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ユークリット目覚める

 煙臭い。

 その中に最近嗅ぎなれた潮の匂いが混じる。 

 耳にも最近聞きなれた海鳥の鳴き声が入ってくる。


 暑い。


 ここはどこだ?

 記憶が混濁するほど苦しんでいたが、すっかり苦しさが消えている。

 最後に思い出せる記憶はベスとアンに無視されて筋トレもせず寂しくふて寝した事だ。

 

 目が覚めて見る天井はコンクリート打ちっ放しと言うよりは石膏を固めたような素材で出来ていた。

 すすでかなり汚れているが昨日までと同じ天井のように思える。


 この半月間が長い長い夢を見ていた訳では無さそうだ。

 出来る事ならベスとアンを連れて日本へと帰りたい。

 その時は立派なオタク少女に育ててやる。

 ただし腐らせない程度に。

 半分寝ぼけながらそんな事を思う。


 

 床から起き上がりルーチンワークとなっている準備運動をしながら体の調子を確認する。

 うん。

 体に異常は無さそうだ。


 床は焦げてるし衣装には倫理的にも異常があるのだが……

 辺りを見回しても着替えがない。

 それどころか部屋が火事にでもなったような惨状だ。

 部屋から物が1つも無くなっていた。


 俺は猛烈な不安に駆られた。


 ベス?


 アン?


 2人はどこだ?


 下の毛も綺麗に剃られてフリーダムが増した格好よりも2人は無事かどうかが気になり部屋を飛び出す。



 扉を壊す勢いで開けると食堂までの廊下を一気に駆け抜けた。

 今は昼飯時のようだ。

 食事中のヒトであふれて満員だ。



 ベスとアンを探して食堂を見渡す俺の下腹部へと強い衝撃がくる。


「それで汚いものを隠しなさい。」


 痛みでその場にうずくまる俺に、ホールの反対側にあるカウンターからシーリンさんの声が聞こえてくる。

 シーリンさんが命令口調なのは珍しい。

 顔を上げて確認出来ないがきっと笑顔のままだろう。

 さながら極上の笑顔で相手の存在事消し去る必殺技を繰り出し、敵をぶっ〇〇すアニメの魔女っ娘のごとく。

 直後に直径20センチほどの木製のお盆が俺の足元に転がった。


 うずくまる俺の所に戦闘モードのドカチーニさんがやってくる。

 ドカチーニさんはアイアンクローで俺の頭を掴むと引きずるように厨房を抜けて裏庭へと向かった。

 俺のブラブラ揺れる大事な部分が衆目にさらされる。


『やめて!』

『せめてシーリンさんの優しさという名のお盆で大事なところくらい隠させて!』

『隠す毛すらないんだから!!』


 と声を上げようとしたが実際には痛みに堪える事に必死で、声を上げる事は出来ず、引きずられながらうめく事しか出来なかった。



 裏庭に連れてこられた俺は正座をさせられる。

 ズキンズキンと心臓が増えたように俺の分身とも言える大事な部分が痛みを主張する。

 潰れてはいないだろう……多分。


 それよりも逆光で陰が出来ているせいだろうか?

 ドカチーニさんの顔が悪魔の形相に見えて恐い。

 人間そんなに口角が上がるものなのですね?

 白目と黒目が逆転して見えるのは光の加減ですよね?

 はたして彼は笑っているのか怒っているのか……

 本能が『彼から目を離すな隙を見せたら殺される』と言っている。

 殺意の波が動いているような気迫だ。


「ユークリット。お前は取り返しがつかなくなる事をした。分かるか?」

「わいせつ物を陳列しました」

「違う! そんなもん見せたって気にするやつはこの店には居ねえよ。嬢ちゃん達を命の危険に晒した事だ!」

「命の危険ですか?」

「そうだ。魔壁蝨まだにだ。毒虫だよ。噛まれると呪いに似た毒を相手に与える毒虫だ。お前の買ってきた粗末な毛布に付いていた。嬢ちゃん達が噛まれていたら命は無かったぞ!」


 その後ドカチーニさんの説教が続く。

 足がしびれてくる。

 だが説教と言うより語気を荒げながら、この世界の常識を、教えてくれていた。

 俺はありがたく彼の言葉を拝聴した。


 三行にまとめると

・買い物する時は良く物を確認してから買え。もしくは信用できる店を見つけろ。

・わざわざここまで治療に来てくれたフィーナさんにしっかりお礼を言え。

・近接戦闘でも槍が使えるようになるまで特訓だ。血反吐を吐かせてやる。


 途中愚痴を入れながらも基本的に俺の為になる事を提案してくれた。


「以上だ!」


 ドカチーニさんの説教と言うよりも授業が終わる。


「ご教授ありがとうございました。まずはフィーナさんにお礼をしてきます」


 両足がしびれて感覚が無い。

 目で足首が曲がり、きちんと足の裏で地面を踏んでいるかを確認する。

 これをしないで足首が伸びたままなのに気付かず転んだ事がある。


 裸は誰も気にしないという事なので裸族魂全開のまま店に入りフィーナさんにお礼をしにいく。

 先日シーリンさんが俺の裸に動揺しなかった事にも納得した。

 この世界はパンツ1丁が貫頭衣1着に代わっただけのほとんど半裸族ばかりの世界。

 着ている物がさらに1枚脱げたぐらい平気な全裸族にも優しい世界だったのだ!



 ドカチーニさんが「フィーナはベスとアンと一緒の席にいるからすぐ分かる」と言ったので2人を探す事にする。

 厨房で食事を作っている今の俺と同じ全裸族のベルガーさんにも、お礼と謝罪を述べ、食堂への入り口から覗けば、いつもの席に座っている2人が見える。


 2人がこちらに気が付いて目と目が合う。

 だが2人はすぐに両手で目を覆い隠した。

 2人の席と机を挟んで対面に黒いドレスを着たとても品の良い初老の御婦人が座っていた。

 フィーナさんはあの人だと確信し一歩食堂に踏み出すと再び下腹部へと強い衝撃が走った。


「それで汚いものを隠しなさい。」


 痛みで再びうずくまる俺に、受付カウンターから命令口調でシーリンさんの声が聞こえてくる。

 先程より更に冷たく鋭利な声だ。

 今回はうずくまる前にシーリンさんの姿を確認出来た。

 予想通りの笑顔であった。

 そこに魔女っ娘の無邪気な可愛さは欠片も無かった。

 あれは笑顔のペルソナだ。

 そこに感情は無い。

 ただ笑顔を貼りつけた顔があるだけだ。

 倒れる俺の足元に再び直径20センチほどの木製のお盆が転がった。



 再びアイアンクローで庭に引きずり出される俺。

 ただ今回のドカチーニさんは優しかった。


「その、なんだ。今回は俺が悪かった。わいせつ物はわいせつ物だ。俺のお古で悪いがくれてやるからこれでも着ていけ」


 と裏庭に洗濯して干してある黒い貫頭衣を俺に放り投げた。

 ドカチーニさんにお礼を言い、貫頭衣を着ると再び店に入っていった。

 どうやらこの世界も全裸族にはそれほど甘い世界では無いようだ……



 厨房を抜けシーリンさんの動向に注意しながら食堂に入る。

 今回はこちらを向く気配すら無いシーリンさんを確認する。

 俺のもとへ愛しの骸骨2人が立ち上がり向かってくる。


 2人で肩を寄せ合い、2歩ずつ歩んでくる。

 歩みの遅さにしびれを切らしてこちらから2人を抱きしめに行った。

 嬉しさのあまりか2人がいつもより数倍綺麗に見える。

 金色の髪の毛そのものが光を放っていると思えるほどキラキラして見える。


 『ミス骸骨コンテスト』があれば間違いなくワンツーフィニッシュ決めますよ。

 

 最高の骸骨2人をがっしりと抱きしめる。

 俺の耳元で鼻声混じりのベスが小言を言う。


「とても心配したんですからね」

「悪かった」

「死んだりしたら一生口を利きませんから」

「それは勘弁してくれ。幽霊になってでもお前達と話したい」

「それならば幽霊になっても会いに来ると約束して下さい」

「ああ約束する」

「冒険者にならないで下さい」

「満月の夜とその後始末だけは勘弁してくれ」


 ベスから次から次へと出る要望に一つ一つ答えていく。

 アンはベスと俺とのやり取りに自分もベスと同意見だとばかりに首を縦に振り続けてた。


 3人の微笑ましい空気が食堂で昼休みを取っているヒト達にも広がる。

 そこかしこから、何かに感謝して「乾杯!」と声が上がる。

 シーリンさんが忙しさを増して、客の注文を受けてお盆両手に運びまわっている。

 どうやら、俺達3人は今日の売り上げに大きく貢献しているようだ。


 俺は元の席に2人を座らせると対面にいるフィーナさんと思われる方に挨拶をした。

「フィーナさんはじめまして。ユークリットと言います。この度は命を助けて頂きお礼のしようもありません。このご恩に報いることが出来るよう尽力いたします」

「あらあら。丁寧な挨拶をありがとう。あたしの名前はフィーナ。しがない治療師よ。ドカチーニとシーリンちゃんの両親とは古い友人でもあるわ。あたしには子供が居ないの。恩に報いてくれるのなら、シーリンちゃんと結婚してあたしの養子になってくれるかしら?」


 食堂から喧騒おとが消える。


 あれほど陽気で騒がしかった店の空気は殺伐とした陰気な空気になった。

 こわごわとシーリンさんを見るが、いつもの笑顔は変わらない。

 しかし周りにいる男共は武器の鯉口を切るものも居る。

 娘……じゃなかった骸骨2人からも炎の視線と氷の視線をいただいた。


「その事に応じると命を幾つ必要とするか勘定が付かないので他の事でお返しします」

「あら。残念ね。あたしとしては是非お願いしたかったのだけど」

「すみません。本当に勘弁して下さい!」


 殺伐とした空気が警戒する空気へと変わる。

 まだ俺への監視は続いているのが察せられる。

 酒が入ったせいか、皆さん目が座ってますよ?


「それならば、あたしの引っ越しを手伝っていただこうかしら?」

「そんな事でよろしければいつでも声を掛けて下さい。1番に駆けつけます」

「どこかに引っ越すのか?」


 ドカチーニさんも会話に加わってきた。


「あらあら。今日ここに来る途中であなたとは話をしていたでしょう? 治療院を始めるのよ? あなたもみんな喜ぶって言ってくれたじゃない?」

「あれ本気だったのか?」

「あたしはいつだって本気よ? さあユークリット手伝って。最低限の必要な荷物を運ぶわ」

「ここにはお前が住めるような立派な部屋はないぞ?」

「先程訪問したユークリットと同じような部屋が二部屋あれば平気よ。一つは私室で一つは診療所ね。出来れば重症患者を寝かせて置ける部屋もいただけたら最高なんだけど?」


 ドカチーニさんが右手で顔の下半分を覆いながら答える。


「分かった。なるべく要望に答える。昼の客がはけたら皆で引っ越しの手伝いに行く。俺は段取りを付けてくるからな。シーリン。後は頼んだぞ」


 そう言うと店から外へと出ていってしまった。

 顔を押さえていた手はにやけそうな顔を抑えていたとしか思えない。


 やばい。


 最近、時々ドカチーニさんが本当に可愛い。



 昼食の時間が終わるまで若い時のドカチーニさんの活躍をフィーナさんから聞かされた。

 『どう考えても惚れていたのですね。分かります』

 乙女のような瞳で語るフィーナさんの話はそうとしか取れない惚気のろけ話であった。

 ごちそうさまでした。

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