番外編3:ユークリットの家計
俺は今日、一切身に着ける物が無い状態で「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」と独り言をつぶやきながら単純作業を繰り返している。
井戸から桶で水を汲み上げるだけの簡単なお仕事。
100回を超えたあたりから数えるのはやめた。
中水の溜池はまだまだ水を要求している。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
俺は前日2人の子供を保護した。
拾った時は男の子と思っていたが色々あって女の子だった事が分かったのだが、思い出すと恥ずか死にそうになるので割愛する。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
それよりもこれから3倍に膨らむ生活費が問題だ。
まずは1ヵ月に掛かる銭から考えてみよう。
俺は来月の家賃を払う事が出来るのか?
「こいつは考えないといけないぜ!明日の俺は今日より強い!」
思考を止めないが、体も止めない。
まずは家賃。部屋代が1000文。賄い料が2000文が3人分。合わせて……
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
………7000文。
家賃はいつ払うんだ?1ヵ月単位で払う予定だよな?
俺がこの世界に来てから何日経ったのだったか………
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
何日寝ていたのかを聞いていなかったが、働き出してからは10日は経っている。
ベスとアンの食費を「今月は半分で良い」とドカチーニさんも言っていた。
残り半月程度と考えるのが妥当だろう。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
15なんて数字を掛け算するのは面倒だし、毎日働くなんてのもぞっとする。
余裕も兼ねて残り日数は10日間で計算する事にしよう。
うむ。われながら良い考えだ。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
腕も腿も腹も背中も筋肉が悲鳴を上げている。
止まればしばらくは動けなくなるだろう。
筋肉の悲鳴を聞くな!考えろ。筋肉の悲鳴が聞こえないように考えろ!!
「あきらめるな!俺の筋肉達!明日の俺は今日より強い!」
今、所持金はどれだけ残っているんだ?
いざとなれば8両1分があるから今月分だけなら何とでもなるが、収支が赤字なのは自分の気持ちに納得はいかない。
やはり家計は黒字にしたい。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
シーリンさんに預けている銭は8両1分を除けば………
いくらだっけ?午前中に1100文おろしてるけど残りの金額を聞いてないな。
今日のシーリンさんの笑顔を思い出す。
漫画のように顔の上半分に影が掛かった満面の笑顔。
よし!震えで涼しさが増した。暑さを吹き飛ばす最高の笑顔だぜ!
「俺はまだいける!サンキューシーリンさん涼しくなったぜ!明日の俺は今日より強い!」
確か二人の賄い料を払った時に「残り3900文です」と言われたような……
そこから1100文使っているから………
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
2800文……だよな?
頭に使うべき酸素が体中で使われているから計算にも時間が掛かるぜ!
体を使っていなくても時間が掛かる事は変わらないけどな!
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
荷揚げ屋の仕事で一日500文から600文くらい稼ぐ。
ここは少なく見積もっておこう。
500文掛ける10で5000文。
2800文を足して……
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
7800文!
よし、7000文はクリアした。
いけるぞ!ユークリット!
ひとまず頭を休憩だ。熱中症予防も兼ねて次の一杯は自分の頭から水を被る事にする。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!うぉぉ。気持ち良い!!」
あまりの気持ち良さで今までの計算を全て忘れるところだ。
7800文で良かったよな?
次は日々出て行く銭の計算だな。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
日々出て行く銭を1日80文でおさめないといけないって事だ。
おさまるのか?
絶対に外せないもの………
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
昼食代。食べねば仕事もままならん。
3人で60文?
結構掛かるな。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
後は2人のおやつ代か?
こまめな栄養補給と水分補給は重要だ。
果実水10文。おやつ10文。
1日2回の二人分だから………
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
………いくらだ………多分40文。
うん。間違いない40文だ。
合わせると食費だけで1日100文かすでに予算オーバーだ………
「こいつは驚きだぜ!明日の俺は今日より強い!」
後は何が必要だ?
考えろ…………朝からの行動を思い出せ!
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は今日より強い!」
………洗濯代だ!貫頭衣12文。てぬぐい4文。
16掛ける3………えーと、18に30足して48文だと!
「意外と掛かるぜ!明日の俺は今日より強い!」
朝食を食べて、仕事に出かける。おやつ代と昼食代は100文だったな。
帰ってくる時に、銭湯に寄って入浴料8文。牛乳代4文。てぬぐいは自前の物を使用。
2人は銭湯に行けないので体をてぬぐいでぬぐう、お湯の桶1杯20文。
「全部でいくらだ?明日の俺は今日より強い!」
とりあえず牛乳は涙を飲んで諦めよう。
48文と100文と28文。
合わせて………176文?
「牛乳も飲んでちょうど180文だ!明日の俺は今日より強い!」
どうせ一日500文の稼ぎじゃ足りないんだ。
いざとなったら今月だけは8両1分に頼ろう。
よし。計算が面倒だし、1日300文貯めるとしよう。
「7000文までは何日掛かるんだ?明日の俺は今日より強い!」
………だめだ。最初の計算をもう覚えていない。7000文から2800文を引いて………
「引き算の方が難しいぜ!明日の俺は今日より強い!」
………4200文?………合っているか?
こう言う時は、もう一度足すんだよな?
4200文足す2800文で………7000文。
「俺超クール。ついでに筋肉もクールにするぜ!明日の俺は今日より強い!」
再び頭から水を被る。引き算をした程度で「クール」なんて言っている時点で「クールじゃない」と理性が訴えかける。
4200を300で割る。水を汲みながらでは出来なかった。
違うぞ。少し体を休める休憩時間だ。
………全力で頭を使って300で割ったら14だった………
7000文貯めるには14日働けって事か………
結局は「毎日働け!休みは無いぞ!」でファイナルアンサーだ。
中水の溜池を見ても明らかに水かさは増しているがまだまだ水を要求していやがる。
日本でも異世界でもやる事は全く同じか。
本当に異世界に来た意味ないな。
早く日本へ帰りたい。
「毎日コツコツ働くぞ!明日の俺は今日より強い!」
現実に絶望した俺は、次は異世界に来た俺が大活躍をする大妄想叙事詩を思い浮かべながら、中水の溜池に水をためる作業を再開した。
「こいつは良いトレーニングだぜ!明日の俺は誰より強い!」




