番外編7:ユークリットの銭湯(2階目)
これはまだ俺がこの世界を異世界と確信していなかった時の話。
第4部分「見過ごせない事」までに起きた体験談その2。
パラダイスを夢見て砕け散った夢の残骸だ。
港の換金所でたすきを銭に替えて、ドカチーニの斡旋屋に帰る途中に1本の高い煙突を出した2階建ての港湾施設がある。
ここが銭湯である事は前回確認済みで入浴料は大人1回8文。
今回の目的は銭湯の2階で『茶汲み女』と呼ばれる存在を確認する事。
噂に聞くと『可愛い感じの若い女の子』が見習いでいるらしい。
2階の遊び場に上がるのに必要な銭は4文。
これは銭湯へと入る8文へと追加して払わなければいけない。
「つけ」と言う後払いもあるが現金払いが「いき」と言うやつらしい。
初めて入る所には少し抵抗感がある俺だが、茶汲み女に会いたい欲望がそれを上回った。
「ゆ」と書かれた暖簾をくぐるとそのまま脱衣所になっていて上がり口には履物を脱ぐ場所になっており、そのままそこが番台となっている。
「おや? あんたまた来てくれたのかい。前回は大変だったね。入浴料は八文だよ。今度は銭を盗まれるんじゃないよ。今回はてぬぐいを持参したようだけど入り方は覚えたかい? 前回は上がっていないようだからもう一度説明するけど二階は遊び場になっているけど別で銭が掛かるよ。行くなら上で改めて銭を払いな」
マシンガントークの止まらない番台ばあさんに四文銭を2枚用意して番台に置きながら質問をする。
「2階に上がる時はいくら掛かるんですか?」
「四文だよ。今日は遊んで行くのかい?」
情報通りだ。
4文で可愛い女の子と会えるなら安いものだ。
この異世界企画でのルート選択を最初で間違えたのか女の子との出会いがほとんど無い。
「そのつもりです」
「ゆっくりしていきな」
俺はにやりと銭湯ばあさんと笑いあった。
脱衣所にも洗い場にも期待はしない。
今日はサッと湯を楽しんで、2階へと遊びに行く予定だ。
自分の使う篭を選び、貫頭衣を入れる。
今度は稼ぎを腰にひもで結んで準備は万端整えた。
てぬぐいで前を隠しながら『絶望の扉』を開けて洗い場に入る。
今日も筋肉祭りだ。
人口以上に圧迫感を感じる。
洗い場でてぬぐいを使い体をぬぐい、掛け湯で体を清めてから湯舟に入る。
「冷者でござい」
と断って湯船に浸かると、隣のヒトが声を掛けてきた。
前回忠告を与えてくれた先輩だ。
俺にとっては嬉しい再会だ。
「お前。この前の新人だな。あの後は大丈夫だったか?」
「はい。そうです。ユークリットと言います。よろしくお願いします」
「まぁお前の名前なんて本当にどうでも良いんだが、今日は稼ぎを持って入っているな」
「先輩の忠告のおかげです」
「そうか。それは良かった。俺は先に出るが、お前は一度目を付けられている。一応周りには気を付けろよ」
「今日も忠告ありがとうございます」
今回は、それなりに温まった後、俺の周りだけ混みだすのを感じると脱衣所へと移動した。
人口密度の偏りを感じる。
どうも俺が入ると湯舟に都市部と田舎が出来るようだ。
湯も気持ち良いが今日のメインはあくまでも2階の遊び場だ。
2階へと上がる階段は脱衣所の中にある。
階段は割と角度があって、手を突きながら上へと上がった。
2階の様子を見回すと、あるものは窓のそばで涼んでいたり、あるものは小さな卓を挟んで腕を組んで悩んでいたり、あるものは木札をめくって一喜一憂していたり、と様々に楽しんでいた。
だが爺さんばかりだ!
そこに後ろから張りのある明るく元気な女性の声が掛かる。
「あんたここは初めてかい? 席料は四文だよ」
期待を込めて振り返った俺を待っていたのは、年は30前半で身長は俺の胸の下、体重は俺とほぼ同じほど、という立派な体格を持った女性だった。
ただヒトの良さそうな笑顔が気持ちをほんわかとさせてくれる。
席料(入場料)4文を払うと「他に欲しいものは無いか」と聞いてきた。
何があるかと聞くと「茶は一杯二文。茶菓子は団子で一串四文だよ。遊ぶ相手は自分で探しな」と答えてくれる。
俺は茶と団子を1つずつ頼んで遊び場を見て回る事にした。
小さな卓は囲碁と将棋、木札は花札だった。
『ここは手抜きだな。ゲームマスター』とも思ったが、全くルールも分からない異世界の遊びよりも親しみがあって良い。
俺でもすぐに遊べる。
今日は『遊び場』の様子を見ようと見にてっした。
「お茶と団子を注文のお客様?」
多分俺だな。
手を上げると『ぽっちゃりとした感じがむしろ可愛い女の子』がお盆に載せて茶と団子を運んできてくれた。
俺の隣にお盆を置いてくれる。
「6文で良いんだよね?」
「はい。六文になります。どうぞ召し上がれ」
さり気なく握手するように六文を渡す俺。
勿論、相手が銭を落とさないようにとの気遣いだ。
やましい気持ちなど気遣いほど無い。
窓のそばで涼めるところに居を構え、今日は先程の娘を眺めて過ごすことに決めた。
それにしても良く動く。
お盆にお茶を載せて、右へ左へ大忙しだ。
少しでも時間が空けば常連さんと思われれる爺さんたちとの会話に加わり笑いを巻き起こしている。
噂の『茶汲み女』はこの娘だなと確信した。
入口で4文払った立派な体格を持った茶汲み女と区別する為に、心の中で『茶汲み娘』と呼ぶことにしよう。
しかし、仕事に追われ、常連さんとの会話と、茶汲み娘は俺のそばに来る事は無い。
「おーい。姉ちゃん。茶をくれ」
多分水夫か?
よく日に焼けた体の若い男が茶汲み娘に注文を出す。
日本の夏の海岸で良く見る、自分自身以外からはイケメンと思われないイケメン風の男だ。
「はーい。少し待っていてね」
元気の良い返事が返り、常連さんから離れて仕事に戻った。
常連さんも慣れたもので、文句も言わず各々が興じている遊びへと戻る。
俺は『これだ!』と思った。
俺も注文をすれば良い。
お茶をお盆に載せて茶汲み娘が帰ってくる。
「はい。お待たせ。熱いから気を付けてね」
先程の水夫らしき男の横に茶を置く。
お代をもらうために出した茶汲み娘の腕をひっぱり、あろうことか、抱きしめる。
「おやめください。お客様!」
茶汲み娘が抵抗して何とか水夫から離れる。
少し遊び場の空気が剣呑としてきた。
「おっと。すまん。悪気は無かったんだ。だがお前もあんな爺さん達を相手にするよりも若い男を相手にした方が楽しいだろう?」
「そんな事ありません。わたしは皆さんに楽しんでもらいたいと思っています」
啖呵を切って茶汲み娘が給湯室と思われる小部屋へと戻ってしまう。
俺が団子を頼むと茶汲み娘が持ってきてくれた。
今度も銭を落とさないように両手で握手をするように四文銭を渡す。
今までよりも常連さんの視線が厳しくなったのをひしひしと感じる。
だがここまではセーフ判定のようだ。
「茶をくれ!」
先程の水夫が茶のおかわりを頼む。
だが、今度出てきたのは恰幅が良い『茶汲み女』だった。
水夫が茶を受け取ると、茶を飲みもしないでおかわりを要求する。
「茶だ。さっきの娘に運ばせろ!」
だが、出てきたのは再び恰幅が良い『茶汲み女』だった。
次は、茶を受け取りもしないでおかわりを要求する。
「茶だ。さっきの娘に運ばせろと言っているだろ!」
仕方無いと言った感じで『茶汲み娘』が再び茶をお盆に載せて水夫のもとにやって来た。
「お茶です」
先程から騒ぐ水夫の横に茶を置く。
茶を置く為に伸ばした手を引っ張り再び抱きしめる。
湯呑みが床に転がり茶がこぼれたが茶汲み娘には掛からないで済んだようだ。
「おやめください。お客様!」
茶汲み娘が抵抗するが今度は水夫が離さない。
「さて、今日はもう帰るかの」
「そうだの」
隣で将棋を指していた爺さんが勝負の途中なのに席を立つ。
水夫の前を通る時に事は動いた。
爺さんの一人が右足で水夫の顔を思い切り蹴り潰す。
後ろの壁と挟まれて鼻は完全に潰れて血が滴り落ちる。
茶汲み娘に血が流れ落ちる前にもう一人の爺さんが彼女を救出していた。
湾岸施設で喧嘩イベントは日常茶飯事ですがここでもそうですか?
茶汲み娘の手をさり気なく握った俺に対する『やりすぎるんじゃないよ?』と言うデモンストレーションってやつですか?
常連さん達が次々と席を立つ。
「わしらもそろそろ帰ろうかの?」
口々に一言言うと最初の爺さんと同じ行動を全員で取って降りていく。
最後の爺さんが俺に頼み事をする。
「ちょいとそのごみを持って降りてきてくれんかの?」
勿論、喜んで協力させていただきました。
ちょいと気絶した水夫を肩に載せて急な階段を降りて行きます。
「やれやれ。あんた達やりすぎるんじゃないよ? 若い男が寄り付きやしない」
銭湯ばあさんのつぶやきが聞こえる。
「大丈夫じゃ。きっちり半殺しじゃ。ここの規則を教えてやらんとの。」
俺は爺さん達の言われるままに水夫を運ぶ。
誰も来ないような倉庫の裏手で水夫を降ろすと「健全な若い者の見る事じゃない」と言われてその場から追い出された。
その後、水夫がどうなったのかは俺は知らない。
数日後、雰囲気はまるっきり違う顔の似た人物が船上で真面目に働いているのを見たが、それがその時の水夫なのか、別人なのかは、俺には判別出来なかった。
茶汲み娘さんとの接触は手を握るまでだな。
握手一回2文から6文か。
どこかのアイドルグループと握手するよりは安いのか?
ゲームマスター!
そろそろ本気で女の子との出会いイベント欲しいです!
それ以上に異世界無双イベントも欲しいです!
それが叶わぬ願いだと言う事を、この時の俺はまだ知らなかった。




