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ベスの出自は?(シーリン視点)

今回の主人公はシーリンです。

第22部分ユークリット寝込む(ドカチーニ視点)と第23部分ユークリット目覚める。

第24部分ベスの出自は?(シーリン視点)から第26部分斡旋屋の新たな住人(シーリン視点)まで。

この数話は同日に起きた事です。

 今日も「後は頼む」の一言で館長がいつもよりも浮かれた雰囲気で出掛けてしまいました。

 頼りにされて任されるのは嬉しいのですが、彼と一緒に居られる時間が減るのは寂しいですね。

 午前中もほとんど出掛けて斡旋屋に居なかったのですし、午後はいつも通りに安楽椅子でうたた寝をしていて欲しいものです。


 わたしの両親と友人だったと言う老婦人と館長との間柄も気になるところですね。

 彼女と話をする時に館長の顔が緩むのが少々腹立たしくなります。

 彼女について色々と説明を受ける権利がわたしにはあるはずですよね?



 …………



 今から振り返って考えてみれば今日は朝から普段と違いがありました。

 太陽がまだ水平線の下にあり空が明るくなる前の早朝、空には星がまだまたたいています。

 そんな時間、朝一番に鳴く鳥の声でわたしは目を覚まします。

 太陽が昇るまでの夜と朝との狭間の時間がわたしの一番好きな時間です。

 この時間にわたしは洗濯を始めます。


 今朝は最近一番に開くユークリット達の部屋の木戸が開きませんでした。

 彼は意外にも早起きで、部屋の中で何やら体を動かしている気配を感じますが、部屋の中を覗いた事は無いので彼が何をしているかまでは知りません。

 この時はユークリットの部屋の木戸が開かなかった理由など気にも掛けなかったのですが、これが今回の事件の始まりでした。



 朝日が昇ってからの一刻(約2時間)程の時間が、わたしの日常で一番忙しい時間です。

 今日の仕事を求めに次から次へと現れるヒト達を滞る事無くさばいていくお仕事です。

 最近は新規の客もユークリットを最後に居ないので楽と言えば楽ですね。

 新規のヒトが来ると手間が増え、それだけで仕事が倍に増えたように感じます。

 仕事の斡旋が佳境に入った頃、わたしの仕事を中断させて館長から声が掛かりました。


 まだ仕事を求めるヒトの行列がわたしの前に出来ている状況で館長が声を掛けてくるのはかなり深刻か急ぎの用の時。

 指示を聞き逃さないように耳と注意を傾けます。


「ユークリットの野郎が勝手に買ってきた毛布に魔壁蝨まだにが付いていやがった。悪いが俺の独断でお前の部屋に嬢ちゃん達を一時避難させている。今の仕事がはけたら嬢ちゃん達に魔壁蝨が噛みついていないか見てやってくれないか? 今から俺は回復魔法を使える奴を連れてくる」


 手短に指示を伝えて、斡旋屋から出掛けて行く館長。

 わたしは『魔壁蝨? 何をやっているのですか、あの男は!』怒りは心の内に表には出しません。

 いつも通り、負の感情は笑顔で覆い隠して、仕事へ戻ります。

 ベスとアンの事は心配ですが、わたしもまずは目の前にある自分の仕事を少しでも早く終わらせる事へと専念しましょう。



 斡旋の仕事を片付けて、自室に戻るとベスとアンの二人が部屋の隅に座っていました。

 わたしの部屋には、母の形見と言われている銀製の鏡付き化粧台と揃いの椅子・衣装棚・寝台の三つしかありません。

 ユークリットの部屋にあるものよりも高品質だからでしょうか?

 それとも魔壁蝨が自分にも付いている事を懸念したからでしょうか?

 寝台も椅子もありますが二人はそこに座るのを遠慮しているようです。


 二人が不安そうな瞳をわたしに向けてきます。

 アンは普段から口を開きませんが、ベスも全く口を開こうとしません。

 わたしは二人を見比べて、まずはベスから魔壁蝨が居ないか見る事にしました。


 仕事は面倒な事から片付けるのがわたしの流儀です。

 ベスが面倒な訳では無いですよ。

 アンと比べると面倒というだけです。

 ベスとアンも二人とも良い子達なのですが、わたしの直感がベスを警戒するのです。


 噛みつく前の魔壁蝨が服に居る可能性を考えて、まず二人とも服を脱がせます。

 アンにはわたしの部屋着を着せて、ベスの髪の毛から確認しようとしたところで彼女に抵抗されました。


「髪の毛は良いです。アンと二人で魔壁蝨が居ない事を確認しました」

「駄目ですよ。もし魔壁蝨が残っていたりしたら大変ですから。わたしが確認します」


 母の遺品である鏡付きの化粧台から自前のくしを取り出します。

 ベスの髪の毛をかしながら魔壁蝨を確認しようとした時です。

 彼女が【貴族達の着けるような金製品の立派な装身具】を身に着けている事に初めて気が付きました。

 普段は豊かな髪の毛の下に完全に隠れているばかりか髪の色と全く同じ色をしているので装飾品としての役割は全く果たしていません。

 むしろ故意に装身具を隠していると考えるべきかもしれません。


「ねえベス。この事をユークリットは知っているのですか?」


 当たって欲しくない直感ほど当たるものです。

 知ると危険な物の可能性があります。

 こういう時は、はっきり何とは聞かないようにしています。


「はい。知っています。知っていて知らないふりを続けてくれています」

「そう。他に知っているヒトはいますか?」

「アンとシーリンさんだけです」

「では四人だけの秘密ですね」


 それだけ話すと『いざと言う時にはユークリットに全ての泥を被ってもらいましょう』と決めて【視力拡大の魔法】を発動します。

 これで小さな魔壁蝨も一匹とて見逃しません。


 その後は無言でベスの頭皮を確認していく事にします。

 その過程で装身具に普通なら見落とす程の小さな皇室の印を見つけてしまいました。

 装身具には魔法も掛かっているようで他人が勝手に外す事は出来そうにありません。

 ベスが生きていればと条件が付きそうですが。

 他人が外せない魔法には問題ありませんが皇室の印はいけません。

 下手に見つかれば本物でも偽物でも大騒ぎになるのは確実です。


 わたしは何も見ていない事にしましたが、誰かに見られた時の行動は考えておく必要があります。

 ベスの長く豊かな髪を梳きながらわたしは考えます。

 『ベスは一体どういう娘なのか』

 そこから始めないと今後の方針も立ちません。



 最初に思いついたのは数年前魔力不足で皇室を追い出された第三皇女がスーンプ城下でも話題になった事です。

 真偽は分かりませんが色々な噂が飛び交いました。


 確かその時の話によれば、皇族は十歳の誕生日を迎えると魔力を測定するのだそうです。

 皇国誕生以来『魔力が大きい者は貴い』と言う国是の為に例え皇族でも……むしろ皇族だからこそ十歳の誕生日に一定の魔力を満たさない者は皇族としての権利を剥奪されて市井に追い出されるそうです。

 そんなに珍しくも無い事で、皇族として生まれた男性の半数近くは魔力が足りず市井に追い出されています。


 国是とする『魔力が大きい者は貴い』の代表としては大将軍の制度があります。

 皇族に匹敵する魔力を持った一族と皇室自身が認めています。

 大きな権力、具体的には軍事権を大将軍の一族に与えています。


 この国では腐ったお貴族様はともかく皇族の掟は意外と厳しいようです。

 皇族でも女性の場合は魔力がよほど低くない限り『婚姻政策の道具』として皇室に残されるのが慣例らしく「皇女様の魔力はどれだけ低いのか」とこの港町でも話題になりました。


 皇室を追い出された追放者は、市井で十歳から五年の間、十五歳の成人まで生き延びる事によってのみ皇族としての未来が再び開かれます。

 魔力以外で自分の実力を示したとして皇位継承権を持たないものの皇族の末席に戻る事が出来ると言う話だったと記憶しています。


 厳しい掟ですが長い歴史の中で抜け道と言う物は出来るもので、大概の追放者は有力貴族の別邸にかくまわれて五年を過ごし、その後はお貴族様同士の権力争いに使われる生きた道具と成り果てると聞きます。


 お貴族様から見向きもされなかった方、お貴族様の権力争いに使われる事を拒む方の中には、神殿を頼る方もいるそうです。

 結局は神殿内の権力争いの道具になるとの噂ですが。


 大商人の丁稚になる事もあるそうですが、特別扱いされて丁稚としての修行はさせてもらえず半分軟禁されて過ごし、他聞に漏れず商人同士の権益争いの生きた道具へとなるそうです。


 どの様な形であれ後見人を得るのも皇族としての実力の内と言うところでしょうか?

 どこに行っても権力争いの生きた道具となるようですが……


 本来ならば皇族の住む場所は、ここスーンプ城から西に百里近く離れた、キヨウの都です。

 キヨウの都は、この国では政治・文化の中心と呼ばれ、街も巨大で碁盤の目のように整備されていると聞きます。

 数多くの有力貴族が皇族から与えられた土地を離れて都で暮らしているそうです。


 貴族が与えられた土地の多くは大将軍の配下の士族が衛士隊を組織して魔族や魔物から守っています。

 常にキヨウの都にいるような有力貴族の土地では士族が代官として政治まで行っている事まであるそうです。

 その中には有能なため、代官では留まらず、皇族から貴族の位まで得る士族もいるとの話です。

 そう言う士族を確か大名と呼び、大将軍から独立した衛兵や衛士の所持も出来たはずです。

 

 ここスーンプ城は隠居した大将軍が余生を過ごす城としても有名ですし、国教の大神殿の一つであるクノー神殿もあります。

 シーミズの港町も全国でも有数の海運や漁獲量を誇り、商売だって盛んな街です。

 スーンプ城、クノー神殿、シーミズの港町。

 三方に囲まれた所に大将軍と同じく、隠居した皇族が住まう別荘を作りました。

 平民には分からない政治的な思惑があるのかも知れませんね。


 余談ですが、商業の中心はオゥサカの港町、軍事の中心は大将軍の住むエドゥの城と言われています。


 スーンプ城周辺は、政治・宗教・軍事・商業の四大勢力が大規模であり、なおかつ均衡している全国的にも珍しい街と言えます。

 その上で満月に門が開く魔族の領域が一昼夜で行ける近場に全てある。

 ここまで揃うのはスーンプ城が全国で唯一と言われています。



 話がそれてしまいました。

 ベスの話へ戻しましょう。

 シーミズの港町に第三皇女が追放された事は十分に考えられます。

 真偽は分かりませんが、当時第三皇女がシーミズの港町に追放された噂も流れました。

 皇族の印を刻んだ装身具を付けているベスが第三皇女である可能性は十分にありえます。

 

 ベスが第三皇女だとしたら、どうしてスーンプ城を選んだのでしょう?


 一番に考えられる理由としては、スーンプ城は有力貴族の影響がキヨウの都に比べればはるかに小さい事でしょうか?

 若く野心のある現役貴族はキヨウの都へ上ると言いますし、スーンプ城下では前陛下が隠居する際に共に隠居した貴族が皇室の別荘で前陛下と共に静かな余生を過ごすのだそうです。


 軍事を司る士族も隠居した前大将軍が連れてきた腕は立つけど家柄等で出世出来ないお気に入り下級士族か、エドゥ城では全く芽の出ないので前将軍の目に留まり一発逆転を狙う下級士族ばかりです。

 前者はスーンプ城の衛士になり、後者はシーミズの港町の衛士等へとなる事が多いようです。


 ベスが皇女で、野心ある貴族の傀儡となるのを拒み、自らの才覚に賭けたのであれば、ここスーンプ城はそんな有力貴族や士族から逃れるには都合が良い事が多いでしょう。

 良くも悪くもシーミズの港町は平民が中心の街です。

 いざとなったらクノー神殿へと駆け込む事も出来るでしょう。

 今の様子を見る限り、ベス自身は最後まで権力者に頼る気はなかったようではありますが。



 ベスの髪に櫛を通し終えました。

 先日ユークリットが大切な水場を汚して綺麗にしただけあって、それなりに綺麗な金髪となっていましたが、それでも彼の手入れでは足りていないようでした。

 わたしが櫛で絡みを梳かした髪は『昔遠目で見た上級貴族が着ていた絹のように滑らか』です。

 光の反射が多いのだと思いますが、金髪と言うより髪自体が輝いているように見えました。

 正直これまで見た誰の髪の毛よりも綺麗で輝いていました。

 驚く事はそれだけではありません。

 浮浪児のような生活をつい最近まで送ってきたはずの彼女の髪に、この量、この長さで、ほとんど枝毛も無いのです。


 『これが若さか』と妬む気持ちもわずかに生まれますが、自分の仕事を全うする事の方が重要です。

 体に魔壁蝨が噛みついていないかを調べる為にも、わたしと同じように髪を頭に編み込んで体に垂れ落ちないようにしました。


 視力拡大魔法を使いながら体の隅から隅まで調べます。

 魔壁蝨を見落とさないようにとは思いますが、どうしてもベスの正体が気になります。


 第三皇女が市井に降りたのは三、四年前。

 それに対してベスはどう見ても十歳前後にしか見えません。


 年齢が違いすぎます。


 もし第三皇女が生きていたとしても子供が長い年月どうやって援助もなく一人で暮らしていたのかが分かりません。

 他人を頼っていないとするならばもう死んでいるか神殿に駆け込んだと考えるのが自然のように思えます。


 新たに追い出された皇女でしょうか?

 しかし第三皇女を最後にそんな噂を聞いた事はありません。

 それとも、たまたま装身具を拾ってしまったのでしょうか?

 装身具に掛かっている魔法から考えてその可能性も少ない気がします。

 大切な事はどんな理由にせよ、皇室の印が入った装身具を身に着けた者へと過度に関わるのは命の危険が生じる事ですね。

 わたしの結論はユークリットと同じく『見なかった事にする』に決定ですね。

 ただ、忘れずに報告だけは館長へ入れておかないといけません。

 ベルガーへ教えるかは館長に任せる事にしましょう。


 ベスの体を隅から隅まで観察しましたが魔壁蝨が噛みついた痕は見つかりませんでした。

 貫頭衣も裏表二度繰り返し検査して、ベスの魔壁蝨検査を終了する事としました。

 念を入れて、わたしの部屋着を着せる事にします。



 続けてアンの魔壁蝨がいないかを探します。

 手順はベスの時と同じです。

 アンには装身具はありませんでした。

 普通に考えれば無い事が当たり前なのですが。


 髪を櫛で梳かしていくと、真っ直ぐなベスに対して、ゆるっ、ふわっ、と言った感じのふくらみのある髪型になります。

 ベスのように自らが輝いているようだとまでは言いませんが綺麗な金髪となりました。

 光の反射に変化を付けるのでベスとは違った魅力にあふれています。


 髪を梳かす前と後では量が減ったように見えたベスと反対にアンは更に増えたように見えました。

 二人の共通点は量と長さの割に枝毛が全然無い事でした。

 『これが若さか』正直うらめしい。


 アンも髪を編み上げて頭に巻き付けます。

 それにしても二人共この髪型は似合いませんね。

 髪の量が多すぎて頭が二倍以上に膨れて見えます。

 体つきが細すぎる事も災いしていますね。


 二人の外見の事は今のところ無視して体に噛み痕が無いかを慎重に調べ、ベスの時と同じように貫頭衣の裏表を二度調べて魔壁蝨検査を終わらせました。

 アンにも、わたしの部屋着をそのまま着せる事にしました。



 念の為、二人が着ていた貫頭衣は洗濯場の水に重しを載せて沈めておく事にしましょう。

 魔壁蝨とて水の中では生きていけないでしょう……多分。


 わたしの部屋着では二人には少し大きすぎて首元や腋に隙が大きいですが、十歳児ほどの子供では問題とならないでしょう。

 そう言えば皇女殿下がスーンプ城下へと追放となった噂の根拠に『未成年者と交わった者は死罪。未遂でも局部切断』と言う感じのお触書を皇女殿下追放時期と同時に皇室が突然出した事だと言うヒト達が多く居た気がします。



 次の予定を進めたいので二人をうながして部屋を出ましたが、二人共ユークリットが心配なのでしょう。

 わたしが連れて行きたい食堂とは反対の側ばかり見て先に進もうとしません。

「大丈夫ですよ。ユークリットはこれからわたしが見ますから。それに館長が回復魔法を使えるヒトを連れてくると言っています。心配でしょうが、食堂で待っていてください」


 了承したのか、食堂のいつもの机まで移動してくれましたが、座った席がいつもと反対側です。

 いつもは廊下を背にして座るのですが、今日はユークリットの部屋へと続く廊下が見える側へと座っています。

 保護してから数日だと言うのにユークリットも上手に手懐けたものですね。

 こういうヒトの事を神の言葉で『ロリコン』と言ったのでしたっけ?


 二人の無事も確保できましたし、騒動の大元を断ちに行きましょう。

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