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 シーリン過去編41:満月の宴会

 満月の夜。


 この星には誰もが知っておる月が四つある。

 月の呼び方はヒトによって変わるが、月の色で呼び分けている事は共通しておる。

 そして月の中でも、ただ『満月』と言われたら『銀の月』である事が一般的だ。

 理由は一つ。

 銀の月だけは満ち欠けが規則性があり、暦にも利用されているからだ。


 満月の夜。


 冒険者と呼ばれる街の外へ自由に出入りする事を許された者達は義務がある。

 パーティーと言う名の徒党を組み、銀の月からの来訪者から街を守る為、城壁外で遊撃の任へとつく義務だ。

 最終防衛で街の壁を守備隊が護るとしても、理想は来訪者を街の壁にすら近づけない事。

 その為に冒険者達は街の外で、出来るだけ遠くの地で、出来るだけ来訪者と戦う義務を負う。

 パーティー人数や討伐協力できるパーティー数が『四』と言う数字で区切られている事だけはわしも未だに理解出来ぬ。

 だが刻と刻の合間、または分や朱を考えれば『四』と言う数字は日常的に使われる。

 そう思えば『四』と言う数字に納得出来ない事もない。

 閑話休題。

 そんな義務を負う冒険者の中で街へ残る事が許される者達もおる。

 それは迷宮の斡旋屋から防衛任務のお墨付きをもらった者達だ。

 斡旋屋へと残る冒険者達……つまり今回の我々の事である。


 満月の夜。


 斡旋屋へ残る冒険者の任務は迷宮から溢れる可能性がある魔物へ対する備えなのだが……その実態は徹夜の大宴会。

 しかも宴会費用が店から出る為、冒険者の懐も痛まない。

 事実この特権を得る為に毎日迷宮へ潜る冒険者もいる。

 選考基準が迷宮へ潜っていた時間で決まるのだから実力が無い冒険者達には最高であろう。

 本当に実力がある冒険者ならば宴会へ出るよりも迷宮へ潜った方が銭になるはずだ。

 上記は大きな迷宮を抱えた斡旋屋の話。

 そして上記の斡旋屋同様、冒険者より衛兵の数が多い我々のような小さな斡旋屋も大宴会への準備を進めていた。

 だが予算は他の斡旋屋と違い、冒険者わしの自腹。

 モモ様はそこまで甘く無い。

 証拠と言うべきか、彼女の手にはわしの銭袋が堂々と握られている。

 彼女がいつどこでそれを手にしたのか。

 わしには全く見当も付かない。

 だが間違いなく宴会費用はわしの銭袋から出る未来をはっきりと観る事は出来る。

 非番の衛兵達の分も含めて。

 宴会の準備を手伝うモグリの子供達の小遣いも言うに及ばず。

 わしへ見せつけるように銭袋をお手玉の代わりとするモモ様を見て、諦めの境地に達し、せめて主導権だけは譲らぬと決めた。

 この宴会はわしの意思で開催すると脳内変換を終了させたのだ。


「これより満月の宴会を開く。少しでも日頃の労を癒す助けとなれば嬉しい。だが我らは迷宮の守備を担っておる事を忘れてはならぬ。けして呑み過ぎぬように各自管理せよ。では乾杯!」


 非番の衛兵達から「乾杯」やら「ごちになります」やら「桃色成分が少な過ぎる!」やら「死ぬ覚悟があるなら酌してもらえるか聞いてこい」やら途端に場が賑やかとなる。

 わしが『今夜の防衛が心配だ』と心の中で呟くと鬼姉妹から声が掛かった。


「「大丈夫だから。今夜の為にあらかた迷宮内の魔物は討伐してきたから」」

「わしの心の内を読んだのか?」

「「そんな事をしなくても坊主は分かりやすいから」」

「そうよ。坊やは心配師すぎ」

「モモ様まで篭絡したのか!?」

「別に篭絡された訳じゃないわよ。誰も冒険者が居なかった時から溢れた事は無いの」

「今宵の宴会費用。一部でも斡旋屋の予算から出ませんか?」

「あれは優秀な冒険者を他へ逃さない為の経費よ。坊やはこの迷宮で必要だと思うの?」


 わしとモモ様の会話にみっちゃんが口を挟む。

 みっちゃんは飲み食いはすれど、酒を口にしておらぬようだ。


「今までは幸運だったのです。魔物が迷宮から溢れ出る事は滅多に起きない事象ですが絶対起きない保証もありません。そのわずかな脅威に備える為の迷宮付き冒険者ではないですか?」

「その通りなのだけどね。この迷宮は平気なの」

「なぜそのような事を根拠無く言えるのですか?」


 みっちゃんはモモ様の武力を知らぬのか?

 彼女は若いから彼女を知らぬ事も仕方無し。

 公的文書からモモ様のご活躍は抹消されておるし……良きも悪きも……


「「みっちゃんには分からないかぁ。平気なのよ。わたしが居なくてもね」」

「あら。熱い視線ね。弱い方から相手をしてあげるから、いつでも掛かっていらっしゃい」

「「……」」


 モモ様から目を離し、次は互いを睨み合う鬼姉妹の二人。

 わしから見たら姉妹どちらも鬼の名が相応しいほど強い。

 だが二人は長所が違う。

 一対一の単純な力比べならば赤鬼に分があるだろう。

 比べて青鬼は多人数を同時に相手した時、まさに鬼神の如き動きを見せる。

 強さの質が大きく違う為「どちらが強いか」と問われたら、わしには答えが出ない。

 

「モモ様は意地が悪いですな。しかしこやつらを黙らせるには一番の方法です。モモ様と違い、わしがやっても効果は全く無いでしょうが」

「「分かっているじゃないの」」

「坊やも相変わらず正直者ね。正直で実直な事は坊やの良いところだけど、満月の宴会は坊やが目をつぶり銭を出しなさい。今夜、何かが起こるような事は無いから」

「銭は出します。それでも防衛は『モモ様がおっしゃるならば』と言いたいところですが規則は規則。自分達が決めた事だからこそ守らねばなりませぬ」

「そう言えば、満月の夜に冒険者が常駐する事を決めたのは教会だったかしら?」

「教会ではありませぬ。迷宮は神がお造りしもの。全て神がお決めになっております。それはさておきモモ様。この大人数。今宵の給仕の方はお一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。見ての通りモグリの子達が手伝ってくれているの。台所を任せられるも居るから見ているだけよ。そうね。役目は総監督よ。モグリの子達の報酬は宴会への参加よ」


 そう言われて周りを見れば確かに子供が幾人か宴会へ加わっている。

 子供が迷宮から捕ってくる蛙の唐揚げはフクロ城斡旋屋の伝統料理だ。

 許可なく迷宮へ潜る事は違法なのだが、この迷宮では公然とモグリがまかり通っておる。


「「「乾杯」」」


 わしがモモ様と話をしている間にも、トリと鬼姉妹二人は次々と酒を呑み干していく。

 三人が呑む勢いは周囲と比べると三倍速い。

 モグリの子らが懸命に空の徳利とっくりを片付けておるはずなのだが、卓上から徳利が無くならず、さかずきは空になるいとまもなく酒が注がれ続けておる。


「トリよ。よもやお主がわしを裏切って泥酔するとは思わなかったぞ」

「トリはぁ裏切っていないよっ。坊主とぉ結婚したいからするしぃ、呑みたいから呑むのっ」

「自分の想いを裏切らないところはトリらしいな」

「トリもぉ我慢しているよっ。寝ているぅ坊主をぉ襲っていないもんっ」


 トリが豊満な胸をわしの上腕へ押し付ける。

 この柔らかく幸せな感触に多くの男ならば彼女から『襲え』と言われたと取る事だろう。

 わしとて男だ。

 上の思考と下の施行が異なる事は良く知っておる。

 だが下の欲望は上の理性で抑え込む事が出来るおとこのつもりだ。

 聖人を目指してきたわしですら『トリの誘惑は耐え難い』と追記しておこう。


「やはりトリ様をあなた様の側へ置く訳にはいきません!」

「みっちゃんも落ち着きなさい。わしはもう聖人となる事は諦めておるのだよ」

「ここまで積み重ねた長く苦しい修行を無駄にするおつもりですか?」

「長い教会の歴史でも聖人となれた者は数えるほどしかおらぬ。わしは聖人を目指す途上の者に過ぎず、半ばで諦め聖人となれなかった大多数の一人と言う事だ」

「坊主はぁ今のままがぁ良いのですぅ」


 わしの上腕はトリの双丘へと完全に埋没した。


「こらっ。人前で絡みつくでない!」

「人前でぇ無ければぁ良いのぉ?」

「「良いのぉ?」」


 酒で顔を赤くした皆の視線がわしとトリへ集まる。

 わしは顔に熱が集まり、酒で染まった皆と同じ色をした自らの顔が容易に想像できる。


「人前で無くともならぬ!!」


 煩悩と共にトリの胸を腕から振り払う。

 同時に優しく包まれた温かさが遠ざかり、代わりに寂寥せきりょうが近づいてくる。


「坊主のぉけちんぼぉ!」

「「けちんぼぉ!」」

「トリちゃんはみんなのものだぁ!!」

「トリちゃんの独占は絶対許さぬ!!」

「そうだ! 俺達の紅一点を独り占めするなぁ!!!」

「待て待て皆の衆! 俺達には新たな女神が降臨なさっておるではないか!?」

「「「「「そうだったな!」」」」」


 衛兵達の視線がみっちゃんへと集まるが、彼女はどこ吹く風と言ったところだ。

 そして更に怨嗟を上積みした視線はわしの元へ戻って来る。

 トリは誰に対しても隔たりなく優しいし、心も体も距離感が近い。

 そんな彼女を今夜はわしが独占しておるのだ。

 衛兵達が怒るのも無理はない。

 トリは早々に酔ったのだろうか?

 普段に増してわしへ絡んでくる。

 振り払っても振り払っても今夜の彼女は諦めようとしない。


 ついにわしの左腕上腕は彼女の豊満な胸に沈み左手首は股できつく拘束されてしまった。


 トリの行動に鬼姉妹の二人が周りをはやし立て、呼応して衛兵達の怨嗟の声が響き、時間を経る毎にみっちゃんの視線は『尊敬の眼差し』の色が無くなって行く気がした。

 彼女の冷めた瞳はしつこく迫る衛兵達ゆうしゃが原因であろう……と信じたい。

 衛兵達ゆうしゃはトリがわしへべったりな分、新入りのみっちゃんを獲物まおうと定め討伐かいわを試みておるが、全く彼女まおうから相手にされておらぬからな。

 モモ様はモグリ達を使役しながら、面白い小芝居を観る時のごとく腹を抱えて笑っている。

 わしが最後の頼みとしたイヌは中立とばかりに見てみぬふり。

 笑いと怨嗟と食事と酒が途絶える事なく続く宴会の中で四面楚歌と言う故事の意味をわしは噛み締めていた。

 トリが唯一の味方か?

 最大の敵と言えぬ事もないが……




 そして最後までわしの援軍が現れる事なく銀色に輝く月は沈み夜が明けた。

 外に白みが増えるにつれ、敵の包囲も薄くなっていく。

 どうやら物理的に衛兵達の数が減っているようだ。


「今朝はやけに静かですな」

「非番の衛兵さん達が出稼ぎへ行っているから」

「城門の外ですか」

「そうよ。昨夜討伐した魔物の回収作業。あなた達は行かないの?」

「「死肉漁りに興味なし」」

「お主達ならそう言うであろうと思った。わしらは迷宮へと向かうとしよう。皆も良いか?」

「「しかばねの回収作業をするくらいなら迷宮探索が良いわ」」

「自分はいつでも準備が整っています」

「トリ殿の酔い具合だけが心配ですな」

「トリはぁぁ酔ってないよぉぉ」

「イヌの言う通り、少し心配だな」

「今日くらいお休みしたらどう?」

「「トリちゃんはわたしが護る!」」

「ああ頼むぞ。モモ様。我らは十分休ませて頂きました。探索を続けます」

「坊や。迷宮を甘くみるとしっぺ返しが怖いわよ? 今日くらいゆっくりとしなさい」

「本日は第一階層を巡るだけですので心配は要りませぬ」

「それが油断と言うのよ!」


 モモ様がここまで口を挟む事は珍しい。

 表情も普段のおちゃらけた雰囲気はなく、彼女の真剣さが伝わってくる。

 この時わしらは所詮第一階層と油断をしていたのだと思う。




 結論から言うと今回の迷宮探索から生きて斡旋屋へ帰って来れたのは三人だけだったのだ。

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