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 シーリン過去編8:ぺちゃ

 久しぶりの更新です。

 今までのあらすじを3行で。


・不本意ながらフィーナと共にユークリットへ迷宮の事を教えるシーリン。

・彼女は彼へ護符の効果を教えながら昔の事を思い出す。

・冒険者となり迷宮へと潜り始めた、彼女の興味は迷宮の不思議を知る事になった。


 離れず読み続けて頂ける読者様。

 新たに読み始めて頂けた読者様。

 拙作をお読み下さる全ての読者様に感謝して一ヶ月ぶりの更新です。

                         2019/05/03 何遊亭万年

 わたしは迷宮で、いつものように、二番の護符の実験を続けました。

 今日も何の成果も無く、魔力が切れてきたので迷宮の斡旋屋へと戻り、昼食をとります。



 わたしが食べている食事を「貧相」と莫迦ばかにされた事で彼の存在を思い出します。

 彼の事は、すっかり忘れていましたが、面倒が増えましたね。


「なんだよ、お前! まだ蛙なんて食べているのか? おれがお前の【ペア】になれば、お前の胸と同じ様な、貧しい食事を二度としないように済ませてやるからな!」


 彼は、午前の間、お姉さん達の講義を聞いていたのでしょうか?

 訓練で疲れ果てて、ぐったりとしているとはいえ、沢山の衛兵さん達が居る前です。

 平気で迷宮内でしか使ってはならない言葉を使う彼には辟易へきえきします。

 その上なにやら聞き捨てならない言葉を吐かれました。


 受付にいるお姉さんを見れば、両手を上皿天秤にして、呆れてお手上げと言う身振りです。


 この男は何を思って【迷宮で使われる言葉】を平気で使っているのでしょうか?

 彼の巻き添えになる事は嫌ですね。

 はっきりと言っておきましょう。


「お断りします。 あなたと関わるつもりが、わたしには一切ありません」

「なんでだよ! お前の恰好を見たって、一人じゃ上手くいってないって分かるぞ!」

「ご心配なく。 わたしはわたしのしたいことをしていますので」

「何だよそれ! とにかくおれと【ペア】を組めよな!」

「お断りします」



 わたしは彼に、きちんと断りを入れ、食器を厨房まで持って行くと、そのまま裏口から斡旋屋を出ました。

 いつもならば、もう少し休憩をとってから行う、立っているだけの訓練を始めます。

 その【立っているだけ】と言うのが苦行なのですが。



 近頃、衛兵さん達の訓練は、毎日の恒例行事となってきています。

 真面目に走るヒト、だらだらと走るヒト、千差万別ですが、全員が走り続けています。

 衛士様らしいヒトは、相変わらず高い所から文句を言っているだけですが。

 もしかしたら、あれは【大きな声で指示を出す】訓練なのでしょうか?

 それならば、大きな声でがなり立てて居るだけの行為にも、納得です。

 まだ人数が少ないですが、わたしの前を通る時手を上げて挨拶をする、衛兵さん達が現れました。

 その時は、わたしも軽く手を上げて挨拶を返します。

 そんな些細な事でお互いの気持ちが上向くのですから挨拶と言うのは大事だと感じます。



 少しずつ変化をしながらも、いつもと変わらない午後を過ごそうとしているわたしへ、今日は完全なる邪魔者が現れます。

 彼は、何度もお姉さんの講義を抜け出して、わたしの元へ【ペア】の勧誘に来ました。

 何度も同じ言葉で断る事も面倒となりましたので、今はもう、完全に無視をしています。

 石になる為の訓練が増えたのだと思い、彼の言葉を、聞き流します。


「なぁ。 おれと【ペア】組めば、二度と蛙なんて食うような事させないってば」


 好きで食べているのです。

 放っておいて下さい。

 安い事が一番の理由ですが。


「見ろよ! おれも武器持ってるからさ。 お前の小刀よりでかいぜ」


 何の必要があって、こんな所で、武器を抜いているのですか。

 しかも、手入れが何もされて無くて、刃が欠けています。

 館長から預かっている、わたしの小刀の方が、よほど良い武器です。


「おれももう【もぐり】じゃなくて【冒険者】だからよ。 魔物ばんばん倒すぜ」


 何を言っているのですか?

 【もぐり】が【冒険者】へと【呼び方】が変わるだけです。

 自分の強さが変わる訳では無いのですよ。

 絶対に今日の講義で、お姉さん達にも同じ事を、言われているはずです。


「ヒト型の魔物もばんばん倒して、装備整えて、フクロ城最強目指そうぜ!」


 フクロ城なら【冒険者】になった瞬間に【冒険者】の中なら【最強】ですよ。

 お姉さん達が居るので、本当の意味での最強ではありませんが。

 わたしがあの二人に対抗できる日は来るのでしょうか?


「何か言えよ!?」


 わたしは何も答える気はありません。

 彼はわたしの気を引くためか、わたしの近くをぐるぐると、回り始めました。

 わたしは前を真っ直ぐ見て、彼を全く相手にしない事に、決めました。

 石です。

 石になるのです。


「ぺちゃぱい。 悔しかったら追いついてみやがれ!」


 突然後ろから、両胸を鷲掴わしづかみにされて、暴言を吐かれました。

 ヒトより小さい事は認めますが、鷲掴みされれば、少しは胸の形が変わるくらいあります。

 当然、腹は立ちましたが、この事で【絶対に彼の事は無視】する事を決意しました。

 わたしの様子を見ながら走る彼が、ちぃ姉の横を通り過ぎる時に、顔を軸に宙を一回転。


「また講義を抜け出して、君はそんなに死にたいのかしら?」


 あごを掌底で打ち抜き、地面でのたうち回る彼へと凍えるような声を掛けた、ちぃ姉が彼の腹を踏みつけ止めを刺して、わたしの元へとやってきます。

 のたうち回っていた彼が、今度は動かなくなりましたが、時々跳ねるので生きていますね。

 流石ちぃ姉です。

 きっちりと半殺しですね。


「シーリンちゃん。 悪いけど一緒に抗議を受けてもらえるかしら? このままだと彼は本気で殺されかねないの」


 ちぃ姉は【誰に】とは言いません。

 冒険者が不慮の事故で行方不明になる事は珍しい事では無いと知っています。

 仕方ありませんね。

 先程【絶対に彼の事は無視】する事を決めたばかりですが、ちぃ姉の頼みでは、わたしも断る事が出来ません。


「分かりました。 ただし、わたしは彼と迷宮を潜るつもりはありませんから」

「彼にも、シーリンちゃんくらい用心深くなってもらえると良いのだけど……」

「わたしもまだまだです」

「そうね。 シーリンちゃんは魔法に頼り過ぎ。 魔法無しでも気配を感じ取れるようにならないと、この先きついわよ?」


 ちぃ姉も、彼がわたしの胸を鷲掴みするところを見ていたようですね。

 わたしの目の前で、わざわざ指をいやらしく、動かす必要は無いでしょう。

 考えて見たら、わたしはちぃ姉にも、胸を揉まれていました。

 少し恥ずかしいので、この話題は避ける事にします。

 わたしは、夕方までの間、彼と再びの迷宮での注意事項を受ける事になりました。

 と言うよりも、わたしが彼の指導をする事になったと言うべき事態になりました。




 場所は静けさで包まれた食堂の片隅にある食卓。

 最近は衛兵さん達が訓練で外に出ているので、食堂が食事時以外は、閑散としています。

 はっきり言うと客が一人もいません。


 四人掛けの食卓に、たぃ姉、ちぃ姉、が対面に座り、わたしの隣に彼が座ります。

 ちぃ姉が、わたしに質問をして、わたしが答える。

 どうやら、そんな形で、彼に迷宮の事を教えるようですね。


「シーリンちゃん。 迷宮に潜る為に一番大事な約束は何かしら?」

「迷宮で知った事を他人に話さない事です」

「どうしてかしら?」

「理由は知りませんが『神殿が禁止をしている』と聞いた事があります」

「どうしても他人に話さなければならない時はどうするの?」


 なるほど。

 お姉さん達は、この事を彼に伝えたかったのですね。

 同じ現役冒険者であるわたしから。


「話をした相手の事も自分で責任を持つ事になります」

「答えとして曖昧ね。 もっとはっきり言って良いわよ」

「良いのですか?」

「今は衛兵さん達もいないし、助祭様はこの時間お祈りをしていて食堂には出て来ないわ」


 本当に答えても良いのか、わたしは少し悩みましたが、お姉さん達を信じる事にしました。


「神殿は迷宮の事を【神の与えた試練】と言って、情報を独占しようとしています。 迷宮で使う言葉は一般人には秘匿されています。 情報の拡散を防ぐためなら、神殿はどのような手段も用いる事をいとわないと思われます」

「遠回しね。 簡単に言ってちょうだい。 他人にしゃべると何が起きるのかしら?」


 わたしは溜息を吐いて、彼の目を見て、怒りを抑える為に感情を殺して語りました。


「あなたが迷宮の話をすると、あなた自身だけでなく、あなたの話を聞いたヒトも処分される事になりますよ」


 彼ののどから『ごくりっ』とつばを飲み込む音が聞こえた気がしました。


「そう言う事。 一般人が迷宮で使う言葉を話していたりしたら、神殿に連れていかれて、誰に聞いたかを突き止めてから、話した冒険者も一緒に処分よ」

「処分てなんだよ!?」

「後は自分で考えなさい。 他人に迷惑が掛かるって事。 迷惑どころか命が掛かるの」

「訳わかんねぇ」

「そういうものなの。 世の中は訳の分からない事ばかりなの。 受け入れなさい」

「やだね! 訳わかんねぇよ」



 お姉さん達も困った顔を隠そうとしません。

 わたしも自分へと火の粉が飛んでくるのは嫌です。

 だからと言って、解決策が浮かぶ訳ではありません。

 一つ思い浮かびますが、それは最終手段ですし、きっとお姉さん達が始末をつけますね。



「シーリンちゃん。 お願いがあるの」

「嫌です」

「どちらが良いかを選んで欲しいのだけど?」

「嫌です」

「そろそろ【立っているだけ】から、卒業したくないかしら?」

「そうね。 立つ姿勢も良くなってきたし、そろそろ次へ進んでも良いかしら?」

「どちらかを選べば良いのですね?」

「「一日中わたしにくすぐられ続けるのと、午前中だけ彼と迷宮へ潜るのどちらが良い?」」


 お姉さん達は、こんな時だけ、言う事が全く同じになりますね。

 二人は「酔っぱらっている変態」か「素面の変態」の差しかありませんでした。

 前者を選べば、わたしは指先一本動かせなくなるまで消耗させられても尚、生体反応で時々体が跳ねる事を楽しむ為に、お姉さん達にくすぐられ続ける事は目に浮かびます。

 わたしには後者しか選択の余地がありません。


「午前中、彼と迷宮へと潜ります。 但し、わたしからも条件があります」

「「なにかしら?」」

「彼が迷宮の外に居る時は、お姉さん達が責任を持って、管理して下さい」

「「良いわよ。 最初からそのつもりだし」」

「とりあえず、彼と迷宮を潜るのは、次の満月の前日までです。 それまでに彼に見込みが無いようなら、わたしは彼の教育から降ります」

「「良いわよ。 わたしもその位が目途だと思うわ」」

「それでは、迷宮へ潜るのは明日からと言う事で良いでしょうか?」

「勝手に決めんじゃねぇ! 赤鬼も青鬼も【ぺちゃ】も勝手すぎだ! おれの話も聞けよ!」

「「シーリンちゃん。 今日は帰って良いからね。 また明日」



 お姉さん達は、にこやかに彼の両脇をそれぞれで固め、休憩室へと下がって行きました。

 衛兵さん達から口止めされている【赤鬼】【青鬼】を彼は平気で口にしました。

 勇気があるのか、ないのか、ただの莫迦ばかなのか?

 そして残った【ぺちゃ】とは、どうやらわたしの事ですね。

 彼の言う事など気にしませんが、わたしはまだ成長期です。


 それにしても、誰も居なくなる食堂は、どうするのでしょうか?

 衛兵さん達にとっても宿舎のようなものですから、悪さをするヒトは居ないと思いますが。

 わたしは一抹の不安を覚えながらも、少し早めですが、帰路につきました。



 今日は久し振りに一人で【ドカチーニの斡旋屋】へと帰ったので、たぃ姉が居ません。

 必然的に夕食の給仕はわたしがやりました。

 今までの練習の成果を見せる時です。

 わたしは今のわたしに出来る最高の笑顔で接客をしました。

 流石に、お客様の話を聞いて回る事は出来ないので、普段は受付で待機していました。


「今日は彼女お休みなのか?」

「辞めちまった訳じゃ無いよな?」

「今日の給仕係はシーリンちゃんかぁ」


 お客様の注文を聞きに行く度に尋ねられるのは【たぃ姉】の事。

 誰もわたしが笑顔で頑張っている事など気にしていないと思ったのですが、一人のお客様が気が付いた時から、店の雰囲気が一変しました。


「シーリンちゃん。 辛い時くらい、無理に笑顔でいる必要はないんだぜ」

「「「シーリンちゃんが笑顔だと!?」」」


 一人の言葉に、食卓全員が反応を示し、一つの食卓の言葉に、食堂全体が反応しました。

 それにしても私の笑顔は【辛いのを我慢しているような笑顔】と見られたのですね。


「「「「「「「「「「「シーリンちゃんが笑顔でいるだって!?!?」」」」」」」」」」」



 そこから先は、食堂に居るお客様全員を巻き込んだ、大宴会になりました。

 今夜のお客様は本当に失礼です。

 わたしだって接客中、笑顔くらい、見せた事があるはずです。


「シーリンちゃん。 こっちにもお酒おかわり! 【極上の笑顔】付きで!」

「その次はこっちだからな! 勿論【極上の笑顔】付きで酒のおかわりだ!」


 いつの間にか注文には【極上の笑顔】と言う名の【お品書き】が加わったようです。

 常に注文される新しい【お品書き】を、わたしは精一杯の笑顔で、お客様に提供しました。


「このぎこちない笑顔が最高だよなぁ!」

「シーリンちゃんの、一生懸命な笑顔に、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」



 どこの食卓へお酒のおかわりを届けに行っても、同じ様な乾杯が起こります。

 そして変化は、私が普段待機をしている受付にも起こりました。

 一人で食べに来ているお客様が受付付近へと集まり、わたしへ話掛けてくるのです。



「シーリンちゃん。おじさんの話を聞いてくれるかな?」

「わたしで良ければ喜んで聞きますよ」


 受付にいる間は、おじさんの話を聞きます。

 それは、おじさんの仕事の愚痴でした。

 ヒトの愚痴を聞く事もあまり無かったので新鮮でした。

 返す言葉の一つも無かったわたしですが、おじさんは愚痴を吐けて、満足の様子。


 そして一人、二人と、わたしへと愚痴をこぼすおじさん達が受付の周りに増えてきました。

 普段は一人で食べているお客様が、一緒になって仕事の愚痴をこぼし、互いに慰めます。

 今夜のお客様の笑顔は、ぎこちなくても、わたしが笑顔でいたから生まれたのでしょうか?

 食堂は、たぃ姉が居る時と同じ様に、お客様の笑顔があふれていました。



 翌朝、フクロ城へと続く沼地で手ごろな石を拾いながら、通います。

 道端の石は、ほとんど拾いつくし、道なき道を歩いています。

 沼地の地面は、固い所と、柔らかい所の、区別が付くようになってきました。

 今日は歩きながら自然と笑みが浮かんできます。

 軽い足取りで、フクロ城へと向かいました。



 食堂へ入るなり、彼の姿を見て、わたしの少し浮かれた気持ちは吹き飛びました。

 浮かれたまま、迷宮へ入る訳にはいかなかったので、丁度良いです。

 お姉さん達の前で、彼は昨日とは別人のように、静かに立っていました。


「おはようございます」

「「おはよう。 シーリンちゃん。 今日からこの子をよろしくね」」

「おはようございます。 今日はよろしくお願いします」

 

 彼は深々と礼をして、わたしへと挨拶をしました。

 お姉さん達からどんな指導を受けたのでしょうか?

 彼はすっかり矯正されていました。

 これならば、迷宮内でもなんとかやっていけるかも知れません。

 少し希望が湧きました。

 わたしが二番、彼が四番の護符を持って迷宮へと向かいます。

 いつも通り、わたしは気配を消す魔法を使い、迷宮へと潜りました。



 残念ながら彼が大人しいのは迷宮の入口まででした。

 迷宮へと向かう、狭く暗い階段を降り始めた時から、彼の一人語りが始まりました。

 全く興味が無いわたしは右の耳から左の耳へと聞き流します。

 彼はわたしの気配を感じられているのでしょうか?

 それとも余裕が無い気持ちを紛らわせる為に、独り言をしゃべり続けて居るのでしょうか?

 真相は分かりませんが、彼は後ろを振り返る事無く、迷宮へと潜っていきます。



 水の暖簾のれんを潜り、迷宮本体へ侵入します。

 彼は、仲間の【もぐり】へと会った途端に、一瞬で昨日迄の彼へと戻りました。

 胸に下げた冒険者の証を【もぐり】達に見せびらかします。

 それだけならば、わたしも動きませんでしたが、彼は信じられない事を言い始めました。


「おれな、今、こいつと【ペア】を組んで迷宮を探索し始めたんだぜ!」

「ぺあって何だ? それに誰と? 一人しか居ないぜ?」

「後ろに居るだろ? あれ? 【ぺちゃ】の奴、また一人で逃げ出しやがった!」


 全くお姉さんは教育が行き届いていませんね。

 わたしは「黙れ」と彼の背中へ目掛けて小さめの石を怪我はしない強さで投げつけました。

 石礫いしつぶては彼の背中に命中し、彼がこちらを振り返ります。

 何があったのかが分かっていない様子。

 どうやら、彼には攻撃しても、わたしの気配を感知する事は出来ないようですね。


 彼に攻撃?


 わたしの現在所持している護符は二番。

 祝福は【命中力】と言われ、遠距離攻撃が仲間に当たらないと言われているはずです。

 思い切り当たりました。

 わたしが彼を仲間だと思っていない為でしょうか?

 何であれ【もぐり】達へ言い訳をしないといけませんね。

 本当に先が思いやられます。

 わたしは気配を消す魔法を解いて【もぐり】達へと話掛けました。


「わたしが彼と共に迷宮を探索する【ぺちゃ】です。【ぺあ】ではありません」

「うぉ。 どこから現れたんだ? あんたの事はみんな知っているよ。 いつの間にか迷宮へ現れていつの間にか消えるよな。 幽霊とかじゃなかったんだな」

「一応ヒト族です。 しばらくは彼と組んで探索をしますのでよろしくお願いします」

「【ぺちゃ】って言うのか。 残念な仇名だけど覚えやすいな。 これからよろしくな」



 話している【もぐり】達の代表の視線も、他の【もぐり】達の視線も、わたしの胸元へ。

 少し腹立たしい気持ちもしますが、一応は【もぐり】達を誤魔化す事は出来たようですね。



 これ以上彼に余計な話をさせない為にも、手を引いて、無理矢理区画を二つ移動します。

 彼は「はなせよ」と言葉では言いますが、体で反抗はしないので楽でした。

 迷宮の数ある不思議の一つですが、区画を二つ離れると声どころか、気配を感知する魔法すらも届かなくなります。

 隣の区画に【もぐり】が居ないか、気配を感知する魔法を使いながら、わたしは彼へ説教を始めました。


「あなたは二度と【もぐり】のヒト達と会話をしないで下さい」

「なんでだよ! おれは冒険者になったんだぞ! 自慢ぐらいしても良いだろう?」

「あなたは口が軽すぎます。 お姉さんに言われた言葉を忘れたのですか? あなただけでは無く【もぐり】のヒトも命を落とす事になりかねませんよ」

「莫っ迦だなぁおまえ。 そんな事がある訳ねぇじゃん!」

「莫迦はあなたです。 世の中を知らな過ぎます」

「知る訳ねぇだろ。 ずっとこの迷宮で【もぐり】として生活していたんだから。 冒険者になるのだって、大変だったんだぜ」

「街へは行った事が無いのですか?」

「シーミズの港町か? あんまりねぇよ。 【ぺちゃ】みたいなお嬢ちゃん育ちには分からないだろうけどな、子供の世界には縄張りって奴があるんだよ!」



 悔しいですが、彼の言う通りです。

 わたしは子供の縄張りについては全く知りません。

 噂で知るくらいです。

 自分の命が掛かっています。

 【ぺちゃ】という仇名は許せても、【もぐり】達に迷宮で使う言葉を知られては駄目です。

 わたしもここで引く訳にはいきません。



「冒険者として、わたしが先輩です。わたしの言う事を聞いて下さい」

「嫌だね! 冒険者は自由なんだろ? 上下関係なんて無いんだろ」


 彼は本当に自分の都合が良い所だけ冒険者ですね。

 仕方ありません。

 不本意ですが交換条件といきましょう。


「わたしはあなたに【もぐり】の方々と挨拶程度しかして欲しくありません。 あなたはわたしに迷宮で何かして欲しい事はありますか?」

「おれが【もぐり】達に挨拶だけするようになれば、おまえがおれの言う事も聞いてくれるって事なのか?」

「あまりに無茶苦茶な願いは聞けませんよ」

「じゃあさ。 犬蜥蜴人いぬとかげじんを倒しに行こうぜ!」

「犬蜥蜴人ですか」


 どうやら彼はまだ【コボルド】と言う名を知らないようですね。

 わたしの身の安全の為にも、迷宮内でしか使わない言葉は、使わない事にしましょう。

 コボルドは割と臆病な魔族です。

 一対一なら、装備の整った冒険者を見れば、逃げ出す事を考えるほどです。

 今の彼の姿ならば、わたしが気配を消していれば、襲い掛かって来る可能性もありますね。

 コボルド相手なら、わたし一人でも一対一ならば、対処が出来ます。

 何か不測の事態が起きても対処は可能でしょう。


「分かりました。 犬蜥蜴人を討伐に向かいましょう」

「よっしゃー! 俺がばんばん倒してやるからな!」

「あなたも約束を守って下さいね」

「分かった。 分かった。 挨拶だけな!」

「本当にお願いしますね」



 彼の言葉がどれだけ信用出来るのか分かりません。

 今は信じて、彼をコボルドが出現する区画まで案内します。

 普段は気配を消す魔法を常に迷宮で使っているのですが、彼の為に今日は使わずにいます。


「なぁ【ぺちゃ】。 おれ、迷宮のこんなところまで来たのは初めてだけどさ。 魔物達って意外と襲って来ないんだな」

「あなたが、あの【巨大蛙】へと平気で戦いを挑めるかを考えて下さい」

「ちょっとだけ怖いかもな。 まぁそれでも【冒険者】になった今のおれなら立ち向かうね」

「そうですか。 その時は頑張って下さい。 わたしは絶対に嫌です」

「【ぺちゃ】は臆病だな。 やっぱりおれが一緒にいてやらないと駄目だな」


 彼の口数の多さは、生まれつきでしょうか?

 一緒にいたいとか面倒ですね。

 わたしは一人の方が楽です。

 少なくとも迷宮内では必要最低限の会話で済ませていただきたいものです。



 隣の区画に大きな気配を感じます。

 大きさと雰囲気の感じからして、多分コボルドでしょう。

 彼は運が良いのか、悪いのか。


「この先の区画に犬蜥蜴人がいますね。 数は一。 わたしは気配を消して近づきます」


 彼に一言言い、そのまま気配を消しました。


「おい【ぺちゃ】! 一人で消えやがって、ずりぃぞ。 本当について来てるんだよな?」


 先程迄、迷宮内を遠足でもしているように無警戒だった彼が、辺りを警戒し始めました。

 おっかなびっくりという感じで隣の区画へと移動します。

 わたしも彼を追って隣の区画へと移動しました。



 迷宮内は明るい。

 数ある迷宮の謎の一つで、明るい理由を知る事は、わたしの迷宮へ潜る理由の一つです。

 迷宮の謎はまだまだ沢山あります。

 隣の区画へと攻撃が出来ない。

 隣の区画は、目に映る景色もぼやけ、例え敵を発見しても攻撃する事が出来ません。

 戦闘をする為には同じ区画の中にいる必要があります。


 

 同じ区画へと侵入すると同時にコボルドが彼の存在を気付いたようです。

 相手はやる気のようですね。

 【気勢を上げて】槍を両手に構えて、彼へと突撃を仕掛けてきます。


 彼まで【奇声を上げて】、小刀を腰にためて、コボルドへ突撃をします。

 一体何を考えているのでしょうか?

 その武器で突撃する使い方としては正しいですが、お互いの武器の長さも考えて下さい。

 わたしは両手に石礫を掴むとコボルドの両目に向けて左右の手から放ちました。


「ぎゃぁっ!」


 コボルドの両目に石が命中し、視力を奪います。

 そこへ、彼の突撃が成功して、コボルドの腹へ深々と小刀が刺さりました。

 コボルドは視界を奪われ、腹に深く小刀を刺されて、かなり混乱しているようです。

 コボルドは自分の腹へと小刀を刺している、ヒトを突き放そうとしますが、彼も必死です。

 絶対に離れないぞとばかりに、密着し、ぐりぐりと小刀を動かして傷を広げます。


 二人が密着し、不規則に動く状態。

 その上、先程は石礫が彼の背中へと命中しています。

 今度のわたしは【彼を味方】と思っているはず……少し自分の心に自信はありませんが。

 それでも何もしないよりはましです。

 石礫を、彼の援護も兼ねて、コボルドの目へ向けて投げ続ける事に決めました。



 何度か、コボルドの目を狙いましたが、相手は不規則に動きます。

 小さな目に命中する事が難しいと判断したわたしは移動しながら、色々な方向から石礫を投げ、コボルドを混乱させる事に主眼をおきます。


 その最中で、二番の護符の加護を、感じる事が出来ました。

 二人は密着して不規則に動いています。

 当然と言うべき結果として、彼にも石礫が当たりそうになるのですが、その度に石礫の軌道が突然大きくずれました。

 味方に遠距離攻撃が当たらない加護は本当の事だったようです。

 この結果が分かっただけでも、彼と【ペア】を組んだ事の、成果だと思う事にしましょう。



 やがてコボルドは動かなくなりました。

 彼はコボルドから【短めの槍】と【薄い革の鎧】を奪い自分に装備します。

 姿だけは一気に冒険者らしくなりましたね。

 裸足のままですが。

 彼はコボルドが所持していた金銀も自分の懐へ当然のように入れました。


 どうやら【パーティー】で戦利品を分けるという感覚が無いようですね。

 注意するべきかも知れませんが、面倒ですね。

 どうせ次の満月までの付き合いです。

 放っておく事にしましょう。


 とりあえず【コボルド】も倒した事ですし、わたしは一度帰還する事を提案しました。

 わたしが知る多くの冒険者が「無理をしない事が長く迷宮で生き残る道」と言います。

 子供の頃、あまり迷宮の話をしない先輩冒険者達が、わたしへ唯一語ってくれた事です。

 その意見には、わたしも実際に迷宮で実感し、賛同しています。




 彼は【前進】する事を譲りません。

 当然わたしとは再び口論となりました。

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