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魔壁蝨退治(シーリン視点)

 シーリン主人公が続きます。

 魔壁蝨まだにを退治する為にまずは準備から始めます。

 わたしは予定通りに二人の貫頭衣を洗濯場に沈めて、物置へと向かいます。

 途中自室で、仕事着とも言える特注の貫頭衣から、部屋着の貫頭衣へと着替えました。

 これからの作業で特注した貫頭衣を汚すのが嫌だからです。

 部屋をいぶす為に一斗缶を、魔壁蝨が居ると分かっているユークリットに直接触りたく無いので上腕まで隠す皮手袋を、用意しました。

 彼の体に噛みついた魔壁蝨を取ったら、煙を多く出るように火を焚いて魔壁蝨をいぶりだし、一匹残らず潰す予定です。



 皮手袋を装着して、魔壁蝨に注意しながら、彼の貫頭衣を脱がします。

 脱がした貫頭衣は一斗缶に放り込みます。

 貫頭衣は魔壁蝨を逃がさないよう一斗缶にふたをして、後で焼却処分ですね。


 次にユークリット本体の魔壁蝨退治です。

 髪の毛などの肌を隠すような毛は全て剃ってしまいましょう。

 髪を剃り上げる事は世間的に「夫も嫁も要らない」つまり「恋人は要らない」と周りに宣伝する事になりますが、髪はすぐに生えてきますし、彼は男なので一時的に髪の毛など無くても問題ないでしょう。


 わたしが髪の毛を掻き分けながら魔壁蝨を探すのが面倒だと言うだけの事ですが。


 下の毛を剃るときに彼の大事な部分にも触れさせて頂きましたが、子供の頃に見た館長の物と比べれば、可愛いものです。

 彼の名誉の為にも『魔壁蝨で苦しんでいたのでちぢこまっていた』と言う事にしておいてあげます。



 魔壁蝨は全部で八匹噛みついていました。

 幸いにも噛みつかれてから時間が経っていなかったので比較的簡単に除去する事が出来ました。

 魔壁蝨は時間が経つときつく体に喰い込んで無理やり取っても頭部だけ残ってしまったりして厄介です。

 その時は周りの肉ごとえぐらないといけなくなります。

 ユークリットの頭部には魔壁蝨は噛みついてなかったので、髪の毛を剃った事は無駄になりましたが、結果論なので仕方なかった事にしましょう。


 部屋をいぶすのにユークリットが邪魔ですが、わたしの部屋に入れる事は嫌です。

 隣の物置として使っている部屋にでも移動しておきましょう。

 意識が無いみたいですし、引きずって行っても覚えている事は無いでしょう。



 最後はユークリットの部屋をいぶしての魔壁蝨退治です。

 この建物は館長の意向もあり耐火性に優れています。

 この程度の布類や寝台を燃やした所で焦げ跡こそ付くでしょうが建物自体が燃えることは無いでしょう。


 廊下に続く扉と窓の木戸を閉めた後、泥で隙間を固めて部屋の外へと魔壁蝨が逃げないようにします。

 耐火性に優れているとはいえ、他に延焼しないように気を付けて部屋の中の全ての物を一ヶ所に集めて一斗缶の中で燃やし始めました。

 不愉快ですがユークリットの汗が染み込んだ貫頭衣からは程よく煙が出てきます。

 毛布も切断して程よい大きさにして少しずつ燃やします。

 炎がある程度強くなったところで寝台を破壊しながら一斗缶に入れていきます。


 魔壁蝨が一斗缶の外に出てきた時は一匹残らず処分するためにもうもうとした煙の中、息苦しさを我慢して【気配感知の魔法】を発動しながら部屋をいぶします。

 半刻ほど掛けて全ての可燃物が灰となりました。

 魔壁蝨も一匹残らず処分したと確信します。

 一斗缶の周りが焦げていますが問題ないでしょう。

 灰を集めて海にまいたあと、ユークリットを部屋に戻しておきます。

 普段なら灰だって使い道があるのに魔壁蝨入りだと勿体無い話ですが使う気が起きません。


 服は……わざわざ彼に触れてまで着せる必要を感じませんね。

 今日も暑いですし、彼もこのまま放置で問題ないでしょう。

 わたしに堂々と裸を見せてきた男です。

 きっと裸でいる事が好きでしょう。

 自室で一人の時くらいは見逃してあげます。


 わたしとしては『魔壁蝨を一匹も逃さずに退治出来た』と自信を持ってやり遂げました。

 不愉快なのは白い部屋着がすすで汚れた事です。

 本当に着替えて正解でした。

 このままでは気持ち悪いので、誰も裏庭を覗いていないのを確認してから溜池の水で煤を落とし、いつもの特注した仕事用貫頭衣に着替えて魔壁蝨処理を終了としました。



 魔壁蝨の退治中、裏庭へ行き来する為に何度か食堂を通りました。

 ベスとアンの二人は、わたしの仕事の邪魔をしない為にも色々聞きたい事を我慢して、待っていてくれました。

 二人を安心させる為にも「ユークリットさんの魔壁蝨は部屋も含めて全て排除しました」と真っ先に伝えます。

 加えて二人には「あとは館長が回復魔法を掛ける人を連れてきてくれるまでやれる事は無いので待ちましょう」と告げました。



 その後わたしはいつもの受付へと戻ったのですが、目を離すとユークリットの部屋へと向かおうとするベスとアンに「わたしと一緒に受付に居るようにして下さい」と椅子を用意して、二人を無理やり受付へと座らせてとりあえず落着しました。



 昼の忙しい時を迎える半刻ほど前でしょうか。

 館長が品の良い老婦人を連れて斡旋屋へと戻ってきました。


「館長。ベスとアンには魔壁蝨は付いていませんでした。ユークリットの魔壁蝨は全て抜いておきました。念の為、ユークリットの部屋にあった物は全て焼却処分してあります」


 最低限の報告をするわたしですが、心は他の事に気を取られていました。

 老婦人がさも親しげに館長の外套がいとうをつまんでいます。

 わたしには老婦人が館長の左腕に手を添えている幻が見えました。

 思わず『そこはわたしの居場所です』と叫びそうになりました。


「あら。あなたシーリンね? メイリンにそっくりだわ。あなたは覚えていないでしょうがあたしがフィーナよ。あなたのお父さんとお母さんの友人だったのよ」

「はじめまして、フィーナさん。シーリンと申します。よろしくお願いします」


 内心では感情が表に出ないようにいつもより気を張って笑顔を崩さずフィーナと名乗った老婦人に挨拶をします。

 わたしから出る次の言葉を待っているのでしょうか?

 笑顔をわたしに向けたままフィーナさんは固まっています。


 笑顔のにらめっこがしばらく続くとフィーナさんはくるりと館長へと振り返り、両足を開いて軽く曲げた腰に両手を当てて眉を寄せながら言いました。


「どういうことドカチーニ? あたしの事はシーリンに話していないのかしら? あたしはメイリンと一番の友人だったと思っていたのだけど?」


 メイリンはわたしの母の名前です。

 両親の話は寝る前の御伽噺の代わりとばかりに毎夜のように館長から聞きましたが、フィーナさんの事は記憶の限り聞いた事が無いと思います。


「すまん。俺の気持ちに踏ん切りが付かなくてな。お前の事は一度も話したことが無い」

「もう。仕方ない人ね。後でこの事は納得するまでたっぷり話をしてもらうからね? さあ、病人のところに案内して頂戴。まずは治療してしまいましょう。」


 フィーナさんは館長の外套をつまんだままユークリットの部屋へと案内されていきます。

 その様子を笑顔で見送るには気を張って自分の気持ちを保つ必要がありました。

 ベスとアンの二人が心配そうに廊下の先を見つめているのでわたしは暗視魔法を使って確認し実況を中継してあげることにしました。

 暗視魔法が必要なのは廊下の方が食堂より暗い為ユークリットの部屋まで見えない為です。

 わたしが二人の様子を監視したかったからという訳ではありません。



 フィーナさんと館長はユークリットの部屋へと入ったと思ったらすぐに出てきました。

 暗視魔法を使って監視するまでも無かったようです。

 ごく自然に、彼女は、ごく自然に当たり前の事のように履物を履くときには館長の手に軽く手を添えて体を支えてもらっています。

 わたしが成人してからは館長がそんな事をしてくれた事はありません。

 そして再び、それが当然とばかりに館長の外套をつまんで二人は受付へと戻ってきました。


「ベスちゃん。アンちゃん。あなた達の事も少しは楽にしてあげられると思うわ。おばあちゃんにお腹を見せてくれるかしら?」


 フィーナさんは二人の返事を待つことなく受付の内側へと入ってくると、それぞれのお腹に手を当てて回復魔法を使ったようです。

 二人の不自然に膨らんだお腹がみるみるとへこんでいきます。

 肌にも赤みが増して明らかに二人は健康になった感じがしました。

 二人がお互いのお腹を触り、驚きと喜びを感じている事をわたしにはわずかな表情の変化で感じられます。 


「ありがとうございます。とても身体が楽になりました。わたしの名前はベスと言います。隣にいるアンは話すことが困難な為、わたしが代わって挨拶する事をお許しください」

「丁寧な挨拶をありがとう。あたしはフィーナ。ドカチーニとシーリンの両親とは大切な友人のつもりよ。じゃあついでにアンの声も治してしまおうかしら?」


 アンの喉で回復魔法に反応して魔法陣が浮かびました。

 どうしてアンに禁則魔法が掛かっているかは分かりませんが、ベスに対しては皇族関係者の疑いが深まりました。


「禁則魔法か……」

「ごめんなさい。これはあたしでも治せないわ」

「いいえ。どうかこの事はご内密にお願いします」



 周囲に緊張した空気が流れます。



 禁則魔法は滅多に出くわす魔法ではありません。

 館長が特別なだけで、一般市民に禁則魔法が掛けられている事などまずありません。

 一般市民が何らかの処罰で禁則魔法を使われるくらいなら普通に死刑となるでしょう。

 一般市民と言えるかどうか分かりませんが、魔族がヒト族へと転じる時には諜報活動員や裏切り者を作らないように使われるとの事です。


 知り合いの中ならベルガーがその一人です。

 友好的な熊族も居ますが、熊族は限りなく魔族に近い存在です。

 友好的な熊族出身のベルガーに禁則魔法は掛かっていません。

 掛かっていないからこそ、魔族に近いベルガーが街中で暴力沙汰を起こしたら、ヒト族より罪が重くなり最悪死罪が待っているのも事実です。



「分かっている。ここに居る五人だけの秘密だ。絶対誰にもしゃべらないから安心しろ」


 館長が口に指を立てて小さな声で話します。

 ベスとアンの顔が気持ち緩みます。


「ベス。アン。ユークリットは大丈夫だ。それより、混みだす前に俺と昼飯を食おう」

「あら。あたしはご飯に誘ってくれないの?」

「そんな訳ないだろう?言わなくてもお前は俺と食べるのが当たり前と思っていただけだ」


 そんな話をしながらベスとアンがいつも座る食卓へと向かう四人をわたしは見送ります。

 食事が出てくるまでの間に楽しそうに談笑している姿が本当の家族に見えて、その様子がわたしの胸に鋭い痛みを加えてきます。

 『そこはわたしの居場所です』と大きな声で叫びたい気持ちを抑えて、笑顔で本心を隠し食事客を迎える準備を整える事に集中しました。

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