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アルフィアの帰還

 そろそろ昼食の時間も終わり、港湾施設各所で働く男達が仕事に戻ろうとしている時間に大きな事件が起きる。

 1人の完全武装した衛兵が息を切らしてドカチーニの斡旋屋に飛び込んできた。


「お前のところの冒険者が一人、異原いはらの城門に帰ってきた。重傷だ。迎えを寄こしてくれ。」


 すぐさまドカチーニさんが反応する。


「ユークリット。迎えに行くぞ! シーリン後は頼んだぞ!」


 言うが早いか、斡旋屋を飛び出していく。

 俺はベスとアンに「行ってくる」とだけ言い残してドカチーニさんに続いた。



 俺は陸上の十種競技で1500メートル走が一番苦手だ。

 それ以上の距離を走るのは正直ゆっくりとしたペースで走ったとしても心臓が破裂しそうなほど苦しくなる。

 5分以上連続で運動する事が俺にとっては大変な事なのだ。

 どんなに鍛えようとしても、改善が全く見られないので、この事はあきらめがついた。



 城門の場所は分かっている。

 距離は約3キロメートル。

 ペースを考えて3キロ走るより、全力で5分間走った後、へろへろで走った方が多分速い。

 ドカチーニさんを最初の200メートルで一気に抜き去り、圧倒的な速度差でおきざりにしていく。

「先に行って出来る事をしていてくれ。俺もなるべく早く行く!」

 後ろからドカチーニさんの声が聞こえてくる。

 右手を上げて答えると全力で走り続けた。



 へろへろになった俺が城門に着く頃には、ドカチーニさんも追いついてきた。


「全力を出すことは良い事だが魔力の配分には気を付けろ。戦場でそれをやったら命に係わるぞ」


 肩で「ぜぇぜぇ」と息をする俺に一言声を掛けて衛士と思われるヒトのところに向かう。



 何を話しているのだろう?

 この距離からは2人の声は聞こえないが、最後に1両と思われる貨幣をドカチーニさんが衛士に渡したのを見た。

 俺の所に戻ってくると「こっちだ。ついて来い」と言って城門近くにある軍事施設の1つに向かって歩きだす。



 銀の月が満月になってから何日経っただろう?

 多分1週間近くは経ったと思う。

 この建物の中はまだ戦場のままだった。



 今回の被害は『割と小さい方だ』と聞いたのだが死傷者がゼロだった訳ではない。

 ここには重傷者が集められて治療を受けていた。

 正確には治療ではない。

 治療では治らないほどの傷を負い四肢を切断した者の傷が塞がるまで集められていると言った方が表現としては正確だろう。



 中を見た瞬間に入口で足が止まった。

 日本では考えられない地獄の光景であった。


「邪魔です! 入口で突っ立っていないで下さい!」


 日本で言うところの看護師に怒鳴られる。

 何も考える事が出来ないまま言われるままに一歩どいた。


「アルフィア! よく帰ってきた。ユークリットこっちだ。悪いが背負って帰るぞ」


 ドカチーニさんの声で我に返る。

 アルフィアと呼ばれた女性の四肢は左手左足を上部の方から失い、右足はボロボロで右ひざから下がねじれて千切れかけてすねも完全に折れていた。

 比較的無事な右腕も無傷な部分など無い。

 体中、ひるの噛み跡だらけだ。

 とても直視出来ない姿で意識も朦朧もうろうとしているようだが生きている。

 背負えと言われたが、右手を俺の首に回してもらってお姫様抱っこで運ぶことにした。

 こちらの方が安定して運べそうだからだ。



 意識がほとんど無い朦朧としたアルフィアさんを斡旋屋まで運ぶ。

 荷物と言ったらアルフィアさんには失礼だが荷物を運ぶ事が異世界での俺の本業だ。

 絶対・安全・確実にアルフィアさんを斡旋屋へと届けてみせる。



 斡旋屋に付く頃には、すでに昼休みは終わり、客は皆仕事へと戻っていた。

 俺達はそのままフィーナさんの診療所へと直行する。


「フィーナ。頼む。生きているのが奇跡なくらいの重傷だ」

「これは大変ね。切断された左腕と左足は無いの?」

「残念だが無いようだ」

「それだとあたし一人の魔力では回復しきれないわ。ドカチーニ。知り合いの魔法使いを出来るだけ集めて。あなたは駄目よ。一度死に掛けたのを忘れたとは言わせないわ」

「分かった。だが、魔法使いと呼べるほど魔力に精通したヒトが今はシーリンしかいねぇ。他の冒険者は街の外に出払っている」

「そう。仕方ないわね。何本か手足はあきらめてもらいましょう」


 俺は、口をはさむべきでは無いと思いながらも、口をはさむ事を止められなかった。


「どういうことですか? 聞けば魔力さえあれば治せると言っているように聞こえます。魔力補給の魔法なら誰にでも使えるのですよね? ヒトなら沢山いるじゃないですか?」

「それがだめなの。魔力補給の魔法もね、一般人同士の魔力のやり取りならば問題ないわ。だけど、あたしのような魔法使いに魔力を補給しようとするとあたしの魔力に引きずられて必要以上に魔力を取られてしまう時があるの。そうすると、魔力が枯渇して死んでしまうの。魔力を補給してくれたヒトがよ。特殊な魔法を使えるくらい魔力を扱えるヒトか、普段から魔力補給を頻繁にしていて与える魔力量を調整出来るようなヒトで無いと命の危険が大きいのよ」


 ピンと閃く。


「普段から毎日のように魔力補給をしているヒトならば大丈夫なのですね?」

「絶対とは言えないわ。けれども、まず大丈夫よ。」

「子供でも大丈夫ですか?」

「一人一人の魔力量は小さいとは思うけど、普段から魔力補給をしていないヒトよりは命の危険は無いと思うわ」

「1時間………半刻待っていて下さい。何とかします」

「分かったわ。ただしアルフィアさんに命の危険がせまったら手足は諦めて治療するわよ?」

「全力を尽くします」



 シーリンさんから俺が預けている銭束を全ておろすと港へと急ぐ。

 預けていた銭束はいつのまにか15本にまで減っていた。



 港湾施設までが遠い。

 こんな時は5分間しか全力を出せない自分の体を心底呪う。


「おう。新人。久しぶりだな? どこに行っていたんだ?」


 港湾施設へ着くと声を掛けてくれたヒトも居たが「お久しぶりです。急いでますので今日は失礼します」とだけ挨拶をして目的の子供達が居る通路へと向かった。



 通路につくと子供達全員に一人一人声を掛ける。


「命の危険がある魔力補給をしていただきたい。報酬は出張代を含めて銭束1本です」


 最初は『命の危険』を怖がったのか、子供達は集まらなかった。

 最初の1人が応じてくれると急に子供が俺に群がる。

 結果、その日通路に居た全員、10人の子供が俺に付いてきてくれた。


 子供達に囲まれてドカチーニの斡旋屋へと急いで帰る。

 初めてベスとアンを担いだ時もこんな臭いだったな。

 少し懐かしい感じもする凄い臭いだ。

 それが10人分……

 またシーリンさんに怒られるだろう。

 だが今日は推して参る。

 ベルガーさんにはスープ系の賄いを用意してもらおう。

 斡旋屋への帰り道に、そんな事を考えていた。



 シーリンさんに何か言われると思ったが「後で掃除の手伝いをしてもらいます」の一言で済み、あっさりと店内に入れてもらえた。

 ベルガーさんには胃にやさしいスープを10人前頼んだ。

 本来なら休憩時間なのにこころよく引き受けてくれる。

 いつもありがとう。

 港町の熊さん。



 診療所に着くと入口でマリーが嫌な顔をしているのがはっきり分かる。

 こんなに汚い子供達を診療所へと入れたくないのだろう。

 だが今日の俺は『推して参る』事を決めている。


 マリーを無視して中に入る。

 俺がフィーナさんに「港で毎日魔力補給をしている子供達です」と紹介を入れる。

 フィーナさんからは、もう一度子供達へと命の危険についての注意が入った。

 だが子供達は平気でこう答えた。


「おれたちはいつ死んでもおかしくないんだ。ここで死ぬならここで死ぬ運命なんだよ。」


 あっけらかんと「なんてことないさ」と答える事には俺は胸につかえるものがある。

 言葉に出来ない何かが胸に突き刺さる。



 準備が整いフィーナさんの治療が始まる。

 意識が朦朧としているアルフィアさんを支えながら座らせて『防具をぐ』。

 『防具を外す』ではない。

 ドカチーニさんの指示のもと、留め具とか防具の弱いところを壊しながら、文字通り剥いだ。

 貫頭衣も剥いだ。

 小刀で布を切り裂いて剥いだ。

 残っているのは血を止めるために結んでいるきつくしばった包帯代わりの布のみ。


 まずは、細かい傷を治していくフィーナさん。傷をふさぐ事を優先しているのか、少しピンクがかった傷あとが残った。

 頭や顔の部分、胴体部分、右腕部分の傷はほとんどふさがった。


「ユークリット。アルフィアちゃんに猿ぐつわをかませて!」

「やった事がありません。やり方が分かりません」

「それなら口が全く動かなくなるまで布を詰め込みなさい!」


 フィーナさんのするどい指示が飛ぶ。

 まだ朦朧としているアルフィアさんの口を開けて詰め込めるだけの布を詰め込む。

 自分が下手くそな事もあるが詰め込む時に指をかまれた。

 指から血がにじむ。


「次は動かないように背中側から羽交い絞めにしなさい。かなり暴れるわよ? 絶対に手をはなさないでね」


 言われた通りにアルフィアさんを背中側から羽交い絞めにした。

 裸の女性に抱きつくのは人生初めての体験だが、そんな事を楽しむ余裕などどこにも無い。

 それでも胸には触らないようにと気を付けて抱きついた。

 ドカチーニさんは右足の付け根を右腕で抱えて動かないように固定している。


「アルフィアちゃん。聞きなさい。これからあなたの右足をなるべく元の形に戻すわ。これをするのとしないのとでは、事後経過が全然違うの。簡単に言うとただ回復魔法を掛けるよりも動かせるようになるまでの時間が短くなるわ。ただし地獄の苦しみよ。覚悟は良い?」


 半分朦朧としながらも一応アルフィアさんはうなずく。

 それを確認したフィーナさんがねじれて千切れそうなアルフィアさんの足の形を元の形であろう姿に強引にねじって戻す。

 女性とは思えない凄い力でアルフィアさんが暴れるのを俺は必死に抑えた。

 暴れるアルフィアさんが俺の頭に頭突きを食らわせる。

 同時に口が全く動かないほど詰め込まれた布のせいで声にならない絶叫を上げている。

 このままでは不味いと思い、可能な限り密着する。

 『胸を触らないように』とか考えていた自分が莫迦ばかだった。

 どこを触る事になろうが全力でアルフィアさんを固定する。


 「ゴキュン」と嫌な音が鳴ったところでアルフィアさんの意識が無くなった。


「何とか元の位置に戻ったわね。丁度良いわ。意識の無いうちにやってしまいましょう」


 言うやドカチーニさんが渡したナイフでアルフィアさんの右すねをすっと縦に切り裂く。

 何も言わなくても、次のやる事は分かっている、感じの二人のコンビネーション。

 肉を裂いて折れてずれた骨を元の位置に戻しているのだ。

 もっと血が出るものと思ったが意外と血が出ない。

 右ひざから下。肌の色は紫だったり桃色だったり白かったりとヒトの肌の色には見えないが形だけはヒトの足の形へと大体整う。

 フィーナさんがここで回復魔法を掛けると傷も塞がり肌の色までほぼヒトの色となった。

 それでも傷あとやあざが残る。


「さあ、子供達。魔力を分けて頂戴。命の危険があるのは脅しじゃないわよ?」

 ああ。

 失敗した。

 子供達を部屋から出しておくべきだった。

 先程の光景は少なくとも子供に見せるものでは無いとすでに手遅れになった反省をした。

 子供達の顔は完全に青くなっている。



 フィーナさんの魔力を回復させるのには子供では10人でも足りずベスとアンも、俺の反対を押し切って、魔力補給へと加わった。

 自分で動く事が出来ない子供達全員を食堂に運ぶ。

 嬉しいことに子供達の命に1人も別状は無かった。


 ベルガーさんがスープを用意していてくれた。

 いつかベスとアンに食べさせてくれた、米の代わりにパンが入った、ミルクがゆだ。

 12人の子供をベルガーさんとシーリンさんが面倒を見てくれるとの事で、俺は診療所へと急いで戻った。



 診療所の入口ではメイド服のマリーが控えている。


「中の様子はどうですか?」


 返答無し。

 相変わらず俺とは口を利こうとしない。

 後で聞いて分かった事だが、突然教会関係者などが訪れた時に貫頭衣のままで治療をしているフィーナさんが貴族である事を証明する為だった。

 貫頭衣は庶民の服であり、庶民が回復魔法を使う事を、神殿や教会が基本的には許していないからだ。



 診療所に帰るとフィーナさんがアルフィアさんを起こして、これから行う回復魔法の説明をしていた。


「次は左腕の回復をするわ。アルフィアちゃん。あなたの感覚が肝心なの。今、あなたに左腕の感覚はあるかしら?」

「あるわ。左腕を動かせる感覚はあるけど、腕自体が無いので動かない!」


 怪我が切断された部分だけになったアルフィアさんの受け答えは大分しっかりしてきた。


「そう。良かったわ。それならば生え変わる可能性が高いわね。良いかしら。これから行う魔法はね、あなたの記憶と感覚が大事なの。左腕を意識しなさい。失う前の左腕が今現在あると意識しなさい。あたしに出来る事は元へ戻ろうとするあなたの意志や思いに魔力を注ぐ手助けをする事だけよ」

「目隠しをしてもらえる? 現実を見るとどうしても腕が無いと思ってしまうの」


 アルフィアさんの頼みに俺はてぬぐいを何枚も重ねて目に当て、落ちないように止める為の手ぬぐいを頭に巻いてそれを固定する。


「何か見えますか?」

「何も見えないわ。ありがとう。じゃあお願いします」


 左腕をしばっていた包帯を解く。

 それと同時に血がかなりの量にじみ出てくる。

 だが、それはわずかな時間だった。

 にょきにょきと生えてくると言うより、何もない空間に腕全体が少しずつ実体化する感じでアルフィアさんの左腕は生え変わった。


「成功したようね。それでも魔力が通るようになるまでに最低でも三か月はかかるわ。ユークリット。悪いけどシーリンちゃんを呼んできてくれない? 残った魔力では不安があるの」



 その言葉を聞いてシーリンさんを呼びに行く。

 最初は診療室まで来たシーリンさんは「仕事がありますから」と断ったがドカチーニさんが「後は任せろ」と言ったところで、協力してくれる事になった。


 シーリンさんはアルフィアさんが心配では無いのだろうか?

 異世界の事はまだまだ良く分からないが、今日見た野戦病院のようなところや、ドカチーニさんの左腕を見る限り、この異世界では四肢切断はそれほど珍しいものでは無いのかもしれない。

 俺も無くさないように気を付けよう。

 他の異世界小説ほど簡単には怪我が治りそうにない。



 シーリンさんがフィーナさんに魔力補給をする。


「さすがね。ありがとうシーリンちゃん。正直言うと子供達全員を足したよりも受け取った魔力が多いわ」

「お礼は良いですから必ずアルフィアさんの左足を復活させてください」


 シーリンさんが子供達と同じ様に動けなくなる事は無かった。

 お姫様抱っこをする必要は無い。

 自分の足でしっかりと立っている。

 顔色はかなり悪くなっているので衰弱しているのは確かだ。

 不謹慎な事ではあるが『接触のチャンスが無くなり少し残念だ』と思ってしまった。

 

「そればかりはねぇ。あたしが出来る事はアルフィアちゃんの頑張りに魔力を注ぐ手伝いをする事だけなのよ」


 フィーナさんは腕を回復させた時と同じ事をアルフィアさんに言った。


「これから、左足を回復させるわ。左腕の時と同じよ。左足がある事を意識しなさい」


 左足の血を止めていた包帯を解く。

 左腕以上に血液が流れ出る。

 同じように足全体が少しずつ実体化する。

 アルフィアさんの左足は生え変わった。


 目隠しを取ると自分の両手両足を見て感動で泣くアルフィアさん。

 しかしフィーナさんの言葉は俺が予想したものよりも厳しいものだった。


「どうやら成功したようね。けどね。本当の地獄はこれからよ。まず血が足りていないの。増血魔法はかけたけど体中だるい日々がしばらく続くわ。次に最低でも三か月は左の手足は動かないの。それでも動くと信じて動かす努力をするのよ。魔力が繋がると突然元のように動くようになるわ。だけどね。途中であきらめてしまうと一生動かないの。ただの重りね。切断した方が軽いだけましと思うほどよ。動かないヒトの手足はかなり重いの」


 俺はその言葉に口の中に溜まった唾液と驚きをゴクリと飲み込んだ。

 多くの異世界小説より性能が悪いと予想していた回復魔法はその予想を上回って悪かった。

 俺の毒はあんなに簡単に消えたのに………



 アルフィアさんの命の危機は無くなったようだ。

 さて俺は俺のもう1つの仕事をするとしよう。

 完全に自己満足の為の仕事だが、やらないと、俺の気が済まないのだ。

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