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初めての指名依頼

 いつものように木戸に差し込む光で目を覚ました俺は、いつもと違う朝を迎える。

 いや、元に戻ったと言うべきか。

 久しぶりの1人の朝だ。


 異世界と確定したし、1人なので裸族全開で一晩を過ごした。

 こんな暑い夜に服を着るなんて常識を疑う。

 そもそも魔壁蝨まだになんてものに噛まれたのも毛布なんてものを掛けて寝たせいだ。


 だが毛布が1枚も無くなったこの部屋にベスとアンを眠らせる訳にはいかないのでシーリンさんに頼んで2人を彼女の部屋に泊めてもらった。

 この暑い時期に毛布は要らないかも知れないが2人は体が弱っているし、もしもの時がある。

 俺は、その『もしも』を恐れた。


 窓の木戸を開けて準備運動を始めると、泥を塗られて更に建てつけが悪くなった扉がガタガタと揺れて開く。

 2人の骸骨が部屋を訪れた。

 死ぬ思いをしたせいだろうか?2人がキラキラと輝いて見える。

「おはよう。ユークリット起きてる?」

 ベスの声が聞こえる。その声に「おはよう」と返しながらも準備運動を続けた。


「なんて格好しているのよ!」

 ベスの怒声が飛ぶ。

 アンが目を両手でふさぐ。


 おっと、全身フリーダムだった。

 シーリンさんの仕事で露出度も極限まで高まっている。

 あわてて貫頭衣を着る。

 服の枚数的には、たった1枚の差なのにえらい扱いの差だな。



 しばらくはベスの説教に大人しく正座。

 アンも鼻息を荒くして、怒っているのを示すように前で腕を組んでいる。

 長く続く説教に「はい」まだまだ続く説教に「はい」と内容は聞き流して答えていると、ベスの怒りもだんだんと冷めて、アンも普段の落ち着きを取り戻す。

 2人には裸族に対する理解が無い事だけは分かった。 


 説教が終わったところで、中断していた朝の準備運動を再開する。

 2人は大人しく俺が準備運動を終えるのを待つのかと思っていたが、自分が出来そうな運動を見ると、真似して行おうとしている。

 俺はそんな2人を見て、2人が出来そうな簡単な運動を教えることにした。

 予想すらしていなかった共に運動をする楽しい時間。

 いつの間にか朝日が昇っており、俺は仕事の斡旋行列に並びそこねた。



 仕事を求める男達の列は大分長くなっていた。

 俺は朝食を後にして行列に並ぶ。

 2人はドカチーニさんフィーナさんと朝食を食べているから心配無いだろう。

 マリーはどうしてフィーナさんの脇に立ったままなのだ?


 分からない事は考えない事にして行列が進み自分の番が来るのを待った。

 異世界で生き抜く上で大切な事の1つが『分からない事は考えない事』だ。

 なんせ、日本の常識は通じない。

 マリーの事も何か理由があるのだろう。



 自分の番が回ってくるとシーリンさんから意外な言葉を聞く。

「ユークリットさんに指名依頼が入っています。報酬は六日間で四千文の仕事です。お受けしますか?」

「それは冒険か何かで泊まり掛けの仕事ですか?」

「いえ。斡旋屋からすぐの所で港湾施設からも出ませんよ。その代わりに六日間、他の仕事は受けられません。一度依頼を受けると断るのに違約金に報酬の半分を払う必要がありますから良く考えてから今朝のうちに返事を下さい。」


 考えるまでもない。6日間で4000文だ。

 荷揚げ屋で稼ぐよりも稼げる。

 扶養家族も増えた今、収入増加は何より嬉しい。


「喜んで~!」

 居酒屋風に言ってみたが、シーリンさんは眉をピクリともさせずに事務仕事を続ける。

 やはり異世界人には色々と通じないな。

「では、こちらに血判を押してください。」

「血判?指を切るのですか?」

「指は切りません。昔はそのような風習があったようですが、今はこの朱肉に親指を付けて押せば契約完了ですよ。」

 朱肉に親指を付けて羊皮紙に母印を押すと契約が完了した。

 現代人の常識である契約書を読むという行為をしない事が、愚かな所業であるとすぐに思い知る事になる。



 俺が血判を押すのを確認した、ドカチーニさんが嬉しそうな顔をしてこちらにやってくる。

 それ本当に笑顔ですよね?顔芸ですよね?俺には悪魔のような笑顔にも見えますよ!


「約束通り、槍を基本から教えてやる。本来は銭をもらって教えるところだぞ?俺は何て優しいんだ。教えてやって生活を保障する銭を与えるのだからな!」


 嫌な予感がする。

 羊皮紙を確認すると様々な契約内容が書いてある。

 拘束期間や支払い金額、勿論業務内容も書いてあった。

 その中の業務内容の1つに『血反吐を吐く事』と書いてある。


「契約の破棄を……」

「契約の破棄には違約金を払っていただきます。報酬の半額、二千文となります。」

 今日も良い笑顔ですね。シーリンさん。

「今日は毛布を買ってきませんと……」

「シーリン。暇が出来たら毛布を予備含めて五枚ほど買ってきてくれ。」

「分かりました。魔壁蝨まだになど居ない当たり前で一般的な毛布を買ってきます。」

「後は全て任せる。」


 シーリンさんに指示をだしてこちらに振り返るドカチーニさん。

 口角が上がり過ぎて別人になっていますよ?

「早速、裏庭の訓練場へ行こうか?」

 逃げ道が全力で塞がれて逃走ルートがありません。

 シーリンさんも、さり気なく毒を混ぜて精神を削る攻撃は止めて下さい。


 そうだ。

 今は槍を持っていない。


「そう言えば、槍が……」

「心配するな。槍の修理は終わったぞ。約束通りに一本買い足しておいたぞ。」

「せめて朝食を……」

「それは待ってやる。吐くのに中身が無いと苦しさが増すからな。代わりに掃除が大変になるがそこは頑張れ。俺にも準備がある。朝食を食べ次第訓練開始だ。」


 『知っているだろう?大魔王からは逃げられない!』


 大好きな古典漫画バイブルのセリフがセーフかアウトかぎりぎりのフレーズで頭に思い浮かんだ。



 朝食を食べ終わって廊下を歩きだす骸骨2人の姿を見て俺はフィーナさんにお礼を言う。

 後ろ姿がとても綺麗になった。

 2人共、髪の毛がキラキラ輝いている。

 後ろ姿を見てナンパして、正面から見たら骸骨だった、とオチが付く程綺麗だ。


「2人のお腹を診て下さりありがとうございます。治ってから2人共元気が増しました。」

「あらそう。それは良かったわ。これから診療所を開くから何かあった時にはお願いね。」

「その時は必ず声を掛けて下さい。」


 フィーナさんは現在俺達と同じ貫頭衣を着ている。

 同じ貫頭衣だが大分物が良さそうだ。

 フィーナさんの貫頭衣1着で俺の貫頭衣は何着買えるだろうか?


 マリーは相変わらずメイド服を着ていて、俺達とはしゃべろうとしない。

「フィーナさんはもうドレスを着ないのですか?」

「あたしもそうしたいのだけど、治療する時はドレスじゃないと色々問題が出るの。貴族でないと治療魔法を掛けられないのって面倒よね?マリーはメイド服を脱いでも良いのよ?」

「私はフィーナ様のメイドです。それに誇りを持っています。」


 ドレスは貴族の証。

 メイドは貴族に仕える者の証。

 むしろ一般人が着る事は禁じられている服と言う話だ。

 マリーはフィーナさんのメイドという事に本当に誇りを持っているのだろう。


 フィーナさんと楽しく話していると頭が割れると思うほど力強い締め付けでつかまれる。


 大魔王の襲来で食後の楽しい時間は突然終わりを告げた。

「ユークリット。楽しそうだな?朝食は食べたな?さぁ行くぞ。それにしてもつかみやすくなった。なかなか良い髪型だな。」

 シーリンさんが虎刈りに刈った頭をそのままでは嫌だったので綺麗に坊主にしたのが災いした。

 なぜかベスは俺が坊主にするのを喜んで協力してくれた。

 彼女は、綺麗に丁寧に1本残らず剃り上げてくれた。

 ドカチーニさんが俺の頭をつかみながら食堂から引きずりだす。

 頭の中ではドナドナの曲が流れていた。



 どんな血反吐を吐く訓練が待っているのかと思ったが、そんな事は無かった。

 まずはドカチーニさんによる槍の基礎講座から始まった。


「まず、槍を構える基本に左手が前か、右手が前かがある。お前は右手で槍を投げていたな?本来個人の自由なのだが、衛兵も左手が前だ。お前も投擲する右手を護る必要があるし、左手が前に来る基本的な構えにしよう。」


 そう言うと、銀の満月の夜の為に俺が作った長さ2メートル60センチ(推定)の長さの槍と手入れが行き届いた金属製の左腕鎧を渡される。


 金属製の腕鎧は前腕部から指先まではドカチーニさんが使っているものと同じ形をしている物だった。

 違いは上腕部も金属で護られており、2つをつなぐように肘当てが付いている。

 肘の内側や手首など曲がる部分は細い鎖で編み込んであり防御力が高そうだ。

 内側には皮が貼られていて直接肌に金属が触ることが無いように作られている。

 色はドカチーニパーティーで統一されているのか漆黒の左腕の鎧であった。


 付けてみるとかなりの重さがあり、少し俺の腕では隙間ができる。

「ふむ。少しだけ大きいようだが問題は無さそうだな。槍の扱いと言っても様々あるが、お前にはまず一つだけ出来るようになってもらう。見本を見せたいが俺には腕が一本しか無い。口で指示するから、まずは自然に構えてみろ。」


 左手を前にして自然に構えると、すぐに修正が入る。

「左足のつま先を真っ直ぐ前に向けろ。右足のつま先は真横にして腰を落としてみろ。」


 言われた通りに構えてみた。自然と体全体が槍にたいしてななめになる。


「それが半身の構えだ。まだ不格好だが訓練を続ければ良くなるだろう。次は持ち位置だ。右手で柄の先端を握れ。柄の先端を石突と呼ぶ。覚えておけ。石突を右手で握ったら左手が楽な場所に添えろ。この持ち位置を石突一杯と呼ぶ。これも訓練を続ければ自然と左手の位置も分かるだろう。槍の持ち位置も色々あるがお前にはこの位置の構えを覚えてもらう。」


 何度も槍を投げてきた俺だが、まともに構えたのは初めてだ。

 不格好なのは自分でも分かるが今はドカチーニさんを信じる事にする。


「よし。後は左足を前に出しながら槍を突け。その時に右足を引き付けるのを忘れるな。突き終えたら右足から後ろに戻りながら槍を元の位置に構えなおせ。勿論左足を引き付けるのを忘れるなよ。その時、移動する前と同じ位置に足があるのかを確認しろ。後はお嬢ちゃん達と一緒だ。これがよどみなく出来るまで延々と続けろ。」


 思わずドカチーニさんの顔を確認してしまう。

 漫画のように瞳の色が逆転して口角が上がった印象を受ける悪い顔をしている。

「お嬢ちゃん達にひたすら歩けと言ったお前が、ひたすら突け、を出来ない訳ないよな?」


 一言も言い返す事が出来ずに言われた事をひたすらやる事にした。

 ベスとアンを使うなんて反則ですよドカチーニさん!



 ひたすら槍を突いて、元の位置に戻る。


 今まで体育会系で生きてきて感じた事がある。

 言われたままの事をただやっても訓練の効果は上がりにくい。

 自分なりの解釈と工夫が必要だ。


 今日返ってきた槍の1本を地面に刺して、的にする。

 これを的にして一番強く突ける足の運びの幅を探りながら突きを繰り返す。

 良いか悪いかはまだ分からないが自然と『ここだ』と感じるところが出来た。

 そこに先日実験で投げ残した石を足運びの目印として置いた。

 石は花壇を造る時にも使ったのだがまだまだ残っている。


 それからは、的にした槍の柄に丁度当たるように突く。

 せっかく直した槍の柄は勿体無いが、目印無しでは上手に突ける自信が無かった。

 突きすぎても、届かなくてもだめだ。勿論、柄からずれても意味が無い。

 同じだけ踏み出して、同じ位置を正確に突き、元の位置へと戻る。

 回数をこなす事ではなく、正確さを大事にしてひたすら突いた。


 100回中1回だって上手くいかない。

 何回突いたかを数えていないが、会心の突きは数回程度だ。

 左腕の腕鎧も突く毎に重さを増しているのではないかと感じてしまう。

 今はただ会心の突きを求めて自分がイメージした通りに槍が動くように修正しながら突き続ける。

 どうすれば上手く突けるかを一動作一動作確認しながら突き続ける。



 昼食の時間で呼びに来たドカチーニさんは何もアドバイスはくれなかった。

 何も言ってもらえないのは心折れますよ?ドカチーニさん。

 何か分からないけど彼の機嫌が凄く良さそうだから良しとしておくか。

 何かフィーナさんと良い事でもあったのかな?



 その後、延々と同じ作業を繰り返す仲間となった骸骨2人と一緒に食事をとる。

 ベスが廊下を歩いているだけなのに、その中であった些細な事を嬉しそうに話す。

 アンがうんうんと首を縦に振ってベスに同意する。

 本当にこの2人は昨日から可愛さが増した。

 2人共、キラキラ輝いている。

 『こいつが若さか』とギリギリなセリフを心に浮かべる。




 この2人が居れば俺は何があっても幸せになれると感じながら楽しい食事を続けた。

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