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 番外編6:とある小隊の銀色の月満月の夜(後編)

 走り蜥蜴と並んで息も絶え絶えに寝転んでいるあたしを覗き込んだのは二人の銀色の月の魔族だった。

 銀色の月の魔族にしては小さい方なのかも知れないが二間(約3.6メートル)近くの身長がある。

 男女の夫婦のようだ。後ろにいる女性はお腹が膨らんでいる。。

 『ああ。終わった。あたしの人生もここまでか』あきらめて目を閉じたあたしに、ヒト語で巨人が話し掛けてきた。


「お前の行動は見させてもらった。小さき勇者よ。お前の肉をいただきたい。」

 ヒト語を話してきた事に驚きを隠せない。魔族はヒト語を理解すると聞いては居たが、実際に話したのは初めてだ。

 人生の最後に新しい事を実体験出来ただけでも良しとしよう。

「どうぞ。あたしはここまでだ。お前の血肉となって生きよう。」

「おれは小さき勇者に対して油断をしない。○○○や〇〇〇○のようにはなりたくない。対等な契約を結ぼう小さき勇者よ。お前の牙は鋭い。」

 ○○○や○○○○と言う単語は多分魔族の言葉なんだろう。あたしには何と発音したのか一度では理解出来なかったが、三本角と走り蜥蜴の事なのだと不思議と理解した。


 後ろに居る女性と思われる巨人と二言三言交わした後、契約内容を話し出す。

「おれ達は生まれてくる子供の為に勇者の肉を取りに来た。お前の左腕と左足が欲しい。代わりに……ヒト語では『銀色の月の魔物』と言ったか、やつらに一週間の間、お前を襲わせない事を約束しよう。」

「どうしてそんな面倒な事をするの?」

「無事街にたどり着いたお前が怪我を治した後に戦いたいからだと言ったら信じるか?」


 もう無茶苦茶だ。

 左腕と左足を奪って無事という感覚。

 治るはずもない怪我が治ったら戦いたいと言う感覚。

 言っている事もやろうとしている事も全く理解できない。


 どうせくれてやるなら指も全く動かなくなった左腕はともかく、比較的無事な左足よりは折れて役に立たない右足の方がましだ。

 大分あたしも頭がおかしくなっているな。

 まともな思考が出来ない。

 『こんな事普通の時は考えないだろ?』ともう一人の自分が言う。

 それでも、この巨人の方が先程まで小隊を組んでいた奴らよりも信用出来ると思っている。


「右足じゃだめなの?」

「すまんな。妻が左足が良いと言うのだ。元気な子供を産むためにも美味しそうな小さき勇者の左足が欲しいと言うんだ。」

「そう。あなたに子供が生まれるのね。おめでとう。」

 今度は巨人が驚きの顔を見せる。

 人生の最後にまた良いものを見る事が出来た。

「まさか、小さき勇者から祝福を受けるとはな。子供にお前の名前をもらっても良いか?」

「光栄な事ね。」


 自分の名前を巨人に名乗り、自分の最後を覚悟する。

 思っていた人生の結末とは大きく違ってしまったが、これはこれで満足している自分が居て、そんな事を思った自分に笑いが込み上げてきそうだ。

 巨人はあたしの腕程ある指で器用に左腕と左足をきつく布で結んだ。


「では、約束通りお前の左腕、左足、名前をいただく。小さき勇者よまた会おう。」

 そう言うと一刀両断。布でしばった下の部分を躊躇なく切断した。

 あたしは、激しい痛みを頭が拒否するように気を失った。



 あたしは目を覚ました。

 ここが天国か地獄かこの世かあの世かどこかは分からないが目を覚ました。

 すでに満月の夜が終わった事だけは確かだ。太陽が見える。


 現状を確認するために起き上がろうとした時に『この世』である事を確認した。

 見事な切り口で左腕と左足が無くなっている。

 右足もひざから下はもう滅茶苦茶だ。まだ付いている方がおかしいくらいの怪我だ。

 全身傷が無い所など無い状態。


 実質右腕一本で這いつくばって城門まで行く事に絶望を感じて『死んだ方が楽かな』と思っているあたしに希望と笑いをもたらす物を見つけた。

 ヒト族にとっては巨大すぎる水袋と食料袋が置いてあるのだ。

「あの巨人どこまで本気なのよ!こんな量この体でどうやって運ぶのよ!?」

 全身の痛みをまぎらわす為か、思わず大きな声で笑い転げてしまった。

 巨人が約束した通りなのか、周りに蜥蜴とかげが居ないのか、大きな声を出しても近づいてくる捕食者は居なかった。

 この贈り物は少なくともあたしに『生き残る』という意志を湧かせた。



 巨人が残していった食料を食べながら移動日数を考える。

 食料は肉だ。何を原料としているかは今は考えないでおこう。


 残り距離は城門の前の河原まで、およそ四町(約440メートル)。

 そこまで移動出来れば、きっと門番があたしを発見してくれるだろう。


 一日一町移動するとして四日分の食料と水が必要だ。

 だが一夜で帰る予定だったあたしは四日分の水を入れる水袋も食料袋も持っていない。

 ありがたく巨人の水袋を使わせてもらおう。これなら余裕で五升(約9リットル)は水が入りそうだし、実際すでに入っている。


 自分の水袋の中に残った水を移し替えて、自分の水袋には入るだけ食料を入れた。

 今のあたしにとっては、これだけで移動すら困難になるような大荷物だ。

 しかし、これが無ければとても街までたどり着く事も出来ないだろう。


 鎧を脱ぎ捨てたかったが、右手一本では脱げない。

 造りがしっかりしたこの鎧をこの時だけは少し恨んだ。

 弓も矢筒も小刀も捨てる。もう今のあたしには戦う事は出来ない。不要な荷物だ。

 脱ぐ事が出来なかった胸鎧と自分の水袋(中身は食料)を腰につけ、巨大な水袋を引きづって移動を開始した。



 移動は思った以上に過酷なものだった。当初予定していた移動距離に達する事無く夕方を迎える。

 深刻なのは残りの水の量だ。今日一日で半分近くを消費してしまった。

 暑さのせいか、怪我のせいか、喉が水を必要以上に欲しいと訴える。



 翌日は日中に木陰へ移動するだけにして夕方から本格的に移動することにした。

 夕方からの移動は成功した。

 消費する水の量がかなり減った。

 それでもきっと城門前の河原に着くまでには足りなくなるだろう。



 三日目の夜。

 移動中に走り蜥蜴の一団と遭遇する。

 気配を消す魔法を使ってはいるものの、この血の匂いだ。

 気配は消せても血の匂いまでは消せない。

 今まで無事だった事がすでに奇跡だったのだ。

 残り二町ほどの所まで来たのに残念だ。


 今度こそ死を覚悟するあたしに、走り蜥蜴の親玉が鼻先まで近づいてきて匂いを嗅ぐと一声鳴いて手下を引き連れて、そのまま走り去っていった。

 正直、あぜんとしたが『巨人が本当に約束を守ったのだと』胸が熱くなった。

 『必ず街まで帰って、あんたに会いに行くよ!』と心の中で強く誓った。



 移動開始から四日目の夜。

 最後の水を飲んで、移動を開始する。

 巨人の水袋は残念だが放棄した。捨てたくないが今のあたしには余計な荷物だ。

 『巨人の水袋を捨てたくない』と大切に思う自分の考えに笑えた。

 笑いがこの絶望に生きる勇気をくれる。


 移動し始めてすぐに喉が渇く。

 わずかな泥だまりでも見つけたら泥水をすする。口の中は砂利だらけで気持ち悪い。

 朝を迎える頃には、草の陰から城門が見えた。

 あと少しだ。川が近くなったせいか比較的大きな水たまりもある。

 最後の食料を腹に詰め込む。

 水も飲めるだけ飲んで、腰の水袋を本来の使用目的に戻した。



 五日目の朝。

 本来は日中は休んでいたが、今朝は勝負に出る事にした。

 このまま、徹夜で城門前の河原を目指す。

 昨日飲んだ泥水が悪いのか、それとも体がすでに限界に達したのか、確実に力が入らなくなってきている。

 正直、自分の死期が近いと感じていた。

 明日の朝までは持たないと感じていた。


 日中、日が差すと本当に暑い。

 腰の水袋もすぐに空になった。

 河原まではもう少しだ。

 こちらからなら城門も見えるし衛兵の動きだって見えている。

 お願いだ。

 こちらに気付いてくれ!

 立ち上がる事も出来ないあたしには草の陰から出て合図を送る事すら出来ない。


 もうだめだ。


 あと少しだけど、もう体が動かない。


 最後の力を振り絞って、あらん限りの声を出す。


「たすけて!」



「たすけて!」




「たすけて!」





 何度も何度も声を出す。

 もう動けない。

 声を出す事だって限界がくる。

 助けを呼ぶ回数を重ねるごとに出せる声の大きさが小さくなっていく。


 最後まであきらめない。


 あのふざけた巨人に誓って、死ぬまで声を出し続けると決意する。


 自分でも声が出ているのか出ていないのか判断が付かないほど衰弱した時、奇跡は起きた。

 衛兵の一人がこちらを指さして仲間に何かを伝えている。

 衛兵が数人で隊を作りこちらへと向かってくる。


 それを見て安心したあたしは最後の力を振り絞って、自分の居場所を教える。


「たすけて!」



 次に目を覚ました時は、野戦病院の中だった。

 あたしは満月の夜を生き残ったのだ。


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