言った感じの魔物が一軒の家を襲っていた。
「ちっ。緑小鬼か。ユークリットはフィーナを守れ。お前は怪我をしても良いが、フィーナを怪我させてみろ、同じ場所を深くえぐってやる」
『緑小鬼ってゴブリンかよ!?』と思いながら、今朝習った槍の構えでフィーナさんの前に立った。
正直、緑小鬼相手にドカチーニさんの大剣では、当たればそれだけでオーバーキルだ。
千切れ飛ぶと表現するしかない勢いで緑小鬼が駆逐されていく。
辺りの緑小鬼が駆逐されると家の外からフィーナさんが声を掛ける。
「怪我人は居ませんか? あたしは治療師です」
「ありがとう。あなた達のおかげで怪我人も居ないよ」
「そう。まだ緑小鬼が来るかも知れないから気を付けてね」
「あなた達も。神の御加護がありますように」
おお『ドカチーニさんの顔が鬼になっている』どちらが本物の鬼か分かりませんよ?
緑小鬼とは言えドカチーニさんでも緊張するんだろうな。
夜の巡回は続く。
巡回の間、何事も無い時はバカップルに戻る二人。
だが緑小鬼の集団を見つけて走り出すドカチーニさんにフィーナさんは追いつけない。
俺は走って移動する時にはどうしても遅れるフィーナさんを右手で抱える事にした。
今日の俺の装備は左腕の金属鎧。
普通の貫頭衣。
草鞋。
槍1本に腰の小刀だ。
元々小柄なフィーナさんなら俺の首に手をまわして体を安定してもらえば右腕一本で抱えて走るなんて余裕だ。
ただし職業ヒーロー正社員の虎や兎と同じで5分間しか体力が続かない。
次々と緑小鬼を倒していくドカチーニさんだったが、ついに俺に出番が来る事になる。
正直来て欲しくないと思っている出番だ。
大きな通りが交差するこの場所に緑小鬼もヒト族の冒険者や衛兵も数多く集まっていた。
「ユークリット。そいつを釘付けにしろ。倒す必要は無い。そいつを自由にして怪我人を増やすな! その間に俺達は周りの雑魚緑小鬼を駆逐する」
いきなり無茶を言います!
これはどう見ても『緑大鬼です。敵の親玉です』体の大きさが他の緑小鬼と違います。
相手は右手に長剣、左手に丸盾、頭にハーフヘルメットみたいな兜は被っているが、裸に腰蓑と言ったアニメにそのまま出てきそうなゴブリン装備だ。
他の緑小鬼に比べると兜を被っているだけ豪華な装備だな。
考えろ、ユークリット。
自分の利点はなんだ?
普通の槍より短いとは言えリーチの長さだ。
不利な点はなんだ?
多すぎて数えきれないが、絶対にやられてはいけないのは槍を折られる事だ。
敵の攻撃を受ける時にはなるべく穂先の金属部分で受ける。
もしくは敵の刀の腹を押して斬撃の軌道をそらす。
そんな達人的な事が出来るかは分からないがとにかくやるしか無い。
緑大鬼と相対する。
他の緑小鬼より体が大きいとは言え俺よりは小さい。
腕だって俺の方が太い!
筋肉だけなら絶対に負けていない!
心が折れないように自分を鼓舞する。
穂先を相手の瞳に向けて威嚇をする。
攻撃はしない。
槍を使うのが下手なのがばれる。
相手の動きに合わせて槍の穂先を必ず相手の瞳に合わせるように移動させた。
自分がやられて一番恐いと思う事を相手に対してやっている。
実戦の経験値とは凄い。
自然と槍の動かし方を理解していく。
左手はあまり動かさず、右手を微調整するだけで穂先が相手の瞳を追う事が出来る。
相手とは完全ににらみ合い状態へと持っていく事が出来ていた。
ここまでは十分上出来だ。
戦闘が始まらなければ、俺のヘタレさはバレない!!
こちらの膠着状態が続くほど、周りの緑小鬼が減っていく。
それを危惧したのかついに緑大鬼が攻撃を仕掛けてきた。
一歩下がりながら相手の剣をいなそうとするが、それは理想であり現実では無かった。
現実はいなしきれなかった剣が俺の左腕を叩く。
ドカチーニさんからもらった鎧が無ければ左腕はどうなっていたか分からないほどの衝撃。
だがチャンスでもある。
接近した相手に俺は槍を持つ左手を離して相手の右手首をつかんだ。
リンゴを潰す握力がここで役に立つ。
格闘戦闘になったら長さが邪魔にしかならない槍は右手を手放して腰の小刀を引き抜き、緑大鬼の顔を目掛けて突いた。
相手も顔の前に左手の盾を掲げて小刀をガードする。
ガードはされたが相手の視界を奪った。
こちらの行動は相手に見えにくい。
すかさず後ろ足である右足で相手の股間を全力で蹴り上げる。
何万回と繰り返したもも上げ運動を応用した蹴り上げだ。
威力は十分あるだろう。
「うぐぁぁぉぁぉぁぁおぁおぁ!」
なんか分からない鬼の悲鳴が轟く。
ぐにゃりとした感触もひざに伝わるが、思ったよりもひざへの衝撃が大きい。
蹴った側にもダメージがあることを初めて実感した。
しかし、我慢出来ないほどでは無い。
何せ間違いなく命が掛かっている。
『もう一発』と蹴り上げた足を今度は盾でガードされる。
今度のダメージは確実に俺の方がでかい。
俺はひざ、相手は盾、比べるまでもない。
足は折れていないようだが痛みでもう一回同じ事をするのには躊躇してしまう。
だが下がった盾のおかげで今度は顔が空く。
小刀を目に刺そうとしたがとっさによけられて頬を深く切り裂いただけとなった。
伸びきった俺の右ひじに目掛けて盾の縁を使って攻撃してくる。
下から上への攻撃。
重力に逆らった分だけ威力も減ったようだ。
筋肉に守られた俺のひじは折れる事こそ無かったものの痛みはひどい。
どんなに激痛が走ろうと左手だけは離せない。
相手の刀を自由にさせたらお終いだ。
そうなったら生き残る自信が全くない。
相手の手首を握る左手に更に力が入る。
もう一度、顔を突くとフェイントを掛けてからのもも上げ金的攻撃が見事に決まった。
今回はそこで終わらず、相手の左足の指先をかかとで思い切り踏み抜く。
幼馴染の女から習った護身術の1つがここで役に立つとはな。
完全に主導権を握れた。
小刀で威嚇しながら右足を動かすだけで相手をほんろう出来ている。
無理に倒す事は無い。
装備だけを見れば完全に相手が有利だ。
相手と装備を比べたくもない。
時間稼ぎを主眼に置いて、相手に攻撃させないように、こちらの方から攻撃を仕掛けるフェイントをする。
時々は本当に攻撃をする事によって、相手の警戒をゆるませない事も忘れない。
相手は大分金的攻撃を警戒しているので、俺の主な攻撃は足の指先踏み抜き攻撃である。
この攻撃を相手が無理にかわそうとした時に緑大鬼のバランスが崩れた。
このチャンスに相手の刀を持つ右手のひじに向かって思いっきり小刀を突き立てた。
深々と刺さる小刀。
相手がついに刀を手放した。
後は意外と厄介な盾をどうにかしないとな。
こちらも深々と刺しすぎた小刀が相手の腕から抜けずに手放す事になってしまった。
選択肢が生まれた。
相手が刀を手放した事で左手を相手の右手首から手放すかどうか。
小刀を無くした俺の右手はもう威嚇には使えない。
他に武器を1つも持っていない。
対して相手の盾は攻撃にも防御にも使える。
あれ?
有利になったつもりで不利になっているぞ。
今頃『槍の柄を短く持てば捨てる必要無かったのか?』と思い至る。
そうしていればここで小刀を出す事が出来た。
だが現実はゲームと違ってリセットは出来ない。
現在の戦力で戦うしか無いのだ。
相手も左半身を引いて盾を攻撃に使う気が満々だ。
盾を振りかぶって縁で俺を殴ろうとしてきている。
半身になった相手に股間は狙いにくい。
だが俺はもう1つ蹴り技を持っている!
食らえ『110メートルハードルつま先蹴り!』カウンター気味に相手のみぞおちへと俺のつま先がめり込む。
緑大鬼は鎧を着ていない。
効果はそれなりに出た。
足の指を上に向けながら蹴ったので指を傷めてはいないと思うが蹴った足先も痛い。
だが本能がここしかないと告げている。
相手がひるんだその隙に傷めた右足をそのまま一歩踏み込みながらもう1つの必殺技を繰り出す。
食らえ『砲丸投げ掌底アッパー!』踏みこんだ右足を軸に体のバネ全部を使った掌底アッパーは見事に緑大鬼のあごを捉えた。
兜が鬼から外れて割と遠くまで飛んでいく。
緑大鬼は地面に仰向けに倒れた。
殺したかどうかは分からないが行動不能には出来たはずだ。
生死を掛けた戦いをしたにもかかわらず命を奪う事をためらった。
俺は彼の右手から小刀を抜き、槍から投げる時のすべり止めに使っている縄を切って、緑大鬼の腕を後ろ手にきつく縛り付けて拘束した。
もう一戦は無理だ。
格闘戦を行った俺の体は相手の攻撃を受けた以上に攻撃した事による衝撃でボロボロだ。
それでも拾いなおした槍を構えて気勢だけは保つ。
これ以上は俺のところに緑小鬼が来ないようにとハッタリをかます。
まもなくして全ての戦いが終わった。
今回の騒動は緑大鬼の討伐と共に収束していく。
「よくやった。足止め出来れば上出来と思っていたが、まさか『緑小鬼の隊長』を倒すとは思わなかったぞ。走り蜥蜴の親玉の時といい、お前は親玉殺しだな!」
どうやら『緑大鬼』なんて大したものでは無かったようです。
無事とは言えない怪我を負ったとは思うけど、自分の与えられた仕事をやりとげられて良かった。
「ほめすぎです。左腕の鎧が無かったら一撃目で負けていました。ありがとうございました」
「そうか! そうか!! 俺の鎧が役に立ったのか!? これほど喜ばしい事は無い!」
今まででも最上級に嬉しそうに笑っている。
ドカチーニさんの笑いは豪快でこちらも元気が出てくる。
「さぁ。傷を治してもらいにフィーナのところに行くか。きっと野戦病院を開いているぞ?」
野戦病院と化したフィーナさんの周囲。
現代日本ではトリアージと呼ばれる治療の選別が行われていた。
彼女は一秒と掛からずに回復魔法が必要かどうかを判断している。
トリアージ的には俺は完全に緑。
完全に放って置かれた。
同じく放って置かれた衛士様がフィーナさんに詰め寄っているが、彼女はガン無視だ。
俺に「軟膏でも塗っておいて」と言ってくる始末。
手や足が無くなっている程度では包帯できつく縛るなどの止血だけで済ませ、致命傷を負い放って置くと死にそうな傷だけを回復魔法で治している。
日本のトリアージとの違いは生きているのに黒が付かない事だな。
回復魔法さえあればと条件が付くが、それだけでも、この異世界でヒトの命を救う事は日本よりも楽かもしれない。
俺はトリアージで緑の判定後、手足を失った衛兵達の四肢に包帯できつく縛り血止めする作業を最後まで手伝わされた。
日本に居た時には考えられない事だったが、終わる頃には良くも悪くも、すっかり慣れた。
動ける者達が自主的に再編成を行い、街の巡回に戻る中、ドカチーニさんが護衛に就き、俺がフィーナさんの助手となって臨時の野戦病院となったここを守った。
トリアージで緑判定を受けた衛士様は俺が倒した緑小鬼の隊長の首を切り落とし自分の手柄にしていた。
俺はそんな事がどうでも良くなるほどフィーナさんに酷使された。
朝がやってくる。
東の空が明るくなってきた。
フィーナさんが命にかかわる怪我を治し終わると、次は切断された部位を持つヒトの治療を始める。
アルフィアさんの事と合わせて考えると、切断された部位が有るか無いかは回復魔法を受けるにあたって回復具合と消費魔力を大きく変えるようだ。
戦闘を終えた他の魔法使いから魔力補給を受けながら治療できるだけ治療したフィーナさんは「今日治療を受けられなかったヒトは、後でドカチーニの斡旋屋にある、あたしの治療院にいらっしゃいな。他の場所に居る怪我人にも宣伝しておいてね」と言い仕事を終わらせた。
ぎりぎりまで魔力を使って自分で歩けないフィーナさんを俺が右手で担いで移動する。
後の事を衛兵達にまかせて俺達3人は斡旋屋へと凱旋する。
俺は「せめてあざだけでも消して下さい」とフィーナさんに頼む。
フィーナさんは「男の勲章よ。それに治す魔力も無いもの」と言って治してくれない。
ドカチーニさんは終始、楽しそうに笑っているだけだ。
格闘戦で出来たあざは時間が経つにつれてひどくなっていく。
『またベスとアンに土下座だな』とあきらめて執務室の机を動かした。
それでも2人とまた会える喜びに勝るものは今の俺には無かった。




