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 シーリン過去編44:昇降機

「この隠し通路へ至る為には『正確に順路を一回りする』で確定だろうな」

「それで間違いなさそうですね。もう一巡して再確認しますか?」

「そうだな。一度迷宮を出て休憩後、再度一巡しよう。三度も繰り返せばほぼ確定だろう」

「「ええっー!!」」


 何やら尻の穴がむずむずするように感じる絶叫を鬼姉妹は上げた。


「済まぬ。情報確定後、補給と休養を兼ねて、わしは一度神殿へ進捗を報告しようと思うのだ。別パーティーによる検証も必要となるであろうしな」

「自分が居ますので、検証も報告も必要はありません」

「尋常であれば、報告を上げた後、他のパーティーが情報の真偽を確認するべきだろう?」

「検証及び報告は自分の役目の一つなのです」


 わしが一度迷宮から地上へ戻ろうとした提案をみっちゃんが棄却する。

 みっちゃんを派遣された事を含め、わしの信用は大分落ちたとみるべきか?

 神殿を辞そうとしておるのだから別に構わぬのだが……無いよりは有った方が良い。


「今は【未知の通路】を探索するべきです。探索後にまとめて報告すべきです。『【未知の通路】が見つかった』だけでは神殿へ上げる情報が中途半端過ぎます」

「確かにその通りだとわしも思う。だが、この先は何が起こるか分からぬのだぞ!?」

「【未知の通路】ですから当然の事です」

「だからこそ冒険者へ依頼して情報を拡散すべきだろう? 最悪わしらが全滅しても情報が残る」

「「ちょっと待って!! 報告したら【未知の通路】を独占できなくなるじゃないの!!」」

「魔物がわしらの手に余るやも知れぬ」

「「昇降機までの魔物はあらかた片付けたけどね」」

「昇降機で降りた先の事は分からぬぞ?」

「「強い魔物が出てくるのなら、それこそ大歓迎よ」」

「罠で全滅もあるのだぞ?」

「「一瞬で死んだら後悔しようも無いし、生きていたなら何とかするわ」」

「何とかならぬ事も……」


 自分を無視するなと、みっちゃんが身体ごと、わしと鬼姉妹の会話へ割り込む。


「「まだ坊主と話の最中よ!」

「いや、お主らの覚悟は知った。後はわしらの覚悟が足りぬだけなのだ」

「自分は覚悟を決めています。この区画へ入る為に再び迷宮を手順通り回る事は遠回りです。」

「必要な遠回りだ」


 ここにきて鬼姉妹とみっちんが手を組んだ感じだ。

 鬼姉妹の二人が更にわしへ詰め寄る。

 顔が近い。

 そう思った瞬間に、トリがわしの腕を引っ張り、間が開いた。

 彼女へ感謝の気持ちを伝えたい気持ちより、何とも言えぬ怖さを感じ目を向けられない。

 そんなわしの気持ちを忖度する事なく鬼姉妹は話を続ける。


「「地味に面倒なの。同じ散歩なら薄暗い迷宮より明るいお天道様の下が良いわ」」


 確かに迷宮内の移動は安全な昼の街中と比べたら十倍疲労が溜まる。

 長く生き延びた強い魔物は全て倒しただろうし、新たに湧く魔物など彼女達からすれば敵ではなく「散歩」と言いきる事もわかる。

 わしも覚悟を決めた。


「イヌよ。食料などの物資は十分か?」

「通常通りに食べるのでしたら十日間は保証します」

「「なんでこっちを見るのよ」」

「おぬしらが食べ過ぎるからだぞ。この先は何が起こるか分からぬ。管理はイヌに任せる」

「はっ」

「この迷宮内で補給は出来ぬ。いざとなったら魔物も食す事を覚悟出来るか?」

「「わたし達は平気だけど。特にみっちゃんは大丈夫なの?」」


 神殿はヒトが魔物を食す事を推奨していないが、禁じてもいない。

 食用として流通しておる物もあるくらいだ。

 真偽は定かでは無いが『迷宮内の魔物肉を食すと魔物の力を得る』とも言われている。

 情報の出所は知っている。

 しかし『黒の月の住人』の特殊能力でしか、魔物から力を得る存在を未だ知らぬ。

 ヒトが食しても魔物の力を得るのだろうか?

 その力を得る事で何を失う事になるだろうか?

 みっちゃんもわしと同じ事を心配しておるやも知れぬな。

 わしが彼女を心配気に見ておると、彼女もわしと視線を合わせのたもうた。


「自分は大丈夫です。それよりも貴方様が聖人の道を踏み外さないかの方を心配します」

「わしはもう聖人を目指しておらぬ。そもそも魔物の肉を食しながら山で修行していた者が聖人となった例もある。聖人への道は各々で違うのだよ。自分の道は自分で探すものだ」

「至言をいただきました。他人の道を辿っても無駄なのですね」

「全てが無駄とは言わぬ。大いに参考とすべきだ。最後は自分で見つけるしか道は無いがな。何、聖人へ至れなかった者の言葉だ。鵜呑みせず、頭の片隅へ置いてもらえたら嬉しい」

「はい」


 よもや彼女がわしの心配をしておるとはな。

 緊張の糸が緩み瞳と瞳を通し彼女と少し分かりあえた気がした瞬間、二人の仲を引き剥がすが如く、不意によろける勢いで腕を強く引っ張られ、柔らかな感触がわしを包み込む。

 触れたら溶ける如き物体で顔が埋没し『このままでは窒息する』と顔をよじり見上げれば、トリの顔が分かり易くむくれており、わしの両手は指の間からこぼれ落ちそうな柔らかな物体をそれぞれ鷲掴みしていた。

 双丘を掴まれておる事など意にする事無く、トリがみっちゃんへ威嚇する。


「ふたりのぉせかいをぉつくったらぁだめですぅ」


 むくれた顔にすら愛おしさしか感じぬ。

 あぁ。

 わしが聖人へ至る事は完全に無くなったな。

 聖人へ至ってから結婚した者は若干おるが、聖人へと至る途中で結婚した者の話は全く聞いた事がないのだから。

 聖人の道を諦める以上、わしが神殿へ残る選択肢は無い。

 最後の仕事をきっちりと片付けて、神殿からいとまを得よう。


 いくつかの懸念事項はあるものの何とかなろう。


 鬼姉妹の二人は間違い無く戦闘狂だが、無分別では無い。

 彼女達はわしの預かりにして、わしが責任を負えば、神殿も一定の自由なら得られよう。

 誰も行きたがらぬ地方の教会へ皆で行くと言えば神殿も紹介してくれよう。

 神殿は厄介払い、わしらは安住の地が出来る、と両者に損は無い。

 その教会で彼女達三人と共同生活を想像する……うむ、悪くない。

 当然だがイヌも誘おう。

 みっちゃんは……わしが誘っても来ないであろう……だが声だけは掛けようか。

 サルは……残念だが二度と会う事は出来まい……

 おおむね聖人を目指していた時よりも明るい未来が待っていそうだな。

 彼女達と共に生きる為にも、迷宮の最深部まで行かねばならぬ。

 最後の仕事だ。

 皆で生きて帰らねば意味が無い。

 未来予想図で緩んだ気を今一度引き締め、わしは言葉を紡いだ。


「各々覚悟は良いな? では行くぞ」


 率先して次の区画へ向かおうとした時、再び不意に後ろから両腕を引っ張られよろけた。


「「先頭は、わ・た・し」」


 振り向かずとも、にこやかな表情を浮かべつつも『絶対に先頭は譲らない』と意思が込められた双子の顔が想像出来た。




 第一階層は鬼姉妹が先行した事もあり、何事も無く、昇降機がある区画までやって来れた。

 足元に血肉が踏み場の無いほど散乱している状態を「何事も無い」と言えるのならばだが。

 わしもようよう死屍累々を越える事の感覚が麻痺してきたな。

 さしたる苦労も無く隠し通路の最後の区画へと辿り着いた。


 昇降機は迷宮によって様々と形が変わる。


 だが熟練冒険者ならば一見で区別が付くらしい。

 この迷宮の昇降機は、区画の中央、高さが腰まである簡素な柵に囲われているだけ。

 他は何も無い。


「この柵が昇降機なのか?」

「「間違いなく昇降機よ」」


 不自然なほど迷宮に馴染んで昇降機は存在していた。

 わしが知る迷宮全てで言える事だが、その内部に人工的な構造物は少ない。

 その少ない構造物の多くが、人為的に持ち運ばれ、管理されている。

 迷宮内では人が管理せねば、ほぼ全ての無機物は一日で迷宮へ飲み込まれる事となる。

 ゆえにわしは【昇降機】へ違和感しか感じぬのだろう。

 残りの極少数は人工物を模した魔物が化けた物が大半なのだ。


 嫌な予感しかしない。


 そう思った時、トリがわしの腕に抱きついてきた。

 彼女の顔から完全に血の気が失せ青ざめている。

 イヌの顔も強張こわばり、みっちゃんは恐怖を飲み込み覚悟を決めた顔となっていた。

 嬉々としているのは鬼姉妹の二人だけだ。


「「坊主。はやく乗ろうよ」」

「魔物が化けているやも知れぬ」

「「それはもう確認済みだから。すぐに乗ろうよ」」

「……」


 もはや二人の『乗ろう』と言う言葉が『呪う』にしか感じ取れぬ。

 尻込みするわしへみっちゃんが蘊蓄うんちくをたれ二人の後押しをした。


「迷宮の中には十階層中、五階層から八階層までが冒険者を誘い込み迷わす罠で、昇降機でしか深部へ辿り着けないものもあると聞いています。更なる探索の為にも昇降機を使うべきです」


 なるほど。

 彼女の言っている事はわしも伝え聞いた事がある内容だ。

 その迷宮も昇降機を使う為に色々骨を折ったとも伝え聞いている。

 どのみち行かねばならぬのだ。

 わしは皆を見渡し、意を決して、言葉をかける。


「いくか」


 わしが歩き始めようとすると、柵を軽く乗り越えて、鬼姉妹が昇降機へ一番乗りを果たした。

 常に先頭を行かねば気が済まぬやつらだと少しあきれる。

 だが彼女達を見ているわしの気持ちが軽くなると感じた。

 少し口元をほころばせて、わしは彼女達に続き、残りの者もわしの後に付いて来た。

 全員が乗ったところで間髪入れず鬼姉妹の二人が手摺りに付いている突起部分を押した。


 「「ポッチっとな」」


 突起が一つしか無いとわしが気付いた時は、彼女達が突起を押した後であった。

 後の祭りとばかりに結界の如く昇降機の中と外は隔絶され、床ごと少しずつ降り始めた。




 一層目から数え始め、十層目に到達した時、昇降機は動きを止め、隔絶状態も解除された。

 皆に「まだ動くな」と指示を出し、もう一度突起を押したが何も反応は無い。

 どうやら昇りの昇降機はまた別の区画にあるようだ。

 あると信じたい。

 一方通行で無い事を祈る。


 意を決し、昇降機から出ようとしたところで、再び鬼姉妹の二人に追い越された。

 ここまでくると二人には感心するしか無いな。

 ほんの少しだけ気が楽になった。




 だが、気が楽でいられたのは、隣の区画へ移動するまでの短い期間だった。

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― 新着の感想 ―
昇降機って現実でも不気味ですよねえ。開いた先の想像がついているから大丈夫ですが、もしとんでもない化け物が襲ってきたら泣きます。一方、トリさんの柔らかな感触はご褒美ですね。女性への思いは、男性の人生その…
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