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 番外編2:たすきおじさんの溜息

 ユークリットが働く湾岸施設の倉庫に足の悪い監督がいる。

 男の名は「たすきおじさん」。

 今回の主人公である。




 おれが「たすきおじさん」とあだ名で呼ばれるようになってから何年経ったか。

 本名で呼ばれた事なんてもう思い出せないほど昔だ。

 一番の恩人である友人ですら「たすきおじさん」と呼びやがる。


 おれが「たすきおじさん」になったのは左足を失ってから。

 足自体は付いているが、深い傷を負って以来動かなくなった。

 杖が無ければ動けないおれに出来る仕事はほとんど無かった。

 運が良い事に、友人がこの倉庫を仕切るほど出世して、動けないおれが今の仕事をもらった。

 倉庫整理の監督と荷揚げ屋にたすきを渡す仕事だ。

 杖をつきながらでも出来る仕事だった。



 最近、荷揚げ屋に大型新人が入った。

 体の大きさも魔力の大きさも大型の新人だ。

 朝一番から重い荷物を運び、それを夕方まで続けるちょっと変わった野郎だ。


 あの野郎は誰よりも重い荷物を運んでいるのにもかかわらず置き方まで丁寧だ。

 落とすような置き方は絶対しない。

 荷物の中身を気遣ってそっとおろす。

 しかも記号の意味を理解しているのか仕舞う棚をきっちり選択して置きやがる。

 最初の荷物こそ倉庫の中央に置いたものの、三つ目の荷物を運んできた時には、荷揚げ屋が倉庫の中央に置いた荷物を、棚に整理するヒトがいる事に気が付いたようだ。

 誰に言われた訳でも無いのに大した野郎だ。


 荷物には記号が書いてある。

 例えば「め五」「は八」など二文字で表現され倉庫の納めるべき整理棚へと納める。


 その後荷物は裏を流れる、満潮時には海の水が逆流するくらいゆるい流れの、トモウェイ川を使って喫水線の浅い船で街各所に運ばれるのだ。

 

 トモウェイ川は港湾施設と街をへだてる川で「港橋」と呼ばれる大きな橋が唯一、二つの地区をつなげている。

 街側ではいくつもの支流が張り巡らされ、スーンプ城まで続く物流の主要幹線だ。


 倉庫で荷物を仕分けるヒトは、荷揚げ屋に比べれば体も細いし、人数も足りない。

 次から次へと運ばれる荷物を整理するだけでてんてこ舞いだ。

 十五歳の成人を迎えたばかりの若い衆や他に行き場が無かった奴が多い。

 魔力不足ってやつだ。

 ある程度、仕事が出来ないのは仕方あるまい。

 仕事が出来ない筆頭がおれだしな。


 船から一刻も早く荷をおろす為、荷揚げ屋は荷物を倉庫の中央に置く。

 とはいえ、彼らが棚まで運んでくれれば楽になるといつも思う。

 一度はそうする案が出て実行されたが、指示通り仕分ける事を荷揚げ屋がしなかった為、結局は余計に仕事が増える事となり中止となった。


 荷物を倉庫の中央に置くのが当然と思っている荷揚げ屋の中で、整理棚まで持って行くのは野郎だけだ。

 倉庫のどこに置いても、荷物一つにたすき一本は変わらない。

 普通は楽をする事を考える。

 他の荷揚げ屋が荷物を運ぶたびに外よりは多少涼しいこの倉庫で一休みするなか、野郎は休むことなく次の荷物を取りに行く。

 野郎の荷物は特に重いものばかり。

 うちの奴らが二人掛かりで運ぶような物まである。

 そんな荷物を整理棚まで運ぶ野郎を倉庫内では「筋肉兄貴」などと呼んで慕っている若い衆まで出てきた。


 直接声を掛ければ良いのに、倉庫内の奴らは内気な奴が多くて直接声を掛けられない。

 魔力不足で社会からはじかれた奴ばかりだ。仕方が無いのかもな。

 向こうから挨拶されれば返すが、なかなか自分からは出来ないようだ。


 まあ、あの身体強化の魔法を見れば若い奴らが遠慮するのも分かる。

 機嫌を損ねると荷揚げ屋の奴らは何をするか分かったものじゃない乱暴者揃いだからな。

 野郎が乱暴狼藉を働くとはおれには思えんがね。



 最初に野郎が名前を名乗って挨拶してきたがおれの記憶には残っていない。

 その後、互いに名前を名乗る事無いまま、たすきを渡す度に一言二言必ず会話をしていく。

 たすきを渡すだけしかしていない様に見えるおれを嫌っている荷揚げ屋は多い。


 野郎だけがおれを嫌いもせず哀れみもせず、自然に会話をしていく。

 次の日には思い出せないような意味の全くない会話。

 日常的な事でも驚きながら聞くのが野郎のくせだ。


 聞いてみれば「日常的な事を忘れた記憶喪失」ってやつらしい。

 どこから見ても健康そうな野郎でも苦労しているんだな。

 そんな野郎だから、おれの事も哀れみの目で見たりしないのかも知れない。


 おれは日に日に野郎がたすきを受け取りに来る時の短い会話が楽しみになっていた。


 

 野郎が荷揚げ屋になってから十日ほど経った頃だろうか。

 朝から大分経っても野郎が来ない。

 野郎が来る前に戻っただけなのに溜息が出る。


 船から降ろす荷物も運び終わるのが最近にしては遅くなり完全に日が落ちようとしていた。

 倉庫の中央に残った荷物は重い荷物ばかりだ。

 今日の整理には夜遅くまでかかるだろう。

 飯屋が閉まる前に夜食の注文をしておくか。



 今、野郎は何をしているんだろうか?

 他に良い仕事でも見つけたのか?

 野郎が荷揚げ屋なんてやっているのがおかしいのだ。

 銀の月の満月も近い。

 あの身体強化の魔法があれば冒険者にだってなれるだろう。


 これから寂しくなるな。


 今日、何度目か分からない溜息が出る。

 満月に近い月明りがあるとは言え建物の中は暗い。

 そんな中で積み上げられた、いつ終わるか目途も付かない大量の重い荷物。


 一人の若い衆に命じて全員分の夜食を買いに行かせる。

 おれのおごりだが、こいつらがいないとおれも飯が食べられないからな。

 必要経費ってやつだ。


 一つでも手順が少なく無駄が無いように頭の中で荷物を運ぶ効率の良い順番を構築する。

 若い衆に素早く的確に荷物をさばく指示を出す。

 動けないおれがここに居れる理由を手放す訳にはいかない。

 久しぶりの大仕事になったが、おれは遣り甲斐を感じていた。 

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